愛して欲しいと言えたなら

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声が聞こえない

声が聞こえない・・・その7

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夏樹が帰ろうとすると、それを引き留めようとする雪子。
裕子は、そんな二人の何気ない会話を聞いていると、
きっと、あの頃の雪子も、別れ際は、こんな感じだったのかな?と思った。

「それより、雪子?あんた、ちゃんと言ってから出てきたの?」

「何をでありますか?」

「何をって、まったくもう~。きっと、みんな心配してるわよ」

夏樹の言葉にハッとした裕子が、すかさず会話に入った。

「そうよ!雪子。愛奈ちゃんが心配して連絡をくれたのよ?」

今度はその言葉に、いや・・・裕子の口からから出た愛奈という言葉に、夏樹が反応したらしく、
ふふ~んという顔で、雪子を覗き込みながら何かを言おうとした瞬間、
間髪入れずに、雪子の右手が・・・夏樹の左の頬に平手打ちが飛んできた。

うっそ・・・?
その光景を目の当たりにした裕子が、声にならない声で呟くと同時に、
雪子が、ケラケラと笑い出したので、裕子は、またまた、驚いてしまった。

うっそ?マジで?っていうか、本当に夏樹さんの言っていた通りだわ・・・。
いきなり飛んでくるビンタ、そして、ケラケラ笑い・・・。
夏樹さんに聞かされてはいたけど、目の前で見せられると、信じられないというか・・・。
さすがに、マジで、驚いてしまうわ・・・。

「ちょっと!雪子。そこ、叩くとこじゃないでしょ?」

「いいんだも~ん」

雪子は、意地悪な瞳で、そう言いながら、また、ケラケラと笑っている。
そんな雪子を怒るわけでもなく、かといって、なだめるわけでもなく。
微笑みを浮かべながら、優しい眼差しで見つめている夏樹。

そんな二人の姿は、とても微笑ましい光景なのかもしれないが、
喫茶店のマスターの言葉を聞いてしまっている裕子には、
微笑ましさよりも、30年以上もの長い年月の中、自分の心を隠し続けて生きてきた雪子の姿が、
今の、雪子の姿と重なっていくのが、悲しく見えて仕方がなかった。

 「裕子、そんな顔をしちゃだめよ・・・」

頭の上の方から聞こえてきた夏樹の声に、裕子は、ハッと我に返った。

「あんたって不思議よね。自分の事よりも、雪子の事を心配するなんてね」

「えっ?そういうわけじゃ・・・」

「ないって、言いたいの?」

「いえ、あの、別に、そういうわけ・・・あっ」

「雪子が幸せなら、夏樹さんも幸せ・・・。それが、あんたの愛し方・・・」

雪子がすぐ近くにいるというのに、しかも、夏樹の話す会話を聞いているというのに。
そんな雪子を気にする事もなく話す夏樹に、裕子は、どう言葉を返したらいいのか分からないらしい。

「雪子はね、あんたが思っているほど、鈍感な子じゃないわよ!」

「それは・・・えっ・・・?」

夏樹の言葉に戸惑いながら雪子の方に視線を移すと、夏樹の右腕に絡みついたまま、
離れようとしない雪子の姿に、裕子は、少し、あきれ顔で笑みを浮かべた。

鈍感な子じゃない・・・
そうよね・・・確かに、言われみればそうだったわ。
雪子は、鈍感どころか、人よりも敏感で繊細な心を持っている子。

雪子が、また、あの頃のように、私に隠れて夏樹さんと会う事を選んだとしたら、
私は、こうして夏樹さんと会う事も、そして、こんな風に会話をする事も出来なかったはず。
でも、雪子が、夏樹さんの前でだけ見せる本当の雪子のままの姿を私に見せてくれるから、
私も、こうして、夏樹さんと会えるのだし、会話も出来る・・・。

う~ん、嬉しい反面、ある意味において・・・複雑かも?
そう思いながらも、自然と笑みがこぼれてしまうのは、35年という月日が流れたからなのだろうか?

それとも、今まで、決して自分の本当の素顔を見せたことがない雪子が、
その素顔を、あの頃のように隠そうとはしないで、ありのままの姿を裕子に見せてくれるからなのだろうか?

でも、その先の雪子はどうなるの?
そんな不安が、裕子の中で少しずつ大きくなり始めていた。

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