愛して欲しいと言えたなら

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あなたが見えない

あなたが見えない・・・その14

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その頃、京子と直美は、郊外に今年オープンした少しお洒落なレストランにいた。

「京子、ここには、よく来るの?」

「そうでもなわ。開店してから、一度、来たくらいよ」

「一人で・・・?」

「ううん、実家のお母さんとよ。一人でってなると、なかなか、外食する気にならないから」

「そっか・・・」

「いつも行ってる病院がすぐ近くにあるから、また来てみたいとは思っていたんだけどね」

「病院って、あそこの?」

「ええ、そうよ!」

「でも、あそこって県立病院でしょ?けっこう混むんじゃないの?」

「まあね。でも、薬をもらいに行くだけだし」

「薬をもらうだけでも、けっこう待たされるんでしょ?」

「待たされるとはいっても1時間くらいかしら?」

「ぴぇ~・・・」

「でも、少しは、気晴らしにもなるのよ」

「私には無理だわ・・・。京子は、何を頼むの?」

二人は、窓際のテーブルに向かい合わせに座りながらメニュー表を眺めていた。
ちょうど二人が座った席から窓に視線を移すと、向かいの大きな県立病院が一望出来る。
手前に広い駐車場、そして、その奥に見える玄関では、入る人、出てくる人が忙しそうに動いていた。

メニュー表には、食欲をそそるような美味しく見える料理が沢山載っているのだが、夕方少し手前で少し小腹が減ったとはいえ、もう若くない二人にはとても食べられそうに思えないので、とりあえず無難なところでコーヒーが付いてくるトーストセットを注文する事にした。

「でもさ~。やっぱり、もう忘れた方がいいと思うわよ?」

「忘れるって・・・あの人?」

「夏樹さんと離婚して、もう10年にもなるんでしょ?」

「そうね・・・」

「それに、京子に会う気がなければ、夏樹さんとは、もう、会う事もないんだし」

「別に、私から会う気なんてあるわけないじゃない?」

「だったら、もう二度と、夏樹さんとは会う事なんてないんだからさ」

「二度と会う事がない・・・そうね。そうよね。考えてみれば、この先、あの人と会う事なんてないのよね」

「だから、もう、夏樹さんの事は忘れて、新しい人生を歩いた方がいいと思うしさ」

「ちょっと、な~に?それじゃ、まるで、私が未練たらしい女みたいじゃないのよ?」

「あっ、ごめんごめん。でも、たぶん、近いうちに夏樹さんとは会えなくなると思うし」

「会えなくなるって・・・?」

「うん。夏樹さんが言ってたんだけど、どっかに引っ越すんだって」

「ああ・・・そっちね・・・」

「そっちねって・・・?どっちだと思ったの?」

「何でもないわ・・・。別に、何でもないから気にしないで」

気にしないでって・・・?う~ん・・・どういう事?
直美は訊き返そうかな?と、思ったのだが、また、話がややこしくなりそうなので、
もう、夏樹さんの事には触れない方がいいような気がしたので、訊き返すのをやめる事にした。

ちょうど、注文したトーストセットが届いたので、食べようと何気なく窓の方に視線を移すと、
直美の視線の中に、とんでもない光景が入り込んできた。

その瞬間、直美は、京子の方に視線を移してみたら、京子はまだ気がついていないらしく、
少し笑みを浮かべながらコーヒーカップに砂糖とミルクを入れている。

「あんたのお父さんって、ここに入院してたのね」

「うん。救急車でブンブンって、ここに連れて来られたみたいだよ」

「ふふっ・・・。で、ありますよ!って、語尾を付けたら、あのクマの話し方になるわね」

「くまっくまくんって、何々でありますよ!って、言うの?」

「そうよ。ってか、そんな事より、あんた、いつまで、あたしの腕に絡みついているわけ?」

「いいのでありますよ!」

「あはは!でも、ほら。そろそろ離れなさい。愛奈ちゃんが見てるかもしれないわよ?」

「大丈夫でありますよ!」

「大丈夫でありますよって・・・あんたね・・・。でも、あたしはここまでよ」

「どうしてでありますか?」

「ふふっ、くまっくまくんとお話してるみたい。でも、もう離れなさい。あたしはここまで、分かるでしょ?」

「それじゃ、ぎゅっ!として・・・」

「あい・・・?」

「ねっ・・・!ぎゅっと!ぎゅっと!するであります!」

夏樹に甘えている雪子に、気がつきなさいというのは、ほとんど無理な話かとは思うのだが。
絡めた腕を解いた雪子が、夏樹に甘える仕草で抱きついている姿を、病院の玄関から愛奈が見つめていた。

「うそ・・・。もしかして、お母さんって、そういう趣味があったの・・・?」
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