愛して欲しいと言えたなら

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あなたが見えない

あなたが見えない・・・その9

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早くこの場から遠ざかりたいと願う直美の思いとは裏腹に、
こういう時の状況というのは、映画のスローモーションのように時間がゆっくりと、
いや、コマ送りのように進んでいくものである。

でも、雪子さんって、やっぱ、可愛いわよね!
あれで50歳を超えた女性だなんて、とてもじゃないけど思えないんだわ。
う~ん・・・。しかし、夏樹さんって、思いっきり女性にしか見えないし。
あの二人って、まるで親子みたい。

とはいえ、やっぱ、京子には、この場面は、かなり辛いかも・・・。
でもさ、私が悪いんじゃないわよね?
それに、夏樹さんにしても雪子さんにしても、どっちも悪いわけじゃないのよね。
ここの道を通ろうって言いだした京子が悪いと・・・思う私は間違ってないと思う・・・けど。
やっぱり、きついかな~、京子には・・・。

「やっぱり、私の思った通り、あの人にとって、私は、ただの替え玉みたいなもんだったのよ」

直美たちの車の横を通り過ぎて行く二人を横目で見つめながら京子が言った。

「それは、違うと思うけど・・・」

「そうかしら・・・?」

「夏樹さんは、そんな適当な人じゃないと思うわよ?」

「あら?ずいぶんと、あの人の肩を持つのね?」

「そういうわけじゃないけど・・・」

「ねえ・・・直美?」

「な~に・・・?」

「もし、あの人が雪子さんと結婚してたとしたら、あの人の事業が私の時のように失敗したと思う?」

「えっ・・・?」

「だから、直美は、どう思うの?って、訊いたのよ?」

「どうって・・・そんなの分かんないわよ」

「私ね、あの人と離婚してから、しばらくして噂話が聞こえてきたのよね」

「聞こえてきたって、なに?京子の悪口とかって事?」

「まあ、簡単に言えば、そんな感じだけど」

「でも、それって、ただの噂話なんでしょ?」

「そうかもね・・・」

「だったら、別に気にしなくてもいいんじゃない?私だって、離婚した後は、ある事ない事、色々な噂を言われたし」

「色々な噂・・・?」

「そうよ。あの女はダメ女だとか、器量がないとか、家事もろくに出来ないような女だとかさ」

「そうだったの・・・?」

「中には、私の方が浮気をしたから旦那に捨てられたんだ。なんて事まで聞こえてきたのよ」

「それって、ずいぶん、ひどいわね?」

「まあね。でもね、その噂の出所が分かった時には、正直、あきれたけど」

「噂の出所が分かったの?」

「うん。ある人が教えてくれたの。私の悪口をあっちこっちに言いふらしていたのは、別れた旦那だって」

「どうして、悪口なんて・・・?」

「さあね。でも、その人にね、あんな旦那とは別れて正解だよって言われたんだけどね」

「その人って、どんな人なの?」

「どんなって、別れた旦那の友達の一人。別れた旦那に内緒で、こっそり、私に教えに来てくれたの」

直美は、なんとかさっきの状況から、京子の興味を別の方へ移す事に成功したと一人で安心していた。
の・・だが・・・ここで、ある事に気がついた直美は、背中から血の気が引いていくのを感じていた。

ちょっと、今の会話の流れは、まずいんでないかい?
確かに、人の興味なんて、誰かの不幸話に、お耳がロバの耳になるのは分かってたけど。
苦しまぐれに振った話題が、別れた相手の悪口を言っているという話題・・・う~ん。
なんか、思いっきり!京子にも当てはまってしまう・・・と、思うのは、私だけ?

「ねえ、直美・・・?」

「えっ・・・何・・・?どうかした?」

「私って、そんなに、あの人の悪口を言ってたのかしら?」

はい・・・?

「私だって、別に、あの人の悪口なんて言いたくないわよ。でも、気がつくと、ついつい口に出ちゃってるのよね」

「そうなんだ・・・」

「だからって、直美が言うような未練なんて、別に、あの人にはないんだけどね」

そうかな・・・?私には、どう考えても、未練たらたらに見えるんですけど・・・。

「それに、あの人が、私の悪口なんて、ひと言だって言ってないって事も知ってるの」

「それじゃ、どうして・・・?」

「あの人が、私の悪口の欠片も言わないなんて、それじゃ、あの人にとって私っていったいなんだったのかしら?って、思ったりして。別に。少しくらい、私の悪口を言ってくれてもいいんじゃない?」

「そうなのかな・・・?」

「それなのに、ひと言も、ただのひと言も、私の悪口を言ってもくれない。まるで、あの人の瞳の中には、初めから、私なんて映っていなかったみたいじゃない?私なんて、初めからどこにもいなかったみたいで・・・」

そう言いかけて途中で途切れた京子の言葉に、
直美は、少しだけ、京子の悲しみに触れたような気がした。
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