愛して欲しいと言えたなら

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あなたが見えない

あなたが見えない・・・その7

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夏樹が、オレンジジュースを運んできてくれてから、どれくらいの時間が過ぎたのだろう?
おそらく、ほんの20分~30分くらいなのだろうか・・・。
それでも、今の雪子には、1時間にも2時間にも感じられて、終始、笑い声が部屋の中に聞こえていた。

「そろそろ、行くわよ」

「どこに行くの・・・?」

「どこって、病院に決まってるでしょ?」

「病院・・・?ふーちゃん、どこか悪いの?」

「そう・・・頭がちょっとね!じゃなくて、愛奈ちゃんが待ってるわよ?」

「あっ・・・そうだった!」

「ほら、病院まで送ってあげるから」

「ふーちゃんが、愛奈さんの名前に触れないのは、なでだろう?」

「なで?それをいうなら、なぜだろう?でしょ!」

「あはは・・・そうだったのだ」

「あたしが、それに触れたら、あんた、帰れなくなるでしょ?」

「う~ん・・・」

「言ったはずよ。あたしは、いつでも、あんたのそばにいるって」

「うん・・・。ねえ、その包みは、な~に?」

「あっ、これ?これは、ぬいぐるみを梱包したのよ」

「梱包・・・?」

「そうよ。副業でね、少し、オークションをやってるから」

「ぬいぐるみさんを、売ってるの?」

「そうよ・・・。まあ、この子たちも、たまには、お外に出たいだろうしね」

「お外に出たい?う~ん・・・」

「あはは!後でゆっくりお話してあげるわよ。このお話をすると、けっこう時間がかかっちゃうのよ」

「うん。約束だよ・・・」

「あんたとの約束は絶対に守るから大丈夫よ。それじゃ、行くわよ」

雪子は、帰りたくない仕草をしながら、夏樹の歩く後ろを子供みたいな足取りでついていく。
玄関の鍵をかけてから、庭に停めてある車の方へ歩く夏樹の後ろで、
雪子は縁側に見えているぬいぐるみたちにバイバイをしていると少し悲しくなった。

この家に住んでいるぬいぐるみさんたちは、
ふーちゃんの姿が消えないようにと、みんなで祈っているみたい。
一匹、一匹が、ふーちゃんだけを真っ直ぐに見つめているように、私には見えちゃうのはなぜだろう?

「ねえ、ふーちゃん?」

「な~に・・・?」

「そのぬいぐるみさんを包んでいるお荷物は、郵便局さんに発送をお願いするのでありますか?」

「そうよ・・・」

「じゃあ、あそこの郵便局さんにお願いするのだ」

夏樹の家の庭から見える郵便局を指さしながら雪子が言った。

「ん・・・?あそこの郵便局で・・・?」

「うん。ふーちゃんと歩きたいのだ」

「ふふっ・・・いいわよ」

「やった~!」

雪子は、嬉しそうに、お家の中にいるぬいぐるみさんたちに、「大丈夫、ふーちゃんはちゃんはここにいるよ」と、伝えようと振り返った時、思わず、ドキッとしてしまった。

後ろを振り返った雪子の目に飛び込んできたのは、
庭にあるテーブルの上で、さっきのクマのぬいぐるみが・・・
もとい、くまっくまくんという名前のぬいぐるみが、
テーブルの上に座ってオレンジジュースを飲んでいるのである。
しかも・・・絵本らしき本を読みながらである・・・。

「ねえ・・・ふーちゃん?」

「ん・・・?な~に?」

「あのくまっくまくんのぬいぐるみさんが、テーブルの上に座ってるよ?」

「ふふっ・・・いつもなのよ。出かける時は家の中にいたはずなのに、なぜか、気がつくとあそこに座っているのよ」

「ふ~ん・・・でも、あそこにいて、大丈夫なのかな?」

「大丈夫よ。帰ってくると、ちゃんと、家の中に入ってるみたいだから」

さすがに、雪子も、この時ばかりは、夏樹の言葉に正直驚いてしまった。

「ふふっ、気になるのは最初だけよ。出掛ける度にお家の中に入れてあげても、あたしがカギをかけて車の方へ歩いて行くうちに気がつくと、いつの間にかテーブルの上に座ってるのよ。だから、今では、気にしないで出かける事にしてるのよ」

「ふ~ん・・・不思議だね!」

「そうね・・・。きっと、あの子たちが動いているのが、あたしたちには見えないだけなのかもしれないわね」

雪子は、納得出来ないまま納得する事にして、夏樹の左腕に自分の右腕を絡ませた。

「ねえ、ふーちゃん?」

「な~に・・・?」

「ふーちゃん、私の前から消えたりしないよね?」

「どうして・・・?」

「ふーちゃんは、私が、会えなくなるような所に行ったりしないよね?」

雪子が呟くその言葉に答えない代わりに、夏樹は、雪子が絡ませてきた腕を少しだけ強く引き寄せると、引き寄せる夏樹の腕に身を任せながら、肩に頬を寄せた雪子が夏樹に優しく微笑んでみせた。
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