愛して欲しいと言えたなら

zonbitan

文字の大きさ
上 下
143 / 386
あなたが見えない

あなたが見えない・・・その3

しおりを挟む
裕子は、左手のスマホを見つめたまま、相変わらず、コーヒーをズズズ・・・と、飲んでいた。
ちょっと、雪子・・・?早まってないでしょうね?
まだ・・・間違っても、早まった事なんてしてないんでしょうね?
ん・・・?まだ・・・まだ・・・?まだ・・・ちょっと、待ってよ・・・まだって、事は・・・。

いえ、違うわ・・・。
これは、私のだたの妄想に過ぎないわ・・・。そうよ、妄想よ!妄想なのよ。
そうじゃなくても、たとへ、雪子が夏樹さんを求めるような仕草をしたとしても。
夏樹さんが、そんな雪子を受け入れるはずはないんだから大丈夫・・・。本当かしら?

あの夏樹さんの事だから「今は、女やってるんだから、キスしたって大丈夫よ!」
な~んて・・・。ありえるわよね?

う~ん・・・これは大いにありえる展開だわ・・・。
夏樹さんの思考回路って自己正論思考だものね。

とりあえず、雪子だけでもシラフに戻さないと。
愛奈ちゃんが病院にいるっていうのに、まったく、もう。

愛奈に連絡する前に、雪子の目を覚まさせる方が先だという結論に至った事で安心したのか、
裕子は片手で持っていたカップを両手に持ち替えて、残りのコーヒーを一気に飲み干した。

きつく肩を抱かれながら、頬を伝って聞こえてくる夏樹の胸の鼓動に身を任せている雪子。
ほんの数十秒のはずが、数分にも数十分にも感じる感覚の中で、夏樹と離れていた時間の長さに、
雪子は、悔しさと、寂しさの終わりを求めてしまう自分がいる事に戸惑っていた。

「あっ・・・うさぎさんだ!」

夏樹は、雪子の言葉に驚く事もなく、日常の出来事のように自分の右腕の方に視線を移すと、
ちょうど二の腕のあたりに絡まるようにうさぎのぬいぐるみが乗っかっていた。

「あら?あんた、いつ来たの?」

「なんかね、今ね、もにょもにょって乗ってきたみたいだよ」

「もにょもにょ・・・?面白い表現をするのね」

「このうさぎさんは、なんていう、お名前なの?」

「この子は、ピョンちゃんっていうのよ」

「ピョンちゃんっていうんだ。こんにちはピョンちゃん!」

「この子はね、なかなか心を開いてくれなくてね・・・」

「どうして・・・?」

「さあ~分からないけど。でもね、今年の初め頃からかしらね?この子のお顔が変わったのよ」

「寂しかったのかな?」

「でも、この子が動いているのが、あんたに見えたの?」

「見えないよ。でも、何となく、そんな感じがしたんだ」

「そうなの・・・」

「おいでピョンちゃん!」

雪子は、夏樹の腕から、うさぎのぬいぐるみをそっと手に取ると、優しく微笑んで見せた。
夏樹が、雪子を連れて家までの坂道を歩き出すと、雪子のバックの中で呼び出し音が鳴った。
誰だろう・・・?
そう言いながら、バッグから取り出したスマホを見ると、呼び出しの相手は裕子からである。

「もしもし、裕子・・・どうしたの?」

「どうしたのって・・・。雪子、今、どこにいるの?」

「どこって・・・う~ん。ここは何ていう地名なのかな?」

「地名の話じゃなくて・・・。もう~。それじゃ、雪子の近くに何が見える?」

「ふーちゃんが見えるのだ!」

あうっ!・・・やっぱり。そこ・・・?

「ふーちゃんが見えるって・・・。あんたね・・・?」

「ふーちゃんが、笑ってるよ」

「あっ、そう・・・それはよかったわね!じゃなくて・・・ちょっと、雪子?」

「な~に・・・?」

「な~に?じゃないでしょ?あんたね、いったい、何を考えてるのよ?」

「うさぎさんが可愛いな~って、考えてるよ」

「うさぎさん・・・?夏樹さんって、うさぎを飼ってるの?」

「違うよ。うさぎさんたちと一緒に住んでるんだよ」

うさぎと一緒に住んでる・・・?何、言ってるの?

「うさぎさんだけじゃないんだよ。猫さんもいるし。ワンちゃんもいるよ」

そういえば、夏樹さんって、昔から動物とか好きだったものね・・・。
確かにそうよね。いくら夏樹さんでも、ずっと一人暮らしというのは、やっぱり寂しいものね。

「それに、クマさんもいるんだよ!」

はい・・・?クマさん・・・?クマさんって、もしかして、あのクマさん・・・?
いくらなんでも、クマはないんじゃない?
いくさ寂しいからって、クマっていうのは、ちょっと危ないんじゃないの?

「ちょっと、雪子。いくらなんでも、クマって危ないんじゃないの?」

「そうなのだ!危ないのだ!」

「雪子、近づいちゃダメよ!いくら夏樹さんが飼ってるっていっても、クマは危険なんだから」

「裕子って、変なんだ・・・」

「変んて・・・どうしてよ?」

「だって、みんな、ぬいぐるみさんだよ」

はいっ・・・?
まったく、もう!完全にのろけまくっちゃってて、いつもの雪子じゃなくなってるし。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。

音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。 格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。 正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。 だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。 「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。

処理中です...