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傷つけたい
傷つけたい・・・その9
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「あっ・・・」
「何か、思い出したのですか?」
「いえ・・・その、マスターの仕草・・・」
「はい・・・?私の、仕草?」
「ええ・・・。その空になったコーヒーカップの中でスプーンを回す仕草、雪子もよくしてたものですから」
「はは・・・そうでしたか」
「あの、その仕草って、何か、意味があるのですか?」
「いえ・・・別に、これといって意味はありませんけど」
「そうですか・・・。ただ、雪子もよく同じ仕草をしていたので、何か意味があるのかな?と、思ったもので・・・」
「はは・・・そうですね、もし意味があるとすれば、自分の心ですかね」
「自分の心・・・ですか?」
「ええ・・・。こうして、空になったコーヒーカップの中でスプーンを回していると、空になった自分の心の中をスプーンで回しているような気になるんです」
「空になった心・・・ですか?」
「ええ・・・。何もなくなった自分の心の中で遊んでいるといいますか、何もない心の中に何かを探しているといいますか・・・。まあ、そんな感じです」
「雪子も、そうだったのでしょうか?」
「さあ、そこまでは分かりませんが。きっと、雪子様にも何か意味があるのかもしれませんね」
空になった心の中で遊ぶ・・・か・・・。
もう~まったく、夏樹さんには困ったものだわ。
「それで、さっきのお話しの続きですが、その夏樹様が女装をしているという事が問題なのでしょうか?」
「いえ・・・夏樹さんの話では、自分が女装をしているからと言って、別に、男に興味があるわけではないみたいなんです」
「それは、また・・・」
「ええ・・・。ちょっと、変わってるでしょ?」
「ええ・・・確かに。ちょっとといいますか、何ていいますか・・・」
「まあ~、昔から少し変わってるところがある人でしたから」
「昔から女装にも興味があったんですかね?」
「そうみたいです・・・でも、昔は、少しでも女性みたいな仕草をしただけで、すぐにオカマみたいに思われた時代でしたから。女装なんてしたら、それこそ世間の人にどんな目で見られるか・・・」
「はは・・・確かにそうですね」
「でも、今は、ニューハーフとか、オネエ系とか、女装家とかって世間でも受け入れられる時代になった事が、夏樹さんが女装をするきっかけになったみたいなんです・・・。でも、本人は頑として女装家ではなくて女性化だって言い張っていますけど」
「女装家ではなくて女性化・・・ですか」
「私には、どこが、どう違うのかよく分からないんですけどね」
「はは・・・確かに・・・。でも、その事が、雪子様にとっての問題にはなっていないのですか?」
「それが、全然・・・。それどころか、夏樹さんのスカートの中に興味深々って感じで、一人でワクワクしているみたいなんですよ」
「はは・・・そうなんですか。雪子様は、よほど、その夏樹さんという方が好きなんですね」
「マスターは、どうして、そう思うんですか?」
「その夏樹様という方の変貌でさえ、少しも躊躇することなく簡単に受け入れてしまうからです」
「えっ・・・?でも、それだったら私だって・・・。少しは驚いたけど、それでも、そんな夏樹さんの事を受け入れる事が出来ましたよ」
「裕子さんも、その方の事が今でも好きなんですね・・・」
「まあ~、好きと言えばそうかもしれません。なにせ、もし、雪子がいなかったら、今の旦那と離婚しちゃうかもしれないし・・・。ふふっ・・・う~ん、どうかしら?やっぱり分かりません」
「はは・・・。きっと、その夏樹様という方は、とても素敵な方なのですね」
「いえいえ・・・ただの変態です。・・・と、雪子が言っていました・・・。でも、雪子ったら変な事を言うんですよ」
「変な事・・・ですか?」
「ええ・・・。夏樹さんは自分の事が一番大事なんだとか、全然優しくなんかないとかって言うんです」
「はは・・・本当に変わった人ですね」
「それで、雪子にとって一番の問題というのが、夏樹さんは、決して雪子を受け入れないという事なんです」
「雪子様を、受け入れない・・・?」
「ええ・・・。たとへ、雪子が離婚して夏樹さんのところに行ったとしても、夏樹さんは、絶対に雪子を受け入れようとはしないと思うんです」
「なるほど・・・」
「夏樹さんが雪子の気持ちを拒まないのも分かるし。雪子が望めば、その望みを受け入れてくれるのですが・・・」
「超えてはならない、心の境界線ですか・・・」
「ええ・・・。たとへ、この先、身体の境界線を越えたとしても、きっと、夏樹さんは最後の一線である心の境界線だけは超えないような、そんな気がするんです・・・。夏樹さんって、そういう人なんです」
「確かに、不倫までなら、誰にも知られないようにも出来ますが。もし、雪子様が、その先を望めば、雪子様にとって耐え難い人生の背徳という重荷を背負う事になってしまう。だから、夏樹様という方は決して雪子様を受け入れようとはしない」
「確かに、夏樹さんが雪子を受け入れないのは分かるのですが。それが、なぜ?なのかまでは、ただ漠然としか分からなかったんですが。今、マスターがおっしゃった人生の背徳というのは?」
「もしかしたら、ナイフを手にしているのは雪子様ではなく、夏樹様という方の方かもしれません」
「ナイフって・・・あの、それって?」
「あっ、驚かせてしまいましてすみません。手にしているナイフというのは心のナイフの方です」
夏樹の事を語る裕子の言葉に、マスターは少しため息をつくと、スプーンを空になったコーヒーカップの中で遊ばせながら優しく言葉を口にする。
「きっと、夏樹様という方にとって、雪子様は、とても大切な存在なのですね」
「何か、思い出したのですか?」
「いえ・・・その、マスターの仕草・・・」
「はい・・・?私の、仕草?」
「ええ・・・。その空になったコーヒーカップの中でスプーンを回す仕草、雪子もよくしてたものですから」
「はは・・・そうでしたか」
「あの、その仕草って、何か、意味があるのですか?」
「いえ・・・別に、これといって意味はありませんけど」
「そうですか・・・。ただ、雪子もよく同じ仕草をしていたので、何か意味があるのかな?と、思ったもので・・・」
「はは・・・そうですね、もし意味があるとすれば、自分の心ですかね」
「自分の心・・・ですか?」
「ええ・・・。こうして、空になったコーヒーカップの中でスプーンを回していると、空になった自分の心の中をスプーンで回しているような気になるんです」
「空になった心・・・ですか?」
「ええ・・・。何もなくなった自分の心の中で遊んでいるといいますか、何もない心の中に何かを探しているといいますか・・・。まあ、そんな感じです」
「雪子も、そうだったのでしょうか?」
「さあ、そこまでは分かりませんが。きっと、雪子様にも何か意味があるのかもしれませんね」
空になった心の中で遊ぶ・・・か・・・。
もう~まったく、夏樹さんには困ったものだわ。
「それで、さっきのお話しの続きですが、その夏樹様が女装をしているという事が問題なのでしょうか?」
「いえ・・・夏樹さんの話では、自分が女装をしているからと言って、別に、男に興味があるわけではないみたいなんです」
「それは、また・・・」
「ええ・・・。ちょっと、変わってるでしょ?」
「ええ・・・確かに。ちょっとといいますか、何ていいますか・・・」
「まあ~、昔から少し変わってるところがある人でしたから」
「昔から女装にも興味があったんですかね?」
「そうみたいです・・・でも、昔は、少しでも女性みたいな仕草をしただけで、すぐにオカマみたいに思われた時代でしたから。女装なんてしたら、それこそ世間の人にどんな目で見られるか・・・」
「はは・・・確かにそうですね」
「でも、今は、ニューハーフとか、オネエ系とか、女装家とかって世間でも受け入れられる時代になった事が、夏樹さんが女装をするきっかけになったみたいなんです・・・。でも、本人は頑として女装家ではなくて女性化だって言い張っていますけど」
「女装家ではなくて女性化・・・ですか」
「私には、どこが、どう違うのかよく分からないんですけどね」
「はは・・・確かに・・・。でも、その事が、雪子様にとっての問題にはなっていないのですか?」
「それが、全然・・・。それどころか、夏樹さんのスカートの中に興味深々って感じで、一人でワクワクしているみたいなんですよ」
「はは・・・そうなんですか。雪子様は、よほど、その夏樹さんという方が好きなんですね」
「マスターは、どうして、そう思うんですか?」
「その夏樹様という方の変貌でさえ、少しも躊躇することなく簡単に受け入れてしまうからです」
「えっ・・・?でも、それだったら私だって・・・。少しは驚いたけど、それでも、そんな夏樹さんの事を受け入れる事が出来ましたよ」
「裕子さんも、その方の事が今でも好きなんですね・・・」
「まあ~、好きと言えばそうかもしれません。なにせ、もし、雪子がいなかったら、今の旦那と離婚しちゃうかもしれないし・・・。ふふっ・・・う~ん、どうかしら?やっぱり分かりません」
「はは・・・。きっと、その夏樹様という方は、とても素敵な方なのですね」
「いえいえ・・・ただの変態です。・・・と、雪子が言っていました・・・。でも、雪子ったら変な事を言うんですよ」
「変な事・・・ですか?」
「ええ・・・。夏樹さんは自分の事が一番大事なんだとか、全然優しくなんかないとかって言うんです」
「はは・・・本当に変わった人ですね」
「それで、雪子にとって一番の問題というのが、夏樹さんは、決して雪子を受け入れないという事なんです」
「雪子様を、受け入れない・・・?」
「ええ・・・。たとへ、雪子が離婚して夏樹さんのところに行ったとしても、夏樹さんは、絶対に雪子を受け入れようとはしないと思うんです」
「なるほど・・・」
「夏樹さんが雪子の気持ちを拒まないのも分かるし。雪子が望めば、その望みを受け入れてくれるのですが・・・」
「超えてはならない、心の境界線ですか・・・」
「ええ・・・。たとへ、この先、身体の境界線を越えたとしても、きっと、夏樹さんは最後の一線である心の境界線だけは超えないような、そんな気がするんです・・・。夏樹さんって、そういう人なんです」
「確かに、不倫までなら、誰にも知られないようにも出来ますが。もし、雪子様が、その先を望めば、雪子様にとって耐え難い人生の背徳という重荷を背負う事になってしまう。だから、夏樹様という方は決して雪子様を受け入れようとはしない」
「確かに、夏樹さんが雪子を受け入れないのは分かるのですが。それが、なぜ?なのかまでは、ただ漠然としか分からなかったんですが。今、マスターがおっしゃった人生の背徳というのは?」
「もしかしたら、ナイフを手にしているのは雪子様ではなく、夏樹様という方の方かもしれません」
「ナイフって・・・あの、それって?」
「あっ、驚かせてしまいましてすみません。手にしているナイフというのは心のナイフの方です」
夏樹の事を語る裕子の言葉に、マスターは少しため息をつくと、スプーンを空になったコーヒーカップの中で遊ばせながら優しく言葉を口にする。
「きっと、夏樹様という方にとって、雪子様は、とても大切な存在なのですね」
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