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記憶の欠片
記憶の欠片・・・その11
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喫茶店の一番奥の席で、テーブルに頬杖を突きながら、
裕子は、窓の向こう側で行きかう人たちをぼんやり見つめていた。
「雪子は、いつも、ここから窓の外を見ていたのね?」・・・懐かしさが漂う喫茶店・・・
雪子が、いつもお邪魔している喫茶店に、裕子は一人で来ていた。
そして、雪子が、いつも座っている一番奥の席に、今日は、裕子が座っていた。
別に、これといって理由があるわけではないのだが、
いつも、一人で座って時間つぶしをしている雪子が、
いったい、何を考えながら、ここの席で、好きな小説を読んでいたのだろうか?
夏樹と別れて、他の人と結婚して、この街に来て、そして、ここの喫茶店を見つけた雪子
好きなミルクティーを頼んで、好きな小説を読んでいた雪子が、いつも座っていた席に、
自分も座ってみれば、雪子が何を考え何を想っていたのか分かるかもしれない・・・。
裕子は、そんな雪子の心境に、少し触れてみたくなったのかもしれない。
あんなに楽しそうに話す雪子なんて、今まで、見たことなんてなかったものね。
考えてみれば、あの頃の雪子は、夏樹さんと付き合っていたことを私に隠していたし。
二人が付き合っていたのを、私に知られて、すごく悲しそうな顔をして私に謝っていた雪子。
私が、夏樹さんと付き合うことを許した後も、夏樹さんのことを話そうとはしなかった雪子。
今にして思えば、きっと、心のどこかで、私に対して後ろめたい気持ちがあったのかもしれないわね。
だから、雪子が夏樹さんと付き合っていたあの頃は、今みたいに楽しそうに夏樹さんの話をする事なんてなかったのに。
それが、夏樹さんと再会してからの雪子を見ていると、なぜか、少し不安になってしまう。
そういえば、雪子が、ここの喫茶店に来るようになってから、もう30年くらいになるのね。
それに、雪子が、ここの喫茶店にそれからもずっと通っているのも不思議といえば不思議だけど。
それよりも、私としては、夏樹さんからメールが届くとは思ってもみなかったし。
「いったい、何をさせたいの?」って、言われても・・・。
そこまで考えてメールを送ったわけじゃなかったから。
違うわよ!そういう問題じゃないと思うわ!
どこをどう考えたら「いったい、何をさせたいの?」なんて、言葉が思いつくわけ?
普通なら、「それじゃ、一度、連絡をしてみた方がいいかな?」・・・とか。
「こっちから連絡してみても大丈夫かな?」・・・とかじゃないかしら?
まあ、ちょっと飛躍したとしても
「せっかく、こっちに来てるんなら会ってみたいな?」・・・でしょ?
それが、「いったい、何をさせたいの?」って・・・う~ん・・・悩むわ。
そんな事を考えながら窓の外を眺めていると、カウンターの方から声が聞こえた。
「コーヒーのお替り、お持ち致しましょうか?」
窓際に沿ってテーブルが5席ほど、そして、カウンターに5席ほどの高めの椅子が並んでいる。
少しこじんまりとしたモダンな感じの昔ながらの喫茶店を、いつも、マスターが一人で切り盛りしていた。
とはいっても、この時間帯だと、お客さんといっても裕子を入れて3人だけである。
声をかけてくれたマスター、歳の頃はもう70歳くらいだろうか?
きれいに整えられている髪は、すっかり白髪色に染められている、少しダンディな感じがする男性である。
「いつも、一人で大変ですね」
「はは・・・。そうでもないですよ」
と、少し笑みを浮かべながら店内を眺める仕草をしている。
「今日は、お一人なんですね?」
「ええ・・・。彼女、ちょっと実家の方に帰っちゃったから。それじゃ、コーヒーのお替りをお願いしようかしら?」
裕子は、そう言いながら玄関の方に視線を移した。
あれ?あんなところに時計なんてあったかしら?
そういえば、いつもはテーブルをはさんで反対側のほうに座っていたから気がつかなかったんだわ。
玄関のドアの左側の上の方に飾ってある時計は、
ここの喫茶店と同じように懐かしい振り子時計である。高さが50センチくらいはあるだろうか?
少し大きめのその時計は、今ではアンティークと呼ばれるタイプの古い壁掛け時計である。
この壁掛け時計も、このお店と同じで、もう、何十年もこの場所で動いているのね・・・ね?
ん・・・?ちょっと待って、この壁掛け時計って、もしかして、動いてないんじゃない?
だって、下の振り子動いてないわよ。それに針も5時を指してるし・・・。
そう思いながら、裕子は腕時計を見ると、針は午後2時を少し回ったあたりを指していた。
「マスター・・・この壁掛け時計は動いていないんですか?」
「ええ・・・。その時計は、ただ飾っているだけなんですよ」
「そうなんですか・・・」
「本当は、ずっと前に取り外そうと思っていたのですが、いつも、そこの席に座っている方に、そのまま飾っていて欲しいと言われましたので。今も、そのまま飾っているんですよ」
「ここの席に座っている人っていうのは、もしかして?」
「ええ・・・。いつも、そこの席に座って本を読んでいらっしゃる女性の方です」
雪子だわ・・・。でも、どうして・・・?
「それから、その時計の針が指している時間は、その方の希望なんですよ」
「針が指している時間って・・・これだと、午後の5時ってことになるのかしら?」
「ええ・・・。そう言っておりました」
雪子が午後5時を・・・?裕子は、コーヒーのお替りを運んできてくれたマスターに訊いてみた。
「あの・・・他に何か言ってませんでした?」
すると、マスターは運んできたコーヒーカップをテーブルに置きながら、小声で教えてくれた。
「(その針が指している時間が、私の時間が止まった時間なんですよ)と、少し寂しそうに言っておりました」
裕子は、窓の向こう側で行きかう人たちをぼんやり見つめていた。
「雪子は、いつも、ここから窓の外を見ていたのね?」・・・懐かしさが漂う喫茶店・・・
雪子が、いつもお邪魔している喫茶店に、裕子は一人で来ていた。
そして、雪子が、いつも座っている一番奥の席に、今日は、裕子が座っていた。
別に、これといって理由があるわけではないのだが、
いつも、一人で座って時間つぶしをしている雪子が、
いったい、何を考えながら、ここの席で、好きな小説を読んでいたのだろうか?
夏樹と別れて、他の人と結婚して、この街に来て、そして、ここの喫茶店を見つけた雪子
好きなミルクティーを頼んで、好きな小説を読んでいた雪子が、いつも座っていた席に、
自分も座ってみれば、雪子が何を考え何を想っていたのか分かるかもしれない・・・。
裕子は、そんな雪子の心境に、少し触れてみたくなったのかもしれない。
あんなに楽しそうに話す雪子なんて、今まで、見たことなんてなかったものね。
考えてみれば、あの頃の雪子は、夏樹さんと付き合っていたことを私に隠していたし。
二人が付き合っていたのを、私に知られて、すごく悲しそうな顔をして私に謝っていた雪子。
私が、夏樹さんと付き合うことを許した後も、夏樹さんのことを話そうとはしなかった雪子。
今にして思えば、きっと、心のどこかで、私に対して後ろめたい気持ちがあったのかもしれないわね。
だから、雪子が夏樹さんと付き合っていたあの頃は、今みたいに楽しそうに夏樹さんの話をする事なんてなかったのに。
それが、夏樹さんと再会してからの雪子を見ていると、なぜか、少し不安になってしまう。
そういえば、雪子が、ここの喫茶店に来るようになってから、もう30年くらいになるのね。
それに、雪子が、ここの喫茶店にそれからもずっと通っているのも不思議といえば不思議だけど。
それよりも、私としては、夏樹さんからメールが届くとは思ってもみなかったし。
「いったい、何をさせたいの?」って、言われても・・・。
そこまで考えてメールを送ったわけじゃなかったから。
違うわよ!そういう問題じゃないと思うわ!
どこをどう考えたら「いったい、何をさせたいの?」なんて、言葉が思いつくわけ?
普通なら、「それじゃ、一度、連絡をしてみた方がいいかな?」・・・とか。
「こっちから連絡してみても大丈夫かな?」・・・とかじゃないかしら?
まあ、ちょっと飛躍したとしても
「せっかく、こっちに来てるんなら会ってみたいな?」・・・でしょ?
それが、「いったい、何をさせたいの?」って・・・う~ん・・・悩むわ。
そんな事を考えながら窓の外を眺めていると、カウンターの方から声が聞こえた。
「コーヒーのお替り、お持ち致しましょうか?」
窓際に沿ってテーブルが5席ほど、そして、カウンターに5席ほどの高めの椅子が並んでいる。
少しこじんまりとしたモダンな感じの昔ながらの喫茶店を、いつも、マスターが一人で切り盛りしていた。
とはいっても、この時間帯だと、お客さんといっても裕子を入れて3人だけである。
声をかけてくれたマスター、歳の頃はもう70歳くらいだろうか?
きれいに整えられている髪は、すっかり白髪色に染められている、少しダンディな感じがする男性である。
「いつも、一人で大変ですね」
「はは・・・。そうでもないですよ」
と、少し笑みを浮かべながら店内を眺める仕草をしている。
「今日は、お一人なんですね?」
「ええ・・・。彼女、ちょっと実家の方に帰っちゃったから。それじゃ、コーヒーのお替りをお願いしようかしら?」
裕子は、そう言いながら玄関の方に視線を移した。
あれ?あんなところに時計なんてあったかしら?
そういえば、いつもはテーブルをはさんで反対側のほうに座っていたから気がつかなかったんだわ。
玄関のドアの左側の上の方に飾ってある時計は、
ここの喫茶店と同じように懐かしい振り子時計である。高さが50センチくらいはあるだろうか?
少し大きめのその時計は、今ではアンティークと呼ばれるタイプの古い壁掛け時計である。
この壁掛け時計も、このお店と同じで、もう、何十年もこの場所で動いているのね・・・ね?
ん・・・?ちょっと待って、この壁掛け時計って、もしかして、動いてないんじゃない?
だって、下の振り子動いてないわよ。それに針も5時を指してるし・・・。
そう思いながら、裕子は腕時計を見ると、針は午後2時を少し回ったあたりを指していた。
「マスター・・・この壁掛け時計は動いていないんですか?」
「ええ・・・。その時計は、ただ飾っているだけなんですよ」
「そうなんですか・・・」
「本当は、ずっと前に取り外そうと思っていたのですが、いつも、そこの席に座っている方に、そのまま飾っていて欲しいと言われましたので。今も、そのまま飾っているんですよ」
「ここの席に座っている人っていうのは、もしかして?」
「ええ・・・。いつも、そこの席に座って本を読んでいらっしゃる女性の方です」
雪子だわ・・・。でも、どうして・・・?
「それから、その時計の針が指している時間は、その方の希望なんですよ」
「針が指している時間って・・・これだと、午後の5時ってことになるのかしら?」
「ええ・・・。そう言っておりました」
雪子が午後5時を・・・?裕子は、コーヒーのお替りを運んできてくれたマスターに訊いてみた。
「あの・・・他に何か言ってませんでした?」
すると、マスターは運んできたコーヒーカップをテーブルに置きながら、小声で教えてくれた。
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