愛して欲しいと言えたなら

zonbitan

文字の大きさ
上 下
106 / 386
記憶の欠片

記憶の欠片・・・その6

しおりを挟む
6月も中頃になると、雨が降る日が多くなってきた。
少し遅れての梅雨入りに、少し気が滅入っている直美だったが、時折かかってくる京子からの電話に、会いに行けない言い訳を探している自分にも少し滅入っていた

「可哀そうな子・・・」・・・。
夏樹に会いに行ってから、もう、2週間が過ぎたというのに、あの日の夏樹の言葉が、未だに直美の頭の中から離れない。
それどころか、1日、1日と、日が増すにつれて、なぜか、京子に会うことに、ためらいを感じてしまうのである。

時々、動かしてみるワイパーが拭いてくれるフロントガラスから見える景色に、
夏樹に会いに行く前と、会ってしまった後とが違う世界なのだと、
今さらながらに気がついてしまうと、知るべきだったことだったのか、
それとも、知らない方がよかったことなのかと考えてしまう。
ただ・・・。今は、京子の口から夏樹の悪口を聞く気にはなれないのである。

あっ・・・また電話だわ・・・。きっと、京子からだわ。
助手席に置いてある黒いハンドバックの中から聞こえてくる着信音に、
「私のスマホも梅雨入りだわ」などと、笑っていいのか、滅入っていいのか、一人悩んでいる直美なのである。

とはいえ、いつまでも、言い訳ばかりを探しているのにも、少し疲れてきたのも確かである。
直美は、ハンドバックの留め金を開けて、中で勝手に騒いでいるスマホを取り出して、
今度から着信音をブルブルに変えようかしら?などと考えながら通話ボタンを押してみる。

「あっ・・・直美?」

「京子・・・どうしたの?」

「どうしたのって?こっちが訊きたいわよ」

「えっ・・・?何かあったの?」

「別に何もないけど、なんか、あれから、直美が私のことを避けているような気がしたから」

「避けてるなんて・・・そんなわけないでしょ?」

「私が変な事を言ったから、もしかして、旦那に会いに行って何か言われたのかな?って、思ってさ」

「もしかして、旦那に会いに行って」・・・夏樹さんの言っていた通りだわ。
私なんかよりも、夏樹さんの方が、ずっと、京子のことを知ってるって事なんだろうな~。

京子から夏樹さんの悪口を聞いてる時って、な~んか、最悪な日々のお裾分けされてるような気がするのに、夏樹さんと話をしていると、そんな最悪な日々が、今では懐かしい思い出のように優しく感じてしまう。お互い夫婦だったっていうのに、どうして、こうも感じ方が違うのかしら?

「もしもし、直美?どうかしたの?」

「えっ・・・?」

「だって、急に黙ってしまうから・・・」

「あっ・・・ごめん。ちょっと考え事してたから」

「考え事・・・?もしかして直美、あの人に会いに行ったの?」

旦那があの人に変わったわ・・・。ってか、別に、どっちでもいいけど・・・。

「京子・・・私に、夏樹さんに会いに行って欲しかったんじゃないの?」

「やっぱり、旦那のところに会いに行ってたのね?」

今度は、あの人から旦那に変わったし・・・まあ、別に、どうでもいい事なんだけど・・・。
とはいえ、いつまでも隠しているわけにもいかないし・・・まっ、いっかな?

「ええ・・・夏樹さんに会いに行ってきたわ」

「いつ・・・?」

おいおい・・・京子の思惑が思いっきり夏樹さんにバレてるわよ!

「う~ん・・・今月の初め頃だから、2週間くらい前かな?」

「2週間くらい前って、どうして、すぐに教えてくれなかったのよ?」

いえ・・・あの・・・それはでありますけど・・・。あれ?なんか私って少し変になってるかも?
確か、夏樹さんと会ってからなのよね?こんな感じになったのって。
家で娘と話をしてる時もそうなのよね。娘にも、お母さん、なんか最近面白いねって言われるし。

「もしかして、京子?私が、夏樹さんに会いに行かない方がよかった?」

「えっ・・・?」

あ~ん!もう~まただ・・・。いかん!いかん!いかんぞな!
・・・なんか、夏樹さん病原菌に侵されてるかも、私・・・。

「京子、聞きたいんでしょ?私が夏樹さんと何を話してきたのか・・・違う?」

「別に聞きたいわけじゃないけど・・・」

「無理しなくてもいいわよ・・・。今、こっちに来てるから、もう少ししたら京子の家に行くわね」

「うん、分かった・・・」

京子と話をしながら、車のすぐ横を綺麗な花柄の傘をさした女性が通り過ぎるのを、
何気なく見ていた直美が、「何か買っていこうか?」と、言いかけたまま、
雨で濡れている運転席の窓越しに、通り過ぎて行く女性に思わす振り返ってしまった。

「どうしたの?直美」

「えっ・・・ううん。何でもないわ」

今の女の人・・・。もしかして、雪子さんじゃなかったかしら?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...