愛して欲しいと言えたなら

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記憶の欠片

記憶の欠片・・・その1

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直美が夏樹の家を出たのは夕方の6時を少し過ぎた頃だった。
本当は1時間くらい話をするつもりだったのだが、気がつくと4時間以上も話し込んでしまっていたらしい。

とりあえず、家に帰る前に少し買い物でもしてから帰ろうと思っていたのだが、
車内のダッシュボードの真ん中あたりに設置してある時計は、もう夜の8時を表示している。
直美は、いつものスーパーの駐車場に車を止めたまま、行きかう人たちをぼんやりと見ていた。
・・・夏樹が言った言葉がなかなか頭から離れない。

「可哀そうな子・・・」

その言葉は、京子を不幸にしてしまったことへの気持ちから出た言葉ではなく、
夏樹と付き合い、恋人としての時間を二人で生きて、そして夏樹と結婚しても、
夏樹と20年という歳月をかけて家庭を築き、夏樹を愛し続けてきても、
振り払うことが出来なかった、雪子に対しての京子の悲しい劣等感を哀れむ言葉だった。

「あたしがどんなに京子を愛してもね、そんなあたしの想いが京子に届く事はなかったの・・・」

「そんな・・・それじゃ、京子は・・・」

「京子にとって愛はお金。そして、お金に支えられた家庭環境だったのよ」

「それは・・・?」

「京子はね、雪子よりも良い環境で生活をする事で、自分はこんなにも大切にされているのよ・・・そう思う事でしか、雪子に対する劣等感から自分を救う方法が見つけられなかったのかもしれないわね」

「そんなに雪子さんのことを・・・」

「だから、京子は一度も、ただの一度もあたしを見ようとはしなかったの・・・」

「それじゃ、京子は、いったい・・・」

「京子はね、いつも、あたしの隣にいるはずのない雪子の姿を見ていたのよ」

夏樹の言葉に、直美は言葉を失ってしまった。

「京子は異常に独占欲が強いって言ったでしょ?」

「はい・・・」

「それだけ京子にとっては、雪子という存在が怖かったのよ」

「雪子さんが怖かった・・・?」

「京子って、それ以外の事に関しては独占欲なんて全然ないのよ。焼きもちは別だけどね」

「ええ・・・。だから、最初に夏樹さんに、京子がすごく独占欲が強いって聞かされた時は正直驚きました」

「京子って、困った子でしょ?」

「いくら雪子さんが夏樹さんと付き合っていたとしても、京子は夏樹さんと結婚したわけだし」

「でも、子供たちには、そんな京子の姿が、世間体ばかり気にしている母親って写ってしまっていたのね」

「そんな・・・」

「京子がね、こんな事を言ったことがあるのよ」

「京子が・・・?」

「あれは、あたしの色々な借金があることを京子が知った時だったわ」

「京子は何て言ったんですか?」

「京子はね、そんなあたしのことを、雪子は初めから見抜いていたから、あたしと別れたんだって。でも、自分は分からなかったから・・・ってね・・・。分かるでしょ?この言葉の意味?」

「それって・・・」

「そういう事なの・・・。京子は、初めからあたしのことなんて見てなかったのよ」

「でも、正直言って、ちょっと信じられないっていうか・・・」

「その言葉を聞いた時ね、あたしは2度目の恨みを京子に抱いたのよ」

「2度目の恨み・・・京子にですか?」

「そうよ・・・」

「あの・・・2度目って・・・それじゃその前にも京子の事を恨んだ事があるっていう事ですか?」

「そういう事になるわね」

「あの・・・どういう事なんですか?」

「どういう事って・・・さっき、あんたに言ったでしょ?あたしが別れた女友達のこと?」

「ええ・・・、確か、京子が原因で別れたんですよね?」

「でもね、別れを選んだのは、あたしの方じゃなくて彼女の方なのよ」

「えっ・・・?」

「あたしがね、結婚しようと思っている人がいるって言ったのよ。それまでは、あたしに付き合ってる人がいる事を彼女には教えてなかったのよね。あ・・・その時、あたしが付き合っていた相手って京子よ。彼女にはすぐに分かったのね。どうして付き合っている人がいるってあたしが言えなかったのかって理由が、彼女にはすぐに分かったみたいなの・・・。だから、あたしが結婚しようと思っている人がいるって言ったら、彼女ね、すぐにこう言ったのよ・・・。私たち、もう会わない方がいいって・・・」

「もう、会わない方がいい・・・」

「あたしね、彼女のその言葉を聞いた時にね、心の中で京子のことを恨んだわ・・・」
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