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戻らない想い

戻らない想い・・・その19

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「まあ・・・それはそうですけど。そういえば、子供たちは夏樹さんが女装をしているのを知ってるんですか?」

「たぶん、知らないと思うわよ」

「それじゃ、夏樹さんがここに住んでいることとかは知ってるんですか?」

「さ~ね・・・。たぶん何となくこの辺かな?くらいは知ってるとは思うけどね」

「でも、どうして会いに来ないんですか?一度くらいは会いに来てもおかしくないような気がしますけど」

「そうね・・・。来ないというよりも、来たくないって思ってるじゃないかしら?」

「来たくないって・・・。そんなに夏樹さんを嫌ってるってことですか?」

「嫌ってるっていうより、嫌いになってるって言った方が正解ね」

「あの・・・会いに来たくないと、嫌いになってるって、どちらも微妙にニュアンスが違うように思うんですけど、どう言葉が違うんですか?それとも、何か意味があるんですか?」

「あんた、少しは、あたしの言葉の違いに気がつくようになってきたわね」

「ええ・・・。少しですけど、夏樹さんの言葉の表現の仕方に慣れてきたみたいです」

「ふふっ・・・。問題わね・・・そこなのよ」

「問題っていうのは・・・やっぱり、京子の性格ですか・・・?」

「違うわよ・・・。京子の性格が問題っていうわけじゃないのよ」

「京子の性格ではないとするといったい・・・」

直美は、夏樹の言葉のひとつひとつに意味があるということが少しずつ分かってきたからなのか、
京子の性格が問題なわけではないという夏樹の言葉の意味を考えていた。

「なに、考えてるの?」

「えっ・・・?何って、言われても・・・」

「はは~ん・・・。あたしの言葉の意味でも考えてたわけ?」

やっぱりだ・・・。
やっぱり、京子の言う通り、夏樹さんには人の考えてることが分かるんだわ。

「それじゃ~、あんたの探してる答えを教えてあげわね」

私の探している答え・・・?夏樹の言葉に直美は少し怖くなった。

それは、夏樹が、今から話そうとしているその答えが、何かの終わりを告げてしまうのかもしれない・・・。
なぜ、そう思ったのかは分からないが、夏樹の目がそれを直美に告げていた。
そんな直美の心情を知っているかのように夏樹は言葉を口にする。

「もうね・・・手遅れなのよ・・・」

「手遅れ・・・?手遅れって、何が、手遅れなのですか?」

「全てよ・・・。全てが、手遅れなのよ」

「全てって・・・。それって、京子や子供たちのことですが?」

「そうよ・・・」

「それって、どういう意味なんですか?」

「砕けたガラス細工は二度とは元には戻らないっていうけど。それでも、また、初めから新しく作ることが出来るの」

「それじゃ、京子たちは、このまま夏樹さんを憎みながらしか生きていく事が出来ないってことですか?」

「そうじゃないわ・・・。たとへ、あたしに対しての考え方が変わったとしても、京子たちはもう二度とやり直すことが出来ないのよ」

「やり直せない・・・?」

「そう・・・。その意味が分かる?」

「京子たちの考え方が変わっても・・・ですか?」

「人は何度でもやり直せるとかって言うけど、それは形があるものであればって主語が必要なのよ」

「形あるもの・・・?」

「人の心の中に一度生まれてしまった歪んだ細胞はね、決して消えることはないの」

「歪んだ細胞って・・・ずるい感情や嘘をつくこととかですか?」

「それは形あるのも・・・。そうじゃなくて、もっと心の奥底にある、その人を形成している心の遺伝子みたいなもの」

「う~ん・・・よく分からないんですけど・・・」

「この場合は遺伝子って言葉を使った方が分かりやすいので使うわね。心の中にある遺伝子ってね、生まれた時に形成された遺伝子と、生きていく過程で生成されていく遺伝子の2種類があるのよ。そして生きていく過程で生成されていく遺伝子の中には、生まれた時に形成された遺伝子のように、死ぬまで変わることがない遺伝子が生成されてしまうものがあるの・・・」

「あの・・・私にも分かるように教えて欲しいんですけど」

「もう~、それじゃね。あたしの場合を言うわね。それだと分かりやすいと思うから」

「あっ・・・はい」

「戻らない想い・・・。もう二度と、あの頃のように京子を想うことはない・・・。たとへ、京子のことを嫌いなれなくてもね」

直美は、夏樹の言葉に、自分が探している答えを見つけることが出来なかった。
聞こえてきた言葉は、男と女が別れた時から芽生え始めるありきたりの感情なはずなのに、
なぜなのか、夏樹の言葉には、それとは少し違う、例えようのない寂しさがあるように聞こえてくるのである。
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