愛して欲しいと言えたなら

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心の時間

心の時間・・・その9

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真っ暗な部屋の中にパソコンの灯りが、机の上のキーボードを照らしている。
いつものように何かに悩むとコーヒーに煙草が癖なのだが、
机の上にあるコーヒーカップには何も入っていない・・・。
ので、とりあえずコーヒーを入れながら消えかかっている煙草の火に視線を移した。

で・・・?んで、あたしに、どうしろっていうわけ?
「ふーちゃん?・・・雪子です」・・・ってさ。
このメールの内容に、あたしは、いったい、何て書いて送ればいいわけ?
などと、少しだけ、おどけるように言葉遊びを呟きながら煙草の煙に絡ませては消していく。

夏樹は、長い髪の毛を右手で触りならキーボートに指を添えた。
「今夜はクリスマス・イブね、あんたはいくつになったの?」
メールを送信して、新しい煙草に火をつける時、夏樹の顔は女の顔に戻っていた。

雪子は夏樹にメールを送っても、たぶん返信は来ないと思ってたので少し戸惑っていた。
それと同時に、思ってもみなかったメールの内容に、
戸惑いから嬉しさへと変わっていくことが、雪子には少しだけ嬉しかった。

ふーちゃん、覚えていてくれたんだ・・・。私の誕生日の日を・・・。
最初に届いたふーちゃんからのメールに書いてた・・・。

「ふーちゃん、私の誕生日を覚えていてくれたんだね?」

「んなことより、どうして、あたしのアドレス分かったのよ?」

あはっ・・・。ホントに女言葉だ・・・。

「ふーちゃんは、どうして女になったの?」

「そういうあんたも、相変わらず会話がかみ合わないところは変わってないのね?」

「そんなことないよ・・・。写真、見たよ」

「写真・・・?猫の?」

「違うよ、ふーちゃんのだよ」

「あんた、PCからメールしてるの?」

「あれ?どうして分かったの?」

「アドレス見れば分かるわよ。でも、家族にでも見つかったらヤバいんじゃないの?」

「大丈夫!女の人のメル友が出来たって言ってあるから?」

「へ~、あんたも、誰かメル友を作ったの?」

「違うよ、ふーちゃんだよ」

「あい・・・?あたしって、それじゃ、他にメル友はいないの?」

「ああ~っ、ふーちゃん焼いてるんだ~。あはっ」

違うでしょ===が?ああ===っ!会話が、会話かみ合ってないっちゅ===の!
しかし、こんな会話の仕方で、よく旦那と会話が成り立つもんだわ。

「あんた、旦那とも今のような会話をしてるの?」

「してないよ。というより、ふーちゃんと話すようには出来ないもん」

「ずいぶんと長い間、猫被ってるのね?」

「違うよ。そんなんじゃないけどさ・・・」

「ふ~ん・・・で・・・?どうしたの?」

「うん・・・実は裕子がね、ずっと落ち込んでるみたいで元気がないの」

「ん・・・?旦那とケンカでもしたんじゃないの?」

「ふーちゃん?ダメでしょ?そんな風にとぼけちゃ!」

「あい・・・?もしかして、あたしが悪いの?」

「う~ん・・・。悪いっていうか、悪くないっていうか・・・」

「あたしさ、眼鏡をかけてる子って好きなのよね!」

「うっそ?だって昔、私が眼鏡かけたら、ふーちゃん、眼鏡は外せって言ったよ?」

「あら?そうだったかしら?」

「ってか、どうして、私が眼鏡してるって知ってるの?」

「んなこと言ったって、今、見てるわよ。あんたの写真」

「どうして?どうして?どうして、ふーちゃんが、私の写真持ってるの?」

「裕子が送ってきたのよ。たぶん、どこかのレストランで写した写真みたいだけど」

「ああ===っ!この前、泊まった温泉だ」

「温泉・・・?裕子の家族と家族同士のお付き合いしてるの?」

「違うよ!でも、焼いてる!焼いてる!あはっ、ふーちゃん、焼いてるんだ!」

あ~も~。どうして、この子との会話って、いつも変な方向に行くのかしら?

「そんなことより、あんた、無理してんじゃないの?」

「無理って?そんなことないよ。旦那さんともうまくいってるし」

「相変わらず天然ね。旦那じゃなくて、あたしとのメールのことよ」

34年ぶりの会話なのに、真っ直ぐに自分だけを見てくれる夏樹が、そのまま、あの頃と同じ。
相変わらず、かみ合わない、ちぐはぐ会話なのに、なぜか、居心地が良いと思えてしまう雪子である。

「分かっちゃった?」

「分かるわよ。それくらい・・・」

「でも、ふーちゃんが変わってなかったから、すぐに普通に話せたよ」

「雪子は、今、幸せ?」

「うん・・・幸せだよ・・・。ふーちゃんが雪子って呼んでくれたもん」

おおお===い!そっちかい?

「あたし、そろそろ寝るわね」

「うん。今度、いつメール出来るの?」

「あの頃と、同じ事を訊くのね?」

「うん・・・。訊くの・・・」

「いつでも、いいわよ・・・。ってか、あんた、話はどうなったのよ?」

「あっ・・・また、あんたに変わっちゃった!」

「まあ、いいわ。とりあえず、今夜は、もう寝なさい」

「うん、また明日ね。ふーちゃん」

夏樹は、「おやすみ」のメールを送ると、霞んでいく残り香に少しだけ笑みを浮かべてみる。
たどり着けなかった終わりに、あの日の言葉をひとり呟きながら、煙草に火をつけた。


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