愛して欲しいと言えたなら

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心の時間

心の時間・・・その8

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後部座席から見る前方に広がる景色は不思議なもので、
運転席や助手席から見える景色とは少し違ってパノラマのように視界に入ってくる。

「はぁ~・・・」、力なくため息をつく声に、前の方から場違いな言葉が聞こえてきた。
「なんだい、朝まで寝ないで二人で遊んでたのかい?」
まったく、もう~。聞こえなくてもいいのに聞こえてくるこの距離、なんとかならないのかしら?
この人にとっては、恋愛なんて言葉は、きっと氷河期と一緒に終わってるんだわ。

裕子は、午後の日差しを眺めながら、迎えに来た旦那の車の中でぼんやりと考え込んでいた。
雪子には、あの人とは、もうメル友をやめたことは言わないできたけど、これでよかったのかしら?
とはいっても、私の方で一方的に、もう、メル友関係は続けられないって決めただけなんだけどさ。

ってかさ、私の立場としては、少し寂しいと思うんだけど。
いくら、もうメル友は続けられないからって、私の方からメールが届いたとしてもよ?
せめてさ、せめて、1通くらいはさ、メールを届けてくれたっていいと思わない?
「いままでありがとう」とか、「どうしたの、急に?」とかってさ。

それが、どうよ!たったの1通もメールが届いてないってどういうこと?
まぁ~ね、さよならのメールを期待してなかったって言えばさ、ちょっとは嘘になるわよ。
でもさ、だからって、期待してたなんて思うのも、なんかさ、シャクにさわるじゃない?

これって30年前と同じよね・・・。あっ・・・34年前か・・・。
違うわね。34年前は雪子だったわ。私は、もう少し前だから35年?36年?
まぁ~、どっちでもいいけど。でもさ、これって、私があの人と別れた時の状況と同じだわ。

そうよ!確かにそうよ!あの時もそうだったのよね。
「さよならしよう」でも「もう別れよう」でもなく、いきなり連絡が来なくなって、
そのまま。私が電話しても、忙しいとか用事があるとかって言って会おうとしなくなったのよね。

ってか、今にして思えば、あの人って、ずいぶん自分勝手な人よね?
な~んで、あんな自分勝手な人のことなんか好きになったのかしら?
それに、今も、そう。なぜか、あの人のことを考えると妙にドキドキしてしまうし。
人を好きになるって気持ちには、どんな理屈も入り込む余地なんてないのかしら?

それでも、私は、遠い日の恋も、自分を慰めることも、あきらめる事も出来るけど・・・。
雪子はどうなの?素知らぬ顔をしていても、平気なわけじゃないから一人残ったんでしょ?

「元気ないみたいだけど、もしかして、雪子ちゃんとケンカでもしたのかい?」

「あんたさ、何かって言えば雪子ちゃん雪子ちゃんってさ。もしかして、雪子のことが好きなの?」

「な・な・な~にを言ってるんだい。そんなことあるわけないだろ」

「じゃあ~、雪子のことが嫌いなのね。今度、言っておくわね」

「おいおい、勘弁してくれよ」

あ~、こんな会話でも、あの人だったら旦那みたいな返し方なんてしてこないんだろうな。
あの人なら、きっとこう言うわ。「お前は、嫌いなのか?」ってさ。
否定もしなければ、肯定もしないのよ。
そして、私はこう答えるの・・・。「そんなわけないでしょ?」って・・・。

私がそう答えると、あの人はこう言うの。「お前、どこの海が見たい?」って言うの。
「今度、海を見に行くか?」でもなければ「今度の休みにどこかいこうか?」でもないの。
まるで、釣り人が、浮き輪が沈んだり浮いたりするのを楽しんでいるみたいに、言葉遊びをする人。

そして、針に刺さった魚に「お願い!もう、そろそろ釣り上げて!」って、
言わせるのを楽しむように、あの人の言葉は、私の口から何かを求める単語を誘い出すの。
そんな、言葉にならないひとり言を思い浮かべながら、帰り道の中で一人懐かしむ裕子だった。

雪子と裕子の温泉旅行から、季節は秋から冬へと移り変わり、カレンダーも最後の一枚になる。
そして、それに合わせるように年末へと過ぎていく時間が加速していくように感じられる。

12月の文字が、雪景色を探し始めるクリスマス・イブの夜。
ネットの中では、どこもかしこもXmasで飾り付けられたアクセサリーが、
過ぎていくXmasを惜しむかのように、それぞれのサイトを綺麗に演出しているようである。

あら?カバさん、どうしたの?
うさちゃんとピョンちゃんは、テレビを見ながらオレンジジュース飲んでるわよ!
いつものように、ぬいぐるみさんたちと不思議な会話をしながらPCのメールを開いてみた。

あらあら?クリスマスが近くなると、どいつもこいつも孤独が身に染みてくるみたいね?
あたしとメールしたって、出会いは100%ないっていうのに、いったい、何を期待してるのかしら。

夏樹は、いつものようにメールを1通ずつ開きながら、送られてきた内容を確認していた。
とはいえ、メル友サイトを通してだから、アドレスはみんな同じアドレスなのだが。
その中で、夏樹とメル友になった子たちは、自分のアドレスで送ってくる。

ん・・・?PCのメール箱に届いたメールの中のひとつのアドレスに夏樹の手が止まった。
まさかね・・?そう言いながら、そのメールを開いてみる。
開いたメールの内容に、夏樹は、女の顔から男の顔に戻っていくのを感じながら。
机の上の煙草を一本取り、ライターで火をつけた時、ひとつのため息に煙草の煙が乱れていく。

「ふーちゃん?・・・雪子です・・・。」
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