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後編 魔法学園での日々とそれから
180.知らせは突然に
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季節は何度も移り変わり、私には四人もの子供がいる。産んだ本人ながら驚きだ。
「ママ、一人で花びらをもらってきたわ! 見て、白とピンクと赤よ」
私にそっくりの可愛い娘、リナリアが籠の中に薔薇の花びらをたくさん入れてトコトコと白薔薇邸の私たちの待つ庭園までやってくる。
いわゆる「初めてのおつかい」だ。庭師さんから落ちてしまった綺麗な花びらをもらってくる、可愛いおつかい。あらかじめ集めてもらっていた。
「あら、一人でもらって来られたのね。すごいわ」
当然、気付かれないように使用人がついてくれていた。転んで怪我をして泣いていたら可哀想だしね。まだ四歳だし。
「すごいぞ、リナリア。転ばなかったか?」
「大丈夫! ちゃんと気を付けて歩いたもの」
レイモンドがリナリアの頬にそっとキスをする。上の子たちと歳の離れた娘にデレデレだ。
「頑張ったな、リナ」
長男セドリックが、リナリアの頭をなでる。
既に彼はもう……十九歳だ。見た目はレイモンドに似ているものの、骨太だ。お父様が自分の若い頃にそっくりだと言っていたし、そうなのだろう。
「大丈夫か、途中で美味しそうだからと花びらを食べたりしていないか」
続いて髪の色は私に似ている次男のアドルフが軽くいじる。長男と同じく、来年からラハニノスではなく王都の魔法学園に入る予定だ。
「……アドルフお兄様には、花びらを食べる私に見えるのかしら」
「はは、冗談だよ」
「そうよね」
「いや、僕は食べそうだと思うな。リナは食いしん坊だから」
三男ジェフェリーが、さらにいじる。最近十歳検査を受けたけれど、やはりSランク。全員そうなのは魔法を封じずに育てたからなのか私たちの子だからなのか……。
見た目的には、彼が一番レイモンドに似ているかな。
「食べない! ジェフェリー兄様、嫌い!」
「嫌いって言われたら、僕悲しくて泣いちゃうなー」
「えっ……で、でも食べないもん……」
我ながら、自分の母より子供を産むとは思わなかった。三人目も息子でもういいか……と思ったものの、やっぱり一人くらい娘をと高齢出産にチャレンジしてしまった。
歳の離れた妹は可愛いらしく、息子たちはこぞって可愛がり……からかう。困ったものだ。
「大丈夫よ、リナリアが可愛くてからかっているだけ。ほら、こんな時までしょんぼりしないで」
「うん。ママ、風魔法を使うわね!」
返事をする間もなく風魔法で花びらが突然舞った。
くるくるひらひらと赤とピンクと白が混じり合い、儚く落ちる……その前に、セドリックが敷いてあるシートの一角に魔法で集めた。さすが長男。レイモンドは一緒に舞ってしまいそうだった籠を魔法で引き寄せて手で持っている。
「籠まで飛んでしまっているよ、リナリア」
「あら、パパが掴まえてくれるって信じていたもの」
「パパを信じてくれていたのか。それなら仕方ないな」
「父上、籠を貸してください」
ひょいとジェフェリーが籠をレイモンドから奪い取ると……。
「ほら、リナ。似合っているよ」
籠をリナリアの頭にかぶせて……。
「似合っているわけない! やっぱり嫌い!」
「ショックだなー」
まったく……。
休日には必ず家族で集まる時間を設けている。やはり子供が四人もいると騒がしい。
「もう一回やる? リナ」
そっとセドリックが籠を頭から外すと、アドルフが花びらを中に入れ直した。
うん……上の子たちが色々やってくれるから私たちの出る幕がない。ジェフェリーはからかうことの方が多いけれど。
「やるわ! お兄様たち、落ちないうちに全部ちゃんと集めてね。思いっきり、ぶわぁーってする!」
自然と私たちから四人がタッタと離れていく。なんだかんだで子供たちだけの空間の方が楽しいのかもしれない。
花びらの中で笑う子供たちを見ながら、シートの上でそっとレイモンドと目配せをする。
「子供たちと一緒にいると静かな時なんてないよね。我ながらたくさん産んだなーって思うわ」
「ありがとう、アリス。リナリアのお陰で息子たちとも距離が縮まった気がするよ」
「レイモンドったら格好つけだもんね。完璧なお父さんをやっちゃうから」
「ひっどいなー。俺なりに頑張っているのに」
仕方ないかなとも思う。
私も大きくなってからは父親とは距離があった。父親ってそんなものだよね。家族の精神的な支えでもある。まさに大黒柱だ。
「分かってる。だから何年経っても惚れ直しているし」
「本当かなぁ……」
「まさか、こんなにずっと何年も大好きでいられるなんて――」
「……思わなかったなんて言わないよね」
「思ってた」
「だよね。あー、よかった」
レイモンドはもう、私と魔女さん以外の誰の前でも一人称は「私」だ。私と彼女の前でだけ、昔のままの話し方をする。
私もそうだ。レイモンド以外の前では、たとえソフィの前でも口調には気を付けている。とはいえ、声のトーンは落ちたかな。昔よりも当然落ち着いてもいる。
見た目も老いた。だんだんと白髪も出てきて、根元で切ってもらっている。夜の男性機能も女性機能も……ね。昔は復活の呪文でも唱えているのかと思うくらいだったけど、今では……。
「アリス、また変なことを考えているよね」
「……どうしてレイモンドには分かってしまうんだろう」
「長年の付き合いだしね。目だけ見ても分かるよ」
「次から目をつむってトリップするわ」
「……意識してトリップしているの?」
「無意識ね。防ぐ手段がないし、諦めた」
「相変わらず諦めるのが早いね」
あれ?
リナリアが戻ってくる。
「ママー! すぐジェフェリー兄様が変なことを言……っ」
あ、転んだ。
「リナ!」
ひとっ飛びでセドリックが近寄って手の平や膝の砂を落とし、治癒魔法を素早く膝にかけている。
怪我しちゃったかな……。
セドリック、シスコン気味だよね。上の子に世話をさせたらいけないと思っていたけど、まさかシスコンになるとは。しばらく学園にいて会えない時期が続いていたから、今月はもうべったりだ。
「リナリア、大丈夫?」
レイモンドと一緒に近寄って膝を見るけれど、既に傷は跡形もない。治癒魔法に劇的な効果はないし、少し擦れただけだったんだろうな。
「大丈夫。セドお兄様が治してくれたもの。セドお兄様が一番大好き!」
「僕もリナが大好きだよ」
リナリアが嫁に行く時、セドリックまで泣きそうだ。
長男のセドリックは王都の魔法学園を卒業したばかりだ。定期的に会っているダニエル様とジェニーの息子と同い年で、魔法学園を受験すると聞いて一緒に通いたくなったらしい。
魔女さんの力を使わずだったので護衛と共に行き、距離も距離だしそのまま卒業まで帰ってこなかったものの、召喚という形で私たちがジェニーたちと会う時にセドリックにも会わせてもらっていた。リナリアも一緒に連れていける雑談会の際に、少しの時間だけ会えるという程度だった。
後輩のジェニーの娘ちゃんと恋仲になり、彼女が卒業したらお嫁さんとして来てもらうことに……今からそわそわして仕方がない。
東側の国境を守るオランド侯爵家には娘しか産まれず、同い年の次男のアドルフとどうかという話もあった。入り婿ってやつだ。そのあたりの文化は日本的だよね。あちらの女の子も魔道士ランクは高いので王都の魔法学園に入れるだろうし、そこで親睦を深めて双方合意すれば……ということになっている。
気が合えばいいけどなぁ。
変わっていくものもあれば、変わらないものもある。ジェニーとは仲よしのままだし、カルロスと結婚したユリアちゃんとも魔道具の試作品を持ってきてもらうのを口実に会っている。いいものがあれば、オルザベル家で使用と謳ってもいいよと許可を出しているものの……まぁ、同窓会になるよね。購入してジェニーに渡すこともある。
学生時代に築いた関係は私にとって宝物で、ずっと大事にしたい。夢でくらいもう一度あの時に……と思ってしまうのも止められない。
それくらいに楽しかった。
気を取り直したリナリアはまたお兄ちゃんたちと遊び始めた。セドリックが肩車をしてあげている。
大事な家族との時間だ。
「それで、アリス。どんな変なことを考えていたの?」
「こんな天気のいい日に、変なことを何度も思い出させないで」
「……相変わらず気になる言い方をするなぁ。何年経っても何十年経っても、アリスには飽きないよ」
きゅっとレイモンドがさっきよりも私に寄り添う。
私たち二人から、あんなに大きい人間が四人も生み出されるなんて……それこそ魔法みたいだよね。
幸せな日曜日の午後。
そろそろリナリアのお腹がすく頃かな。おやつの準備ができましたって誰かが呼びに来るかな。
そんなことを考えていると……。
――突然、後ろから影がさした。
ここまで気配なく私たちに近寄って来れるのは彼女しかいない。振り返って私たちは同時に言葉を発した。
「「魔女さん……」」
「ママ、一人で花びらをもらってきたわ! 見て、白とピンクと赤よ」
私にそっくりの可愛い娘、リナリアが籠の中に薔薇の花びらをたくさん入れてトコトコと白薔薇邸の私たちの待つ庭園までやってくる。
いわゆる「初めてのおつかい」だ。庭師さんから落ちてしまった綺麗な花びらをもらってくる、可愛いおつかい。あらかじめ集めてもらっていた。
「あら、一人でもらって来られたのね。すごいわ」
当然、気付かれないように使用人がついてくれていた。転んで怪我をして泣いていたら可哀想だしね。まだ四歳だし。
「すごいぞ、リナリア。転ばなかったか?」
「大丈夫! ちゃんと気を付けて歩いたもの」
レイモンドがリナリアの頬にそっとキスをする。上の子たちと歳の離れた娘にデレデレだ。
「頑張ったな、リナ」
長男セドリックが、リナリアの頭をなでる。
既に彼はもう……十九歳だ。見た目はレイモンドに似ているものの、骨太だ。お父様が自分の若い頃にそっくりだと言っていたし、そうなのだろう。
「大丈夫か、途中で美味しそうだからと花びらを食べたりしていないか」
続いて髪の色は私に似ている次男のアドルフが軽くいじる。長男と同じく、来年からラハニノスではなく王都の魔法学園に入る予定だ。
「……アドルフお兄様には、花びらを食べる私に見えるのかしら」
「はは、冗談だよ」
「そうよね」
「いや、僕は食べそうだと思うな。リナは食いしん坊だから」
三男ジェフェリーが、さらにいじる。最近十歳検査を受けたけれど、やはりSランク。全員そうなのは魔法を封じずに育てたからなのか私たちの子だからなのか……。
見た目的には、彼が一番レイモンドに似ているかな。
「食べない! ジェフェリー兄様、嫌い!」
「嫌いって言われたら、僕悲しくて泣いちゃうなー」
「えっ……で、でも食べないもん……」
我ながら、自分の母より子供を産むとは思わなかった。三人目も息子でもういいか……と思ったものの、やっぱり一人くらい娘をと高齢出産にチャレンジしてしまった。
歳の離れた妹は可愛いらしく、息子たちはこぞって可愛がり……からかう。困ったものだ。
「大丈夫よ、リナリアが可愛くてからかっているだけ。ほら、こんな時までしょんぼりしないで」
「うん。ママ、風魔法を使うわね!」
返事をする間もなく風魔法で花びらが突然舞った。
くるくるひらひらと赤とピンクと白が混じり合い、儚く落ちる……その前に、セドリックが敷いてあるシートの一角に魔法で集めた。さすが長男。レイモンドは一緒に舞ってしまいそうだった籠を魔法で引き寄せて手で持っている。
「籠まで飛んでしまっているよ、リナリア」
「あら、パパが掴まえてくれるって信じていたもの」
「パパを信じてくれていたのか。それなら仕方ないな」
「父上、籠を貸してください」
ひょいとジェフェリーが籠をレイモンドから奪い取ると……。
「ほら、リナ。似合っているよ」
籠をリナリアの頭にかぶせて……。
「似合っているわけない! やっぱり嫌い!」
「ショックだなー」
まったく……。
休日には必ず家族で集まる時間を設けている。やはり子供が四人もいると騒がしい。
「もう一回やる? リナ」
そっとセドリックが籠を頭から外すと、アドルフが花びらを中に入れ直した。
うん……上の子たちが色々やってくれるから私たちの出る幕がない。ジェフェリーはからかうことの方が多いけれど。
「やるわ! お兄様たち、落ちないうちに全部ちゃんと集めてね。思いっきり、ぶわぁーってする!」
自然と私たちから四人がタッタと離れていく。なんだかんだで子供たちだけの空間の方が楽しいのかもしれない。
花びらの中で笑う子供たちを見ながら、シートの上でそっとレイモンドと目配せをする。
「子供たちと一緒にいると静かな時なんてないよね。我ながらたくさん産んだなーって思うわ」
「ありがとう、アリス。リナリアのお陰で息子たちとも距離が縮まった気がするよ」
「レイモンドったら格好つけだもんね。完璧なお父さんをやっちゃうから」
「ひっどいなー。俺なりに頑張っているのに」
仕方ないかなとも思う。
私も大きくなってからは父親とは距離があった。父親ってそんなものだよね。家族の精神的な支えでもある。まさに大黒柱だ。
「分かってる。だから何年経っても惚れ直しているし」
「本当かなぁ……」
「まさか、こんなにずっと何年も大好きでいられるなんて――」
「……思わなかったなんて言わないよね」
「思ってた」
「だよね。あー、よかった」
レイモンドはもう、私と魔女さん以外の誰の前でも一人称は「私」だ。私と彼女の前でだけ、昔のままの話し方をする。
私もそうだ。レイモンド以外の前では、たとえソフィの前でも口調には気を付けている。とはいえ、声のトーンは落ちたかな。昔よりも当然落ち着いてもいる。
見た目も老いた。だんだんと白髪も出てきて、根元で切ってもらっている。夜の男性機能も女性機能も……ね。昔は復活の呪文でも唱えているのかと思うくらいだったけど、今では……。
「アリス、また変なことを考えているよね」
「……どうしてレイモンドには分かってしまうんだろう」
「長年の付き合いだしね。目だけ見ても分かるよ」
「次から目をつむってトリップするわ」
「……意識してトリップしているの?」
「無意識ね。防ぐ手段がないし、諦めた」
「相変わらず諦めるのが早いね」
あれ?
リナリアが戻ってくる。
「ママー! すぐジェフェリー兄様が変なことを言……っ」
あ、転んだ。
「リナ!」
ひとっ飛びでセドリックが近寄って手の平や膝の砂を落とし、治癒魔法を素早く膝にかけている。
怪我しちゃったかな……。
セドリック、シスコン気味だよね。上の子に世話をさせたらいけないと思っていたけど、まさかシスコンになるとは。しばらく学園にいて会えない時期が続いていたから、今月はもうべったりだ。
「リナリア、大丈夫?」
レイモンドと一緒に近寄って膝を見るけれど、既に傷は跡形もない。治癒魔法に劇的な効果はないし、少し擦れただけだったんだろうな。
「大丈夫。セドお兄様が治してくれたもの。セドお兄様が一番大好き!」
「僕もリナが大好きだよ」
リナリアが嫁に行く時、セドリックまで泣きそうだ。
長男のセドリックは王都の魔法学園を卒業したばかりだ。定期的に会っているダニエル様とジェニーの息子と同い年で、魔法学園を受験すると聞いて一緒に通いたくなったらしい。
魔女さんの力を使わずだったので護衛と共に行き、距離も距離だしそのまま卒業まで帰ってこなかったものの、召喚という形で私たちがジェニーたちと会う時にセドリックにも会わせてもらっていた。リナリアも一緒に連れていける雑談会の際に、少しの時間だけ会えるという程度だった。
後輩のジェニーの娘ちゃんと恋仲になり、彼女が卒業したらお嫁さんとして来てもらうことに……今からそわそわして仕方がない。
東側の国境を守るオランド侯爵家には娘しか産まれず、同い年の次男のアドルフとどうかという話もあった。入り婿ってやつだ。そのあたりの文化は日本的だよね。あちらの女の子も魔道士ランクは高いので王都の魔法学園に入れるだろうし、そこで親睦を深めて双方合意すれば……ということになっている。
気が合えばいいけどなぁ。
変わっていくものもあれば、変わらないものもある。ジェニーとは仲よしのままだし、カルロスと結婚したユリアちゃんとも魔道具の試作品を持ってきてもらうのを口実に会っている。いいものがあれば、オルザベル家で使用と謳ってもいいよと許可を出しているものの……まぁ、同窓会になるよね。購入してジェニーに渡すこともある。
学生時代に築いた関係は私にとって宝物で、ずっと大事にしたい。夢でくらいもう一度あの時に……と思ってしまうのも止められない。
それくらいに楽しかった。
気を取り直したリナリアはまたお兄ちゃんたちと遊び始めた。セドリックが肩車をしてあげている。
大事な家族との時間だ。
「それで、アリス。どんな変なことを考えていたの?」
「こんな天気のいい日に、変なことを何度も思い出させないで」
「……相変わらず気になる言い方をするなぁ。何年経っても何十年経っても、アリスには飽きないよ」
きゅっとレイモンドがさっきよりも私に寄り添う。
私たち二人から、あんなに大きい人間が四人も生み出されるなんて……それこそ魔法みたいだよね。
幸せな日曜日の午後。
そろそろリナリアのお腹がすく頃かな。おやつの準備ができましたって誰かが呼びに来るかな。
そんなことを考えていると……。
――突然、後ろから影がさした。
ここまで気配なく私たちに近寄って来れるのは彼女しかいない。振り返って私たちは同時に言葉を発した。
「「魔女さん……」」
応援ありがとうございます!
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