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後編 魔法学園での日々とそれから

179.あれから

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 あれから数ヶ月が過ぎた。

 白薔薇邸の私の部屋のバルコニーで、夜にレイモンドと並んで風に吹かれる。

 こちらに戻り……ソフィたちの子供は「教えの庭」の二歳児クラスに入った。四月生まれなので発達が進んでいることや魔法の才能が大きいことなどが加味されている。
 私とショッピングに行くのを任されていただけあって、ああ見えてソフィも魔道士ランクは高かったらしい。ハンスとソフィの子という才能もありそうだ。

 ただ、ソフィの使える魔力量が増えているらしい。そう言っていた。魔女さんと行き来の際に直接会ったことも関係しているのかな……。

 私とレイモンドも試験をクリアし、魔導保育士一級資格を手に入れた。試験自体はここの市庁舎でも試験官の元で行える。
 
 ここではお城で領地運営の業務が行われているものの市庁舎も別にあり、不特定多数が入る試験や魔力検査などはそちらだ。その市庁舎で、学園卒業前の四年の夏には十歳検査のためにご両親と来ていたアンディくんとも久しぶりに会った。保育実習期間とかぶらないようにレイモンドが調整してくれた。

『当時はご迷惑をお掛けしました。小学園卒業後は騎士学校に入る予定です。毎年クリスマスのアリス様の光魔法を楽しみにしています。あ、いただいたレイモンド様の人形は大事にとってありますよ』

 と、溌剌と話していて……立派になったわねと少し涙ぐんで慌てさせてしまった。
 
 もう、お姉さんと慕ってくれていた可愛い小さな男の子はどこにもいない。寂しくもなったけれど心が温かくもなった。

 ……土偶レイモンドはいつまで彼の家にあるのだろう。飾ってあるのかと思うと、恥ずかしすぎるよね。

 隣国、ユンブリッジ王国との親善試合も今回はレイモンドも観覧側でご両親と同行した。ノヴァトニー侯爵夫妻の息子のチャールズくんも大人っぽくなっていて、これだけの年月が経ったのかと感慨深かった。
 事前に今回もパフォーマンスとして試合預かりをやってくれと言われて、今度は予定通りにそうした。まぁ……レイモンドの時と合わせたってことかな。

 私の毎日はというと……「教えの庭」に行きまくってしまっている。まだ婚約者という立場ではあるし、お母様も「子供ができる前に自分の仕事をお城で持たない方がいいわ。迷惑をかけると分かっていると抜けにくくなるもの。妻としての仕事もあるし、私と同じ歳になっても持たなくてもいいのよ。私があの人の近くにいたいだけなの」と言うのでもう、今は保育士スキルを上げる方に全力投球だ。
 そちらでも担任にはなれないけれど、人手は足りていないのでやりがいはある。私には聖女のようなイメージが定着してしまっているので、保護者の相手はせずに子供の世話だけだ。そうでないと、遠慮して誰も何も言えなくなってしまう。

 私がいる手前、園の外での警備も増強されている。そこは申し訳ないところだ。

 お母様がお父様のことをものすごく愛していらっしゃるのは毎日共にする食事などを通しても伝わってくる。さすが、あの指輪を卒業制作された方だな……と。

「今日の園はどうだった?」

 レイモンドがバルコニーでデコチューしながら聞いてくる。お互い背の伸びは完全にストップしたようで、この身長差がずっと続くんだろうなぁ。

「私、あの時の失敗の理由が分かったかもしれない」
「あの時?」
「そう、アンディくんの」
「……失敗ではなかったと思うけどな」
「若い反応をしていたからいけなかったと思うんだよね」
「んん?」
「おばちゃんっぽく話していると比較的上手くいくって分かってきた」
「ははっ、それは俺には無理だなー。確かに、こなれた感はあると思っていたけど」

 レイモンドもたまに「教えの庭」に来る。どうしても子供たちは特別なお兄さん、または特別な先生として見るから本人も寂しいようだけど……仕方ないよね。

 子供相手だと担任には引っ張っていく雰囲気が必要だし、担任でなくても安定感を漂わせることが必須だと最近しみじみと感じる。

「ただ……それとは別に、実習とは別種の大変さも分かってきたけどね」
「例えば?」
「風邪が感染りまくる……次から次へと子供たちが鼻たれちゃんになっていく……」
「あー」
「胃腸風邪が流行る時期は、吐く子が同時に複数人出てくる時もあって阿鼻叫喚だって」
「それはねー」
「水魔法で咄嗟に流そうとする子がいると、とんでもないことに」
「うわぁ……」

 部屋にいるとすぐに変な気分になるから、しばらくはいつもここでお話することにしている。

「保護者さんからの相談もあるしね。特に低年齢だとそうだけど、家でも爪化粧を取りたいって。頑張って剥がそうとしちゃうけれど、どうしようって相談も多いかな。私は直接話したりはしないけど、たまに連絡帳のお返事をしているんだ」
「そっか、園でできることが家でできないと辛いよね。爪に剥がしたくなくなるような可愛いスタンプとか……崩れるかな……」

 私の雑談を受けて、レイモンドが色々考えてくれる時もあるのが嬉しい。

「子供たちはさ、先生に見張られてるって感覚にはならないのかな……」

 彼の声が少し暗くなった。
 そういえば、レイモンドも小さい頃は乳母さんにべったりされていたって言ってたっけ。見張られてる感があったのかな。そんなことを昔言ってたような……?

「信頼関係があれば大丈夫だよ」
「信頼……関係……」
「大好きになれば逆に見ていてほしいって思うだけ」
「ああ……」
「子供たちの気持ちに共感して、したいことやして欲しいって思っていることに気付いてあげて、言葉にして、こうしたかったのって手伝ってあげたりして……そうやって信頼関係を築けば大丈夫!」
「そっ……か……」

 何か思うところがあったのかな。

 四年間の思い出はまだすぐ側にあって、レイモンドと話していると、当たり前のように周囲にいた友人たちともう会えないことに寂しさも募る。

 彼がいてくれて、本当によかったと思う。私が貴族の令嬢だったとして、卒業して一人でこの状態だったら寂しすぎて毎日泣いてしまいそうだ。

 もう手が届かない思い出も、彼と一緒に懐かしめるのなら――。

「確かに、アリスにならどれだけ見張られていても嬉しいだけだね」
「実際に見張っていたのはレイモンドでしょ……」
「目が離せなくなっちゃったんだよ。そっか、俺は君を一方的に信じてしまったんだな。君は誰かを裏切ったりはしないし悪口も言わない、口も固いし期待に応えようとする。人を出し抜こうともしない。見ていて、俺のことも信じてほしくなってしまった。見張られるのは嫌いだったはずなのに……アリスにならずっと見ていてほしい、気付いてほしい、関心を持ってほしいってね」

 あれ。こんなに具体的なことを言われるの、これだけ一緒にいたのに初めてじゃない?

 いやー、中学生に人を出し抜く機会なんてそうそうない気がするけど。せいぜい、テスト前に勉強したのに全然してないとか言う子がいるくらいな気がするものの……覗き見していたレイモンドには、違う世界が見えていたのかな。

 誰かの悪口を言う女子は、残念ながら一定数いたしね。
 
「何年も一緒にいて分かってきた。レイモンドって私以外には懐かないタイプだよね。柴犬タイプ?」
「柴犬!?」
「最初から私にはああだったのが、不思議だな」

 他の人の前では、どこか装っている。
 ただ、普通はそれが正常のはずだ。人にどう見られるかを意識しながら生活を送るのが正常で……。

 うーん、無理せずツンツンしていられるのが魔女さん相手の時で、無理せずデレデレしていられるのが私相手の時ってこと?

「これは言うつもりなかったけど……」

 照れた様子で曲げた指を口に当てている。
 
「うん?」
「いや……やっぱり格好悪いから、言うのはやめよ」
「な!? 気になる! そこでやめるのはやめて、レイモンド!」
「そうだろうねー、でもなぁ……」
「気になるから!」
「う……いやさ、ずっと見ていて君の弟気分にもなっちゃってたのかなーってさ。覗き見しているだけで、弟気分になって甘えさせてもらっているような……だからこそ守りたくもなるんだけど」
「お……弟……」
「守りたいのに守られたくなって、甘やかしたいのに甘えたくなって、アリスを見ていると自分がおかしくなっていくのを感じたよ」

 つまり、出会った時から私相手だとレイモンドは正常ではなかったってことか。

「最初からレイモンドはおかしくなっていて、私はこっちに来て三日でトチ狂ったんだね……」
「ああ、そういえばずっとトチ狂ってくれていたんだっけ」

 耳元にキスをされ、レイモンドの表情が艶を帯びる。このあとのことを考えているような……。

 ――今年、私たちは結婚する。
 
 私のウェディングドレスは、デザイン画を見るだけでも美味しそうなケーキのようだ。真っ白でふわっふわなのに、裾には薄いピンクや白の薔薇が半円を描くようにあしらわれている。仕立て屋さんとレイモンドと一緒にデザインを考えた。もちろん、胸元にはダニエル様に入学前にいただいた宝飾品加工用の魔石のブローチをつけることにしている。
 レイモンドは貴族風王子系タキシード。金の刺繍がゴージャスな深い紺のデザインだ。早く着ている姿を見たい。

 フルオーダーなので、出来上がりまであと数ヶ月くらいはかかる。

 王都に住んでいるわけではないので、内輪での結婚式とした。それならば代理人から贈り物をということで、王家や懇意にしている各地の貴族からは使者が送られてくる。なんだかんだで参列者は多くなる予定だ。

 領地のあちこちの町や村でお祭りが行われ、神風車で凱旋も行う。計画を聞くだけでも大変そうで……失敗できないという責任の重さに目眩もする。手順を間違えたり、転んだりしないようにしないと……。

 でも、彼の側でならきっと最高の思い出になる。

 結婚したいくらいに大好きだと思った彼へのその気持ちは――。

「ずっとずっと、添い遂げたいくらいに大好き!」
「ああ、俺もだ。最後の……最期のその時まで側にいるよ」

 不安はもう感じない。
 きっとこの愛は――……永遠だ。
 ずっと愛しているし、愛してくれる。

 思考の偏りなんかじゃないよね、魔女さん。
 
 だってそれは、絶対なんだから!

 
 
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