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後編 魔法学園での日々とそれから

173.おねだりの対価

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 その日は隠れ家に泊まり、早朝に寮へと戻った。

「主役が戻ってきたな」

 ダニエル様……最近、以前よりも愛想がいいんだよね。柔らかい笑顔をよく向けてくれる。

「二人ともお疲れ様! すごかったわよ。頑張ったわね」
「私も感動しました。泣いちゃいましたよ」
「俺も、聖女様を見た気分になりました。光の波がすごかったですね」

 皆が口々に絶賛しながら迎えてくれる。
 そういえば、ダニエル様たちは王宮にいたんだからカルロスとユリアちゃんは二人きり……どんな雰囲気だったんだろう。

「緊張して手足ガクガクだったし! 学園に行く気分じゃないなぁ~」
「残り三日じゃない」
「また冬季休暇でダニエルさんとジェニーと離れるのも寂しいなぁ」
「四人ともここに残るのでしょう? 寂しいのは私の方よ」
「私だって寂しいの。勉強から離れられるのは嬉しいけど」
「アリスさんはアリスさんですね! 昨日のを見て恐れ多く感じてしまいましたが、ほっとします」
「恐れないでよ、ユリアちゃんー」
「いつものアリスさんで安心しました」
「私も、いつもの寮にいつもの皆がいると安心するなぁ」

 雑談していると、ニコールとヘレンが朝食を出してくれる。ヘレン……優秀なキッチンメイドで助産師でもあるんだよね。二つも技術があってすごいなぁ。

 いつもの日常……安心するよね。

  ◆◇◆◇◆

 学園から帰り、今日はレイモンドと隠れ家の三階へと直接入る。
 
 一階から入る時は、ハイハイしまくりのベルちゃんと戯れつつソフィたちと話し、三階へ移動する。その場合は、今からやることやってきます的な感じでなんだかなーだけれど、白薔薇邸でも夜にレイモンドが来るのってもうそーゆーことだしね……。同じ建物の中に人がいる中で、というのにも多少慣れた。三階は別の住居として考えることにした。

「あーあ。もう聖アリスちゃんが一人歩きしているよね。休み時間、その話ばっかりだったし。レイモンド、こうなることを最初から見越していたの?」
「全然。最初はアリスから言い出していた気がするけどな」
「聖アリスちゃんになりたいなんて言った覚えはないけど。レイモンドロースでよかったのに」
「前に言っていたね。肉っぽいからやめておこうよ」
「もう何もかも手遅れだし……」

 鞄を置いて寝室へ連れていかれる。
 なーんの躊躇もない。私が最初に大好きになった苦悶レイモンドは影も形も一欠片もないよね。

 でも……脇にはものすごく大きなクッションがある。ベッドの上に背もたれにするために置いてから、ふわっと包まれる。

「話したいことはある?」

 いつも最初にそうやって聞いてくれる。自分のしたいことより、私が心の中に何かを溜め込んでいないかをまずは気にしてくれる。

 そーゆーとこ、好きだなぁって思う。

「もうここで二回目のクリスマスだったんだよね」
「そうだね」
「早いよね……これだけの年月で、ダニエル様とジェニーもすごく仲よくなったよね。昨日も王宮ですごくそれを感じた。たまにお忍びにも二人で行ってるし。ねぇ、なんでその時だけダニエル様ってインテリ風の装いなんだと思う?」
「え……俺とだと護衛付きで飛んで王宮に行っちゃったりもするし、カルロスが一緒でもやっぱり飛んでいるしな。防衛学院や騎士団本部で手合わせさせてもらったりとか……。飛ばずに街デートだと、やっぱり変装したいんじゃない? ダニエルだしね。護衛もその方が安心だろうし」

 女子と過ごし方が違いすぎる……。

「他に話したいことは?」

 ものすごく待たれている。

 なんかなー。
 昨日もレイモンドはものすごく楽しそうだったけど、手筈を最初から整えられてって、あんまりいい気分じゃないんだよね。最近は落ち着いちゃっているし、ちょっとつまんないなぁ。

「インテリ風のダニエル様をもっとちゃんと見たい。いつもすれ違いの一瞬しか見られないし」
「え……」

 あ、久しぶりの不穏レイモンドだ。

「俺じゃなくて……ダニエルを見たいって?」

 やや苛ついている……苛つかせたんだけど。
 やっぱり少し引いてみると危ない人にも見えるよね。たまには別人みたいなレイモンドともイチャイチャしてみたいような。
 
 ……前に私にもオッサン口調で話してみてって言ったのに結局一度もしてくれていないし。
 
「残り二年ちょっとしかないし、お忍び風ダニエル様と六人でどっか行きたいよね」
「それで……アリスはダニエルをガン見し続けるって?」

 ため息をつきながらも目を細められる。
 しつこいレイモンド……しばらく見ていないと寂しくなって、わざと嫉妬させることを言いたくなる。癖になるしつこさかもしれない。でも、そろそろやめておこうかな。自分がされたらかなり不愉快だしね。
 ……なら言うなって話だけど。

「王子様がいると六人で街中は護衛さんも大変かな……通学と違ってあちこちだもんね。スポーツセンターで皆で卓球とかならよさそうだけど、この世界ってそーゆーのないよね。卓球自体ないし。大きい公園にそんな建物、あるといいのにね」
「……卓球……」

 あ、レイモンドの目が虚ろに!
 私が死にそうになったのって、卓球のあとだっけ……。もしかしてトラウマ?

「インテリ風のダニエルと卓球がしたいの……」
「考えなしにしゃべってる」
「だよね」

 レイモンドが考え込み始めた……。やっぱり悩んでいるレイモンドも好きだ。うーん、好きが爆発しておかしくなっているなぁ。
 もう少し大人になったら落ち着くかな、私。

「ピンポン球が難しいな……ゴム製ならあるけど……」

 そっか!
 この世界、プラスチックがない!

「高価にはなるけど、できなくはないか……」
「プラスチック、あるの!?」
「近いものならね。眼鏡のフレームの材料にもなっている。ただし高額だ」

 眼鏡って高かったんだ。

「可燃性も高くて使わざるをえないものに使う」

 だから、あんまりそれっぽいのを見ないんだ。

「そんなものがあったんだ……」
「まぁね。俺の意向だけではどうにもならない。一応相談はしてみるよ」
「……ごめん。適当に思いつきでしゃべっただけで、ものすごく希望しているわけじゃない」
「六人で外で遊びたいんだよね。寮の中や夏場のプールみたいにジェニファー様の屋敷で、でもなくて」
「それは……うん……」
「あらかじめ言っておいて目的地も伝えておけば大丈夫だよ。で、インテリ風のダニエルも見たいと」
「それはやっぱりいい……」

 不穏レイモンドが見たかっただけだ。

「一応聞くだけ聞いてみるよ」
「え」
「でも、ダニエルをガン見するアリスを見るのは気分悪そうだなー」
「だからいいって……」

 あれ。なんか顔がやや種類の違う不穏レイモンドに……?
 
「そこに、媚薬ジェルがある」
「なんで!?」

 意味分からん!
 
「そんなアリスを見ても落ち着いていられるくらいに乱れてくれるのなら……」

 エッロイ!!!
 なんでいきなりそんな話になったんだ! コイツ、絶対私がこーゆー類の無理ぎみなお願いをするのを待ってたでしょ。取引用に置いておいたでしょ!

「だ、だからいいって……」
「使ってもいいんだ?」

 甘えたような目で誘ってくる。
 むぐぅ……。

 さっきまで普通におしゃべりしていたのに……ベッドの上でだけど。レイモンドを困らせようとすると、いっつもこうだ。私の方が困らされる。

 でも……苦悶レイモンドが鳴りを潜めてしまったように、今のこのレイモンドも今だけなのかもしれない。お爺さんになってまでは、絶対しないだろうし。いつまでこの彼も見られるんだろう。

「アリス? えっと……」

 あ、レイモンドがやりすぎたかなって顔をしている。

「ねぇ、レイモンド。私にいつまでそーゆーことをしてくれるの?」
「え?」
「何歳くらいに枯れるのかな」
「枯れる!? この状況で枯れる心配をする女の子は、世界広しといえどアリスだけだと思うよ!?」

 そうかなぁ。
 いつまでかなーって思う女の子、いると思うけど。

「枯れる時期は分からないな……統計をとったこともないし」

 まずい!
 年配の男性の使用人に「いつ枯れましたかアンケート」をとる辺境伯の息子を生み出すわけにはいかない。

「私より早く枯れたら寂しいなって思っただけ。忘れて」
「それは使ってみてもいいってこと? 枯れないでって願うくらいには乗り気になってくれた?」

 あーあ。
 レイモンドはすぐそうやって聞くんだよね。聞かなくたっていいのに。私の意思なんて無視してでもって思っちゃうくらいに愛されたいのに。

「……中毒性のある物質とか入ってないよね」
「大丈夫。血行を促進するだけの軽いものだ」
「そっか、それなら……」

 聖歌に言ったように欲のない人間なんていない。そんな人しかいなかったら退屈すぎて魔女さんも絶対に飽きちゃう。

 いつだって欲にまみれた目で私を見たらいい。そんな彼を見たいのが私の欲だ。

「――いいよ」

 最高に欲深く、あなたの前でだけ咲き乱れてあげる。

 ……なーんてね?

 
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