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後編 魔法学園での日々とそれから

141.葛藤

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 扉の前まで足音を立てないように進むも、返事をするかを葛藤する。

 窓を閉める音に気付かれたのかもしれない。聞いていたのかと尋ねられたら、どう答えたら……。それに泣いてしまった。レイモンドのことだ、気付いてしまいそう。
 電気さえ消していればバレなかったかもしれないけど……日記を書いている途中だったせいで灯りをつけたままだ。今消したら扉の隙間から漏れている光がいきなり消えてノックに気付いたとバレる……。

 って、そうじゃん! 漏れている光で起きていることもバレバレじゃん!
 いや、ノックの音は小さかったし気付かなかったで通すことも……。灯りをつけたまま寝てしまったということにするのも……。

 葛藤していると、足音が立ち去っていく音がした。

 無視しちゃった……。
 明日どうしよう。
 ものすごく気まずくなったら、どうしたらいいのか分からない。

 またじわじわと涙が滲んできたところで、もう一度足音が――、

 なんなの!
 私を揺さぶらないで!!!

 扉の下の隙間から、小さなメモが差し込まれる。

『忘れて』

 ……あのね、こんなのを見て本当に忘れたフリなんてしていたら気まずくなるの確定じゃん!

 もう開けよう。心がゆらゆらしすぎて疲れた。どうでもよくなってきた。

 ――キィ。

 扉を開けると、やっぱりレイモンドの姿が……。暗がりの中、申し訳無さそうに立っている。声を廊下に響かせたくはない。静かに中に入れると文句を言う。

「あのね、わざと私の心をかき乱すのはやめてほしいんだけど。部屋にいただけなのに、げっそりなんだけど」

 ……あれ。これってもしかして言いがかり?

「もしかして、わざとだって気付いてた? ……アリス、泣いていたの? 目が赤い」
「あくびしただけ」
「ごめんね、アリス……。咄嗟のことでああ言っちゃったんだよ。君が窓を開けたのに気付いて、ダニエルは好意で聞いてくれただけなんだ。間接的に伝えたいことはないのかって。ついそれを利用して、ああやって言えばそのうち受け入れてくれるかなって。ごめん……すぐに卑怯だったかなって反省はしたけど……」

 え、どういうこと?
 あれ?
 私が窓を開けたところから気付かれていた?
 ん……んん?

 つまり……私の心をかき乱すなって言葉を、全て知ってますってことだと捉えた……?

「泣くほどだとは……思わなかった。ごめんね、気を付けるから。かわそうとしていること、分かってはいたんだ。俺を負担に思わないで」

 涙目になったレイモンドが、またあの言葉を呟く。それは前の世界の愛の言葉で……私を幸せにしたいと思ったその時の気持ちを思い出そうとしているようで――。

 その小さな浅いキスと、愛を語っているはずのその音は……私との間に距離をつくるものに感じた。

 違うの。
 そんな意味で泣いたわけじゃない。

 どう言おうか考える間もなく、すぐに「おやすみ」と言って寂しそうに立ち去る彼を、言葉を発せずに見送る。

 ここが寮でなかったなら、私はどうしただろう。

  ◆◇◆◇◆

 翌日――、何もなかったように皆が集合する。

「アリス、おはよう。今日はあなたの好きな海の幸とパプリカのテリーヌがあるわよ。デザートはクロワッサンのテリーヌ・ショコラよ」
「すごい! テリーヌ祭じゃん。ありがとう。ますますニコールさんが好きになった」
「ありがとうございます」

 毎日それぞれの好物をローテーションで出してくれる。さすがニコールさんだ。

「アリスはすぐに気軽に好きだって言うからなー」
「大丈夫、愛しているのはレイモンドだけ」
「はいはい、俺もだよ」
「相変わらずね……」

 揃ったら、皆でいただきますだ。

「そういえば、フェリキタスビティスがわずかに色づいてきたんですが、皆さんのところもですか?」

 お、ユリアちゃんのもそうなんだ。

「私のもー。毎日愛してるって話しかけているから、すごく甘くなるに違いないって期待してるんだけど」
「待ってよ、アリス。俺に対するより頻度が多くない?」
「そうかも。フェリフェリちゃんに負けてるね」
「それはないよ~」
「私のも色づいてきたわ。テスト開けくらいにいい色になっていたら皆で食べましょうか」
「賛成ー!」
「俺も腐らずに成長してくれて安心しましたよ」
「私もだ……」
「全員腐らずにすみそうだね。私もほっとした」

 いつも通りの朝。ソフィもいてくれて、食器類をニコールさんと片付けてくれる。
 登校準備ができたらまた一階ラウンジに集合して――。

「そろそろ行く時間ねぇ~。行ってらっしゃぁ~い」

 魔女さんも出てきて、手を振ってくれる。

「行ってきますね、エリリンさん!」
「留守を頼む、番人」
「エリリン、今日もありがと~」

 皆で魔女さんに挨拶をして、にこやかに門を出る。

 いつもと……何も変わらない。
 でも――。

「フェリフェリちゃんに負けないくらい、俺にも愛を語ってよー」

 いつも通りを装う彼と私の間には、溝ができてしまった。

「フェリフェリちゃんとフェリビティちゃんなら、やっぱりフェリフェリちゃんかなー」
「完全にスルーしたよね」
「誰があんな名前考えたんだろう。舌嚙みそうだし。ユリアちゃんならどんな名前にする?」
「ええー? そうですねぇ……フェリスちゃんでしょうか」
「綺麗に略してる!」

 いつもの日常。
 そんな中で、ジェニーがこっそりとダニエル様に「フェリフェリちゃんに話しかけてはいないの?」と聞いていたり、変化があって。

 皆、誰かには話さないたくさんの変化を抱えながら、日々が過ぎていく。
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