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中編 愛の深まりと婚約

84.アリスの介入

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 ――神の加護よ、会場の全てを包み込んで。

 祈りと同時に、会場が光の海の中に沈んでいく。

「ただいまの勝負、レイモンド様がご婚約者アリス様によって一時預かり、再勝負といたします」

 司会の人の言葉が会場中に響く。襟元に留められた魔道具のお陰だろう。

 ――まったく。私が特別席の頭上に浮いていても気付かないくらいに没頭するなんて、心外だな。

 少しだけレイモンドの気持ちも分かる。自分がどれだけの力を扱えるのか試したくはなる。
 人を傷つけられる力はあまり使いたくはない。でも、これなら……。
 
 光が会場を呑み込んでいく。火も水も風も大地の魔法も、全てを泡のように消していく。

 力を見せ合っての牽制で保たれる平和。最終的にはそれしかないのかもしれない。
 でも、大きな力を消し去ることのできる光魔法は救いのようにも感じる。誰を傷つけることもなく、優しく包み込んでただあるべきところへ還すこの力こそ神による救い……。

 ――知りなさい。
 
 誰かに向かってしまう強い魔法など、神の光に比べたら春の夜の夢のごとし、風の前の塵に同じよ、なんてね。

 レイモンドがいい笑顔すぎる……。
 相手の騎士さんは、なんか信者みたいな顔つきになってる。他の観覧席もそんな感じだし、ヤバイヤバイ。戻ろう戻ろう。

 そのままふわふわと元の場所へ戻る。
 拍手喝采の中、もう一度試合開始の合図が鳴った。

 うん……どの人もこっちしか見ていない……。さすがに予想はしていたけど。
 一礼して座っておこう。

「負けました。宣言による私の負けとしてください。誰が見ても明らかだったはずです。私の意を汲んで長時間お相手くださり、ありがとうございました」

 清々しく相手の騎士さんが負けを宣言した。
 
 一応、魔道具のお陰でその声は伝わってくるけれど……それどころではない。

 拍手のあとにノヴァトニー侯爵様が奥様と一緒に私の近くに来たのですぐに立ち上がる。後ろには、夫妻の隣に座っていたご子息様も緊張した様子で佇んでいる。
 ……大樹と同じくらいの年齢かな。

「さすがオルザベル卿ご子息、レイモンド様のご婚約者様ですね。アリス様、今日お会いできて光栄ですよ。握手をしてもらっていいですかな」

 この場所では逃げることができない。ここに来てすぐに挨拶はしたものの、ほとんど話さなくてよかったのに……。

 侯爵様に応じて握手をする。

「いえ……お恥ずかしながら、まともに扱えるのはこの魔法だけなんです」
「素晴らしいですよ。あなた様のお心は、光に満ちあふれているんですね」

 なるほど……そう思われるのか。
 神による同情が大きいと思います、とは言えない。
 
「恐れ入ります。ただ、平和で穏やかな日々を好んでいるだけですわ」
「私も感銘を受けましたわ。こんなにお若くていらっしゃるのに。学園への入学はこれからですの?」

 奥様まで……緊張する!

「ええ、来年の予定ですわ」
「それでしたら、卒業後にまたお会いできたら嬉しいですわね。五年後には息子があの場に立つかと思いますわ」

 今は九歳くらいってことだよね。やっぱり大樹と同じだ。
 今回はレイモンドの参加もあるから一緒に来たのだろう。私たちもレイモンドが跡を継ぐまではご両親だけの参加だと思っていたけど……ご子息様が試合をされるなら、私たちもまた来ることになるのかな、やっぱり。
 
「こういった形で交流ができるのは大きな喜びですわ。まだ私は世話になるだけの身ではありますが、互いの友好を深めるための一助に、いずれなれればと思っています。チャールズ様、またお会いした時にはよろしくお願いしますわ」

 後ろのご子息様にも挨拶をしておく。名前……覚えておいてよかった。

 利発そうな緑の髪のお坊ちゃんが、少し照れた顔で微笑んだ。

「はい、アリス様。私の試合も、もしよろしければ一時預かりをお願いしてしまうかもしれません。その時を楽しみにしています」

 ……切り返しが頭いいな……私、結構必死こいてしゃべっているんだけど。この子は余裕そう。貴族って頭使うんだなぁ。

 どう返そう……。

「そう言ってくださるのなら、五年後の再会をお約束したいですわね」

 もう無理です、助けてくださいという意味を込めてレイモンドのお父様に目を向ける。

「ええ、五年後にまた共に来ましょう」

 よし。なんとかお父様に会話をバトンタッチできたはず。あとは微笑んでやり過ごそう。

 両国の夫妻の会話を聞きつつ、ボロを出さずに済んだことに、ほっとする。

 こういう時の言葉も勉強をしておいてよかった……。全く同じ言葉でいいものはないけれど、公的な行事での誰々のお言葉なんかは記録に残っている。たまに読ませてもらって、頭の中でシミュレーションはしていた。

 もっともっと気の利いた言葉を覚えよう。

 勉強の意味も込めて、そのあとは会話の仕方や表情なんかを頭に刻みながら聞いていた。
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