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中編 愛の深まりと婚約

78.子守唄

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「俺を置いていかないでよ、アリス」

 夜に会っちゃうんだよねー……逃げても。

 愛おしむように頭をなでられる。
 レイモンドは……私の何になろうとしているのかな。母親にも兄弟にも恋人にもなろうとしているのかな。

 まだ……私と同じ十四歳なのに。

「置いていきたい気分の時は、置いていく」
「そんな気分にならないでほしいなー」

 寝支度を整えてもらっている時に、メイリアにこっそり教えてもらった。

 ――あの直後にすぐカードを見て、レイモンド様は少し泣かれているようでしたよって。

 逃げなければよかったかな……。
 レイモンドなりに一生懸命なんだよね。自分の手で幸せにしたいって言ってくれるから、その返事って思ったんだけど。
 そりゃそうだよね。頑張っているんだから報われたいって思うよね。あれだけの文章で……泣いてくれるんだ。
 
 早く大人になれればいいのに。ずっと好きなんだって信じられて、迷いも何もなくなって色んなこともできるようになって自信もついて……早く結婚できたらいいのに。
 早く学園に入りたいな。他の女の子と話すようになっても、私のことを好きって思ってもらえたなら……。

「ごめんね、逃げて」
「いいよ。楽しかった?」

 そう聞かれて、今日のことを思い出す。
 ソフィ、ハンスにカードで聞いたのかな。二人が両思いになるといいな。

 つい、くすくすと笑ってしまう。

 恋人いますかって尋ねるカードと……いないって言われたら、その次に見せるカード。二番目のカードの内容は教えてもらっていない。

「思い出して笑うほど楽しかったの?」
「うん。すごくね」

 ずっと口角が上がってしまう。

「あのね、変身してってコンセプトでね、名前も違う名前で呼んでもらったの」
「どんな名前?」
「ユメちゃんって」
「あはは。そっか……その愛称で呼ばれるシーンは、ほとんど見てないなぁ」
「ごくごくわずかな友達からだったしね。というか、見ていた時があったの」
「休みの日は、それなりの時間見ている時もあったからなぁ」

 うーん、ストーカー……。
 本当にいいのか、私は。この男を好きになって。もう手遅れだけど。

 友達と遊んだ時か部活の試合に出かけた時か、どっちかかな……。スタメンじゃなかったから格好悪いし、聞くのはやめよ。

「レイモンドは、粘着質なストーカーだね」

 もぞもぞと布団から手を出して、レイモンドの手を握る。

「……表情と行動と言動が合っていないけど」
「今日は楽しかったからなぁ。また明日から頑張ろっと」
「うん、クリスマスにはお祭があるよ」
「あと二ヶ月くらいだね。それまでは、じゃんじゃん勉強も特訓も詰め込んで」
「そんなに頑張らなくてもいいけど。十五歳検査までだって一年はあるし」

 ……そういえば、魔道士ランクを決める検査があるんだっけ。レイモンドは十歳でSランクだったとか。

「……頑張ろ」
「頑張らなくていいのに」

 クリスマスかぁ。そういえば定番ソングがいくつもあった。そんなに歌詞は覚えていないけど。歌とか……全部、言語変換されているのかな。

 歌詞まで全て覚えているのは、子守唄くらい……。夜、喉が乾いてキッチンに行くと、寝室から光樹を寝かしつけるお母さんの子守唄が聞こえてきた。私もたまに、なかなか寝なくて困っているお母さんのために、寝室に寄って光樹に歌っていた。
 私だけのために歌うお母さんのことは……ぼんやりとしか覚えていない。大樹が産まれてからは大樹に歌うお母さんの記憶が強くて、気付いたら自分の部屋をもらっていた。

 頭の中で歌ってみる。

 ……曲と文字数が合わない……文字が多くて急いで歌わなきゃいけないところがある……。やっぱり変換されているんだ。

「どうしたの? 十五歳検査、まだ俺も受けてはいないけど、大したことはしないよ?」
「……前の世界の子守唄、曲と歌詞が合わないなって思って」
「なんで子守唄を思い出しているの」

 レイモンドが、悪戯っ子みたいな顔をして笑った。

「大丈夫。意味が似ている言葉を使えば、違和感なく歌えるよ」

 彼の口から、聞き慣れた旋律が――。

「あーあ……あんたはほんっとにもう……どうなっているの、レイモンド……」
「引いた?」
「引いた」
「ざーんねん」
「ね、もっと歌って。そっちのが綺麗。覚えるから」
「いいよ」

 まだレイモンドの歌声は女の子のように儚げで綺麗だ。声変わりはこれからなのかもしれない。

 ふと、魔女さんがレイモンドのことを完璧主義だったと言っていたことを思い出す。
 
 私のためにした方がいいと思ったことは、根こそぎ全部するって決めたんだろうな……。
 人によってはね。顔がよくて身分も高くて優しくて……だとしても、ここまでとなると引く人もいる気がする。私だって、話だけ聞いたら絶対ドン引きしている。今もやや引いてはいる。友達がこのタイプと付き合うって聞いたら、別れる時に揉めそうだし、やめた方がいいのにと思うかもしれない。
 
 ……やっぱり相性なのかな。

 私だけのために歌うレイモンドの優しい声音を聞きながら――、婚約を意味すると彼が言った指輪が自分の指にないことに寂しさを覚える。

 形に残るもので繋ぎ止めておきたいなんて……思ってしまう。どうか、このままでと。
 
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