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一番狂っているのは誰?

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「セルバンティス様がお待ちです。部屋に入る前にこちらの砂糖菓子を口にお含みください。すぐに溶けます。そして、ご準備が整いましたら部屋にお入りください」
「ええ、ありがとう」

 これは、セルバンティス・バルゾーラ王子の婚約者を決める関門だ。

 彼は実は女性不信に陥っているという。そろそろ結婚相手を決めなければならないものの、女性に言い寄られても金目当てや王妃という肩書き目当てでしかないように思ってしまうらしい。

 彼は真実の愛を求めて、貴族の女性にハードルを課した。

 ――特定の相手に一定時間心を読まれる特別な砂糖菓子を手配いたしました。考えていることが全て筒抜けにはなりますが、ご覚悟のある方のみぜひお越しください。

 という内容だ。

 そんな食べ物があるのかというのは、かなり疑問だ。もしあったとして互いに食べ合えば「そんなこと考えてたの」「お前こそ」とそれはそれはカオスなことになりそうでもある。

 でも、王子様が手配できたと言っているからにはあったのだろう。

 この関門はセルバンティス様と結婚したい女性を尻込みさせたらしく……婚約者決めレースに臨んだ人はほとんどいないとか。考えてみれば当然だ。お金目当てなんだと思われたら、逆に家名を落とすことになる。金目当てに王子に取り入ろうとする娘がいる家だと思われてしまう。

 だから、子爵家の私にもチャンスがある。本気でセルバンティス様を好きになった私なら――!
 
 ★☆★

「ユリア・マスカレド様がお越しになりました」
「どうぞ、お入りください」
「失礼いたします。……!」

 王子以外に人がいるとは思わなかったでしょうね。

 蜂蜜色の髪に愛らしい紫の瞳。少し幼い雰囲気もあるけれど、調べたところ貴族学校での成績も優秀。抜きん出ているわけではないものの品行方正なタイプですね。

「私はセルバンティス様の執事でございます。私には心の声は伝わってきません。適性の判断のため私から質問させていただく場合もございます。ご了承ください」
「あ……はい、分かりました」

 適性という言葉が頭を駆け巡っているのかもしれません。

 私のご主人様であるセルバンティス様は、深緑の髪に黄金色の瞳をした精悍な雰囲気の王子です。声には色気があり筋肉も逞しい。さながら騎士のよう。

 ――中味は爽やかさの欠片もないですけどね。

 夜会の場で、初々しく壁の花になっていたユリア様にセルバンティス様はご興味を持たれました。彼女は子爵家の娘で貴族学校二年生。おおよそ家から、学校でいい男と知り合えないなら夜会にも出て目ぼしい男を引っかけてこいと言われたのだろうと。貴族学校に入るまでは領地の屋敷で暮らしていたようで、社交には不慣れ。絶望的な顔をしていたのが気に入ったらしいです。

 すぐさま彼女の普段の行動範囲を洗い、交遊関係を洗い、王都の行きつけの店を洗い、護衛用の付き人とも私から話をつけ、「少しガラの悪い男に絡まれたところをセルバンティス様がお助けになる(付き人は離れたところにいたので遅れた)」という偶然まで演出されました。

 彼女のよく行く店の側で偶然会うことも繰り返し、行きつけの店の場所が近いようだという話で盛り上がるなんてことも何度か繰り返されました。全て計画通りです。

 そんな中でセルバンティス様は彼女に想いを募らせユリア様からの想いも自分にあると確信なされたところで――禁忌、無魔を召喚して契約するという道を外れた行為をなされました。

 彼女が口にした砂糖菓子は、本当にただの砂糖菓子でなんの効力もない。

 実際には三年間のセルバンティス様の寿命を削り三時間、夢魔の力を好きに使っている。部屋の中の人間を現実そっくりの夢の中に引きずり込み、特定の相手――すなわちユリア様のお心だけを覗かれている。実際の彼女は夢遊病のように歩き同じ場所に座っていることでしょう。

 わずかにいた他の令嬢は五分ほど相手をしてすぐに帰らせました。誰もが皆、絶望的な顔をしていたのが印象的でしたね。「嫌いな方はいますか」で想像された人と理由を当てるだけで、人は恐怖を覚えるもの。その恐怖すら言い当てられれば引きますよね。

「あれが王子の想い人ぉ?」

 夢魔が心の中だけで話しかけてきました。青白い顔をした露出度の高いお姉さんですね。髪も瞳も爪すら青い。

「ええ、可愛らしいでしょう」

 私も心の声で返します。夢魔の姿は私以外の誰にも見せていないようですね。

「あんな狂った王子の毒牙にかかるなんて、可哀想ねぇ」
「狂っていると気づかれなければいいんですよ」
「死ぬまでぇ?」
「ええ、死ぬまで」

 くくっと笑いながら、あの二人を見る夢魔は何を考えているのか。セルバンティス様とユリア様は、それはそれは可愛らしい会話をしています。

「わ、私、セルバンティス様が好きなんです。私なんかがって思うんですけど、でも他の方とご結婚されるのを見るのは辛いだろうなと想像できますし。もし私にも機会があるのなら、頑張ろうと……っ」

 心を読まれているという緊張感でしどろもどろになっていますね。

「そうか、すごく嬉しい。ずっと周囲の顔色ばかりうかがってきたんだ。それを悟られないように虚勢ばかり張っていた。どうしても本当に好かれているのか、たった一度きりでいいから試したいと思ってしまった。私は弱い人間なんだ。それでも――好きだと思ってもらえるだろうか」

 嘘ばかりですね。そんな弱々しい人ではないでしょう。

 人間の汚い部分も好み、どうにかして彼女のそれを見たがっている。当然、ご自身の汚さも自覚している。何を見ても愛せるさと笑っていた。

 つくったような表向きの綺麗な会話が一段落したところで、用意していた一つ目の質問をする。

「私からよろしいでしょうか、ユリア様」
「は、はい!」
「あなたに嫌いな方はいますか」
「き……嫌いな人……。あ、前に街で絡んできた男性の方たちは怖いなと思いました。嫌い……なタイプだと思います。そんな行為をしてしまう何かは彼らにもあるとは思いますが、苦手です。あの、あの時はありがとうございました!」
「いや、君にも信頼できる者が側にいただろうに、出しゃばってしまってすまなかった」

 自分が計画されたくせによく言いますね。さすがは私のご主人様です。

「ユリア様、あなたはセルバンティス様に助けられた時、どうお感じになられましたか」
「え、えっと……」

 綺麗な言葉を話すか本音を話すか迷われていますね。きっと色んな言葉が頭を飛び交っているのでしょう。

「正直なところ、運命の相手かなって思っちゃいました。変装されていたのでセルバンティス様だとは分からなかったんですが、えっと……その、立ち振舞いが高貴な方のようだったので、えっと、両親も納得してくれる身分の方でこのまま愛が深まってゴールインできたらなんて考えてしまっていました。す、すみません……!」

 心の中ではどうなんでしょうね。素直な言葉に聞こえてはいますが。

「いや、嬉しいよ。周囲の者に認めてもらうのは重要だ。君の考え方、すごく好きだよ」

 セルバンティス様がこちらをチラリと見ましたね。不満そうです。彼女の汚さが見えないのでしょう。

 では、奥の手を使いましょうか。 
 
 ★☆★

 私の受け答えはどうなんだろう。

 嘘をつかないように話してはいるけど――って、こんなふうに悩んでいることも筒抜けなのよね。

 でも、大丈夫。誰だってそうなるはず。心を読まれていると知らされれば誰だって悩む。たぶん私の考えていることは普通のはず!
 
「それでは、次の質問にまいります」
「はい!」

 怖い。どんな質問がくるのだろう。

「夜の性生活はどのように考えられていますか」

 せ、せいせいかつ……?
 それってアレ?
 夜のソレ?

 えええええー!?

「セルバンティス様は王子。世継ぎが必要ですから重要事項です。私もいますから、お答えにならなくてよろしいですよ」

 頭の中で考えて答えろってことなの! しゃべっていれば文章を整えようとする方向に頭も働く。でも、想像するだけだとどうしても……!

 寮生活の私に不便がないように、週に一度使用人のセシルがご用聞きに来てくれる。セルバンティス様とお会いした時の付き人も彼女だ。セシルは最近「お嬢様もそろそろ年頃なので」と色んなことを教えてくれるし、本まで持ってきてくれる。

 性生活をどう考えてるかって……何を私は聞かれているの? 頻度? えっと、それは毎日とか一日おきとか? ああ、頭の中がピンクになっていく! セシルのせいで「体位・四十八手」の本に載っていたイラストまで鮮明に頭に! しかも目の前にセルバンティス様がいらっしゃるせいで、リアル画像に変換される……!

 こぼれ松葉。
 浜千鳥。
 菊一文字。
 
 セシルに教えられた四十八手の歌までが頭の中を流れていく。

 私、大丈夫!?
 エロすぎて振られない!?
 なんてことを教えるの、セシルのバカー!

 駄目だ。黙っているとそっちの想像が膨らむばかり。建前と本音が違っていても、しゃべるしかない。

「あ、あの、お世継ぎは大事ですよね。えっと、が、頑張ります!」

 四十八手を!? ああ、自分の言葉に変な突っ込みをしてしまう!

「ありがとう、ユリア嬢。世継ぎの必要性を理解してくれているようで、ほっとしたよ」

 え、セルバンティス様が歩いてこちらに来て、私の手を握ってくれた!?

 どうしよう。これまでの会話から、この逞しい手であんなことやこんなことやとかもうすごい妄想が始まっているけど!

「君のことが、私も好きだ」
「セルバンティス様……!」

 こんな妄想をする令嬢でもいいんですね?

 やさしく微笑んでくれているから、きっといいのだろう。彼は人の心を読みたくなるくらいに不安なんだ。もう開き直ろう。好きだという気持ちが伝わるならそれでいい。

 私、私……! 毎日でもピーしたりピーをピーしてピーすることも躊躇いません! もちろんピーすることもやぶさかではありませんよ! 当然ながら、ピーすらも――、

 頭の中に色々とピーピー飛んでいるけれど、それで安心してもらえるのなら……!

 私と彼が手を取り合い見つめ合う中、彼の執事がとんでもない質問をした。

「これも答えなくてはいいですが……お世継ぎのため、円滑な性生活のためにお聞きします。自分でされることはありますか?」
「え……」

 初めて私はこの場から逃げたくなった。 

 ★☆★

「執事ぃ、お前が一番狂っているわよねぇ」

 夢魔が笑う。

「私はあの二人を愛しているだけですよ。私の言葉で頬を赤くしたり目を潤ませたり、あらぬ想像をしてしまうユリア様も愛していますし、全てを知りたいと望むセルバンティス様も愛しています」
「お前、これからたびたび私と契約するでしょぉ。あの娘の心を王子にわざわざ読ませるなんて悪趣味なことを繰り返すのよねぇ?」

 夢魔は人間の心を読む。
 どうでもいいことですけどね。
 
「悪趣味だなんて。夢魔のくせにおかしなことを言いますね」
「お前、やりすぎると早く死ぬよぉ?」
「後任を早急に育てなければなりませんね」

 ああ、ユリア様はなんて可愛らしいのでしょうね。泣きそうになって言葉も出せずセルバンティス様の手を縋り付くように握って、まるでこれから夜伽でも始まるようだ。

 ――手に入る娘などつまらない。いい女というものは、手に入らないからいい女なのですよ。

「お前、気に入ったわぁ」
「寿命をこれからたくさん食べられそうだからでしょう」
「くふふっ、これからいいものを見せてもらえそうねぇ」

 セルバンティス様なら、夜伽の間もきっと心の声を聞きたいでしょう。王子としての責任から、さすがにもう自分の寿命は使わない。そこまで愚かな人ではない。

 ――ですから、私を使ってくださいね?

 夢魔の力はその場にいなければ発揮されない。ユリア様をどう説得されるのかも楽しみです。

「あいつもいい趣味してるわねぇ」
「どういう意味ですか」
「今日聞いた心の声を利用するつもりよぉ。あの時、こう望んでいただろうって。んふふっ。結婚後が楽しみねぇ」

 心の声、愛の証明のために覗きたい人もいれば覗かれたい人もいる。

 でも――、見えないからこそ楽しいのだと、私は思いますけどね。

 自分の色に染めて染められ、どんな色に変わっていくのか。

 私はきっと短命でしょう。それでも、私の命と愛で彩りを変化させる彼らを見られるのならそれでいい。

 ――さて、次はどんな質問をしましょうか。

 いい顔、見せてくださいね?

 ★☆★
 
「君のことがどうしても欲しくて、今日まで嘘をついていたことがあるんだ。本当にすまない」

 結婚式は無事執り行われた。

 王子様との結婚には両親も大喜び。社交でも私は、彼と婚約した時から大人気だ。

『ねぇ、あの話は本当だったの? ほら、あれよ。心を……って』
『例の砂糖菓子、セルバンティス様はたくさん持っている様子だったのかしら』
『ねぇ、彼の前でどんなことを考えたの?』

 それはもう、ご令嬢たちは興味津々だ。答えられない質問は多いけど、知り合いが増えたのは純粋に嬉しい。その分、人間関係で苦労する点はあるものの、ぼっちは寂しいものだ。

 そしてこれから初夜が……という今。彼は寝衣、私もまたネグリジェ。さぁ何かが始まるぞという時に、セルバンティス様が辛そうなお顔を私に向けた。

 今はベッドの上に腰掛けている。
 本当にまさに今から……だ。このタイミングで「嘘をついていたことがある」と言われたなら、おそらく私の予想は的中しているはず。

 彼はあの時にこう言った。

『ずっと周囲の顔色ばかりうかがってきたんだ。それを悟られないように虚勢ばかり張っていた。どうしても本当に好かれているのか、たった一度きりでいいから試したいと思ってしまった』

 ――と。

 さすがに交流を重ね、彼がそんなに弱い人間ではないことも知っている。

 彼が嘘をついていたこと、それは「一度きりでいいから」とは思っていなかったということだろう。きっと何度も心を読みたいと思っていたに違いない。

 このあとの夜伽の間も――と。

 緊張で手に汗がじわっと滲むのが分かる。そんなのは無視して覚悟を決めて、彼に笑顔を向けた。

「はい。なんでも言ってください。私は妻ですよ」

 私は王子様の妻。彼のお仕事の出来次第で国が衰退するかもしれない。彼の精神的サポートは私の役目だ。

 ――夜伽の間に心を読まれることくらい、どんとこいよ!

 それが国の今後のますますの平和につながるかもしれないのだ。彼のプライベートな望みくらい、妻ならば叶えないと!

「実は、心を読めると言ったあの砂糖菓子は嘘なんだ」
「……え?」

 そ、そこ!?
 
「本当は夢魔と契約した。三年間の寿命を犠牲にして三時間だけ君の心を読んだんだ。他の令嬢にはすぐに帰ってもらった。私は君だけを愛していて、どうしても気持ちを確かめたかった」

 そんな……三年も。
 彼が先に旅立ったらどうしてくれるのだろう。きっと、心さえ読まなければもっと側にいられたのにと責めてしまう。……責める相手すらいないのに。

「それなら、もう読まないでください。私はできるだけ長い間、セルバンティス様と一緒にいたいです」

 涙声になってしまったかもしれない。

 寿命を犠牲にしてまで私の心を確かめたいと思ってもらえていたのは純粋に嬉しい。でも――。

「ああ、さすがにもう自分の寿命は犠牲にしない」
「絶対ですよ!」
「ああ。絶対に自分の寿命は使わない」

 自分の寿命は……?
 なんか、そこ強調してない?
 ま、まさか……。

「あー、執事がな。自分の寿命を犠牲にして、君の心を私に読ませたいらしいんだ。あいつは読まないから大丈夫だ」

 え?
 どういうこと?
 全然理解できないよ?

 私の寿命を使うとかだったら、千年の愛も冷めたかもしれないけど、え? 執事さん?

「え、えっと、セルバンティス様に私の心が伝わるようにする……?」
「ああ」
「執事さんは何も読まない……?」
「ああ」
「あ、あの……それ、執事さん何かいいことありますか……?」

 命が削られるんだよね?

「長生きには興味がないらしい。それよりあいつは心を読む私と読まれる君というシチュエーションが好きなようでな」
「……元々短命だった場合、寿命が削られてすぐに死ぬかもしれないのにですか?」
「ああ、その通りだ」

 狂ってる!
 狂ってるよ!?
 私も大概かもしれないけど……あ、だから執事見習いさんが最近よく彼の側に控えていたのね!? あれって、いつ死んでもいいように!?

「それで、だ。私は結婚後初めての夜を心に刻みたいんだ、ユリア」

 あれ、こっちは私の予想通りだった!?

「さ、さすがに人の寿命を削るのは……」
「あいつにどうしてもと頼まれた。それに、私も初めての君を無理させてしまうかもしれない。君の本心が知りたいんだ。私を罵る言葉が聞こえても構わない。頼む」

 どうしてそんなに真摯な顔ができるんですか。言ってる内容、おかしいですよね。

 でも……セルバンティス様は分からなかっただろうけど、夜伽の間の心の声が聞こえることを、私はさっき受け入れた。結婚して最初の夜。彼の希望は叶えてあげたい。これから二人の生活が始まるって時にガッカリさせたくない。

「わ……分かり……ました」
「君ならそう言ってくれると思ったよ! ありがとう。やはり愛している。君が好きだよ。どれだけ私のことを君が嫌うことがあっても、この愛は貫き通すと誓うよ」
「セルバンティス様……」
「あ、そうそう、夢魔の力はその場にいないと使えないんだ。そこのクローゼットの中にあいつは閉じ込めておくから、気にしないでくれ」

 ほえぇぇぇ!?
 気にするよ!?
 すっごいあと出しがきたよ!?

 もしかしなくてもセルバンティス様、実は性格悪いでしょう!?

「君を、愛しているんだ」

 誤魔化そうとしているよね!?

「ク、クローゼットはさすがに……」

 衣装部屋の場所は教えてもらった。そもそも、クローゼットって必要なの? もしかして、このために置いた?
 
「隣に座ってもらうか?」
「それは絶対にイヤです」
「冗談だ」

 ははっとか爽やかに笑っているけど、おかしいよね!?

「じゃ、今から呼ぶよ」

 ほんとに呼んじゃうの!?

 穏やかな笑顔で頬をなでられ、軽くキスをされる。

 大好きな人。
 寿命を削って私の心を読みたい、私を大好きな王子様。彼が流れるような動作で指を鳴らし、同時にスゥッとあの執事が部屋へ入ってきた。

 ほんとに来ちゃったよ……。待って待って待って待って。この展開は、ちょっと……。

「大丈夫だ。存在感は消してもらう」

 執事の礼をすると彼は物音も立てずに声も出さずクローゼットの中に……って、あれ? なんかおかしくない? あのクローゼット、隙間が大きすぎない!?

 削ったんじゃない!?
 削ったでしょ!?

「ユリア、愛している」

 ま、待って。心を読むのはもう始まっているの!?

「そういえば、君はあの時に心の中でよく分からない単語を出していたな」
「へ?」
「こぼれ松葉、浜千鳥、菊一文字……」

 ギャー!

「そ、それはさすがにえっと、次回以降で……」
「まずは単語の意味から教えてくれ」

 ――どうしてか、私はこの質問によって完全に執事さんの存在を忘れた。

 今思えば、部屋に入る前から私の心は読まれていたのかもしれない。
 
 ★☆★
 
 セルバンティス・バルゾーラの治世は安定し、国に経済的繁栄と文化の発展をもたらした。その背景には、信用できる人物を見抜く力以外に、もう一つ大きな理由があるのではないかとまことしやかに囁かれている。

 彼はいつも愛妻ユリアと、青白い顔をした執事を伴っていた。その執事は、どうやら歳をとらなかったようだ。人間ではない者の力を借りていたのではと――。
 
 ★☆★ 
 
「セルバンティス様、言ってましたよね。あの執事さん、寿命の使いすぎであの世にいくのも早いから、クローゼットの中に隠れるくらい許してやってくれって。それで、何度も何度もその状態で夜を越しましたよね」
「ああ」
「確かに短命でしたけど、夢魔になってずっと側にいるじゃないですか!」
「夢魔に認めてもらえたからな。さすがあいつだ。しかも、私たちの寿命を消費することなく貢献してくれている。最高だな」
「死刑囚に、死刑の日を延期してやるから寿命を食わせろという交換条件を飲ませていますけどね……」
「仕方ないな。ここに留まるのにおやつは必要だ」

 セルバンティス様も夢魔になった執事もみんな頭がおかしい。ついでに言うなら、私の世話を焼いてくれるセシルもおかしい。

 でも、一番におかしいのは――。

「君がいるから、私は国王陛下としての仕事を頑張ろうという気になれる。あいつも君がいなければ夢魔になどならなかっただろう」

 彼の言葉に満たされる。

「君が築いているんだ。この国の平和を」

 ――全てを受け入れて幸せを感じてしまっている、私なのかもしれない。

 
〈完〉
 
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