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5.落ち着くところに落ち着いて

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「私は一体なんのために連れて来られたんでしょうか……」

 深い紺色の髪と瞳の彼女の印象は、全体的に暗い。しかし、プロポーションが抜群だ。胸がめちゃくちゃ大きいだけに、その暗さすら色気に加味されている。女性にしては低めの少しハスキーな声も色っぽく、チェルシーとは対照的だ。

 中庭のテラスで複数のご令嬢と一緒にいた彼女を連れてきた。ただ来てと頼んでは、王子が二人も後ろにいるというメンバーだけに周りの子たちにあとで色々と聞かれてしまう。「チェルシーさんがあなたと少しお話がしたいらしいの。来ていただけるかしら」と、これまた無難な嘘をつかせてもらった。私たちはただの仲介者ですといった形だ。

 そして、ここに来て内容を尋ねるブレンダの言葉に「お話ししたいことは何もないですね」とチェルシーが言った結果が、さっきの言葉に繋がっている。

「ごめんなさいね。お話ししたいのはチェルシーさんではなく私だったのよ。あとのことを考えて彼女の名前を使わせてもらったわ」
「あとの……こと……」
「どんな話だったのかと他の方に聞かれても困るでしょう? 私たちが相手となると興味も引いてしまうわ」
「……困るようなお話をされるのでしょうか」
「いえ。ここでたまに私たちのお茶会に参加していただけないかしらというお願いよ。他のお嬢様たちには内緒でね。私たちのお気に入りだと他の方に思われては嫉妬もされやすいし、しつこく内容を誰かに聞かれる可能性もあるわ」
「え……」

 微妙な顔をしている。どういうことか思案しているのかな。

「本日の茶葉はベルグラのウルズが産地のキャメラントルフナのフラワリーペコーでございます。お口に合うとよろしいのですか」

 使用人さんが、さらりとお茶会に参加しなければならない雰囲気にしてくれる。聞き慣れない茶葉だ。知らない味でもあったし、この世界だけの紅茶なのかもしれない。

「まぁ、座りなよ」

 レヴィアスの言葉に、ブレンダも戸惑いながら私の隣へ座る。大きな丸テーブルで、チェルシーの両隣にはハワードとアーロン。アーロンの隣がレヴィアスでその隣が私。つまりブレンダは私とハワードに挟まれる位置だ。

「あ、の……私は面白い話をできるタイプではなくて……」
「そんな気を遣わなくてもいいわ。いてくれるだけでいいの。そうね……あなたはとても口が堅そうな気がしたの。ここでの話を口外しないでいてくれる。そう思ったのよ」
「いるだけ……」
「ええ」

 なぜ、いるだけでいいのか。説明がしづらいわ。

「分かりやすく言うとですね――」

 チェルシーが口を開く。
 
 思ったよりも天然な子だし、何を言い出すか怖いわね。

「王子様お二人によってレイナ様争奪戦が繰り広げられているんです。場の空気の緩和のために口が固そうで落ち着きのあるブレンダ様が呼ばれた感じですね」

 そのまんまだー!

「争奪戦ではないよ。私のものになるのは決まっている」
「今はまだ僕の婚約者だ」

 また始まった。
 
「二人とも愛はないくせに……」

 あ、つい本音が。
 
「い、いや……」
「大丈夫だ。そんなものは後づけでなんとかなる」
「そんな言い方はないだろう。少なくとも僕の方がもっと――」
「婚約破棄を言い渡した直後に撤回する男が何を言ったところで説得力はないですよ、兄上」
「――――くっ。頭が冷えたんだ、我に返った」
「すぐに熱くなる兄上とは違って私はいつだって冷静ですよ」
「いつも冷静な男よりは僕の方が人間味があるはずだ」

 はぁ……、紅茶を飲もう。
 空が青いわね……お茶会日和だわ。

「な、なるほど。状況は分かりましたわ」

 少しだけため息をついて、ブレンダがヤンヤカ言い争っている王子二人を見る。しかし……その瞳は少し潤んで頬が赤い!?

 もしや……!?

 チェルシーもそれに気付いたようで、やや首を傾けて考えるそぶりをしたあと、ここには存在しない単語を呟いた。

「……ボーイズラブ……?」

 ブレンダの瞳がギュインとなった。すぐに気を取り直したようにコホンと小さく咳払いをして「な、なんでしょうかそれは」と返す。

 これは……三人目の転生者……? 私はもしかしてそんな女性を引き当てたってこと?

 しかし、私にボーイズラブの趣味はない。いきなり二人になった時にBL談議が始まっても困るので触れないでおこう……。チェルシーも「なんとなく言ってみただけです。意味はないですわ」と言いながら私へと軽く頷いた。

 だよね、やっぱり……。

「えっと……いるだけでいいのなら参加させていただきますわ。本当に面白いことは言えないのですが……」
「そこは気にしなくていいわ」

 私の言葉にアーロンも賛同する。

「ああ、レイナがいてほしいと言うのなら僕も君を信用しよう」
「そうだな。レイナ嬢が君をご指名した。そこに意味はあると思っている。兄上を落としてくれてもいいよ。移り気のようだけどね」
「く……っ」

 アーロンが言い返せなくて困っている。やっぱり国王陛下は腹黒いレヴィアスの方が向いていると思う。でも、私は王妃なんかになりたくないしなー……面倒くさそう。

 ブレンダがぽわんとした顔をしながら小さな声で言う。

「私にそのような気立てはありませんわ。ただ……お飾りの妻がどうしてもご入用になりましたら私でよければ……」
「「「「「え」」」」」

 五人ではもっちゃったよ……。

「ご、ごめんなさい。なんでもないですわ」

 テレテレしながら慌てて誤魔化しているけれど、この視線……やっぱりそっちの趣味だ。自分を隠れ蓑にして王子同士でくっついてもいいです的ソレだ。

「すまない。僕の出自に気を遣ってくれているのか。君のことはよく知らないが、魅力的な女性だと思うよ。そんなに自分を卑下することはない」

 そっか……そうとるのか。
 愛人の子だもんね。アーロンからすれば、愛のために父親と同じことをしてもいいと言われたと思っているわけか。

「ありがとうございます……」

 あれ、少しときめいちゃってる?
 さっきよりも顔が赤い。

 そういえばココ、喪女のためのネバーランドなんだっけ?

「ふぅん、今回のレイナ嬢の選択は悪くはなかったようだね」
「……あなたはよくないことを考えているでしょう、レヴィアス様。そんな顔をしているわ」
「人聞きが悪いな」

 状況を見て、この二人の噂を流すくらいはしそうだ。うーん、婚約破棄未遂もあったことだし、噂を流すならどんなストーリーにするつもりだろう。

「それじゃ、気を取り直してお茶会を再開しよう。今日はマカロンを多く用意してもらった。どの味が君の好みかな」

 基本的に優しいアーロンがややアウェーなブレンダに話を振る。

 やれやれ。やっと居心地がマシになった気がするわ。いっそ二人ともこの子に惚れて、全然違う誰かと恋をしたいなー。いや……婚約がそのままだから無理か。レヴィアスがブレンダに惚れたら私はアーロンと結ばれるはめになるのか。

 これ……結局一番美味しいところはチェルシーか持っていくパターンじゃ……。そもそもハワードに惚れているのか脱喪女をしたいだけなのかも分からないわね。彼女も移り気がすぎるわ。

 ……しかし、この六人……なかなか話が弾まないな。

 沈黙が交じりつつの雑談の中でモグモグとマカロンを食べながら次はなんの話題がいいかと悩んでいると、チェルシーが変な提案をした。

「親睦を深めるために、連想ゲームでもしてみます?」
「連想ゲーム?」

 マジカルなんとかみたいな?
 
「はい。例えば青といったらなんでしょう、のような。私たちは決まっていますよね、ハワード様」
「ふふ。オリオンアクリファスト液体試薬ですか?」
「ですよね。んふふっ、それぞれの相性のよさも確認できるかもしれませんわ」

 この二人、出来上がっちゃってるわね……。

「青か。ふむ……レイナの瞳の色かな」
「今更口説かないでほしいですね、兄上。レイナ嬢、あなたは青といったらなんです?」
「え……」

 い、いきなり振られても……青……青……。

「じ、静脈?」

 あれ、場が固まった。

「ふ……なるほど。私はレイナ嬢と相性がいい自信があるよ。赤といったら何かな。一緒に答えようか。せーの――」

 え、え、そう言われたらやっぱり。

「「動脈」」

 どんな会話だ……。

「やっぱり私たちの相性はよかったらしいね」
「今のは僕だって当てられた。まったく……ブレンダ嬢は青といったら何かな」
「そ、そうですわね……湖でしょうか。私の家の領地には大きな湖がありますの。父の視察に同行して伺ったのですが、秋深くに渡ってきた水鳥が美しく、湖の青と相まって心が洗われるようでしたわ」

 あれ……静脈とか答えた私が、情緒がなさすぎる人みたいじゃない?

「それは僕も興味を引かれるな」
「兄上、レイナ嬢の静脈には興味を引かれないんですか?」
「え……いや……」

 変な会話。
 でも、さっきよりはずっと楽しい。

 皆もそうだったようで、私たちはそのまま連想ゲームを続けた。
 
 
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