上 下
4 / 6

4.寮の屋上で

しおりを挟む
 あれから――、何度かお茶会を開いてもらっている。放課後であったり休日であったり。

 ……ただし……。

「うふふ。ハワード様、今日も空が青いですわね。まるであの液体試薬のよう」
「ああ、確かにそうですね。オリオンアクリファスト液体試薬の色に似ているかもしれません。チェルシー嬢、これからは清々しい気持ちで青空を仰ぎ見ることができますよ」
「レイナ様の髪の色は、どこかあの試薬の寿命を迎えた色を彷彿とさせますよね」
「あ、ああ……確かに……い、いえ、いけませんよ、チェルシー嬢。もう失礼なことを言ってはいけません」
「あ、そうですよね。ごめんなさい、レイナ様!」
「…………全然気にならないわ…………」

 どうしてこうなってしまったのか。

 そう、あの日……レヴィアスが学園に連れてきている職員を装う護衛兼使用人さんに給仕をしてもらいながら、二人で紅茶を飲んでいた。そして、そこにアーロンが現れた。ここは、副寮長でもあるアーロンもよく使う場所だからだ。

 ヒロインはどっちとくっついても、今後の話し合いのためなんかでここで三人でお茶を飲むイベントが発生していた。
 継承権争いをする王子二人がこれまで仲よくここでお茶を飲んでいたのかといえば……それなりにだ。ポーズとして仲違いをしているように見えて、互いに多少は認め合っている。レヴィアスが面倒事を全て副寮長であるアーロンに押し付けているのも、寮にいる生徒たちと話す機会を設けさせ支持を上げられるようにするためだ。

 最初から正妃の息子で支持が厚い自分は、アーロンにハンデをあげなければならないと考えている。

 そんなこともあり、アーロン×レヴィアスというBL本もそれなりに需要はあったようで、同人誌を探すとよく見かけた。

 というわけで、三人でのお茶会……二人に挟まれて居心地の悪かった私はすぐにチェルシーを呼ぶことを提案した。アーロンと元サヤに戻らないかなとも思ったけれどハワードも一緒にとお願いされ、このメンバーがデフォルトに……。

「さすがレイナ様、お優しいわ。私、反省しましたの。これからは一生、レイナ様についていきますね!」

 ……ついてこないで……。

「そうですね、贖罪は大事ですよ」
「ふふっ。叱ってくださる方がいるなんて、私は幸せ者ですわ」
「チェルシー嬢……」

 お茶会に呼ばなければよかったかな。吐き気がするわ。しかし、ゲームとは彼との会話内容がかなり違う。やや電波なハワードに呆れながらも……だったはずなのに、二人で電波を飛ばし合っている。むしろチェルシーの方が積極的にだ。自分の言葉で話してみますとか言ってたけど、彼女も元々電波だったってこと?

 私が婚約破棄されるようにもっていこうとした罪悪感からか、アーロンを嘲っていたという私のついた嘘も否定せず、そのままにしているようだ。……悪い子ではないわよね。

「はぁ……レイナ嬢、どうして彼女を呼ぶなんて言ったんだ……」
「レ、レヴィアス様だって乗り気だったじゃないですか」
「普通はだって……さ。ねぇ……?」

 そうよね。
 普通は元サヤに戻って、平和にチェルシーはアーロンエンド、私はレヴィアスエンドになると思うわよね……。

 恐る恐るアーロンを見ると、紅茶を見下ろしながら意識がどこかへ飛んでしまっている。チェルシーは、自分への想いも消えたようだと話してはいたけれど、ここまで短期間で恋人だったはずの女の子の気持ちが他へ移っているのを見るのはキツイわよね……。

「ア、アーロン様……?」

 そぉっと彼の名前を呼んでみる。

「あ、ああ。なんだ、レイナ」
「いえ、心ここにあらずの様子だったので……」
「いや、話は聞いていた。君は確かに優しい女性だ。今まで気付かなくてすまなかったな。これからは僕の側に――」
「駄目ですよ、兄上。彼女は私のものだ」
「だが――!」
「婚約は必ず解消してもらいます」

 あー……結局、居心地が悪い。

「他の方を見つけてくださいな、アーロン様」
「く……っ」

 どっちも私への愛はない。未来の王妃は私だという印象付けが私になされたから、それなりに二人とも欲しがってくれるだけ。せめて、チェルシーの心がハワードに移ってさえいなければ……。

 ジトッとチェルシーへ視線を向ける。彼女は申し訳なさそうな顔をして――。

「私たち、恋に恋をしていたのかもしれませんね。お互いをしっかりと見られていなかった。だからあのパーティーの日、アーロン様も破棄を取りやめられましたものね。いいんです、とても素敵な思い出をいただきました。ご迷惑もおかけして、すみませんでした。今までありがとうございました」

 バッサリと切り捨てるわね……。女性って基本的に恋は上書き保存だって言われているものね。それが本当かどうか確かめる経験なんてしたことないけど……。

 やや傷ついた顔をしながら、彼がこちらを向く。

「そ、そうだな。恋に恋をしていたのかもしれない。これからは君を――」
「だから駄目ですよ、兄上」

 本当に駄目だ。このメンバーでも駄目すぎる。居心地が悪い。

 もうレヴィアスエンドは避けられそうにないし、適当にアーロンにあてがうのに相応しそうな女性、いたかな……。

 ピピピッと思い出す。
 あのパーティーの日、嫌悪を表に出すこともなく訝しげな目で私たちを見ていた女性がいた。そのあともチェルシーのことを私に悪くも言わず……なんとなくそこに佇んでいるといった彼女はブレンダ・ワーグナー侯爵令嬢だ。
 
 彼女となら上手くやれる気がする……!

 私はスクッと立ち上がった。

「ブレンダさんとも一緒にお茶を飲みたいわ。お二人ともお許しいただけるかしら。よろしければ鍵を貸してください、レヴィアス様。探してまいります」

 アーロンがよく分からないけど任せるよという顔でレヴィアスを見る。彼も居心地が悪くて変化が欲しかったのかもしれない。
 
「どうしてブレンダ嬢なんだ。今より面倒なことにならないといいけど……ねぇ」

 レヴィアスがチェルシーたちに一瞬視線をやってから、厭味ったらしい目でこちらを見る。
 
「だからチェルシーさんの時はあなた、乗り気だったでしょ!」
「はいはい。私も一緒に行こうか」
「待ってくれ。それなら僕も行く」

 さすがにチェルシーとハワードのアツアツの二人のところへアーロンを置いていくのは、レヴィアスも気が引けたらしい。肩をすくめて何も言わずに立ち上がった。

「私たちはお待ちしていますね~!」

 あーあ。
 とりあえず女性が誰でもいいからここにもう一人いるだけで違う気がする。なんとかして彼女を探そう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

悪役令嬢は婚約破棄されたが諦めきれない

アイアイ
恋愛
エリザベス・ヴァルデンは、舞踏会の夜会場の中央に立っていた。煌びやかなシャンデリアの光が、彼女の黄金色の髪を一層輝かせる。しかし、その美しさの裏には、不安と緊張が隠されていた。 「エリザベス、君に話がある。」 彼女の婚約者であるハロルド・レイン伯爵が冷たい声で話しかけた。彼の青い瞳には決意が宿っている。エリザベスはその瞳に一瞬、怯えた。 「何でしょうか、ハロルド?」 彼の言葉を予感していたが、エリザベスは冷静さを保とうと努めた。 「婚約を破棄したい。」 会場中が一瞬にして静まり返った。貴族たちはささやき合い、エリザベスを一瞥する。彼女は胸の内で深呼吸し、冷静に返事をした。

気がついたら乙女ゲームの悪役令嬢でした、急いで逃げだしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 もっと早く記憶を取り戻させてくれてもいいじゃない!

悪役令嬢とバレて、仕方ないから本性をむき出す

岡暁舟
恋愛
第一王子に嫁ぐことが決まってから、一年間必死に修行したのだが、どうやら王子は全てを見破っていたようだ。婚約はしないと言われてしまった公爵令嬢ビッキーは、本性をむき出しにし始めた……。

執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~

犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…

処理中です...