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38.決意
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「ヴィンス……」
先ほどと同じコテージで、さっきと同じ長椅子に座るヴィンスを見る。
……ここに……アリスがいたのに……。
「セイカ!」
窓から差し込む陽は明るい。まだ午前中だ。さっきは夜になろうとしていたのに……。
「大丈夫か、セイカ。いや、大丈夫なわけがなかった。すまない……」
泣いたとしても笑っていようと思った。さっきまでは。でも今は――、こんな顔をしながら涙を流し続けたって構わない。目の前にはヴィンスしかいない。隣にいた魔女もすぐに姿を消した。もう、強がらなくたっていい。
「ここにはもう……アリスはいないのよね」
当然だ。
何を聞いているのだろう、私は。
「そう……だな」
「アリスは死んじゃったのよね」
「ああ……寿命でな」
「私はもう……二度と会えないのよね……」
あんなにさっきまでキラキラと輝いていたアリスは、私の知らないところで老いて死んでしまった。それが私のいる現在だ。
「すま……ない……」
どうしてあなたが謝るのよ。
「なんで会えないのよ……っ、だって私はあの子と過ごしていたのに! 同じ時間を前の世界でも過ごしていたのに! どうして会えなくなるの、さっきまで当たり前に一緒にいた相手に、どうして――」
「セイカ……」
「……ごめんなさい」
「いい。いくらでも言え。言いたいことをいくらでも……」
なんであなたまで涙ぐむのよ。
彼の胸の中で彼の服をぎゅっと握りしめる。
「一緒に歳をとりたかった。たまに会うだけでもよかった。最近どうなのとか聞ける関係でいたかった。どうしていないの……どうして……」
同じ場所なのに、あまりにもこの場の空気が夏なのに寒々しく思えて、つい泣き言を言ってしまう。どうしてアリスともう過ごせないのか。そんな理不尽がどうして通ってしまうのか。悲しくて悲しくて……。
ああ……でも……こうなっていなければ、アリスはあの翌日に死を迎えていたのよね……。
涙を流しながら少しずつ落ち着きを取り戻す。今の私を思い出す。
私は……聖女だ。魔王を浄化するためだけにここに存在する。その役割が私にあるから、アリスはこの世界に喚ばれて生きられた。
彼の胸から顔を離す。
「……戻るわ、ヴィンス。今ならあの続きを読めるのよね」
「ああ……今日はアリス嬢のことだけを考えたらいい」
アリスの生きた軌跡を読もう。
私の知らない彼女が、そこにいる。この世界に遺してくれている。さっき会ったばかりだけど……もう一度会いたい。
――文字の中だけでも。
★☆★☆★
手紙と日記を読むのに、何日もかけた。夕方から午前へと戻ったせいで時差ボケのようになった体を戻しながらだ。毎日書いていたわけではないのに、かなりの量だった。
ヴィンスと共に私の部屋のバルコニーに出る。今は夜。今日は月が出ていない。強い光に邪魔をされず、星たちが思い思いに輝いている。
もう、一人でバルコニーに出ても大丈夫ではあるでしょうけど……ヴィンスにお願いして、一緒に出てもらった。衛兵さんは庭園にいるし、エクステはつけたままだ。ついでに、誕生日にヴィンスにもらったモルフォ蝶を型どった青い髪留めもつけている。
「アリスがね……どんどんと大人びていくのよ」
「ああ」
「筆跡も少しずつ変わっていくの。大人っぽくね。当然よね。貴族のお仕事をたくさんこなしていたものね」
「そうだな」
「あんなに昔のままだったのに、すごく頑張って……」
私と会った日は、王立魔法学園の夏休みだった。あの数日後から、レイモンド様のお母様に貴族のお仕事について学んでいる。いずれ彼の妻になる者として……各地の情報を得るために手紙を他の領地の貴族に出したり、要人や功績のあった人と交流をしたり、各地の視察や記念式典の参加をしたり……話を聞くだけだったようだけれど、日記はそんな内容で埋め尽くされていた。
卒業してからは結婚、保育士の仕事にも携わり子育てもし――、子供が少し大きくなってからは実務の仕事も行い……。前向きに取り組んでいたようだったけれど、多忙なのは感じ取れた。
「私と会った年のクリスマスに、全世界に光魔法を届けられたのね」
「ああ……そうだったな」
「メイドさんの出産に立ち会ったのがきっかけだったようだけど……私のお陰だとも書いてあったのよ」
「ああ」
ヴィンスも読んだ。
全部知ってる。
それでも話してしまう。
「人間の負の感情がたまって魔王になってしまうのなら……今の世界に生きる人たちの心だけでも光に満ちあふれてほしいって。魔王の力を少しでも弱くしたいって。私があっという間に怪我もなく浄化して、幸せになってほしいって……そう思ったから全世界に届いたのかもしれないって書いてあったのよ……っ……」
日記は私に向けたものではない。死に際まで渡すつもりではなかったのだから。だからあれは本音だ。何度も泣いたはずなのに、口にするとやはり涙がこぼれてしまう。
アリスはいなくなってもなお、私を支えてくれていた。クリスマスは隣人にも祈る日だ。あれから何百年もの間……聖夜に誰かからの祈りが届き、救われる人もいたはず。負の感情を少しでも減らそうとしてくれていた。
「私は馬鹿ね。自分だけが背負わされる気でいた。支えてくれる人も助けてくれる人もたくさんいるのに、気付かないでいた。アリスにも――」
「……実際に浄化するのはお前だ」
「でも、クラスメイトが発案してくれた魔道具で、実際の能力以上の力が発揮されるわ」
「……そうだな」
次の聖女も、同じように思うのだろうか。
前の世界に馴染めない子がここに来て、いきなり世界を救えと言われて、どうして自分なのかも分からず、いきなりたくさんの命を背負わされるように感じて――。
……まだ自分の役割すらこなしていないのに、そんな先の心配なんかして馬鹿みたいね。
「千年も前の聖女の言葉は、未だに語り継がれているわよね」
「そうだな」
前の世界にも聖書というものがある。日本の読み物でも平家物語などは授業でも暗記させられた。時を越えて何年も受け継がれるものがあり……望めば私の言葉だってきっとそうなる。
ふと思い出す。
「アリスは確か……あの世のような場所で、日記を出版しないでと言ってたのよね?」
「あ、ああ。そう魔女が言っていた」
そんな趣味の悪いことをするわけないじゃないと疑問に思ったけど……誰かに託すのは、そう悪くない。
私はこんなに救われている。
「私は……出版される用の日記でも書こうかしら。次に現れる聖女は、この世界の人たちの協力によって、かる~い愛着程度でお手軽に魔王浄化ができるようにしておきなさいってメッセージも込めて。浄化が遅かったら聖女のせいじゃない。ここの住人のせいなのよと思わせたいわね」
「ふっ……それはいいな」
アリスと違って、自分の本音を文字にするなんて恥ずかしくてできない。でも、公開前提ならいいかもしれない。私も誰かの役に立ちたい。それが千年後の聖女相手なら、結果がどうなったかなんて気にしなくて済む。
「……そこに私は登場するのか」
穏やかな顔で彼が聞いた。
「当然よ。聖女なんてすごい存在ではないのよって。ただの一人の女の子だって。恋もするし悩みもするし不安だって感じる。そう、読んだ人に思い知らせてやろうかしら。あなたのこと、書いたら駄目?」
「いいや、好きにしたらいい。どうにでも書け」
気恥ずかしそうにヴィンスが苦笑する。
本当に書くかは分からない。いざ文章を書き始めたら恥ずかしくてやめるかもしれない。でも……アリスは偉人の一人になっている。ただの頑張っていた女の子ってだけだったのに。私もきっと偉人になってしまう。今までの聖女のように。
「浄化さえしたら、もう文句は言わせないわ。もし書くとしたら好き勝手書くわよ。それに、好きなように生きる」
まだ、その先の未来は具体的に何も描いていない。ただ……前に、浄化を終えたあとは聖女が行方不明になったことにすればいいと言われたけど……それも私好みではない。私を支えてくれた人たちが心配してしまう。
「ああ」
今の言葉で、私が聖女としてこの先も生きるつもりだと思ったかな。少なくとも聖女として執筆をすると。崇められるのも有り難がられるのも嫌だし……どうするかは何も決めていないけど。
でも――、一緒にいる相手は決まっている。
「どんな未来が待っていたとしても、私から離れたら許さないわよ?」
「当然だ。お前が望むならいつまでも」
――アリスの存命中もクリスマスの絵本は出版されていた。死後に出版された絵本はその集大成だ。王立魔法学園に通っている間にレイモンド様と考え、当時は王子だった故ダニエル・ロマニカ国王陛下に託した。彼は「アリス亡きあとはそれを出版するように」と遺書を残して彼らより先に天に召された。彼もまた――、アリスの友人だった。
その絵本は、こんな内容だ。
――――――――
タイトル
『クリスマスの夜の贈り物』
共著:レイモンド・オルザベル
アリス・オルザベル
シャンシャン シャンシャン
なんの音かな 精霊さんのイタズラかな
いいえ 今日は聖なる夜
子供たちが 眠るのを
聖アリスちゃんが 待っている音
ぼくも私も 目をつむったら
お空に浮かぶのは ソリに乗る女の子
赤いぼうしの 白いボンボンをゆらして
眠っている子に そーっと贈り物
がんばっていたの 見ていたよ
悲しいことがあったのも 知ってるよ
嬉しいことも たくさんあったね
あなたの未来が 輝くように
光の魔法も 夢の中へ
目覚めたら とびっきりの笑顔を見せて
シャンシャン シャンシャン
クリスマスには 鈴の音
あなたを大好きな 女の子が
贈り物を持って すぐそこに
【作者プロフィール】※巻末記載
レイモンド・オルザベル
聖アリスちゃんの導き手。
彼女の祈りを世界中へ届けることを使命としている。
アリス・オルザベル
異世界からの迷い子。
世界中の人々の幸せを祈っている。
【作者からのお願い】
子供たちが自分のことを大切な存在だと感じられるように、ご協力をお願いします。
この本を誰かが目にする時、私たちはもうこの世にはいないでしょう。聖夜の祝福が、それでもなお永遠に続くよう私たちは祈っています。
どうかクリスマスには周りの人たちへも感謝を込めて祈りを捧げてください。
この本を読むあなたの幸せもまた、私たちは心より願っています。
――――――――
アリスはもう、ここにはいない。
子供たちの心の中にある偶像で。大人から見れば、クリスマスに新たな文化を与えた異世界からの迷い子だ。
後世に目に見える形でこうやって何かを残す人は何人もいるし、私もそうなるのかもしれないけれど――。
目には見えない形ではあっても、誰かが誰かを慈しむ心は受け継がれていく。誰が特別で誰が特別ではないなんて差はない。誰もが大切な誰かで、祝福を受けた誰かは他の誰かを祝福し――、子が生まれ孫が生まれ、そうして続いていくものがある。
「守るわ、必ず」
幾千もの星の輝きを見ながら、私はそう呟いた。
先ほどと同じコテージで、さっきと同じ長椅子に座るヴィンスを見る。
……ここに……アリスがいたのに……。
「セイカ!」
窓から差し込む陽は明るい。まだ午前中だ。さっきは夜になろうとしていたのに……。
「大丈夫か、セイカ。いや、大丈夫なわけがなかった。すまない……」
泣いたとしても笑っていようと思った。さっきまでは。でも今は――、こんな顔をしながら涙を流し続けたって構わない。目の前にはヴィンスしかいない。隣にいた魔女もすぐに姿を消した。もう、強がらなくたっていい。
「ここにはもう……アリスはいないのよね」
当然だ。
何を聞いているのだろう、私は。
「そう……だな」
「アリスは死んじゃったのよね」
「ああ……寿命でな」
「私はもう……二度と会えないのよね……」
あんなにさっきまでキラキラと輝いていたアリスは、私の知らないところで老いて死んでしまった。それが私のいる現在だ。
「すま……ない……」
どうしてあなたが謝るのよ。
「なんで会えないのよ……っ、だって私はあの子と過ごしていたのに! 同じ時間を前の世界でも過ごしていたのに! どうして会えなくなるの、さっきまで当たり前に一緒にいた相手に、どうして――」
「セイカ……」
「……ごめんなさい」
「いい。いくらでも言え。言いたいことをいくらでも……」
なんであなたまで涙ぐむのよ。
彼の胸の中で彼の服をぎゅっと握りしめる。
「一緒に歳をとりたかった。たまに会うだけでもよかった。最近どうなのとか聞ける関係でいたかった。どうしていないの……どうして……」
同じ場所なのに、あまりにもこの場の空気が夏なのに寒々しく思えて、つい泣き言を言ってしまう。どうしてアリスともう過ごせないのか。そんな理不尽がどうして通ってしまうのか。悲しくて悲しくて……。
ああ……でも……こうなっていなければ、アリスはあの翌日に死を迎えていたのよね……。
涙を流しながら少しずつ落ち着きを取り戻す。今の私を思い出す。
私は……聖女だ。魔王を浄化するためだけにここに存在する。その役割が私にあるから、アリスはこの世界に喚ばれて生きられた。
彼の胸から顔を離す。
「……戻るわ、ヴィンス。今ならあの続きを読めるのよね」
「ああ……今日はアリス嬢のことだけを考えたらいい」
アリスの生きた軌跡を読もう。
私の知らない彼女が、そこにいる。この世界に遺してくれている。さっき会ったばかりだけど……もう一度会いたい。
――文字の中だけでも。
★☆★☆★
手紙と日記を読むのに、何日もかけた。夕方から午前へと戻ったせいで時差ボケのようになった体を戻しながらだ。毎日書いていたわけではないのに、かなりの量だった。
ヴィンスと共に私の部屋のバルコニーに出る。今は夜。今日は月が出ていない。強い光に邪魔をされず、星たちが思い思いに輝いている。
もう、一人でバルコニーに出ても大丈夫ではあるでしょうけど……ヴィンスにお願いして、一緒に出てもらった。衛兵さんは庭園にいるし、エクステはつけたままだ。ついでに、誕生日にヴィンスにもらったモルフォ蝶を型どった青い髪留めもつけている。
「アリスがね……どんどんと大人びていくのよ」
「ああ」
「筆跡も少しずつ変わっていくの。大人っぽくね。当然よね。貴族のお仕事をたくさんこなしていたものね」
「そうだな」
「あんなに昔のままだったのに、すごく頑張って……」
私と会った日は、王立魔法学園の夏休みだった。あの数日後から、レイモンド様のお母様に貴族のお仕事について学んでいる。いずれ彼の妻になる者として……各地の情報を得るために手紙を他の領地の貴族に出したり、要人や功績のあった人と交流をしたり、各地の視察や記念式典の参加をしたり……話を聞くだけだったようだけれど、日記はそんな内容で埋め尽くされていた。
卒業してからは結婚、保育士の仕事にも携わり子育てもし――、子供が少し大きくなってからは実務の仕事も行い……。前向きに取り組んでいたようだったけれど、多忙なのは感じ取れた。
「私と会った年のクリスマスに、全世界に光魔法を届けられたのね」
「ああ……そうだったな」
「メイドさんの出産に立ち会ったのがきっかけだったようだけど……私のお陰だとも書いてあったのよ」
「ああ」
ヴィンスも読んだ。
全部知ってる。
それでも話してしまう。
「人間の負の感情がたまって魔王になってしまうのなら……今の世界に生きる人たちの心だけでも光に満ちあふれてほしいって。魔王の力を少しでも弱くしたいって。私があっという間に怪我もなく浄化して、幸せになってほしいって……そう思ったから全世界に届いたのかもしれないって書いてあったのよ……っ……」
日記は私に向けたものではない。死に際まで渡すつもりではなかったのだから。だからあれは本音だ。何度も泣いたはずなのに、口にするとやはり涙がこぼれてしまう。
アリスはいなくなってもなお、私を支えてくれていた。クリスマスは隣人にも祈る日だ。あれから何百年もの間……聖夜に誰かからの祈りが届き、救われる人もいたはず。負の感情を少しでも減らそうとしてくれていた。
「私は馬鹿ね。自分だけが背負わされる気でいた。支えてくれる人も助けてくれる人もたくさんいるのに、気付かないでいた。アリスにも――」
「……実際に浄化するのはお前だ」
「でも、クラスメイトが発案してくれた魔道具で、実際の能力以上の力が発揮されるわ」
「……そうだな」
次の聖女も、同じように思うのだろうか。
前の世界に馴染めない子がここに来て、いきなり世界を救えと言われて、どうして自分なのかも分からず、いきなりたくさんの命を背負わされるように感じて――。
……まだ自分の役割すらこなしていないのに、そんな先の心配なんかして馬鹿みたいね。
「千年も前の聖女の言葉は、未だに語り継がれているわよね」
「そうだな」
前の世界にも聖書というものがある。日本の読み物でも平家物語などは授業でも暗記させられた。時を越えて何年も受け継がれるものがあり……望めば私の言葉だってきっとそうなる。
ふと思い出す。
「アリスは確か……あの世のような場所で、日記を出版しないでと言ってたのよね?」
「あ、ああ。そう魔女が言っていた」
そんな趣味の悪いことをするわけないじゃないと疑問に思ったけど……誰かに託すのは、そう悪くない。
私はこんなに救われている。
「私は……出版される用の日記でも書こうかしら。次に現れる聖女は、この世界の人たちの協力によって、かる~い愛着程度でお手軽に魔王浄化ができるようにしておきなさいってメッセージも込めて。浄化が遅かったら聖女のせいじゃない。ここの住人のせいなのよと思わせたいわね」
「ふっ……それはいいな」
アリスと違って、自分の本音を文字にするなんて恥ずかしくてできない。でも、公開前提ならいいかもしれない。私も誰かの役に立ちたい。それが千年後の聖女相手なら、結果がどうなったかなんて気にしなくて済む。
「……そこに私は登場するのか」
穏やかな顔で彼が聞いた。
「当然よ。聖女なんてすごい存在ではないのよって。ただの一人の女の子だって。恋もするし悩みもするし不安だって感じる。そう、読んだ人に思い知らせてやろうかしら。あなたのこと、書いたら駄目?」
「いいや、好きにしたらいい。どうにでも書け」
気恥ずかしそうにヴィンスが苦笑する。
本当に書くかは分からない。いざ文章を書き始めたら恥ずかしくてやめるかもしれない。でも……アリスは偉人の一人になっている。ただの頑張っていた女の子ってだけだったのに。私もきっと偉人になってしまう。今までの聖女のように。
「浄化さえしたら、もう文句は言わせないわ。もし書くとしたら好き勝手書くわよ。それに、好きなように生きる」
まだ、その先の未来は具体的に何も描いていない。ただ……前に、浄化を終えたあとは聖女が行方不明になったことにすればいいと言われたけど……それも私好みではない。私を支えてくれた人たちが心配してしまう。
「ああ」
今の言葉で、私が聖女としてこの先も生きるつもりだと思ったかな。少なくとも聖女として執筆をすると。崇められるのも有り難がられるのも嫌だし……どうするかは何も決めていないけど。
でも――、一緒にいる相手は決まっている。
「どんな未来が待っていたとしても、私から離れたら許さないわよ?」
「当然だ。お前が望むならいつまでも」
――アリスの存命中もクリスマスの絵本は出版されていた。死後に出版された絵本はその集大成だ。王立魔法学園に通っている間にレイモンド様と考え、当時は王子だった故ダニエル・ロマニカ国王陛下に託した。彼は「アリス亡きあとはそれを出版するように」と遺書を残して彼らより先に天に召された。彼もまた――、アリスの友人だった。
その絵本は、こんな内容だ。
――――――――
タイトル
『クリスマスの夜の贈り物』
共著:レイモンド・オルザベル
アリス・オルザベル
シャンシャン シャンシャン
なんの音かな 精霊さんのイタズラかな
いいえ 今日は聖なる夜
子供たちが 眠るのを
聖アリスちゃんが 待っている音
ぼくも私も 目をつむったら
お空に浮かぶのは ソリに乗る女の子
赤いぼうしの 白いボンボンをゆらして
眠っている子に そーっと贈り物
がんばっていたの 見ていたよ
悲しいことがあったのも 知ってるよ
嬉しいことも たくさんあったね
あなたの未来が 輝くように
光の魔法も 夢の中へ
目覚めたら とびっきりの笑顔を見せて
シャンシャン シャンシャン
クリスマスには 鈴の音
あなたを大好きな 女の子が
贈り物を持って すぐそこに
【作者プロフィール】※巻末記載
レイモンド・オルザベル
聖アリスちゃんの導き手。
彼女の祈りを世界中へ届けることを使命としている。
アリス・オルザベル
異世界からの迷い子。
世界中の人々の幸せを祈っている。
【作者からのお願い】
子供たちが自分のことを大切な存在だと感じられるように、ご協力をお願いします。
この本を誰かが目にする時、私たちはもうこの世にはいないでしょう。聖夜の祝福が、それでもなお永遠に続くよう私たちは祈っています。
どうかクリスマスには周りの人たちへも感謝を込めて祈りを捧げてください。
この本を読むあなたの幸せもまた、私たちは心より願っています。
――――――――
アリスはもう、ここにはいない。
子供たちの心の中にある偶像で。大人から見れば、クリスマスに新たな文化を与えた異世界からの迷い子だ。
後世に目に見える形でこうやって何かを残す人は何人もいるし、私もそうなるのかもしれないけれど――。
目には見えない形ではあっても、誰かが誰かを慈しむ心は受け継がれていく。誰が特別で誰が特別ではないなんて差はない。誰もが大切な誰かで、祝福を受けた誰かは他の誰かを祝福し――、子が生まれ孫が生まれ、そうして続いていくものがある。
「守るわ、必ず」
幾千もの星の輝きを見ながら、私はそう呟いた。
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