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35.成長(ヴィンセント視点)
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月日はあっという間に過ぎていく。セイカと出会ってからもう四ヶ月だ。
「本当に……誕生日がこんな一日でよかったのか」
「ええ、十分よ」
「……そうか」
セイカと共に、王都の側の海辺へと魔女に転移させてもらった。とあるモノと一緒にだ。
今は夜。
月明かりが水面に降り注ぎ、輝いている。闇と光が同居する幻想的な風景の中にセイカが溶け込むように黒のフレアドレスを風に揺らしながら佇んでいる。
今日も他国を訪れた。五十三ヵ国目……最後の国だった。もう訪れていない国はない。
放課後の時間帯には学園に寄り、強化された魔道具を受け取った。国を想う人々の祈りをセイカの持つ魔道具へと届け、本人の能力以上の浄化作用を引き出す。通常、人の祈りは途中で霧散してしまうものの、魔道具を介在することによってそれを防いでいる。セイカの言葉に触発されて学生が考案し、今では世界中で効果を最大にする研究が行われ、その成果は即データベースに載せられる。今の時点での最高の物が今日、学生の手から贈呈という形でセイカに手渡された。次の千年後を見据えて、これからも研究は続けられる。
「今日くらいは友人と共に学園で一日過ごしてもよかったと思うがな……」
「まだ言うの? ヴィンスと一緒に過ごした方がいいに決まっているじゃない。なによ、私といたくなかったわけ? 聖女様だものね。ご機嫌を損ねちゃまずいものね。嫌でもそうは言えないわよね、可哀想だこと」
私を睨みつけるようにして言ったあと、自己嫌悪でもしているような苦しそうな顔をする。
「……鬱陶しいと思っているんでしょう」
「そうだな、鬱陶しい。鬱陶しくてたまらなくなって……手放したくなくなる」
「指輪だってくれたんだから、そんな気早くなくしなさいよ」
そんな気などない。
もう、なくなってしまった。
だが……そう言っておかなければ我慢がきかなくなる。
アリス嬢の生きていた時代は結婚時期が早い者も多かったらしいが、今は遅い者が多い。王族は血を絶やさないために子の意思も踏まえたうえで婚約者を決めるケースが他国でもほとんどだが、貴族は婚期まで自由恋愛を楽しみ、婚期が来るまでに相手を見つけられなければ親の紹介で婚約という流れが主流だ。
魔王の浄化が終われば肩の荷も下りて、視野も広くなる。私のようなつまらない男より、他の者に惹かれてしまう日もくるだろう。まだ……若い。
「私には、側にいてくれと懇願することしかできないな」
「……側にいるわよ」
分かっていないのだろうな。どれだけ私がお前を欲しているのかを。強く強く……壊れてしまいそうなほどに抱きしめたくて、制御がきかなくなりそうだ。
「さて……弾くか」
「ええ、そうして。そのために今日一日を頑張ったんだもの」
「……このためか?」
「そうよ。私は今だって、あなたを守るために世界を捨てることが不可欠なら簡単に捨てられるわ。ヴィンスと一緒にいたいから頑張っているのよ」
簡単に捨てるのは……無理だろうな。この世界に愛着を持ってくれているからこそ、祈りや浄化範囲も広がっている。各国を訪れたあとに学園に寄ってクラスメイトと話もしているしな。だが……。
「そうか」
彼女の特別でいられていることが嬉しい。それと同時に、その言い回しに自分への自信をセイカが持てていることにほっともした。
誰かを守れる。
何かを滅ぼせる。
その自覚もまた彼女を強くしているのだろう。……世界は救われる。
魔女に転移させてもらったピアノの前に座る。浜辺に置かれるグランドピアノ……違和感があるかと思ったが、なぜかしっくりくる。
息を吸いこむ。
潮の香りが私を満たした。
呼吸、意識……全てを最初の一音に込め、周囲を星の瞬きのような旋律で彩っていく。聞く者全ての魂を惹き込むようなリズムを奏でる。
――私は音になる。
セイカ。この曲を聴く時くらい全てを忘れてくれ。音だけを心に満たしてくれ。
彼女は聖女の自覚をもうハッキリと持っている。早く浄化できるようになりたいと、各国の訪問もほとんど日を開けずに予定に組み込み過密スケジュールをこなしてきた。
明日には……アリス嬢に会うと伝えられた。魔女にもそう言った。
『まだ私の祈りも浄化も不十分に感じるのよ。たくさんの国へ行き、人々の暮らしにも接したのに。危機感が足りないと思うの。改良された魔道具に、また私が力を込めなければならないでしょう? もう一度世界を周るし、今度は病院を訪れるわ。教会も訪れる。痛みを抱える人たちと向き合うわ』
『それは……辛いものを見ることになるぞ』
『分かっているわ。だからその前に、今の私のままでアリスに会いたいのよ』
彼女の心を何もかもから解き放ちたい。今、この時だけでも穏やかに――。
「本当に……誕生日がこんな一日でよかったのか」
「ええ、十分よ」
「……そうか」
セイカと共に、王都の側の海辺へと魔女に転移させてもらった。とあるモノと一緒にだ。
今は夜。
月明かりが水面に降り注ぎ、輝いている。闇と光が同居する幻想的な風景の中にセイカが溶け込むように黒のフレアドレスを風に揺らしながら佇んでいる。
今日も他国を訪れた。五十三ヵ国目……最後の国だった。もう訪れていない国はない。
放課後の時間帯には学園に寄り、強化された魔道具を受け取った。国を想う人々の祈りをセイカの持つ魔道具へと届け、本人の能力以上の浄化作用を引き出す。通常、人の祈りは途中で霧散してしまうものの、魔道具を介在することによってそれを防いでいる。セイカの言葉に触発されて学生が考案し、今では世界中で効果を最大にする研究が行われ、その成果は即データベースに載せられる。今の時点での最高の物が今日、学生の手から贈呈という形でセイカに手渡された。次の千年後を見据えて、これからも研究は続けられる。
「今日くらいは友人と共に学園で一日過ごしてもよかったと思うがな……」
「まだ言うの? ヴィンスと一緒に過ごした方がいいに決まっているじゃない。なによ、私といたくなかったわけ? 聖女様だものね。ご機嫌を損ねちゃまずいものね。嫌でもそうは言えないわよね、可哀想だこと」
私を睨みつけるようにして言ったあと、自己嫌悪でもしているような苦しそうな顔をする。
「……鬱陶しいと思っているんでしょう」
「そうだな、鬱陶しい。鬱陶しくてたまらなくなって……手放したくなくなる」
「指輪だってくれたんだから、そんな気早くなくしなさいよ」
そんな気などない。
もう、なくなってしまった。
だが……そう言っておかなければ我慢がきかなくなる。
アリス嬢の生きていた時代は結婚時期が早い者も多かったらしいが、今は遅い者が多い。王族は血を絶やさないために子の意思も踏まえたうえで婚約者を決めるケースが他国でもほとんどだが、貴族は婚期まで自由恋愛を楽しみ、婚期が来るまでに相手を見つけられなければ親の紹介で婚約という流れが主流だ。
魔王の浄化が終われば肩の荷も下りて、視野も広くなる。私のようなつまらない男より、他の者に惹かれてしまう日もくるだろう。まだ……若い。
「私には、側にいてくれと懇願することしかできないな」
「……側にいるわよ」
分かっていないのだろうな。どれだけ私がお前を欲しているのかを。強く強く……壊れてしまいそうなほどに抱きしめたくて、制御がきかなくなりそうだ。
「さて……弾くか」
「ええ、そうして。そのために今日一日を頑張ったんだもの」
「……このためか?」
「そうよ。私は今だって、あなたを守るために世界を捨てることが不可欠なら簡単に捨てられるわ。ヴィンスと一緒にいたいから頑張っているのよ」
簡単に捨てるのは……無理だろうな。この世界に愛着を持ってくれているからこそ、祈りや浄化範囲も広がっている。各国を訪れたあとに学園に寄ってクラスメイトと話もしているしな。だが……。
「そうか」
彼女の特別でいられていることが嬉しい。それと同時に、その言い回しに自分への自信をセイカが持てていることにほっともした。
誰かを守れる。
何かを滅ぼせる。
その自覚もまた彼女を強くしているのだろう。……世界は救われる。
魔女に転移させてもらったピアノの前に座る。浜辺に置かれるグランドピアノ……違和感があるかと思ったが、なぜかしっくりくる。
息を吸いこむ。
潮の香りが私を満たした。
呼吸、意識……全てを最初の一音に込め、周囲を星の瞬きのような旋律で彩っていく。聞く者全ての魂を惹き込むようなリズムを奏でる。
――私は音になる。
セイカ。この曲を聴く時くらい全てを忘れてくれ。音だけを心に満たしてくれ。
彼女は聖女の自覚をもうハッキリと持っている。早く浄化できるようになりたいと、各国の訪問もほとんど日を開けずに予定に組み込み過密スケジュールをこなしてきた。
明日には……アリス嬢に会うと伝えられた。魔女にもそう言った。
『まだ私の祈りも浄化も不十分に感じるのよ。たくさんの国へ行き、人々の暮らしにも接したのに。危機感が足りないと思うの。改良された魔道具に、また私が力を込めなければならないでしょう? もう一度世界を周るし、今度は病院を訪れるわ。教会も訪れる。痛みを抱える人たちと向き合うわ』
『それは……辛いものを見ることになるぞ』
『分かっているわ。だからその前に、今の私のままでアリスに会いたいのよ』
彼女の心を何もかもから解き放ちたい。今、この時だけでも穏やかに――。
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