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33.役割
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あの日は、適当にデザートもつつくと私たちは早めに帰宅した。月曜日からは授業も始まったけれど、さすがに基礎すらない状態で学園の授業にはついていけないことを身に沁みて理解した。
例えば……魔道具製造系のテキストにあるような『検知部には発振回路があり、魔導コイルから高周波の磁界が発生します。魔力の渦電流損が生じて発信が停止することを利用し、物体と魔力の有無を検知します』といった文章には、完全にやる気を失った。
見学気分でほどほどに参加はしつつ……ヴィンスと一緒に世界を見て回ることにした。一箇所に留まっていては、そこしか救おうとは思えない気がしたからだ。
今日も王宮内にある特別な一室へと足を踏み入れる。他国へと飛べる転移魔法陣が敷かれている部屋だ。
薄暗くて広い部屋の中を青白く発光したいくつもの魔法陣が存在感を放っている。幻想的なその光を見ていると異次元へと迷い込んでしまいそうな錯覚に陥る。
「今日は隣国、ユンブリッジ王国ね」
「ああ。行くか」
「ええ」
国を回る順序で相手に順位付けされていると思われてしまっては困る。厳正なくじ引きによって順番を決めているとあらかじめ周知もしてもらった。
最初に言葉の通じない違う大陸の国に行くことになったのには緊張したものの、翻訳機によって空中に翻訳された文字が出てくるのでそんなに困りはしなかった。くじ引きで行われていると他国にも納得してもらえただろうし、よかったと思う。……実際は、完全に全てくじ引きというわけではないけれど。
「この魔法陣だ」
「……よく覚えているわね」
部屋の外に常に見張りがいるだけでなく厳重な鍵によって管理もされているものの、それでも他国の王宮内に計画性を持ってよからぬ誰かが入りこまないようにと、どの国にどの魔法陣が敷かれているかは王家の者だけが口頭で伝えられるらしい。
「覚えるだけだから、簡単なものだ」
私とは頭の出来が違いそうね。
「では行くぞ」
「ええ」
彼が杖でトンと魔法陣を叩き……私たちを光が包んだと思うと、あっという間に似たような部屋へとワープした。
「お待ちしておりました。ヴィンセント・ロマニカ殿下、そして――聖女様」
どこの国も変わらない。
魔法陣部屋には王家の者しかいない。つまり、彼らが国王と第一王子だ。話しているのが王子なのは、伴っているヴィンスが王子だからなのかもしれない。使者を送り合う時には、騎士団本部の魔法陣部屋を通じて送り合っているらしい。ここはどこの国でも内緒の場所だ。
一歩前に出て、私も身を低くしてドレスの端を持ち優雅に微笑んでみせる。彼らが話したいのは私だ。
「はじめまして、聖女のセイカ・ツキシロと申します。私に道を開いていただいたその親愛の情に感謝いたしますわ。楽にしてください。私は一介の異邦人にすぎません」
跪いた彼らが身を起こす。
緑の髪の髭を生やした国王と、精悍な印象の青年だ。必要最小限の人数でとお願いしてある。私たちが今日来ることを多くの人に知られたくはない。外部へ情報が漏れて聖女探しのためにむやみに屋外に出る人が増えれば、よけいな被害が出るかもしれない。
それに……あとで魔女も呼ぶ。だからこそ、この二人だけなのだろう。
「優しいお言葉をありがとうございます。あなた様をこの地へお迎えできたことに、大きな喜びを感じています」
「過ぎた言葉ですわ。私にはまだこの地を守る力が備わっていません。心よりこの世界を愛したいと願う一個人に過ぎませんわ。お招きいただいたご厚意に感謝し、この地に住まう人々の暮らしを感じ、世界の平和と安寧への架け橋になることを望んでいます」
何度もこんなやり取りをしながら、思い知る。私は聖女なのだと。国王や王子を跪かせてしまう存在なのだと。
アリスも日記に書いていた。環境が人をつくる……と。誰かを跪かせてしまう自分がショボい人間でいいはずがないと、アリスらしく決意していた。
私にもその気持ちが今、痛いほど分かる。たくさんのものを背負っているのだと……。
「こちらこそ、聖女様にご協力できることを大変嬉しく思います。本来なら盛大におもてなしをしたかったのですが……」
「そう言っていただけることはありがたく思う」
ヴィンスがそろそろいいだろうと会話に混じってくれた。
「だが、私たちが直面する問題は重く、また時間もない。この度の機会を設けていただいたことを――」
堅苦しいヴィンスの言葉が続いていく。ここからは彼に任せて、私は最後の挨拶をすればいいだけだ。
こうして見ると、やっぱり王子らしいなと感じる。初めてここに来た時は根暗そうだし髪も邪魔そうだし、王子らしくないと思ったものの……言葉に力強さがあるし眼光も静かでありながら鋭い。
それにしてもヴィンスと相手の王子、視線の交わし方が結構親密そうね。隣国だから親交がこれまでもあったのかもしれない。今回もここに来る前に頼み事をしているし、両国間の交流は深そうだ。
頼み事が滞りなく行われたことを聞き、そのお礼をヴィンスが述べると、やっとここを出るような雰囲気になった。
「では、ご案内しよう。聖女様もこちらへお願いします」
「ええ、ありがとう」
ヴィンスに対する時よりも圧倒的に私には丁寧だ。今までの聖女が行方をくらましたことになっている理由が分かる。
絶対的権力者になってしまいそうだものね……。誰も聖女のいるその国に逆らえなくなってしまいそうだ。聖女が二回連続で私のいる国に召喚されたのは偶然であるとも、魔女からは説明されているらしい。
私はヴィンスと出会ってなければきっとこんな世界救いたいとも思わなかったはずで――、そんな必然が前の聖女にもあったのかもしれない。
そうして私たちは薄暗い秘密の通路を抜けて、街を眺められる窓の前に来た。人払いがされている。
「美しい国ですわね」
私のいる国よりも白い壁の家が多い。屋根は同じく茶系だ。他の大陸ほどの違いはないわね……言葉すら違う国となると幾何学模様の壁が一般的であったりと雰囲気はかなり違った。
「ありがとうございます」
「……申し訳ないが、帰宅も魔女とになる」
「ああ、分かっている。その方がいいだろうな」
私が色んな国に行くこと自体はもう国民にも知られている。王宮内の真上に注意を払っている人は衛兵以外にもいそうだから、私たちはここからワープさせてもらう。
ヴィンスがまたお決まりの挨拶を相手と交わして――。
「では行こう。魔女、来てくれ」
「こんにちはぁ~。あんまり今回は話せなくて残念だけど、行くわねぇ~」
ほんっといきなり現れるし緊張感がないわよね、魔女。見るたびに露出度高すぎよとムカつくわ。じゃ、最後の挨拶でもしようか。
「本日はお会いできて嬉しかったですわ。どうかこの国の未来に幸せを」
――彼らに対して祈る。
さすがにもう、彼らが背負うものも理解している。きっとこれから、自分たちでは元を断つことすらできない魔獣によって被害が出続けるのだろう。どれだけ被害を最小限に抑えても、国は何をしているのだと責められるのだろう。聖女は何をしているのかと憤りを覚えることもきっとある。
私も彼らも、命を背負っている。
だから祈る。
私から放たれた光は彼らの中へ――。
国王が私へと目を細め、笑みを浮かべて「どうか、聖女様の未来にも幸せを」と言ってその祈りが私の中へと吸い込まれる。
もう慣れた。
これは、私とその向こう側にあるたくさんの命に向けられたものだと知っているから……だから真摯に受け止められる。
「ありがとう。では、行きますわ」
私の言葉を合図に――、私たちは魔女と共にこの国のどこかの空中へとワープした。
例えば……魔道具製造系のテキストにあるような『検知部には発振回路があり、魔導コイルから高周波の磁界が発生します。魔力の渦電流損が生じて発信が停止することを利用し、物体と魔力の有無を検知します』といった文章には、完全にやる気を失った。
見学気分でほどほどに参加はしつつ……ヴィンスと一緒に世界を見て回ることにした。一箇所に留まっていては、そこしか救おうとは思えない気がしたからだ。
今日も王宮内にある特別な一室へと足を踏み入れる。他国へと飛べる転移魔法陣が敷かれている部屋だ。
薄暗くて広い部屋の中を青白く発光したいくつもの魔法陣が存在感を放っている。幻想的なその光を見ていると異次元へと迷い込んでしまいそうな錯覚に陥る。
「今日は隣国、ユンブリッジ王国ね」
「ああ。行くか」
「ええ」
国を回る順序で相手に順位付けされていると思われてしまっては困る。厳正なくじ引きによって順番を決めているとあらかじめ周知もしてもらった。
最初に言葉の通じない違う大陸の国に行くことになったのには緊張したものの、翻訳機によって空中に翻訳された文字が出てくるのでそんなに困りはしなかった。くじ引きで行われていると他国にも納得してもらえただろうし、よかったと思う。……実際は、完全に全てくじ引きというわけではないけれど。
「この魔法陣だ」
「……よく覚えているわね」
部屋の外に常に見張りがいるだけでなく厳重な鍵によって管理もされているものの、それでも他国の王宮内に計画性を持ってよからぬ誰かが入りこまないようにと、どの国にどの魔法陣が敷かれているかは王家の者だけが口頭で伝えられるらしい。
「覚えるだけだから、簡単なものだ」
私とは頭の出来が違いそうね。
「では行くぞ」
「ええ」
彼が杖でトンと魔法陣を叩き……私たちを光が包んだと思うと、あっという間に似たような部屋へとワープした。
「お待ちしておりました。ヴィンセント・ロマニカ殿下、そして――聖女様」
どこの国も変わらない。
魔法陣部屋には王家の者しかいない。つまり、彼らが国王と第一王子だ。話しているのが王子なのは、伴っているヴィンスが王子だからなのかもしれない。使者を送り合う時には、騎士団本部の魔法陣部屋を通じて送り合っているらしい。ここはどこの国でも内緒の場所だ。
一歩前に出て、私も身を低くしてドレスの端を持ち優雅に微笑んでみせる。彼らが話したいのは私だ。
「はじめまして、聖女のセイカ・ツキシロと申します。私に道を開いていただいたその親愛の情に感謝いたしますわ。楽にしてください。私は一介の異邦人にすぎません」
跪いた彼らが身を起こす。
緑の髪の髭を生やした国王と、精悍な印象の青年だ。必要最小限の人数でとお願いしてある。私たちが今日来ることを多くの人に知られたくはない。外部へ情報が漏れて聖女探しのためにむやみに屋外に出る人が増えれば、よけいな被害が出るかもしれない。
それに……あとで魔女も呼ぶ。だからこそ、この二人だけなのだろう。
「優しいお言葉をありがとうございます。あなた様をこの地へお迎えできたことに、大きな喜びを感じています」
「過ぎた言葉ですわ。私にはまだこの地を守る力が備わっていません。心よりこの世界を愛したいと願う一個人に過ぎませんわ。お招きいただいたご厚意に感謝し、この地に住まう人々の暮らしを感じ、世界の平和と安寧への架け橋になることを望んでいます」
何度もこんなやり取りをしながら、思い知る。私は聖女なのだと。国王や王子を跪かせてしまう存在なのだと。
アリスも日記に書いていた。環境が人をつくる……と。誰かを跪かせてしまう自分がショボい人間でいいはずがないと、アリスらしく決意していた。
私にもその気持ちが今、痛いほど分かる。たくさんのものを背負っているのだと……。
「こちらこそ、聖女様にご協力できることを大変嬉しく思います。本来なら盛大におもてなしをしたかったのですが……」
「そう言っていただけることはありがたく思う」
ヴィンスがそろそろいいだろうと会話に混じってくれた。
「だが、私たちが直面する問題は重く、また時間もない。この度の機会を設けていただいたことを――」
堅苦しいヴィンスの言葉が続いていく。ここからは彼に任せて、私は最後の挨拶をすればいいだけだ。
こうして見ると、やっぱり王子らしいなと感じる。初めてここに来た時は根暗そうだし髪も邪魔そうだし、王子らしくないと思ったものの……言葉に力強さがあるし眼光も静かでありながら鋭い。
それにしてもヴィンスと相手の王子、視線の交わし方が結構親密そうね。隣国だから親交がこれまでもあったのかもしれない。今回もここに来る前に頼み事をしているし、両国間の交流は深そうだ。
頼み事が滞りなく行われたことを聞き、そのお礼をヴィンスが述べると、やっとここを出るような雰囲気になった。
「では、ご案内しよう。聖女様もこちらへお願いします」
「ええ、ありがとう」
ヴィンスに対する時よりも圧倒的に私には丁寧だ。今までの聖女が行方をくらましたことになっている理由が分かる。
絶対的権力者になってしまいそうだものね……。誰も聖女のいるその国に逆らえなくなってしまいそうだ。聖女が二回連続で私のいる国に召喚されたのは偶然であるとも、魔女からは説明されているらしい。
私はヴィンスと出会ってなければきっとこんな世界救いたいとも思わなかったはずで――、そんな必然が前の聖女にもあったのかもしれない。
そうして私たちは薄暗い秘密の通路を抜けて、街を眺められる窓の前に来た。人払いがされている。
「美しい国ですわね」
私のいる国よりも白い壁の家が多い。屋根は同じく茶系だ。他の大陸ほどの違いはないわね……言葉すら違う国となると幾何学模様の壁が一般的であったりと雰囲気はかなり違った。
「ありがとうございます」
「……申し訳ないが、帰宅も魔女とになる」
「ああ、分かっている。その方がいいだろうな」
私が色んな国に行くこと自体はもう国民にも知られている。王宮内の真上に注意を払っている人は衛兵以外にもいそうだから、私たちはここからワープさせてもらう。
ヴィンスがまたお決まりの挨拶を相手と交わして――。
「では行こう。魔女、来てくれ」
「こんにちはぁ~。あんまり今回は話せなくて残念だけど、行くわねぇ~」
ほんっといきなり現れるし緊張感がないわよね、魔女。見るたびに露出度高すぎよとムカつくわ。じゃ、最後の挨拶でもしようか。
「本日はお会いできて嬉しかったですわ。どうかこの国の未来に幸せを」
――彼らに対して祈る。
さすがにもう、彼らが背負うものも理解している。きっとこれから、自分たちでは元を断つことすらできない魔獣によって被害が出続けるのだろう。どれだけ被害を最小限に抑えても、国は何をしているのだと責められるのだろう。聖女は何をしているのかと憤りを覚えることもきっとある。
私も彼らも、命を背負っている。
だから祈る。
私から放たれた光は彼らの中へ――。
国王が私へと目を細め、笑みを浮かべて「どうか、聖女様の未来にも幸せを」と言ってその祈りが私の中へと吸い込まれる。
もう慣れた。
これは、私とその向こう側にあるたくさんの命に向けられたものだと知っているから……だから真摯に受け止められる。
「ありがとう。では、行きますわ」
私の言葉を合図に――、私たちは魔女と共にこの国のどこかの空中へとワープした。
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