上 下
30 / 53

30.入学パーティ

しおりを挟む
「……いい加減、どんよりするのやめたら?」
「していない」
「絶対していると思うわ」
「していないと言えばしていない」
「ヴィンスのお陰で、上手くやれそうだと言ったじゃない」
「そうだとしたら、私のお陰ではなくお前の力だ」

 昨日のやり方はよくなかったと思い込んで、ずっと落ち込んでいるのよね……。冷たく追い返しすぎたかしら。でもあれ以上いてもらうのは恥ずかしかったし。

 今、私たちは入学パーティの会場にいる。白と金が基調の豪華絢爛な会場だ。

 ……ほんと、学園ではなく宮殿よね……。

 王立学園だけあって国の威信をかけているようだ。入学パーティの会場は二箇所ある。こちらが貴族用。もう一箇所は平民用。どちらに行ってもいいことにはなっているし、どちらがそうだとハッキリ言われているわけではないけれど……こちらだけは礼装でと案内に書かれていたので、お察しといったところだ。

 学園長の挨拶や来賓の挨拶も終わり、アドルフ様がクリスをエスコートしてホールの中央に立った。ファーストダンスは彼らだけらしい。楽団の生演奏に合わせて、彼らがダンスを踊る。

「さすがね……クリスも」
「幼い頃より習っていただろうからな」

 物語の王子様とお姫様のようだ。
 苺のショートケーキのように可愛らしいドレスに、飴細工のように透き通ったピンクの髪飾り。金髪碧眼の王子様とくるくると回って、童話の中の世界みたい。

「……浄化が終わったら私も習おうかな……」
「無理はしなくてもいい」
「せっかく綺麗なドレスを着ても、私では料理の食べ比べくらいしかできないし」
「そこにいるだけで華になるだろう」

 ……この人って私が卑屈になると口説いてくるわよね。

 私は青と黒のアゲハ蝶のようなデザインのドレスだ。デザインにも口を出させてもらった。ヴィンスは深い青と黒のスーツ。薔薇をイメージした黒の刺繍がそこかしこにありシックで格好いい。芸術家っぽくもある。

 あんなダンスを見せられたら、私もって気分になるわよね。それに、聖女としか踊らないとご令嬢とのダンスを断っていたなんて聞いてしまったし。

「あなたのダンスの上手さを体感したくなったのよ」
「……並程度だ」

 彼らが一礼して次のワルツが始まる。他の人たちも踊り始めた。

「さて、食べるか」
「……そうね」

 私も踊れたらって……思っちゃうわよねー。

「セイカちゃん!」

 私とヴィンスが立食でカルパッチョやマリネ、リゾットや温野菜を食べているとクリスが来た。後ろにはアドルフ様もいる。二回目のダンスが終わってから真っ直ぐここに向かったのだろう。

「……ガッツリ食べているわね」
「他にすることもないもの」
「ねぇ、果物は食べた?」
「まだよ」

 話していると、アドルフ様がこそっとヴィンスに何かを呟き視線を奥にやった。

 ああ……学園長たちがあの奥の扉の向こうにさっき入っていったわよね。話でもしたいのかしら。

「ヴィンス、行ってもいいわよ」
「……分かった」

 こうやってたくさんの人がいる中で後ろ姿を見ると、ヴィンスからも王子様オーラが出ているのを感じる。歩き方が洗練されている。

「ねぇ、クリス。ヴィンスってもてるの?」
「え、ええっと……どうかしら。もてそうな雰囲気はあるわよね」
「他の女性に誘惑されている場面とか見たら私、発狂しそうだけど大丈夫かしら」

 カランとクリスの後ろからフォークの音がした。同じクラスの女の子から凝視されてしまったわ。

「は……発狂したらどうなるの?」
「さぁ。世界が危ないかもしれないわね」

 くすりと笑ってみせると奥の子が叫ぶように私に話しかけた。

「だ、大丈夫ですわ、セイカさん! 他のご令嬢とお茶会の機会もたまにありますの。私が、ヴィンセント様に近付くと世界が危ないと広めておきますわ! ご安心ください!」

 この子、名前なんだっけ……。橙色の髪の毛で少しメイドのシェリーたちに似ている。クリスマスに聖アリスに頼んだものは昨日聞いたから覚えているけど……。

 ちなみに聖女様やセイカ様と呼ばれて辟易したので、せめてさん付けにしてもらうよう昨日クラスメイトにはお願いをした。

「ありがとう。ごめんなさい、あなたの名前を忘れてしまったわ。幼い頃、クリスマスにたくさんの色のクレヨンを頼んだことは覚えているのだけど」

 誤魔化すように笑っておこう。

「こ、光栄ですわ。ハンナ・ヴェセリーですわ。お見知り置きを。いえ、忘れても結構ですわ」
「大切なクラスメイトを忘れるわけないじゃない。ハンナね。今覚えたわ」
「あ、ありがとうございます! 大変嬉しく思いますわ」

 この喋り方、楽よね。もしかして、私に今まで友達ができなかったのはナチュラルに上から目線だったのもあるのかしら……。ついそうなるのよね。聖女であれば許容されやすいということ? やっぱり私って、特権階級でないと満足に友達もできないタイプよね。

「あなたのお陰で世界は守られそうね。よろしく頼むわ」
「はい、お任せください!」

 ……頼んじゃってよかったのかしら。流れでお願いしてしまったわ。

「セイカちゃん……ものすごくヴィンセント様がお好きよね。馴れ初めが気になりすぎるわ」
「あらそう?」

 ハンナ以外のクラスメイトもチラチラとこちらを気にしている。

 馴れ初めか……ヴィンスを好きになった最初のきっかけはやっぱりアレよね。世界を滅ぼしていいなんて言ってくれたから。いけない。どうしても笑みがこぼれてしまうわ。

「言うわけないじゃない。そうでしょう?」

 耐えられずにクスクスと笑うと、なぜかクラスメイトの顔が赤くなった。

「……セイカちゃんって……言いにくいけど……艶めかしいわよね」

 どんなよ!

「あ、それですね。どう表現すればいいかと思っていましたが、それですそれです」

 茶系の髪の男の子が後ろから入ってくる。

「オーティス、聖女様に失礼ですわ!」
「え、それだとクリスさんが聖女様に失礼なことを言ったってことになるよね。艶めかしいって先に言ったわけだからさ」
「え、ええっと……」

 ハンナとオーティスね。今のうちにしっかりと名前を覚えよう。この二人、仲がいいのかしらね。クリスも昨日、様付けはやめてと言っていたので、さん付けになっている。特に女性同士は基本そうなった。

「別に気にしないわ。艶めかしくて悪いことなんてないもの。それより、聖女様って言われるのは好きではないわね」
「これは失礼しました、セイカさん」
「もう。オーティスは馴れ馴れしくしすぎよ、セイカさんに」

 ……ラブコメだわ。
 なにこの、ラブコメ。

 まぁでも、距離が近くはなったわよね。前の世界ではこの程度ですら話す子はアリス以外いなかった。

「馴れ馴れしくてもいいわよ。私、友達ができないタイプだから。前の世界でも友達はアリスしかいなかったもの」
「え……」
「でも、好きな女の子の前で他の女性にやたら話しかけるのはよくないかもしれないわね」
「は!? お、俺は別に……!」
「そう? 私の見立て違いだったかしら」

 微妙な空気ね。まどろっこしい期間なんてすっ飛ばして付き合ってしまえばいいのになんて思う私は、情緒がないのかな。貴族っぽいしそう簡単にはいかないのかも。

「ねぇ、あなたたちはどの飲み物が好きなの?  果物系が多いわね。お酒がないのは残念だわ。飲んだことはないけれど。三ヶ月後を少し楽しみにしているのよ」
「お酒は十六歳からですもんね。ここだけの話、少しは飲んだこともありますけどね。レモンが好きなので割って飲んでみました。セイカさんは七月が誕生日なんですか?」
「そうね。二人は?」 

 適当に話を変えて彼らと談笑する。
 ……なかなかヴィンスが戻ってこないし、ハンナはどう見てもオーティスを意識している。彼が結構私に話しかけてくるから妬いているようだ。
 
「もう一つの会場に行きましょうか、クリス。そっちも行ってみたいわ」

 ここにいなかったら、ヴィンスたちも察して来るでしょう。

「あ、そうね! そっちならフルーツサンドもあると思うわよ」

 ……だから好きなのは私じゃなくてアリスだってば。昨日ヴィンスがクラスでそんなことを言ったせいで……あれは、ジャンクフード扱いなのかしら。でも、久しぶりに食べてみたいわね。アリスと一緒に買って公園で食べたことしかない。

「それなら行きましょう」
「そうね」
「あなたたちは、二人でダンスをまだ踊るのよね?」
「「え」」
「ごゆっくり。それではね」

 ひらひらと手を振って会場をあとにする。廊下を歩きながらクリスが呟いた。

「セイカちゃんって、なぜか色っぽいわよね。私、セイカちゃんとなら倒錯の世界もアリのような気がしてきたわ……」

 まったく。こんな特殊な指輪をアドルフ様と対でつけているくせに、何を言ってんのよ。でも、アリスも日記で友人の王子様の婚約者の子に対してそんなことを書いていたっけ……やっぱりどこか似ているわね。

 あの日記を読んでから思い出し笑いをする回数が増えたなと思いながら、次の会場へと向かった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【完結】異世界の魔導保育士はちょっと危険なお仕事です☆〜辺境伯息子との✕✕が義務なんて勘弁して!と思ったけどその溺愛に三日で沼落ちしました〜

春風悠里
恋愛
【異世界に召喚された少女の小さな恋、王立魔法学園でのかけがえのない日々――この世界を愛した少女の思いは形となり、世界中の子供たちの心の中で生き続ける――】 夢かな……。 そう思った瞬間に、口を口で塞がれた。熱い吐息が口の中に広がり、殴ろうにも両腕を彼の手で固定されている。赤い瞳を睨みつけながら舌を噛んでやろうか思った瞬間、やっと顔を離された。 彼が言う。 「仕方ない作業だよ。そう思って諦めてよ」 「召喚者である俺と定期的にキスをすると、この世界に馴染んで言葉が通じたままになるってわけ」 彼は隠そうとする、その強い想いを。 彼は嘘をつく、どうしても手に入れたくて。 「幼い頃からのびのびと魔法を使わせた方が、才能が開花しやすいし強い子はさらに強くなる。子供たちの魔法を防ぎながらすくすくと育てる強い魔導保育士が今、求められているんだ」 夢だと思ったこの世界。 私はここで、たった一人の大切な相手を見つけた。 「レイモンドがくれた、私のもう一つの世界。神様の愛情が目に見える優しくて穏やかなこの世界。私はここが好き」 隠さなくていい。嘘なんてつかなくていい。罪悪感なんて持たなくていい。責任なんて感じなくていい。 ――そこから始める、私たちの新しい関係。 「私のことをたくさん考えてくれてありがとう。ずっと好きでいてくれてありがとう。あなたの努力があったから、守り続けてくれたから――、私はレイモンドのことが大好きになりました」 これは、十四歳の辺境伯の息子であるレイモンドと主人公アリスが共に時を過ごしながら少しずつ距離が近づいていく、ハッピーラブコメディです。 ※他サイト様にも掲載中 ※ラスト手前「187.命の幕引きは彼と」だけでもどうぞ!泣けるかも?(寿命を迎えた先まで書いています。ハッピーエンドです)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

ニートの俺がサイボーグに改造されたと思ったら異世界転移させられたンゴwwwwwwwww

刺狼(しろ)
ファンタジー
ニートの主人公は一回50万の報酬を貰えるという治験に参加し、マッドサイエンティストの手によってサイボーグにされてしまう。 さらに、その彼に言われるがまま謎の少女へ自らの血を与えると、突然魔法陣が現れ……。 という感じの話です。 草生やしたりアニメ・ゲーム・特撮ネタなど扱います。フリーダムに書き連ねていきます。 小説の書き方あんまり分かってません。 表紙はフリー素材とカスタムキャスト様で作りました。暇つぶしになれば幸いです。

処理中です...