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28.聖女(クリスティーナ視点)
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堂々とこちらへ向かう彼女は、華奢な体をしているのにとても大きい存在のように感じた。
虹色の髪には中央に赤い薔薇をあしらった黒のリボンが結ばれている。陶器のように白い肌、黒いアイシャドウの似合う蠱惑的な瞳、赤い唇は艷やかで色っぽい。
他を寄せ付けない独特の雰囲気を持ちながらも、少女のような可愛さも共存していて……女でありながらも側にいると少しドキドキする。
パッと見での聖女らしさはないのかもしれない……でも……。
「名前はセイカ・ツキシロ。私が聖女よ」
彼女の凛としたその声を聞くだけで、ああそうなんだと納得する。圧倒的な存在感だ……もう誰も言葉を発していない。その姿に目を奪われている。
彼女は私に断りを入れると言葉を続けた。
「クリスティーナ様が話された通り、私は十五歳。あちらでは将来の夢もなくただ漫然と日々を過ごし、学校に通うだけ。魔法も存在しないその世界で怠惰に過ごしていたわ。そして突然、異世界へと飛ばされる。それが私の現状よ。皆さんと変わらない……いえ、それは失礼ね。皆さんよりもずっと卑小な人間かもしれないわ」
よくこれだけの人を相手に声も震えないものだなと思う。訓練を受けたわけでもないのに……。
「どうしてあなたなのと問われても答えられないわ。いつ浄化できるのかと聞かれても私が聞きたいくらいよ。どうしたらいいのかも分からない。でも――」
そう言う彼女の声には迷いがないように思える。
「すべきことから目を背けないわ。魔王なんてものを浄化する運命なら、そこから逃げない。だから、あなたたちにも考えてほしいのよ」
考える?
「どうして異世界の人間に命運を託すのかしら。どうしてこの世界はそうなっているのかしら。その理由を考えてほしいの。私、頼られるだけなのは嫌いなの。私はどうやってあなたたちを頼ればいいのかしら。何を頼ってもいいのかしら。私に何かを聞きたい方は、まずはそれを教えてちょうだい」
あの時と同じ台詞を彼女が言う。
「私を高みへと導くのは、無力に浸かる者の願いや祈りではないわ」
何が……できるのかしらね。彼女が浄化するまでの間、被害を最小限に食い止めること。それ以外に何が……。
「以上よ」
私にくすりと微笑んで彼女が壇上から下りていく。やはり彼女の持つ空気は独特だ。
――私は一つだけ彼女に嘘をついた。
本当は知っている。私の先祖、アリスさんと彼女が親友であったことを。ヴィンセント様が聖女と婚約されたいと話された時に、魔女がそう言っていた。
ヴィンセント様からは、アリスさんの末裔であることをしばらく内緒にしてほしいと頼まれた。その時に逆に私からもお願いをした。親友だったということを最初から私は聞かなかったことにしてほしいと。
だって、そんなの抜きで仲よくなってみたいじゃない? 親友の子供の子供の子供の――だから友達になろうなんて思ってほしくない。逆に、そんな理由で近づいたとも思ってほしくない。……どうしても聖女であることが理由とは思われてしまうだろうけど。
ヴィンセント様は早合点しすぎよね。「クリスちゃんとお呼びください」と言った理由……「それはやっぱり――」のあとは「可愛いからですわ!」と続けようと思ったのに、途中で「まだ言うな」と止めてしまうから、セイカちゃんにまで言いかけたと思われているし。つい流れで認めてしまったし。
ヴィンセント様はアリスさんのことをもう言ってしまったようだ。やっぱり彼女の私へ向ける目は少し変わった。前よりも……柔らかくなった。少しだけそれは寂しいけど、これまでの短い期間で友人関係が築けていたらいいなと思う。
でも、彼女は私にアリスさんと親友だったことはなぜか言わなかった。それも少し嬉しい。だって……ね? そーゆーの関係なしにって気分に彼女もなってくれたのかなって。
真意は分からないけどね。
アリスさんからのメッセージ『次の聖女は十五歳で召喚される。この世界の人々を大切に思える気持ちのゆとりがなくては強い光魔法は生み出せない。聖女が召喚されたあと、その生活に彩りがあるか可能な限り気にかけること』には続きがある。
『異世界から来たばかりの私は、やっぱり心細かったから』
アリスさんは当時ついていたメイドに七百年後まで伝えてとお願いしたらしい。本気だったのか半分冗談だったのかは分からない。それからずっと、うちにいるメイドからメイドへと伝わっていた。新人が入ったら必ず教えるといった具合だ。よく何百年も絶えずにと思う。アリスさんも生きていたらびっくりしたでしょうね、きっと。
そのメッセージをメイドから教えてもらって、できるなら仲よくなりたいと思った。
でも――。
……私は私の役割を果たさなくてはならない。彼女の負担になるとしても。プレッシャーをかけてしまって、私のことを疎ましく思ってしまうとしても。
怖い気持ちを奮い立たせて息を吸い込む。
やるべきことをやらなくてはならない。
それが私の責務だ。
――アドルフ様の隣に立つ私でいるために。
虹色の髪には中央に赤い薔薇をあしらった黒のリボンが結ばれている。陶器のように白い肌、黒いアイシャドウの似合う蠱惑的な瞳、赤い唇は艷やかで色っぽい。
他を寄せ付けない独特の雰囲気を持ちながらも、少女のような可愛さも共存していて……女でありながらも側にいると少しドキドキする。
パッと見での聖女らしさはないのかもしれない……でも……。
「名前はセイカ・ツキシロ。私が聖女よ」
彼女の凛としたその声を聞くだけで、ああそうなんだと納得する。圧倒的な存在感だ……もう誰も言葉を発していない。その姿に目を奪われている。
彼女は私に断りを入れると言葉を続けた。
「クリスティーナ様が話された通り、私は十五歳。あちらでは将来の夢もなくただ漫然と日々を過ごし、学校に通うだけ。魔法も存在しないその世界で怠惰に過ごしていたわ。そして突然、異世界へと飛ばされる。それが私の現状よ。皆さんと変わらない……いえ、それは失礼ね。皆さんよりもずっと卑小な人間かもしれないわ」
よくこれだけの人を相手に声も震えないものだなと思う。訓練を受けたわけでもないのに……。
「どうしてあなたなのと問われても答えられないわ。いつ浄化できるのかと聞かれても私が聞きたいくらいよ。どうしたらいいのかも分からない。でも――」
そう言う彼女の声には迷いがないように思える。
「すべきことから目を背けないわ。魔王なんてものを浄化する運命なら、そこから逃げない。だから、あなたたちにも考えてほしいのよ」
考える?
「どうして異世界の人間に命運を託すのかしら。どうしてこの世界はそうなっているのかしら。その理由を考えてほしいの。私、頼られるだけなのは嫌いなの。私はどうやってあなたたちを頼ればいいのかしら。何を頼ってもいいのかしら。私に何かを聞きたい方は、まずはそれを教えてちょうだい」
あの時と同じ台詞を彼女が言う。
「私を高みへと導くのは、無力に浸かる者の願いや祈りではないわ」
何が……できるのかしらね。彼女が浄化するまでの間、被害を最小限に食い止めること。それ以外に何が……。
「以上よ」
私にくすりと微笑んで彼女が壇上から下りていく。やはり彼女の持つ空気は独特だ。
――私は一つだけ彼女に嘘をついた。
本当は知っている。私の先祖、アリスさんと彼女が親友であったことを。ヴィンセント様が聖女と婚約されたいと話された時に、魔女がそう言っていた。
ヴィンセント様からは、アリスさんの末裔であることをしばらく内緒にしてほしいと頼まれた。その時に逆に私からもお願いをした。親友だったということを最初から私は聞かなかったことにしてほしいと。
だって、そんなの抜きで仲よくなってみたいじゃない? 親友の子供の子供の子供の――だから友達になろうなんて思ってほしくない。逆に、そんな理由で近づいたとも思ってほしくない。……どうしても聖女であることが理由とは思われてしまうだろうけど。
ヴィンセント様は早合点しすぎよね。「クリスちゃんとお呼びください」と言った理由……「それはやっぱり――」のあとは「可愛いからですわ!」と続けようと思ったのに、途中で「まだ言うな」と止めてしまうから、セイカちゃんにまで言いかけたと思われているし。つい流れで認めてしまったし。
ヴィンセント様はアリスさんのことをもう言ってしまったようだ。やっぱり彼女の私へ向ける目は少し変わった。前よりも……柔らかくなった。少しだけそれは寂しいけど、これまでの短い期間で友人関係が築けていたらいいなと思う。
でも、彼女は私にアリスさんと親友だったことはなぜか言わなかった。それも少し嬉しい。だって……ね? そーゆーの関係なしにって気分に彼女もなってくれたのかなって。
真意は分からないけどね。
アリスさんからのメッセージ『次の聖女は十五歳で召喚される。この世界の人々を大切に思える気持ちのゆとりがなくては強い光魔法は生み出せない。聖女が召喚されたあと、その生活に彩りがあるか可能な限り気にかけること』には続きがある。
『異世界から来たばかりの私は、やっぱり心細かったから』
アリスさんは当時ついていたメイドに七百年後まで伝えてとお願いしたらしい。本気だったのか半分冗談だったのかは分からない。それからずっと、うちにいるメイドからメイドへと伝わっていた。新人が入ったら必ず教えるといった具合だ。よく何百年も絶えずにと思う。アリスさんも生きていたらびっくりしたでしょうね、きっと。
そのメッセージをメイドから教えてもらって、できるなら仲よくなりたいと思った。
でも――。
……私は私の役割を果たさなくてはならない。彼女の負担になるとしても。プレッシャーをかけてしまって、私のことを疎ましく思ってしまうとしても。
怖い気持ちを奮い立たせて息を吸い込む。
やるべきことをやらなくてはならない。
それが私の責務だ。
――アドルフ様の隣に立つ私でいるために。
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