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12.浄化

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「で……この黒いの、このままにしておいていいのかしら。魔獣にはならない?」
「生まれたばかりなら大丈夫よ。練習には最適だと思うわ」
「そう……それなら、もう少し頑張ってみようかしら……」

 とりあえず、これが浄化できないことには……。

「クリス嬢は可哀想にと思いながら浄化しているとさっき言ってたな」

 うーん、ヴィンスがクリスに話しかけるだけで少し複雑な気持ちになるわね。我ながら重症だ。
 
「そ……うですわね」

 可哀想だから来世で幸せにとね。ここは生まれ変わりを信じる世界なのね。というか神の存在を実際に感じている上に魔女も現れている以上、宗教は複数になりにくいわよね。来世があるかどうかは宗教絡みにはならないのかしら。

 あー……でも、昨夜ヴィンスに言われてシェリーたちが持ってきてくれた『聖女様の奇跡』という絵本では、聖女が八正道の教えとやらを説いていたわ……。
 絵本らしく『戦争は、大きな大きな悲しみを人々に与えました。町も村も元通り。もう、覚えている人はいなくなりました。それでも悲しみはなくなりません。親から子へと悲しみは伝わってしまうのです。心を痛めた聖女様はこの世界の誰もが見えるほどのお空の上で、夜の闇をかき消すように太陽のように光り輝いて、力のある言葉を世界中の人々に授けられました』とかなんとか書いてあって、導きの言葉が続いていたけど……。確かあれ、歴史の授業の雑談の中で先生が悟りを開く八つの行動とか言ってたと思うのよね……。

 おそらく、前の聖女は仏教徒だ。神の教えに聖女の好みまで入ってしまう気がするわ。
 
「それなら、わざわざ優しい気持ちになんてならなくても同情でいいんじゃないか?」
「同情……」
「哀れな気色悪い物体に、お情けで存在を消してあげるんだくらいの意識でもいいんじゃないか」

 ……昨日私が言った「お情けで夢を与えてあげるのよ」って言葉をなぞっているけど、アドルフ様たちが引いているわよ?

「そうね……ダメ元でやってみようかしら」
「ああ。生まれ変わって自分がコイツになったらと思えば哀れに感じることもできるかもな」

 生まれ変わってコイツ!?

 こんなキモイ物体に……嫌よ、絶対に嫌。早く浄化されたいわ。キモイキモイと思っていたけど、可哀想とも思えてきたわ。
 よし。そっちに全振りでいきましょう。

「哀れね……人の心から生まれたのに、疎まれるだけの惨めな姿を晒して。無に還りなさい。あるべき場所へ……その形を崩し、次の生を探しなさい」

 私の体が光ると同時に、黒い毛虫も光へと形を変えた。眩く光を放ち宙へと消える。

 最後は光を残していくのね……。ヴィンスにお手本を見せてもらった時にも思ったけれど、どこか感慨深い。

「わぁ! できたわね、セイカちゃん。やったぁ!」

 クリスに抱きつかれた。ここはハグが当たり前の世界なのかしら。

「ええ、ほっとしたわ。アレでよかったのか分からないけれど……」
「結果よければ全ていいのよ! 素敵、ねぇセイカちゃん。その方向でいかない?」
「どの方向よ……」
「分からないけれど、哀れな魔物や魔獣をひれ伏せさせる高潔な聖女様って感じ! ふふっ。私、興奮してきたわ。久しぶりにものすごく楽しい気分になってきたわ」

 久しぶりにってアドルフ様もいるのに。

 ああ……魔獣による被害が彼女の領地ではあるんだっけ。そっか。私はヴィンスといて楽しい気分にもなっているのに、彼女は……。

 それは――、気分が悪いわね。

「ねぇ、ヴィンス。彼女の家の領地が見えるほどには浮けるの?」
「……雲で難しいかもしれないが、どうだろうか……」
「高いところから国を見渡してみるのもいいかもしれないね。ヴィンス、私たちはここで見守るよ。何人かの巡回騎士にも話を通してくる。地上よりやや上で警戒態勢に入ってもらおう」
「……分かった」

 ヴィンスが頷くとアドルフ様が腰につけている杖を引き抜いて大きくして、跨って凄まじいスピードで巡回騎士さんのところへ飛んでいった。

 あんなスピードが出るの……こわ……。

「セイカ、私の杖に乗れ」
「あ、ありがとう」

 ヴィンスも杖を大きくした。念じて振るなどのアクションをすれば大きくなるようだ。
 まだ自分の力では安定して乗れない。彼の後ろに横乗りさせてもらい、彼の魔法によって体のグラグラもなくなる。

「では、飛ぶぞ」
「ええ」

 クリスがニコニコと手を振ってくれるけれど、既に体が浮いて振り返す余裕がない。ヴィンスの体から手を離したくない。

 徐々に少しずつ地上が離れていく。騎士の何人かも、下につき始めた。風が強くなって体が強張る。ヴィンスが私の体を光魔法で覆い、風がやわらいだ。

 体中が光るって……そういえばあの絵本でも聖女が光っていたっけ。まるでアニメの中の人物にでもなった気分ね。

 すぐそこには海がある。彼女の家の領地とは反対側だ。北西側の海は……。

「さすがに雲が邪魔ね。それに山もあって、それより向こうは見渡せない」
「そうだな……」
「でも綺麗ね。怖いけど……ね、少しの間見ていてもいい?」
「ああ」

 全体的にはヨーロッパを彷彿とさせる茶系の建物が多い。王都の向こう側には田園も広がりたくさんの人が生きている世界なのだと、あらためて思う。

 さっきの……ベビーワームだっけ。近くにある植物の成長を阻害するとはヴィンスが言っていた。農作物の被害も出ているのかもしれない。突然魔獣になって怪我をする人もいるのかもしれない。

 人の負の感情が魔物に……私の感情までアレになってしまって被害を出してしまうのだとしたら、気分が悪すぎるわ。

 彼が安定して止まってくれているから、なんとなく手を前で結ぶ。

 ――いつか必ず、全てを浄化するわ。

 この世界のどこかで、自分の負の感情がキモイ物体になっているのだとしたら消し去ってしまいたい。さっきのベビーワームを思い出しつつ、地上を見渡しながら決意をもって呟く。

「……無に還りなさい。そして、あなたたちの生まれた場所へ――もう一度人の中へ戻り、光と共に世界を見なさい」

 そう言うと、私の体がより強く発光し、一瞬だけ光を帯びた膜が地上に張られた気がした。

「あれ……今のって……」
「ま、ずいな……猛スピードで戻るぞ!」
「え」

 ふわっと浮かせられてヴィンスに抱きかかえられる。

「ち、ちょっ……!」

 その態勢、ヴィンスが安定しないんじゃない!? うわ、風が……!

「目をつむっていてもいい」

 体を覆っていたはずの光魔法がいつの間にか消えている。怖くて遠慮なく目をつむり、あっという間に地上だ。

「ヴィンス!」

 アドルフ様が走り寄ってきた。
 
「兄上、どうする。セイカが召喚されたと同時にってことにでもするか」
「そうだね。召喚による奇跡とでもしておこう。もう各市庁舎へと確認はとらせている」
「分かった。一度、私たちは部屋へ戻る」
「ま、待って、あの……!」

 ヴィンスに降ろされた私に、アドルフ様がふわりと微笑んだ。

「セイカ嬢、と呼ばせてもらうね。その方がいいらしいとクリスに聞いたから。おそらくベビーワームだけが一斉に浄化されたと思うんだ。この国中かもしれないし、君が見渡した景色程度の範囲に留まっているかもしれない。君に既に浄化能力があると民に知れては、魔王浄化を早くしろという声も出てくるだろう。被害が大きくなるほどにね。まだ魔法すら使えないが、召喚はされたという方向で進めるよ」
「つまり……普通は、一斉に浄化されることはないのですか……」
「そうだよ。そのものを確認しなければ無理だ。光魔法が得意なクリスのように遠くから見るだけでできる者もいるけれど……目視は必要だ。今はベビーワームの数も多い。立ち上る光はすぐに消えるものの、一斉に浄化されたと気付いた者は何人もいるはずだ。隠してはおけない」

 手が震える。

 あんな軽い意思と言葉だけで……。ヴィンスは初日、私になんて言った?

『世界を焼き尽くしたくなったらそうすればいい。お前ならそれができるようになる』

 私に与えられた才能は……人が手にしていいものではないのかもしれない。

 ――私はまだ、人間なのかな……。

 自分が、違うモノになってしまったような気がした。
 

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