1 / 53
1.異世界召喚
しおりを挟む
黒は落ち着く。
温かい家庭なんてまやかしを演出する家族写真の飾られた玄関やリビングなんて薄ら寒い空間から、私を隔絶してくれる。
この空間は私の癒やしだ。……その空間のためにお金を出してくれたのは、母親の再婚相手の男だけど。
――この家から出ていく。早いうちに。
まだ中学三年生だ。親の脛を齧るしか生きる術がない。
ハイウエストのエレガントな黒いドレスワンピは胸元だけが赤い。黒いヘッドドレスもつけて鏡を見る。ゴシックロリータといわれるファッションで身を包めば、別の世界へ入り込んだ気がして……落ち着く。それなのに、一階からは母と弟の笑い声が聞こえてきて……私はヘッドホンで耳でも塞ごうかと立ち上がった。
弟は、今の父と母の実の子だ。今年小学生になった。今の父とも何年も一緒にいるのに、私は疎外感を持ったままで……上手くはやれていない。小さい頃から人見知りだったのもあるかもしれない。ずっと腫れ物に触るように扱われている。
――なんでも買ってくれるけどね。
ヘッドドレスを外してBluetooth接続できるコンポに手を伸ばし――、少し気が変わって先に親友へとメッセージでも送ろうかとスマホを手に取った。
幼い頃からの唯一の親友。他に友達はいない。
ああ……でも、昨日言ってたっけ。明日は部活がないから夏休み中だし弟と卓球をしに緑地公園に行くことになりそうだ……って。受験生なのにお構いなしに、いつもせがまれるんだって。明るくて優しくて一緒にいると嫌なことを忘れられる彼女と少しでも話がしたくて、彼女の部活の帰宅時間頃に通り道である公園でいつも待ってしまっている。
我ながら依存体質なのよね……。
スマホを机に置き直す。
人と話すことが苦手で、優しくされるだけでどう返せばいいのか分からず泣いてしまう。ほとんど友達もできなかった。近所に住む親友、夢咲愛里朱だけはずっと話しかけてくれて側にいてくれた。私は幼稚園で彼女は保育園だったから、頻繁に会うようになったのは小学生になってからだ。母に再婚をしていいか聞かれた時、同じ小学校に通い続けられるのならいいよと答えた。彼女がいたからだ。この家の土地は母方の祖父の名義なのもあったのだろう。離婚後も住み続けていたし、再婚後も望み通り住むことができた。
でも、あの子には友達が多い。
私のことを親友だと言って仲よくしてくれるけど……たぶん、同情もあると思う。私と一緒にいなければ、もっともっと楽しい学校生活を送れたのかもしれない。皆に好かれている彼女に、普段だけでなく修学旅行でも委員会でも私はつきまとってしまった。
「違う世界に行きたい……私が誰の邪魔にもならない世界へ」
そう呟いた瞬間に――、なぜか私は異空間に飛ばされた。
★☆★☆★
「どこよ、ここ……」
何もない真っ白な空間に突然移動したと思ったら、露出度の高い黒の服に身を包んだ魔女帽子をかぶる黒髪の女性が現れた。胸の谷間が凄まじい。
「はじめましてねぇ、月城聖歌ちゃん」
夢だわ……。
こんなこと、あるわけがない。別世界に行きたいと思ったら行ってしまう……うん、夢よ夢、絶対に夢。
「どーも」
夢の中で夢だと気付くことはなかなかない。せっかくなら黒いお城でもイメージして――。
「あなたを別世界へ送るわぁ。魔王ちゃんが生まれて、浄化してもらわないといけないのよぉ。聖女って呼ばれることになるわねぇ。詳しいことは第二王子ちゃんから聞いてぇ?」
夢の中の登場人物のくせに、うるさいな。私が聖女? 聖女になって第二王子と会うって? ふざけた夢。そんな子供じみた夢をみるなんて……あとで起きたら落ち込みそうね。
「それじゃ、あちらで会いましょうねぇ~。すぐだけどぉ」
鼻につくしゃべり方だなと思った瞬間……また私は別の場所にいた。
★☆★☆★
今度は何……。次から次へと場面が変わるのが夢とはいえ……。
大きなアーチや柱が特徴的な、歴史の教科書でルネサンス期の建物として紹介されていたような場所に私はいた。白と金が基調で、天井には絵画が描かれている。
あれはパイプオルガン……?
ここは礼拝堂?
「彼女が聖女よ」
さっきの女性がそれだけを言うと、私に笑顔を向けて突然消え去った。文字通り消滅した。
「え……」
夢だと思ってさほど気にしていなかったけれど、よく見ると私は何人かの人に遠巻きに囲まれている。そこまで人はいないものの、どいつもこいつも物語に出てきそうな服を着ていて、男性が多い。
私の夢なら、ゴシックメンズの服で揃えてくれればいいのに。ただの貴族風の服も悪くはないけど……。
なぜか全員が引いた目をしている。夢だからどうでもいいけど。あ、一人だけは違うかな。気難しそうな顔。
「聖女は召喚された! これで世界は救われる!」
いかにも国王陛下といった出で立ちの男がそう言うと、私の側へ来た。
「と……突然喚び出してしまってすまなかった。異世界より世界を救う聖女として遣わされたのが君だ」
どうしてそんな訝しげな目を……。言ってることと態度がちぐはぐね。
「ふ……む。ああ、君は夢だと思っているかもしれないが、これは夢ではない。だが、いきなりのことですぐには信じられないだろう」
……今も信じていないけど。
「こちらが息子のヴィンセントだ。魔女様より聖女についての詳細を聞かされている。頼りにしてやってくれ」
気難しい顔をしていた男がスタスタと歩いてきて、私の前で膝を折った。
「ここ、ティルクオーズ王国の第二王子ヴィンセント・ロマニカと申します。聖女様の婚約者、という立場にもなります」
……は? 何?
婚約してないのに婚約者? 意味が分からないけど。
「今は混乱されていることかと思いますし、詳細をご説明します。別室に参りましょう」
え、待って。
私……こーゆー系の人が好みだったの?
深い青緑の前髪は邪魔そうだ。長い後ろ髪は留めているようだけれどサイドの髪も横に流しっぱなしで、王子感はあまりない。婚約者として私の夢に出てきそうなタイプでは……いや、熱血青春タイプよりかはマシだけど……。
「その前に、私のことも自己紹介させてもらおうかな」
もう一人、全然違う見た目の男が側に来た。
「アドルフ・ロマニカ、第一王子だ。ここでの生活の中で、足りないものや困ったことがあればいつでも言ってくれ。ヴィンスを通してでもいいし、直接でもね」
話の流れからしてヴィンスとはさっきの第二王子、ヴィンセントのことね。こっちは金髪碧眼で綺麗系だ。王様風の人の横にいるのが王妃様だとしたら、その血が濃いのだろう。そっくりだ。第二王子は王様よりね。
いや、夢に対して深く考えなくてもいいか……それにしては、やけにリアルだけど。呼吸する度に肺に空気が入り込むのすら感じる。
「全て私を通してで問題はなかろう。聖女様、この中から靴を選んでほしい」
いつの間にか靴も並べられている。
……どうして黒のロリータ風なの。私の趣味を知られている上に、靴を履いていないことまで想定されているなんて……やっぱり夢ね。
流れに任せて一つずつ履いて、ピッタリのが見つかったので「こちらで」と短く答えた。
そうして……第二王子とかいうヴィンセントに連れられて、この豪華な礼拝堂といった場所をあとにした。
温かい家庭なんてまやかしを演出する家族写真の飾られた玄関やリビングなんて薄ら寒い空間から、私を隔絶してくれる。
この空間は私の癒やしだ。……その空間のためにお金を出してくれたのは、母親の再婚相手の男だけど。
――この家から出ていく。早いうちに。
まだ中学三年生だ。親の脛を齧るしか生きる術がない。
ハイウエストのエレガントな黒いドレスワンピは胸元だけが赤い。黒いヘッドドレスもつけて鏡を見る。ゴシックロリータといわれるファッションで身を包めば、別の世界へ入り込んだ気がして……落ち着く。それなのに、一階からは母と弟の笑い声が聞こえてきて……私はヘッドホンで耳でも塞ごうかと立ち上がった。
弟は、今の父と母の実の子だ。今年小学生になった。今の父とも何年も一緒にいるのに、私は疎外感を持ったままで……上手くはやれていない。小さい頃から人見知りだったのもあるかもしれない。ずっと腫れ物に触るように扱われている。
――なんでも買ってくれるけどね。
ヘッドドレスを外してBluetooth接続できるコンポに手を伸ばし――、少し気が変わって先に親友へとメッセージでも送ろうかとスマホを手に取った。
幼い頃からの唯一の親友。他に友達はいない。
ああ……でも、昨日言ってたっけ。明日は部活がないから夏休み中だし弟と卓球をしに緑地公園に行くことになりそうだ……って。受験生なのにお構いなしに、いつもせがまれるんだって。明るくて優しくて一緒にいると嫌なことを忘れられる彼女と少しでも話がしたくて、彼女の部活の帰宅時間頃に通り道である公園でいつも待ってしまっている。
我ながら依存体質なのよね……。
スマホを机に置き直す。
人と話すことが苦手で、優しくされるだけでどう返せばいいのか分からず泣いてしまう。ほとんど友達もできなかった。近所に住む親友、夢咲愛里朱だけはずっと話しかけてくれて側にいてくれた。私は幼稚園で彼女は保育園だったから、頻繁に会うようになったのは小学生になってからだ。母に再婚をしていいか聞かれた時、同じ小学校に通い続けられるのならいいよと答えた。彼女がいたからだ。この家の土地は母方の祖父の名義なのもあったのだろう。離婚後も住み続けていたし、再婚後も望み通り住むことができた。
でも、あの子には友達が多い。
私のことを親友だと言って仲よくしてくれるけど……たぶん、同情もあると思う。私と一緒にいなければ、もっともっと楽しい学校生活を送れたのかもしれない。皆に好かれている彼女に、普段だけでなく修学旅行でも委員会でも私はつきまとってしまった。
「違う世界に行きたい……私が誰の邪魔にもならない世界へ」
そう呟いた瞬間に――、なぜか私は異空間に飛ばされた。
★☆★☆★
「どこよ、ここ……」
何もない真っ白な空間に突然移動したと思ったら、露出度の高い黒の服に身を包んだ魔女帽子をかぶる黒髪の女性が現れた。胸の谷間が凄まじい。
「はじめましてねぇ、月城聖歌ちゃん」
夢だわ……。
こんなこと、あるわけがない。別世界に行きたいと思ったら行ってしまう……うん、夢よ夢、絶対に夢。
「どーも」
夢の中で夢だと気付くことはなかなかない。せっかくなら黒いお城でもイメージして――。
「あなたを別世界へ送るわぁ。魔王ちゃんが生まれて、浄化してもらわないといけないのよぉ。聖女って呼ばれることになるわねぇ。詳しいことは第二王子ちゃんから聞いてぇ?」
夢の中の登場人物のくせに、うるさいな。私が聖女? 聖女になって第二王子と会うって? ふざけた夢。そんな子供じみた夢をみるなんて……あとで起きたら落ち込みそうね。
「それじゃ、あちらで会いましょうねぇ~。すぐだけどぉ」
鼻につくしゃべり方だなと思った瞬間……また私は別の場所にいた。
★☆★☆★
今度は何……。次から次へと場面が変わるのが夢とはいえ……。
大きなアーチや柱が特徴的な、歴史の教科書でルネサンス期の建物として紹介されていたような場所に私はいた。白と金が基調で、天井には絵画が描かれている。
あれはパイプオルガン……?
ここは礼拝堂?
「彼女が聖女よ」
さっきの女性がそれだけを言うと、私に笑顔を向けて突然消え去った。文字通り消滅した。
「え……」
夢だと思ってさほど気にしていなかったけれど、よく見ると私は何人かの人に遠巻きに囲まれている。そこまで人はいないものの、どいつもこいつも物語に出てきそうな服を着ていて、男性が多い。
私の夢なら、ゴシックメンズの服で揃えてくれればいいのに。ただの貴族風の服も悪くはないけど……。
なぜか全員が引いた目をしている。夢だからどうでもいいけど。あ、一人だけは違うかな。気難しそうな顔。
「聖女は召喚された! これで世界は救われる!」
いかにも国王陛下といった出で立ちの男がそう言うと、私の側へ来た。
「と……突然喚び出してしまってすまなかった。異世界より世界を救う聖女として遣わされたのが君だ」
どうしてそんな訝しげな目を……。言ってることと態度がちぐはぐね。
「ふ……む。ああ、君は夢だと思っているかもしれないが、これは夢ではない。だが、いきなりのことですぐには信じられないだろう」
……今も信じていないけど。
「こちらが息子のヴィンセントだ。魔女様より聖女についての詳細を聞かされている。頼りにしてやってくれ」
気難しい顔をしていた男がスタスタと歩いてきて、私の前で膝を折った。
「ここ、ティルクオーズ王国の第二王子ヴィンセント・ロマニカと申します。聖女様の婚約者、という立場にもなります」
……は? 何?
婚約してないのに婚約者? 意味が分からないけど。
「今は混乱されていることかと思いますし、詳細をご説明します。別室に参りましょう」
え、待って。
私……こーゆー系の人が好みだったの?
深い青緑の前髪は邪魔そうだ。長い後ろ髪は留めているようだけれどサイドの髪も横に流しっぱなしで、王子感はあまりない。婚約者として私の夢に出てきそうなタイプでは……いや、熱血青春タイプよりかはマシだけど……。
「その前に、私のことも自己紹介させてもらおうかな」
もう一人、全然違う見た目の男が側に来た。
「アドルフ・ロマニカ、第一王子だ。ここでの生活の中で、足りないものや困ったことがあればいつでも言ってくれ。ヴィンスを通してでもいいし、直接でもね」
話の流れからしてヴィンスとはさっきの第二王子、ヴィンセントのことね。こっちは金髪碧眼で綺麗系だ。王様風の人の横にいるのが王妃様だとしたら、その血が濃いのだろう。そっくりだ。第二王子は王様よりね。
いや、夢に対して深く考えなくてもいいか……それにしては、やけにリアルだけど。呼吸する度に肺に空気が入り込むのすら感じる。
「全て私を通してで問題はなかろう。聖女様、この中から靴を選んでほしい」
いつの間にか靴も並べられている。
……どうして黒のロリータ風なの。私の趣味を知られている上に、靴を履いていないことまで想定されているなんて……やっぱり夢ね。
流れに任せて一つずつ履いて、ピッタリのが見つかったので「こちらで」と短く答えた。
そうして……第二王子とかいうヴィンセントに連れられて、この豪華な礼拝堂といった場所をあとにした。
11
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
ニートの俺がサイボーグに改造されたと思ったら異世界転移させられたンゴwwwwwwwww
刺狼(しろ)
ファンタジー
ニートの主人公は一回50万の報酬を貰えるという治験に参加し、マッドサイエンティストの手によってサイボーグにされてしまう。
さらに、その彼に言われるがまま謎の少女へ自らの血を与えると、突然魔法陣が現れ……。
という感じの話です。
草生やしたりアニメ・ゲーム・特撮ネタなど扱います。フリーダムに書き連ねていきます。
小説の書き方あんまり分かってません。
表紙はフリー素材とカスタムキャスト様で作りました。暇つぶしになれば幸いです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
【完結】異世界の魔導保育士はちょっと危険なお仕事です☆〜辺境伯息子との✕✕が義務なんて勘弁して!と思ったけどその溺愛に三日で沼落ちしました〜
春風悠里
恋愛
【異世界に召喚された少女の小さな恋、王立魔法学園でのかけがえのない日々――この世界を愛した少女の思いは形となり、世界中の子供たちの心の中で生き続ける――】
夢かな……。
そう思った瞬間に、口を口で塞がれた。熱い吐息が口の中に広がり、殴ろうにも両腕を彼の手で固定されている。赤い瞳を睨みつけながら舌を噛んでやろうか思った瞬間、やっと顔を離された。
彼が言う。
「仕方ない作業だよ。そう思って諦めてよ」
「召喚者である俺と定期的にキスをすると、この世界に馴染んで言葉が通じたままになるってわけ」
彼は隠そうとする、その強い想いを。
彼は嘘をつく、どうしても手に入れたくて。
「幼い頃からのびのびと魔法を使わせた方が、才能が開花しやすいし強い子はさらに強くなる。子供たちの魔法を防ぎながらすくすくと育てる強い魔導保育士が今、求められているんだ」
夢だと思ったこの世界。
私はここで、たった一人の大切な相手を見つけた。
「レイモンドがくれた、私のもう一つの世界。神様の愛情が目に見える優しくて穏やかなこの世界。私はここが好き」
隠さなくていい。嘘なんてつかなくていい。罪悪感なんて持たなくていい。責任なんて感じなくていい。
――そこから始める、私たちの新しい関係。
「私のことをたくさん考えてくれてありがとう。ずっと好きでいてくれてありがとう。あなたの努力があったから、守り続けてくれたから――、私はレイモンドのことが大好きになりました」
これは、十四歳の辺境伯の息子であるレイモンドと主人公アリスが共に時を過ごしながら少しずつ距離が近づいていく、ハッピーラブコメディです。
※他サイト様にも掲載中
※ラスト手前「187.命の幕引きは彼と」だけでもどうぞ!泣けるかも?(寿命を迎えた先まで書いています。ハッピーエンドです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる