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21 招かれざる客

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 スティアニーが新米魔術師になって二ヶ月と少しが経った。すでに一人で仕事を請け負っても問題ない腕前だが、本人の希望もあっていまもジルネフィの手伝いを続けている。ジルネフィのほうも無理に独り立ちさせるつもりはなく、これまでと変わらない師弟としての日々を送っていた。
 そんな日中と違い、夜の生活は大きく変わった。普段は「お師さま」と呼ぶスティアニーも、夜になると昔のように「ジルさま」と呼び方が変わる。ジルネフィが強要したわけではなく、スティアニーの中で呼び分けることにしたのだろう。甘く濡れた声で名を呼ばれるのは思ったよりも心地がよく、ジルネフィにとって願ってもない変化だった。

「今夜もとても愛らしいよ」
「んっ! ジ、ルさ……ぁっ」
「ほら、自分で動いてごらん」
「や……っ、むり……んっ、ぁぅっ」
「無理じゃないよ。そう……とても上手だ」

 ジルネフィの上で華奢な体がゆっくりと上下する。たどたどしい動きと火照って赤くなった肌が揺れる様は愛らしくも淫らだ。

(もう少し大胆に動いてほしくはあるけど)

 しかし初心な様子も捨てがたい。それに一から教えていると実感できるのも悪くなかった。プレイオブカラーの瞳を妖しく光らせながら、ジルネフィの手が支える細腰をゆるゆると前後に動かす。

「んっ、ん……ぁん!」

 感じるところに当たったのか、ビクンと体を震わせたスティアニーの屹立から少量の白濁がこぼれ落ちた。そのまま体をブルブルと震わせ、ジルネフィの上半身に力なく倒れ込む。

「ジル、さま、」

 ハァハァと漏れる息が荒い。決定的な刺激を与えられることなく、かといって自分で淫らに動くこともできずに体がつらいのだろう。
 強請るように胸を擦りつける花嫁にジルネフィの口元が三日月の形に変わった。少しずつ堕ちてくる様子にほくそ笑みながら、耳元で「わたしのスティ、愛しい花嫁」と囁き腰を突き上げる。途端にスティアニーの背中が大きくしなり、菫色の瞳を潤ませながらジルネフィの屹立を食い締めた。それに応えるように先端を奥に潜り込ませ思う存分欲を吐き出す。

「何て愛らしい花嫁だろうね」
「ジルさま……ん……」

 意識が朦朧となっているスティアニーを、この日もジルネフィはたっぷりと味わい尽くした。
 魔術師の師弟としての日中にも伴侶としての夜の生活にもジルネフィは満足していた。とくに閨でのスティアニーは想像以上で魔族としての欲も満たされている。

(夜の生活は充実しているわけだけど……)

 問題は翌朝だった。少し長く交わると、翌朝になってもスティアニーから事後の艶めかしさが漂い続ける。ジルネフィにとっては目の保養といったところだが、こんな状態で体は大丈夫なのかと少しばかり気になっていた。

(毎晩魔族の相手をするのは厳しいはずだしね)

 ジルネフィの体はほとんど魔族そのもので、魔族は総じて人間より性が強い。そんな魔族を受け入れるスティアニーは、年齢の割に小柄なうえ体力もあるほうではなかった。それなのに毎晩行為に及んではまた熱を出しはしないかとジルネフィは気になっていた。

(だからといって何もしなければしないで、スティが不安そうな顔をするし)

 それに、ジルネフィにとってもようやくすべてを手にしたのだから我慢などしたくない。思っていた以上に淫らに変わるのを見るのも楽しい。

(まぁ、スティから嫌だと言われない限りはかまわないかな)

 そんなことを考えていると不意に玄関のベルが鳴った。

「僕が出ます」

 スティアニーがパタパタと小走りで玄関へと向かう。

(あれだけ動けるということは、思ったより情交に慣れてきたということかな)

 スティアニーが聞けば顔を真っ赤にしそうなことを思いながら背中を見送る。

(それにしても誰だろう)

 仕事の依頼以外でここにやって来る魔族はいない。今日はそういった訪問者の予定も入っていなかった。婚姻を結んだばかりだからとお得意様以外の依頼はすべて断り、さながら愛の巣同然のところに尋ねて来ようという親しい存在もいない。

「……これは」

 玄関から漂う気配にプレイオブカラーの瞳がスッと細くなった。はっきりとは聞こえないものの、何やら問答しているような声がする。

(こういうのを招かれざる客と呼ぶんだ)

 立ち上がったジルネフィは、淡い紅碧べにみどりのローブを揺らしながら玄関へと向かった。そこには予想どおりの男が立っていた。
 スティアニーを睨みつけていた顔が、ジルネフィが現れた途端にパァッと輝く。

「ジルネフィ、久しぶりだね。会いたかったよ」

 男の灰色の瞳がキラキラと瞬いた。濡れたように艶やかな黒髪は記憶の中より随分と短くなり頬のあたりをさらりと覆い隠している。

(そういえば、この髪を美しいと思ったこともあったか)

 しかし、いまは隣のストロベリーブロンドにしか興味がない。

「お師さま」

 困ったように眉尻を下げる表情さえ愛らしい。そう思ってスティアニーに微笑みかけようとしたところで男が口を開いた。

「この坊やが邪魔をして、中に入れなくて困っていたんだ」
「ですから、お約束がない方を中に入れることはでき……」
「わたしはジルネフィに会いにきたんだよ。邪魔しないでくれるかな」

 スティアニーの表情がわずかに強張る。それでも菫色の瞳が来訪者から外れることはなかった。その姿から弟子としての役目を果たさなくてはという強い気持ちが見て取れる。

「お約束がない方はお通しできません」
「約束約束って、坊やはお馬鹿さんなの? わたしに約束なんて関係ないと言っているじゃないか。わたしはいつでもジルネフィに会いに来ていいんだからね」

 スティアニーの表情が険しくなった。菫色の瞳に不快そうな色が滲み、愛らしい顔に警戒心や嫉妬心といった感情がちらつき始める。

(……ほぅ)

 ジルネフィの口元がわずかにほころんだ。初めて見るスティアニーの表情にプレイオブカラーの瞳がくるりと色を変える。

「ねぇジルネフィ、この坊やを追い払ってくれないかな? 不愉快でたまらないよ」

 再び灰色の目がジルネフィを見た。途端にジルネフィから美しい笑みが消える。

(この声を美しいと思っていたときもあったが……)

 いまは耳障りでしかない。どれほど誉れ高い妖鳥族の声も、いまのジルネフィにはただの雑音にしか聞こえなかった。
 招かれざる客は名をカラヴィリヤと言った。妙なる歌声を持つ妖鳥族の一人で、ジルネフィが会わなくなってからはどこぞの魔族に囲われたと精霊たちの噂話で聞いていた。そのとき囲っている魔族の名を聞いた気がするが、カラヴィリヤへの興味を完全に失っていたジルネフィには記憶の欠片もない。

「久しぶりに会ったけれどジルネフィは相変わらず美しいね。こんな坊やなんて放り出して、また二人で楽しくやろうよ」

 蔑むようにスティアニーを見るカラヴィリヤの眼差しに、ジルネフィの顔から表情が消える。

「何をしに来た」

 一切の抑揚がない声に最初に反応したのはスティアニーだった。初めて見る師の様子に、見上げる弟子の顔には戸惑いと驚きが入り混じっている。カラヴィリヤのほうはジルネフィの変化に気づいていないのか、扉の内側に入ろうと足を踏み出した。

 バチィッ!

 何かが弾けるような鋭い音がした。驚いたカラヴィリヤが数歩後ずさり、弾かれた足に痛みを感じるのかわずかに顔をしかめている。

「何をしに来たのかと尋ねているんだが」
「……ジルネフィ、これは何?」
「招かれざるものはこの家に入ることはできない」
「それって、どういう……」
「帰れ」

 ジルネフィの口調は冷たく、カラヴィリヤを見るプレイオブカラーも青色が強くなる。ようやくジルネフィの気分を損ねたのだと気づいたカラヴィリヤだが、唇を少し噛み締めながらも立ち去ろうとはしなかった。

(そういえば、この容姿も人気があったか)

 カラヴィリヤは歌声と共に見目の麗しさも魔族の間で人気だった。しかし、こうしてスティアニーと並ぶと色あせて見えるのは欲目からだろうか。

(いや、スティほど愛らしく、いつまでも所有したいと思える存在はほかにいない)

 だからこそ花嫁にした。これから先も隣に置くのは養い子であり弟子であり、そして花嫁となったスティアニーだけだ。

「その坊やでしょ」

 低くなったカラヴィリヤの声にジルネフィが冷たい視線を向ける。

「ジルネフィが人間の子どもを拾ったことは知っていたよ。その子どもを弟子にしたことも。それがその坊やでしょ?」

 美しく佇むジルネフィは何も答えない。そんなジルネフィに切なそうな視線を送る灰色の目が、今度は睨むようにスティアニーを見た。

「たしかに人間のわりには見られる姿をしているかもしれない。でも、美しいジルネフィに人間の子どもなんて似合わないよ。美しくて気高いあなたが、こんな人間をそばに置くなんて間違っている」

 灰色の瞳がギラリと光った。

「いつまでも坊やがジルネフィの優しさに甘えているのがいけなんだ。人間なんだから、さっさと人間の世界に帰ればいい。いつまでも居座っているからジルネフィは自由になれないし、わたしと会うこともできない。それがどうしてわからないの?」

 プレイオブカラーの瞳がちらりと隣を見た。ジルネフィと同じように静かにカラヴィリヤを見ているスティアニーが口を開くことはない。代わりに菫色の瞳が物言いたげにゆらりと揺れ、奥にはチリチリと火の粉が舞うような光が見えた。そのことに気づいたジルネフィの口元が艶やかな笑みを浮かべる。

「ねぇ、早く出て行ってよ。そしてジルネフィをわたしに返して。ジルネフィの心も身体も満たしてあげられるのは、わたしだけなんだから!」

 叫ぶように放たれた言葉にもスティアニーは表情を変えなかった。強い光をたたえる菫色の瞳でカラヴィリヤを見返しながら口を開いた。

「帰ってください。お師さまは……ジルさまはものではありません。だから返すとか返さないとかいう言い方は失礼です」

 まさか人間が反論するとは思わなかったのだろう。灰色の目を見開いたカラヴィリヤは、すぐさまグッと唇を噛み締める。

「それにジルさまは僕と結婚したんです。二度とジルさまの前に姿を見せないでください。僕はとても不愉快です」

 スティアニーの言葉にジルネフィが満面の笑みを浮かべた。誰もが見惚れる麗しい笑みを浮かべながら招かれざる客に視線を向ける。

「そういうことだからカラヴィリヤ、もうお前と会うことはないしわたしの名を口にすることも許さないよ」

 何ものをも圧倒するほどの美しい微笑みは、すぐさま隣に立つスティアニーに向けられた。そうして愛らしい頬を指先で撫で、横目でちらりとカラヴィリヤを見る。

「それに、わたしを満足させていたなどと思い上がってもらっては困る。きみは大勢いた愛玩物の一つに過ぎないのだからね」

 驚愕の表情を浮かべるカラヴィリヤをよそに、身を屈めたジルネフィはひと撫でした頬に触れるだけの口づけを落とした。そのまま首筋に唇を寄せ、優しくむように吸い上げる。

「んっ」

 甘い吐息に満足しながら、今度は耳飾りごと口に含んだ。そのまま甘噛みすれば「ぁっ」と愛らしい声が上がる。最後にもう一度首筋を吸い、肌からわずかに唇を離した状態でプレイオブカラーがカラヴィリヤを見た。

「おまえごときが、わたしの可愛いスティに勝てるはずがないだろう?」

 灰色の瞳に絶望の色が広がった。それを上書きするように嫉妬と怨嗟の表情が広がる。そんなカラヴィリヤに興味も関心もないジルネフィは、扉が閉まるより先にスティアニーを抱きかかえ部屋の奥へと姿を消した。

(不快な出来事ではあったけど、スティの新しい一面を見るよい機会にはなったかな)

 その点だけは礼を言うべきか。そんなことを思いながらジルネフィは花嫁を慰めるべく寝室へと向かった。
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