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19 花嫁への贈り物
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成人の儀式も新米魔術師への贈り物も終わった。あとは夕食を食べるだけだが、ジルネフィはもう一つスティアニーに贈る物を用意していた。それは愛しい花嫁のために用意したものだった。
(本当は婚姻の儀式がしたかったのかもしれない)
スティアニーに婚姻を申し込まれたとき以来、ジルネフィは何度かそのことを考えた。婚姻の儀式は必要ないと言っていたが、人間の世界で結婚式を見たときのスティアニーは菫色の目を輝かせていた。
(人間は婚姻の儀式に憧れるらしいしね)
これは人間の本に書いてあったことだ。しかしスティアニーは儀式はしないでいいと言う。それなら代わりにスティアニーが喜びそうなことができないだろうか。そう考えたジルネフィは人間が行う指輪の交換を思い出した。
(とはいえ、指輪は一つで十分だ)
与えたのは魔術師の証としての指輪だが、ジルネフィとスティアニー二人だけの指輪でもある。刻まれた魔術系統はジルネフィのみが使うもので、それを刻んだ指輪はジルネフィとスティアニーしか持っていない。
それとは別に二人で分かち合うものを準備するのはどうだろう。あれこれ考えたジルネフィは、針を突き刺して身に着ける耳飾りを作ることにした。人間の世界にもピアスという似たようなものがあるから、たとえば先日のように人間の世界に行くときも身に着けたままでいられる。
いくつか候補を絞った結果、血から創る石を付けることにした。二人の血を万遍なく混ぜ合わせ結晶化させたあと、石の硬度と輝きを持たせるための魔術を施す。台座には金剛竜の牙を、針には水晶竜の髭を使い強度と生体への順応にも気を遣った。
(ある程度時間が経てば針も台座も体の一部になる)
そうすれば二度と外すことはできない。文字どおり二人だけのものを体の一部にすることになる。
食事の用意をしようとしたスティアニーに「贈り物がもう一つあるんだ」と声をかけた。予想していなかったのか「え?」と菫色の瞳が丸くなる。
「これを身に着けてほしい」
「これって……もしかして、お師さまの手作りですか?」
「そうだよ。花嫁になったスティへの初めての贈り物だ」
「は、花嫁」とつぶやくスティアニーの目元が赤くなった。それに満足しながら「わたしとお揃いだよ」と言って左耳を見せる。
「お揃い……」
「そう、二人だけの耳飾りだ」
「二人だけ、」
スティアニーがうっとりした眼差しで耳飾りを見る。「さぁ、耳の耳を出して」と言うと、はにかみながら髪の毛を手で押さえながら横を向いた。
赤くなった耳たぶに触れ、指先から凍らない程度の冷気を放つ。真っ赤だった耳は冷たくなったからか元の白色に戻っていた。
「少し痛むかもしれないけど」
耳たぶの中央に耳飾りの針を近づけ、つぷりと皮膚を貫いた。耳たぶの裏側に飛び出た針先はすぐさまくるりと丸まり、真っ白な耳たぶに真紅の石がきらりと光る。
「痛くないかい?」
「大丈夫です」
口では大丈夫と言っているが、やはり少し痛いのだろう。菫色の瞳はゆらゆらと揺れ、耳たぶを見るとわずかに血も滲んでいる。
「少し血が出てしまったね」
唾液に微量の魔力を纏わせたジルネフィが耳飾りごと耳たぶを舐めた。驚いたのか、スティアニーの肩がビクッと震える。横目で見るとギュッと閉じた目元がうっすらと赤くなっていた。
(こうして耳たぶを食むのは初めてではないのに)
まるで初めてのような反応を見せるスティアニーに悪戯心がむくりと頭をもたげる。耳たぶに舌を這わせていたジルネフィは、そのまま舌先で耳の縁を舐めてからかぷりと噛みついた。ビクッと反応する様子に気をよくし、今度は耳飾りごと耳たぶを口に含んでから痛くない程度に揉むように刺激する。
「んっ」
思わず出てしまったのか、スティアニーが鼻から抜けるような声を上げた。慌てて唇を噛み締めるが、その後も吐息が漏れ続ける。その様子に満足したジルネフィは、最後に甘噛みをして唇を離した。そうして「もう痛くないかい?」と尋ねるが、声が出ないのか小振りな頭が頷くだけの返事をする。
「よく似合ってるよ」
いまの行為で赤さを取り戻した耳たぶには、それよりもずっと赤い石が光っていた。
「さぁ、夕飯を食べようか」
「……はい」
艶やかさを滲ませたスティアニーの返事に、ジルネフィは夜のことを思い魔力が蠢くのを感じた。
夕飯は二人で用意していた。スープと肉料理に精霊王にもらった茶葉を少し混ぜることで人間の魔術師が行う儀式の代わりにする。いつもと同じように、しかしいつもと少しだけ違う夕飯を食べた後は、ジルネフィが毎年スティアニーのためだけに作っているケーキの登場だ。生クリームとチーズクリームを使ったケーキにはスティアニーも大満足だったようで「次は僕が作りますね」と菫色の瞳を細めた。
早々に夕食を終えた二人は早めに湯を使い、いつもどおり互いの髪の毛を手入れし合った。スティアニーの手がたまに止まるのは、この後のことを想像しているからだろう。もしくは催淫効果のある茶葉の影響が出始めているのかもしれない。
(初めてでも気持ちよくなれるようにとあの茶葉を選んだけど、あの量ならほんの少し気持ちが盛り上がるくらいのはず)
それなのにスティアニーの頬は火照ったように赤らんでいる。「これはこれで楽しみだけど」と思いつつ、ジルネフィにはその前に一つやっておきたいことがあった。
「スティ、ここに座って」
「はい」
そう言ってベッドに座ったスティアニーをプレイオブカラーの瞳がじっと見つめる。
「ここは境界の地で、魔族が行き来する場所だということは知っているね?」
「はい」
「わたしの元を訪れる魔族以外にも多くの魔族がこの地を行き交っている。中にはよからぬものも混じっているだろう。それもわかるね?」
「はい」
「そんな魔族からわたしはスティを守りたい。そのためのものを刻みたいと思っている」
「刻む……?」
「そう、スティアニーの肌にわたしの守りを刻み込みたい。どうかそれを許してほしい」
菫色の瞳がジルネフィの顔をじっと見つめ、そうしてふわりと微笑んだ。
「お師さまがそうしたいのなら僕はかまいません」
「本当に?」
「はい。それに僕は、お師さまになら何をされても平気ですから」
純粋に師を慕う表情の中に、それとは違う小さな独占欲の色が見え隠れする。それに気づいたジルネフィは「どれだけわたし好みに育ったんだろう」と笑みを深くした。
「ありがとう。それじゃ、これからスティの肌にわたしの印を刻むからね。そうすればどんな魔族もきみによからぬことはできなくなる」
そしてこれが最後の儀式に向けての楔でもある。そのことは告げずに優しく微笑みながら「いいかい?」とだけ口にした。
「はい」
しっかりと頷くスティアニーに迷いはなかった。ジルネフィのすることに疑いを持っていないからか、どこに何をするのか尋ねることもない。
「さぁ、目を閉じて」
菫色の瞳がゆっくりと隠れていく。すべて隠れたところでジルネフィがストロベリーブロンドの前髪を右手で掻き分けた。
「・・――――・・――……」
スティアニーには聞き取ることができない不思議な音が響く。それは歌のようでいて呪文のようにも聞こえる美しい旋律だった。
次第にスティアニーを見るプレイオブカラーの瞳がクルクルと色を変え始めた。虹色になった虹彩は何度も色を変え、次第に黄金へと変化する。そうして一際きらりと光るのと同時に、露わになった白い額にそっと口づけた。
「んっ」
かすかに声を漏らしたスティアニーの髪がふわりと宙を舞った。体全体が黄金色に包まれ、それを見るジルネフィの虹彩は縦に細長くなり真紅色に変わる。それも一瞬のことで、すぐさまいつもどおりの瞳に戻った。
しばらくすると、スティアニーを包んでいた黄金色の光がゆっくりと霧散した。すっかり元に戻ったところで「目を開けていいよ」とジルネフィが声をかける。
「……お師さま」
ゆっくりと菫色の瞳が開いた。真っ白な額には瞳と同じ菫色の模様が浮かび上がっている。それは羽を広げた小さな蝶のような形で、次第に形を失いすぅっと消えていった。その痕を労るようにジルネフィが再び同じところに口づけを落とす。
「これは花嫁になったスティへ、花婿であるわたしからのもう一つの贈り物だよ」
ジルネフィの言葉に、スティアニーははにかむような笑顔を見せた。
(本当は婚姻の儀式がしたかったのかもしれない)
スティアニーに婚姻を申し込まれたとき以来、ジルネフィは何度かそのことを考えた。婚姻の儀式は必要ないと言っていたが、人間の世界で結婚式を見たときのスティアニーは菫色の目を輝かせていた。
(人間は婚姻の儀式に憧れるらしいしね)
これは人間の本に書いてあったことだ。しかしスティアニーは儀式はしないでいいと言う。それなら代わりにスティアニーが喜びそうなことができないだろうか。そう考えたジルネフィは人間が行う指輪の交換を思い出した。
(とはいえ、指輪は一つで十分だ)
与えたのは魔術師の証としての指輪だが、ジルネフィとスティアニー二人だけの指輪でもある。刻まれた魔術系統はジルネフィのみが使うもので、それを刻んだ指輪はジルネフィとスティアニーしか持っていない。
それとは別に二人で分かち合うものを準備するのはどうだろう。あれこれ考えたジルネフィは、針を突き刺して身に着ける耳飾りを作ることにした。人間の世界にもピアスという似たようなものがあるから、たとえば先日のように人間の世界に行くときも身に着けたままでいられる。
いくつか候補を絞った結果、血から創る石を付けることにした。二人の血を万遍なく混ぜ合わせ結晶化させたあと、石の硬度と輝きを持たせるための魔術を施す。台座には金剛竜の牙を、針には水晶竜の髭を使い強度と生体への順応にも気を遣った。
(ある程度時間が経てば針も台座も体の一部になる)
そうすれば二度と外すことはできない。文字どおり二人だけのものを体の一部にすることになる。
食事の用意をしようとしたスティアニーに「贈り物がもう一つあるんだ」と声をかけた。予想していなかったのか「え?」と菫色の瞳が丸くなる。
「これを身に着けてほしい」
「これって……もしかして、お師さまの手作りですか?」
「そうだよ。花嫁になったスティへの初めての贈り物だ」
「は、花嫁」とつぶやくスティアニーの目元が赤くなった。それに満足しながら「わたしとお揃いだよ」と言って左耳を見せる。
「お揃い……」
「そう、二人だけの耳飾りだ」
「二人だけ、」
スティアニーがうっとりした眼差しで耳飾りを見る。「さぁ、耳の耳を出して」と言うと、はにかみながら髪の毛を手で押さえながら横を向いた。
赤くなった耳たぶに触れ、指先から凍らない程度の冷気を放つ。真っ赤だった耳は冷たくなったからか元の白色に戻っていた。
「少し痛むかもしれないけど」
耳たぶの中央に耳飾りの針を近づけ、つぷりと皮膚を貫いた。耳たぶの裏側に飛び出た針先はすぐさまくるりと丸まり、真っ白な耳たぶに真紅の石がきらりと光る。
「痛くないかい?」
「大丈夫です」
口では大丈夫と言っているが、やはり少し痛いのだろう。菫色の瞳はゆらゆらと揺れ、耳たぶを見るとわずかに血も滲んでいる。
「少し血が出てしまったね」
唾液に微量の魔力を纏わせたジルネフィが耳飾りごと耳たぶを舐めた。驚いたのか、スティアニーの肩がビクッと震える。横目で見るとギュッと閉じた目元がうっすらと赤くなっていた。
(こうして耳たぶを食むのは初めてではないのに)
まるで初めてのような反応を見せるスティアニーに悪戯心がむくりと頭をもたげる。耳たぶに舌を這わせていたジルネフィは、そのまま舌先で耳の縁を舐めてからかぷりと噛みついた。ビクッと反応する様子に気をよくし、今度は耳飾りごと耳たぶを口に含んでから痛くない程度に揉むように刺激する。
「んっ」
思わず出てしまったのか、スティアニーが鼻から抜けるような声を上げた。慌てて唇を噛み締めるが、その後も吐息が漏れ続ける。その様子に満足したジルネフィは、最後に甘噛みをして唇を離した。そうして「もう痛くないかい?」と尋ねるが、声が出ないのか小振りな頭が頷くだけの返事をする。
「よく似合ってるよ」
いまの行為で赤さを取り戻した耳たぶには、それよりもずっと赤い石が光っていた。
「さぁ、夕飯を食べようか」
「……はい」
艶やかさを滲ませたスティアニーの返事に、ジルネフィは夜のことを思い魔力が蠢くのを感じた。
夕飯は二人で用意していた。スープと肉料理に精霊王にもらった茶葉を少し混ぜることで人間の魔術師が行う儀式の代わりにする。いつもと同じように、しかしいつもと少しだけ違う夕飯を食べた後は、ジルネフィが毎年スティアニーのためだけに作っているケーキの登場だ。生クリームとチーズクリームを使ったケーキにはスティアニーも大満足だったようで「次は僕が作りますね」と菫色の瞳を細めた。
早々に夕食を終えた二人は早めに湯を使い、いつもどおり互いの髪の毛を手入れし合った。スティアニーの手がたまに止まるのは、この後のことを想像しているからだろう。もしくは催淫効果のある茶葉の影響が出始めているのかもしれない。
(初めてでも気持ちよくなれるようにとあの茶葉を選んだけど、あの量ならほんの少し気持ちが盛り上がるくらいのはず)
それなのにスティアニーの頬は火照ったように赤らんでいる。「これはこれで楽しみだけど」と思いつつ、ジルネフィにはその前に一つやっておきたいことがあった。
「スティ、ここに座って」
「はい」
そう言ってベッドに座ったスティアニーをプレイオブカラーの瞳がじっと見つめる。
「ここは境界の地で、魔族が行き来する場所だということは知っているね?」
「はい」
「わたしの元を訪れる魔族以外にも多くの魔族がこの地を行き交っている。中にはよからぬものも混じっているだろう。それもわかるね?」
「はい」
「そんな魔族からわたしはスティを守りたい。そのためのものを刻みたいと思っている」
「刻む……?」
「そう、スティアニーの肌にわたしの守りを刻み込みたい。どうかそれを許してほしい」
菫色の瞳がジルネフィの顔をじっと見つめ、そうしてふわりと微笑んだ。
「お師さまがそうしたいのなら僕はかまいません」
「本当に?」
「はい。それに僕は、お師さまになら何をされても平気ですから」
純粋に師を慕う表情の中に、それとは違う小さな独占欲の色が見え隠れする。それに気づいたジルネフィは「どれだけわたし好みに育ったんだろう」と笑みを深くした。
「ありがとう。それじゃ、これからスティの肌にわたしの印を刻むからね。そうすればどんな魔族もきみによからぬことはできなくなる」
そしてこれが最後の儀式に向けての楔でもある。そのことは告げずに優しく微笑みながら「いいかい?」とだけ口にした。
「はい」
しっかりと頷くスティアニーに迷いはなかった。ジルネフィのすることに疑いを持っていないからか、どこに何をするのか尋ねることもない。
「さぁ、目を閉じて」
菫色の瞳がゆっくりと隠れていく。すべて隠れたところでジルネフィがストロベリーブロンドの前髪を右手で掻き分けた。
「・・――――・・――……」
スティアニーには聞き取ることができない不思議な音が響く。それは歌のようでいて呪文のようにも聞こえる美しい旋律だった。
次第にスティアニーを見るプレイオブカラーの瞳がクルクルと色を変え始めた。虹色になった虹彩は何度も色を変え、次第に黄金へと変化する。そうして一際きらりと光るのと同時に、露わになった白い額にそっと口づけた。
「んっ」
かすかに声を漏らしたスティアニーの髪がふわりと宙を舞った。体全体が黄金色に包まれ、それを見るジルネフィの虹彩は縦に細長くなり真紅色に変わる。それも一瞬のことで、すぐさまいつもどおりの瞳に戻った。
しばらくすると、スティアニーを包んでいた黄金色の光がゆっくりと霧散した。すっかり元に戻ったところで「目を開けていいよ」とジルネフィが声をかける。
「……お師さま」
ゆっくりと菫色の瞳が開いた。真っ白な額には瞳と同じ菫色の模様が浮かび上がっている。それは羽を広げた小さな蝶のような形で、次第に形を失いすぅっと消えていった。その痕を労るようにジルネフィが再び同じところに口づけを落とす。
「これは花嫁になったスティへ、花婿であるわたしからのもう一つの贈り物だよ」
ジルネフィの言葉に、スティアニーははにかむような笑顔を見せた。
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