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寝室に入ると「湯と布を持って来い」とヴァイルが口にした。宙に浮いていたドレスがパサリとベッドの上に落ち、しばらくすると浴室から水の音が聞こえてくる。椅子に下ろされたシュエシは、ヴァイルの手がドレスのボタンを外すのを戸惑いながら見ていた。その横を黒い霧に包まれた手桶と布がふよふよと移動する。
「あの、ヴァイルさま」
「なんだ?」
「その、汚れているので、自分で……」
「かまわん。おまえは花嫁だ、大人しくしていろ」
花嫁という言葉に頬が熱くなった。そうこうしているうちに汚れたドレスはすっかり脱がされ肌着だけになる。羞恥と困惑に言葉を失っているシュエシをよそに、ヴァイルが手桶の湯と布で顔や手を拭い始めた。
「じ、自分でできます、から」
「いい、じっとしていろ」
「でも」
「手間をかけさせるな」
強い言葉にシュエシが首をすくめた。気分を害してしまったのだと思いギュッと目を瞑る。
「あぁ、そうではない」
声色はいつもと変わらない。機嫌を損ねたのではないんだろうか。そっと目を開けると、シュエシの顔を見ていた黄金色の瞳が布を持つ手に移った。
「怒っているわけではないから、そうビクビクするな。こういうことに慣れていないだけだ」
いつもと変わらない表情にシュエシの体から力が抜ける。
(ヴァイルさまは怒ってない)
その証拠に頬や首筋を拭う手つきは優しい。
(ヴァイルさまは化け物かもしれないけど、でも、きっと優しい人だ)
少なくとも土地の者たちよりは優しい。それに優しい振りをしたりもしない。嘘をつくこともなければ誤魔化すこともない。
(こんな優しい人の花嫁に僕はなったんだ)
優しくて大好きな人の花嫁になった。そして、これから同じ化け物になる。そうすればずっと一緒にいられる。グッと閉じていたシュエシの口元がゆるゆると緩んでいく。
「これから化け物になるというのに笑顔を浮かべるとはな」
呆れたような声に聞こえるが、美しい顔に不快そうな様子は見られない。
「同じになれるのが、その、うれしくて……それにヴァイルさまは、優しいです」
「優しい? わたしがか?」
「はい」
「ふむ、そんなことを言われたのは初めてだな」
「興味深い」と言いながらシュエシの肌を拭っていた布をテーブルに置き、肌着のボタンを外し始めた。
「あ、あの……?」
もしかしてと浮かんだ考えに顔がカッと熱くなった。どうやって同じ化け物になるのかシュエシは知らない。ただ、この状況から肌を重ねたときのことが頭に浮かんだ。
「あの、それなら、ちゃんと肌を拭うので、」
昨夜も布でしっかり拭ってはいる。しかしそれだけでは心許ない。ヴァイルに触れられるならもっとしっかり拭わなくては。顔を真っ赤にしながら「だから」と口にしたシュエシに「勘違いするな」とヴァイルが答える。
「あ……の、す、すみません」
期待に満ちていた表情が一瞬にして暗くなった。
「おまえは本当に興味深いな」
「あ、あの」
「交わるのは後だ」
「……っ」
恥ずかしい思い違いをしてしまった。耳まで真っ赤になったシュエシの肌着にヴァイルの手がかける。すると肌触りのいい肌着が右肩からスルンとすべり落ちた。
「おまえを眷属にするために噛むだけだ」
「けん、ぞく」
「わたしにのみ隷属するもののことだ」
「れいぞく、」
「わたしの命令に従い、わたしのためだけに生きる。そしてわたしの命が尽きるとき、おまえもまた命を失う」
「それが、けんぞく」
「わたしと命を一つにするということだ」
ヴァイルと一つになる。シュエシの体をビリッとしたものが駆け抜けた。一瞬呆けたものの、すぐに歓喜の涙が滲む。本当に死ぬまで一緒なのだとわかり体も心も喜びに震えた。
「わたしと一つになるのがそれほどうれしいか?」
「う、うれしいです」
「おまえの血も喜んでいるな」
冷たい手がシュエシの黒髪をかき上げ、美しい顔が顕わになった首筋に近づく。
「何もしていないというのに、喜びだけでこれほど香るとは」
「んっ」
「熱い血が巡り始めているのがよくわかる。香りもますます強くなってきた」
「んぅ」
冷たい舌で首筋を舐められ吐息が漏れる。体中が喜びに満ち頭の芯がチカチカし始めた。すがるようにヴァイルの両腕を掴みながら、椅子に座ったままの腰をモゾモゾと動かす。
「敏感で淫乱なのは喜ばしいことだ。それだけ血を熱く芳醇にする」
股間の様子に気づいたヴァイルが、首筋に唇を寄せながら官能的な指でツツッと膨らみを撫でた。途端にシュエシは体を震わせ下着を濡らす。
「眷属になったおまえはどうなるのだろうな。ただの従順な存在か、それともわたしを惑わす化け物になるか……どちらにしても興味深いのは変わらん」
冷たい唇が肌に吸いついた。それだけでゾクゾクとしたものが背中を駆け上がり、呆気なく絶頂に達してしまう。小さな下着はぐっしょりと濡れ、それでは受け止めきれなかった残滓が肌着をも濡らした。その様子に小さく笑ったヴァイルが「よい香りだ」と囁き柔い肌に歯を当てた。
「ぁっ」
新たな快感が全身に広がった。期待に肌が震え、鼓動もかつてないほど忙しなくなる。たったいま果てたはずの性器もヒクヒクと震えながら勃ち上がり、新たな染みを肌着に付けた。
(僕は、化け物になる)
興奮しすぎて意識が朦朧としてきた。
(ヴァイルさまと同じものになる。そして、死ぬまでずっと一緒にいる)
その死さえもヴァイルと共有することになる。幸せな未来を想像したシュエシの顔に恍惚とした笑みが広がった。そうして目尻から歓喜の涙が一筋頬を伝った次の瞬間、首筋を鋭いものが貫いた。
「……っ!」
最初に感じたのは鋭い痛みだった。肌を突き破る痛みは初めて噛まれたときと同じで、無意識に逃れようと体が動く。しかし動く前にさらに深く噛みつかれ、一瞬にして目の前が真っ暗になった。
(僕の、血、が……)
首筋に心臓があるかのようにドクドクと脈打っている。それに呼応するかのように血をすする音が聞こえた。まるで鼓動ごと吸われているような感覚に頭がぼやけてくる。
シュエシは真っ暗な中にいた。目を開いているのか閉じているのかもよくわからない。その中で聞こえるのはドクドクという鼓動と喉を鳴らす音だけだった。音を聞いているうちに指先がジンジンと痺れ始めた。痺れは少しずつ全身に広がり、手足の先から体の内側へと広がっていく。そうして頭のてっぺんまで行き渡るのと同時に何かがプツンと途切れるような音がした。
シュエシはそのまま死んだように眠り続けた。
「あの、ヴァイルさま」
「なんだ?」
「その、汚れているので、自分で……」
「かまわん。おまえは花嫁だ、大人しくしていろ」
花嫁という言葉に頬が熱くなった。そうこうしているうちに汚れたドレスはすっかり脱がされ肌着だけになる。羞恥と困惑に言葉を失っているシュエシをよそに、ヴァイルが手桶の湯と布で顔や手を拭い始めた。
「じ、自分でできます、から」
「いい、じっとしていろ」
「でも」
「手間をかけさせるな」
強い言葉にシュエシが首をすくめた。気分を害してしまったのだと思いギュッと目を瞑る。
「あぁ、そうではない」
声色はいつもと変わらない。機嫌を損ねたのではないんだろうか。そっと目を開けると、シュエシの顔を見ていた黄金色の瞳が布を持つ手に移った。
「怒っているわけではないから、そうビクビクするな。こういうことに慣れていないだけだ」
いつもと変わらない表情にシュエシの体から力が抜ける。
(ヴァイルさまは怒ってない)
その証拠に頬や首筋を拭う手つきは優しい。
(ヴァイルさまは化け物かもしれないけど、でも、きっと優しい人だ)
少なくとも土地の者たちよりは優しい。それに優しい振りをしたりもしない。嘘をつくこともなければ誤魔化すこともない。
(こんな優しい人の花嫁に僕はなったんだ)
優しくて大好きな人の花嫁になった。そして、これから同じ化け物になる。そうすればずっと一緒にいられる。グッと閉じていたシュエシの口元がゆるゆると緩んでいく。
「これから化け物になるというのに笑顔を浮かべるとはな」
呆れたような声に聞こえるが、美しい顔に不快そうな様子は見られない。
「同じになれるのが、その、うれしくて……それにヴァイルさまは、優しいです」
「優しい? わたしがか?」
「はい」
「ふむ、そんなことを言われたのは初めてだな」
「興味深い」と言いながらシュエシの肌を拭っていた布をテーブルに置き、肌着のボタンを外し始めた。
「あ、あの……?」
もしかしてと浮かんだ考えに顔がカッと熱くなった。どうやって同じ化け物になるのかシュエシは知らない。ただ、この状況から肌を重ねたときのことが頭に浮かんだ。
「あの、それなら、ちゃんと肌を拭うので、」
昨夜も布でしっかり拭ってはいる。しかしそれだけでは心許ない。ヴァイルに触れられるならもっとしっかり拭わなくては。顔を真っ赤にしながら「だから」と口にしたシュエシに「勘違いするな」とヴァイルが答える。
「あ……の、す、すみません」
期待に満ちていた表情が一瞬にして暗くなった。
「おまえは本当に興味深いな」
「あ、あの」
「交わるのは後だ」
「……っ」
恥ずかしい思い違いをしてしまった。耳まで真っ赤になったシュエシの肌着にヴァイルの手がかける。すると肌触りのいい肌着が右肩からスルンとすべり落ちた。
「おまえを眷属にするために噛むだけだ」
「けん、ぞく」
「わたしにのみ隷属するもののことだ」
「れいぞく、」
「わたしの命令に従い、わたしのためだけに生きる。そしてわたしの命が尽きるとき、おまえもまた命を失う」
「それが、けんぞく」
「わたしと命を一つにするということだ」
ヴァイルと一つになる。シュエシの体をビリッとしたものが駆け抜けた。一瞬呆けたものの、すぐに歓喜の涙が滲む。本当に死ぬまで一緒なのだとわかり体も心も喜びに震えた。
「わたしと一つになるのがそれほどうれしいか?」
「う、うれしいです」
「おまえの血も喜んでいるな」
冷たい手がシュエシの黒髪をかき上げ、美しい顔が顕わになった首筋に近づく。
「何もしていないというのに、喜びだけでこれほど香るとは」
「んっ」
「熱い血が巡り始めているのがよくわかる。香りもますます強くなってきた」
「んぅ」
冷たい舌で首筋を舐められ吐息が漏れる。体中が喜びに満ち頭の芯がチカチカし始めた。すがるようにヴァイルの両腕を掴みながら、椅子に座ったままの腰をモゾモゾと動かす。
「敏感で淫乱なのは喜ばしいことだ。それだけ血を熱く芳醇にする」
股間の様子に気づいたヴァイルが、首筋に唇を寄せながら官能的な指でツツッと膨らみを撫でた。途端にシュエシは体を震わせ下着を濡らす。
「眷属になったおまえはどうなるのだろうな。ただの従順な存在か、それともわたしを惑わす化け物になるか……どちらにしても興味深いのは変わらん」
冷たい唇が肌に吸いついた。それだけでゾクゾクとしたものが背中を駆け上がり、呆気なく絶頂に達してしまう。小さな下着はぐっしょりと濡れ、それでは受け止めきれなかった残滓が肌着をも濡らした。その様子に小さく笑ったヴァイルが「よい香りだ」と囁き柔い肌に歯を当てた。
「ぁっ」
新たな快感が全身に広がった。期待に肌が震え、鼓動もかつてないほど忙しなくなる。たったいま果てたはずの性器もヒクヒクと震えながら勃ち上がり、新たな染みを肌着に付けた。
(僕は、化け物になる)
興奮しすぎて意識が朦朧としてきた。
(ヴァイルさまと同じものになる。そして、死ぬまでずっと一緒にいる)
その死さえもヴァイルと共有することになる。幸せな未来を想像したシュエシの顔に恍惚とした笑みが広がった。そうして目尻から歓喜の涙が一筋頬を伝った次の瞬間、首筋を鋭いものが貫いた。
「……っ!」
最初に感じたのは鋭い痛みだった。肌を突き破る痛みは初めて噛まれたときと同じで、無意識に逃れようと体が動く。しかし動く前にさらに深く噛みつかれ、一瞬にして目の前が真っ暗になった。
(僕の、血、が……)
首筋に心臓があるかのようにドクドクと脈打っている。それに呼応するかのように血をすする音が聞こえた。まるで鼓動ごと吸われているような感覚に頭がぼやけてくる。
シュエシは真っ暗な中にいた。目を開いているのか閉じているのかもよくわからない。その中で聞こえるのはドクドクという鼓動と喉を鳴らす音だけだった。音を聞いているうちに指先がジンジンと痺れ始めた。痺れは少しずつ全身に広がり、手足の先から体の内側へと広がっていく。そうして頭のてっぺんまで行き渡るのと同時に何かがプツンと途切れるような音がした。
シュエシはそのまま死んだように眠り続けた。
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