遅咲きオメガ王子は婚活に孤軍奮闘!

朏猫(ミカヅキネコ)

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17 αとΩ1

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「ヴィオレッティと会ったと聞いたが」

 いつものように午後のお茶の時間に表れた殿下に、そう尋ねられた。「ヴィオレッティ……? あぁ、そういえば」と思い出し、「蓮を描いていたときにお目にかかりました」と答えた。

「その後、ルジャンにも会っただろう」
「ルジャン殿下……にも、たしかにお目にかかりました」

 六日前の出来事を思い出し、対照的だったα王族二人の様子を思い浮かべる。あれから一度、同じ場所でスケッチをしているときに二人の姿を見かけた。
 ヴィオレッティ殿下は美しく着飾った姫君と歩いていたから、初対面のときのように話すことはなかった。一方、ルジャン殿下は官僚らしき人たちと話しながら歩いていたので、こちらも声をかけられることはなかった。

「二人ともαだ。気をつけたほうがいい」

 そう言ってティーカップを口に運ぶ殿下の表情はいつもと変わらない。だが、声色は若干硬いように聞こえる。

(……よくは思っていないということか)

 いまだに後宮から出ることは禁止されていない。どうしてかはわからないが、比較的自由に散策し絵を描く日々を送っている。しかし僕はノアール殿下の妃候補なのだから、殿下が不快に思っていることは避けたほうがいいだろう。

「では、あのあたりでのスケッチはやめることにします」

 蓮を描けないのは残念だが、ほかにも絵の題材になりそうな景色はあちこちにある。「さて、つぎは何を描こうか」と考えながら焼き菓子をひと口囓ったところで、殿下が「部屋の中から描けばいい」と口にした。

「はい……?」
「芸術品が置かれている、あの部屋からでも池の蓮は見えるはずだ。あそこなら二人も滅多に近づかないだろうから、あそこで描けばいい」
「ベインブルで、ですか?」
「ベインブル?」
「……あ」

 しまった。勝手に“ベインブル”と呼んでいたことを知られてしまった。

「ベインブルとは何だ?」
「……我がアールエッティ王国では、芸術の神が住まう城のことをそう呼ぶのです。あの部屋はまさしく神の城のごとき様子だったので、勝手にそう呼ばせていただいていました」

 よその国の神の城になぞらえられ、不愉快に思わなかっただろうか。そう思いながら見た殿下は、少し笑っているような表情に変わっていた。

「おもしろいな」
「……申し訳ありません」
「謝る必要はない。それに、異国の神とはいえ神の城と呼ばれるのは名誉なことだ。歴代王族の審美眼が優れているという証でもあるのだろうしな」

 審美眼という言葉に、僕は大きく頷いた。

「たしかに、歴代の王族方は大変すばらしい目をお持ちだと思います。それに広く芸術を愛されていたに違いありません。あれほど系統の違う作品が一同に集められた場所は、アールエッティ王国はもちろんこと、どの国にも存在しないでしょう。あの部屋こそ、まさにベインブル。この世に現れた芸術の神の城に違い……ないかと……」

 またやってしまった。殿下と話をするとき、必ず一度は芸術について熱心に語ってしまう。ノアール殿下の前だと口が滑らかになってしまうからかもしれない。殿下が芸術談義を不快に思っていないことはわかっているが、それでも一人でペラペラと話すのは少し恥ずかしい。

「申し訳ありません」
「謝る必要はない。いつもかまわないと言っているだろう?」
「……ありがとうございます」

 それでも、普段あまり表情が変わらない殿下の微笑んでいる口元を見ると、やはり恥ずかしくなる。嘲笑でないことはわかっているが、まるで子どものように話す姿をおかしく思っているに違いない。

「貴殿がそれほど熱心に褒める部屋となると、気になってくるな。これまで扉の前を通ることは何度もあるが、中を覗いたことは一度もなかった」
「なんと! それはさすがにもったいなさすぎます。あの部屋にある芸術品の中には、歴史的遺物と呼べるものも多数あるのです。せっかく手にとって見ることができるのですし、絵画だけでなくほかのものもぜひ直接ご覧になられることをお勧めします」
「なるほど、それほどの部屋なのか。それなら、ぜひ貴殿の説明を聞きながら見てみたいものだ」
「説明、ですか?」
「ただ見るだけより、専門家の話を聞きながらのほうが興味深いと思うのだが?」

 殿下の表情を見る限り、からかっているようには感じられない。本当に説明したほうがいいのだろうかと逡巡していると、「駄目か?」と重ねて問われて慌てて首を振った。

「いえ、ぼ……わたしでよければ。ただ、絵画以外は聞きかじった程度の内容になってしまいますが」
「それでも、わたしよりは詳しいだろう? それに、わたしも知らないことを学ぶのは楽しいと思っているんだ。新たな知識を貴殿から学ぶというのは、じつに楽しそうだ」

 芸術に関してもそういう考えを持っているとは、さすが大国の王太子だ。

「殿下は、以前から芸術に興味を持たれていたんですか?」
「いや、それほどでもないな」
「そうですか。いえ、それにしては絵画への関心も高いように見えましたので」
「あぁ、それは……貴殿の熱心な様子を見ているうちに興味がわいたんだ」

 今度は明らかに微笑んでいるとわかる表情を浮かべている。僕は「それは、どうもありがとうございます」と何に対する謝意かわからない言葉を口にしながら、少し冷めた紅茶を口にした。

(……ほら、まただ。殿下に微笑みかけられると体が熱くなる)

 最近では触れられなくても微熱を感じるようになった。とくにこうして殿下と話をしているときに感じることが多い。それも殿下の表情が柔らかくなるときばかりで、僕の体は本当にどうしたんだろうかと何度も首を傾げた。

「それから、わたしの前でも『僕』でかまわない」
「え?」
「以前から何度も言い直しているだろう? たしかにわたしは王太子ではあるが、貴殿はその妃候補なのだ。二人で話すときまで畏まる必要はない」
「あー……はい、ありがとうございます。アールエッティ王国では、畏まる必要がほとんどなかったもので……お恥ずかしい限りです」
「そういう穏やかな国だから、貴殿のような王子に育ったのだろうな。いいことじゃないか」
「……ありがとうございます」

 なんだろう、妙に照れくさい。それにしても今日の殿下はやけに饒舌だ。というよりも、機嫌がいいように感じる。ヴィオレッティ殿下やルジャン殿下の話が出たときは機嫌がよくないように見えたが、気のせいだったんだろうか。
 そんなことを思いつつ、また一つ焼き菓子を囓る。芳醇なバターと濃いミルクをたっぷり使った贅沢な焼き菓子だなと思いつつ、なぜかその香りが鼻の奥をやたらと刺激するような気がした。



 殿下に「芸術品の説明をしてほしい」と言われて三日が経った。今日の執務はそれほど忙しくないということで、さっそくお茶の時間に二人でベインブルを見て回ることになった。
 そういうことならと、昼食後すぐにベインブルにやって来た僕は、どのあたりを見て回るのがいいか下見をすることにした。

「やはり最初は絵画からがいいだろうか。それなら僕もある程度説明ができるし、殿下の質問にも答えられるだろうし……」

 それに、これまでの殿下の様子から考えても、興味を持っていそうな絵画から見て回るのがいいような気がする。その中でほかに興味を抱いたものがあれば、それをつぎに鑑賞するものに選ぶのがいいかもしれない。

「よし、ではどのあたりの絵画にするかを決めておくか」

 ベインブルには数百年に渡って収集されたであろう品々が並んでいる。しかし鑑賞するために展示されているわけではないため、残念ながら年代も系統も作家でさえバラバラな状態だ。だから、時代を追って見ていくという鑑賞はできない。

「いや、待てよ。そのほうがかえっておもしろいかもしれないぞ」

 別に殿下は展示会を見て回るわけではない。それなら年代も流派もバラバラの状態で見るほうが飽きがこないだろうし、より一層興味を持ってもらえるかもしれないということだ。

「それなら、有名作家あたりから見るのがいいだろうか」

 そんなことを考えながらあれこれ見て回っていると、扉が開く音がした。予定よりも随分早かったなと思いながら扉のほうへ向かうと、そこには予想外の人物が立っていた。
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