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二章 鬼の王に会いて

其の拾

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 湯殿で湯を被って部屋に戻ると、金花もさっぱりした様子でくつろいでいた。別邸の蒸し風呂を随分と気に入った様子で、もっと早くに知っていれば自分の屋敷にも作ったのにとまで言い始めている。

「そういえば蔽衣山おおえやまの屋敷はどうしているんだ?」
「そのままですよ」
「そのまま? 放置しているということか?」
「たまに烏たちが使っているとは思いますが」

 なんでもないように話すということは、金花はあの屋敷に思い入れがないのだろう。鬼の王は随分と屋敷に手を入れているようだったが、あれは敦皇あつおう様のためだったということか。

 風呂のことや蔽衣山おおえやまのことをポツポツと話しながら夕餉を食べたあと、下男にたっぷりの水や果物などを用意させた。部屋の傍らにそれらを置き、中から酒を持ち出して月を眺めている金花の隣に座る。
 そういえば鬼の王はずっと酒しか口にしていなかったなと、今朝方までいたあの屋敷でのことを思い出した。一方、金花は水か果物くらいしか口にしていない。この別邸にいる間も果物くらいしか食べていないが、酒は平気だろうかと盃を差し出せば、細い指がすぅと伸びて受け取った。

「酒はいけるのか?」
「ほどほどですね」
「鬼の王はザルのように飲んでいたな」
「鬼王は酒も獣も口にしますよ。角がなければ人と変わらないくらいです」
「……あんな大きな体、すぐに鬼だとばれそうだがな」
「あなたも人の中では大きいほうでしょう? 都の外から来たと言えば、きっと鬼だとはわかりませんよ」

 たしかに東国武士などは随分と体の大きな者もいたから、鬼らしい部分がなければ気づかれないのかもしれない。

「…………もしや、都にはそうして潜り込んでいる鬼たちもいる、ということか?」
「さぁ、どうでしょう。小鬼らはいるかもしれませんが、少なくとも母上様の近くにはいませんでしたね」

 金花の言葉に安堵しつつも、油断ならないものだと胸の内でため息をつく。
 おそらく俺が考えている以上に、鬼は人に紛れ込んでいるのだろう。派手に姿を現して女を攫う鬼たちもいるが、人に紛れて密かに攫っている鬼もいるに違いない。
 棘希いばらぎのことは髭切の話とともに知られているが、鬼の王が都近くにいたことは知られていない。あれほどの大鬼の存在に気づけないのだから紛れ込んだ鬼たちに気づけるはずもなく、人が鬼に打ち勝つことなど永遠に無理なのではと思えた。

(そんな鬼を退治するのだと息巻いていたのが、なんだか馬鹿らしく思えてくるな)

 思わず苦笑いを浮かべながら酒をくぃと飲み、細い月を見上げた。

敦皇あつおう様は、本当に鬼の王の子を生むのだろうか」

 帝の皇子みこであった敦皇あつおう親王は鬼の王に攫われ、鬼の王を思うようになり、側にいるために人であることを捨て大鬼を食らって鬼となった。いまでは鬼として人を食らい、男の身でありながらその腹には鬼の王の子を宿しているという。
 それはとても、……そう、とても残酷なことのように思えた。

「生むでしょうね。そのために鬼王の血を食らい、子のために精をも食らっているようでしたから」
「……子のために、子種がいるのか?」
「鬼王の子ですからね、血だけでは追いつかないのでしょう。それなら人をたくさん食らうよりも鬼王の血や精のほうが早い。まぁそれも、親王様が棘希いばらぎを食らったからこそ耐えられるのでしょうけれど」
「そういえば、鬼の王の血は毒にもなると、あのときも言っていたか」

 御所で金花が重傷を負ったとき、そんなことを口にしていたのを思い出す。

「鬼王は別格の鬼なのです。わたしは半分とはいえ鬼王と同じ血を持っていますから、かろうじて薬となっただけ。普通の鬼ならば死んでいたでしょう」
「鬼の王とは、そんなにすごいのか」

 それでは、人はこの先も永遠に鬼の王を退治することはできないに違いない。それをどこか他人事のように感じてしまうのは、自分がその鬼の側になるのだと決意したからだろうか。

「鬼が鬼を食らうと言ったことを覚えていますか?」
「ん? あぁ、……たしか強い鬼を食らえば、その鬼も強くなる、だったか?」
「はい。鬼王は、最強と謳われた己の父を食らった鬼なのです」
「……自分の父親を?」

 思わず金花を凝視した俺に、美しい横顔がこくりと頷いた。

「己が父を食らい、父を同じくする兄弟鬼たちを食らった。おかげで鬼王を超える鬼は、これからも生まれないでしょう。なにより鬼王の寿命がどれほど長いのか誰にもわからないのですから、この先も鬼王が鬼の頂点であり続けるのは間違いありません」
「な……んというか、凄まじいのだな……。兄弟鬼までとは……。しかしおまえは……」
「わたしは下賤の妖魔の血を引いているので見逃されたのでしょう。そもそも小鬼であっても食らいたがるような存在ではないのですよ、わたしは」
「おまえは下賤なんかじゃない。それに、誰よりも何よりも美しい」

 たとえ金花自身であっても、己を貶めるようなことは言ってほしくない。そう願いながら力強く言えば、黒い目がぱちくりとした。いつもは美しく整っている顔だが、そういう仕草を目にすると、どうにもかわいく見える。そういう一面を目にするたびに、胸がくすぐったくもなった。

「ありがとうございます。あなたくらいですよ、わたしをそういうふうに見るのは」
「おまえをそういう目で見るのは、俺だけで十分だろう」
「ふふっ、うれしいこと」

 つぃと金花に酌をされたが、気恥ずかしくて視線を細い月に向けてしまった。

「しかし、そんな鬼の王の子を敦皇あつおう様が……。その、男の身であっても、そういうことが起きるのは相手が鬼の王だからなのか? それとも食らったのが大鬼だったからか?」
「鬼王の影響を受けていた棘希いばらぎの血肉を食らったから、かもしれませんね」
「どういうことだ?」

 よくわからない言い回しに、盃をくぃと飲み干して改めて金花を見た。

棘希いばらぎという鬼は、王となる前の鬼王、朱天しゅてんと同等の力を持つ大鬼と言われていました。だから鬼王となってからも側に置いていたんでしょうが、随分と子種を食わせていたようですから、それなりに影響は受けていたと思いますよ」
「子種……、というのは、」
「鬼王は精が強すぎて、人の女ではほとんど耐えられないのです。だから女は食らうだけ、精は棘希いばらぎに食わせていた。鬼王に子がいないのは、子を生める存在がいなかったからなのです」

 それはつまり……、棘希いばらぎという大鬼は鬼の王と交わっていたということか!
 となると、その棘希いばらぎを食らった敦皇あつおう様は、大鬼とそれよりも強い鬼の王の何かしらを一度に食らい、そして鬼に転じたということになる。

「鬼の血肉は本来、人にとっては猛毒。それに耐え鬼に転じた親王様はよほど強い胆力を持っていたのでしょう。それが猛毒を別の何かに変え、さらに体を変化へんげさせ、子を孕めるようにしたのだと思います。もしくは、親王様自信が強くそう願ったのか」
敦皇あつおう様は、そうまでして鬼の王の側にいたいと願われた、ということか……。なんというか、凄まじいまでの思いを感じるな」

 思ったことを口にしただけだが、なぜか金花がくすりと笑った。

「なぜ笑う」
「なぜって、あなたも同じでしょう?」
「俺が……?」
「鬼を憎み、鬼退治を一生のものと考えていたはずなに、わたしと共にありたいからと鬼になることを決め、さらには鬼王にまで会った。鬼に転ずるには鬼を食わなければいけない。鬼になってしまえば、今度は生きるために人を食わなければいけない。それがわかっていてもなお、鬼になることを決めたではないですか」

 金花の言葉にハッとした。
 そうだ、俺も敦皇あつおう様と変わらないのかもしれない。……いや、好いた相手を思う気持ちなら、敦皇あつおう様にも負けない自信がある。

「俺は金花を好いている。ただ金花と共にありたいと思ったのだ。……俺が死んだのち、誰彼がおまえに触れ、おまえと交わるのだと考えるだけではらわたが煮えくり返りそうになった。願わくばおまえが死ぬのを見届け、すぐさま後を追いたいとも思っている。そのためには鬼になるしかないだろう」

 手酌で二杯、くぃくぃと酒を飲み干した。いまのは本心ではあったが、やはり面と向かって本人に言うのは照れてしまう。
 さらに盃に三杯目を注いだとき、ふふっという笑い声が聞こえてきた。ちらりと隣を見ると、俺をじっと見つめる金花がうれしそうに口元を綻ばせている。その顔があまりにも美しく、そんな顔で見られているのがなんとも気恥ずかしくなり、ふぃと顔を逸らした。

「ふふっ、本当にいつまでもかわいい方。そんなに思ってくださるなんて、もしや酒の上での言葉ではないでしょうね?」
「これくらいで酔うものか」

 ぶっきらぼうな声で答えてしまうのは、やはり気恥ずかしいからだ。
 金花を好いていることも心の底から大事に思っていることも恥ずかしいと思ったことはないが、それを口に出すのはどうにも慣れない。これまでそういったことを誰かに言ったこともないし、そういうことは武士もののふには必要ないと思い込んでいたからかもしれない。

「ふふ、では、わたしのほうが酔ったのかもしれません」
「おまえ、酒はほどほどだと言って、」

 逸らしたままの顔をぐぃと引かれ、何事かと言葉をつぐんだ俺の口に熱いものがぶつかった。驚く俺にかまわず、熱いそれはなおもぐいぐいとくっついてくる。

(あぁ……、金花の唇は、いつも柔らかいな……)

 熱心に俺に吸いつく様子に、ぼんやりとそんなことを思った。すると俺の反応が薄いことに焦れたのか、熱い舌がぐぃと口の中に割り込み、ぬるぬると歯や顎の裏を舐めまわし始める。
 されてばかりでは情けないと、入り込んできた舌を絡め取った。深く吸いついて舌の根あたりに柔らかく噛みつけば、「んぅ」と金花が小さな声を上げる。

「前にも言ったが、もうやられてばかりの俺ではないぞ?」
「ふふっ、知っていますとも。いつの間にかわたしを悦ばせるすべを身につけ、駄目だというのに体の奥深くまで暴き、たっぷりと子種を注いでくれる……。何度も意識を失ってしまうほど気をやるなど、初めてのことです」
「あたりまえだ。これからも、そんなことをする相手は俺だけだからな」
「もちろんです。わたしはずっとあなただけのもの。……ふふっ、もうこんなに逞しくして、うれしい」

 ぴたりと身を寄せる金花の手が、胡座あぐらをかいた俺の股の間にするりと入り込んだ。すでに天を向きつつあった逸物は、金花にひと撫でされただけでぐぅんと膨れ上がり、早く熱くぬかるんだ中に入りたいと訴えた。





 酒に酔ったという言葉を信じてはいなかったが、いつもより熱い中の感触に本当に酔っているのではと思った。そうして気持ちよさそうに鳴いている金花を見下ろす。
 黒い目はいつもより潤んでいるようで、頬は薄桃色よりも少し濃い薄紅色になっていた。とろりとした顔は酔っているようにも見えるし違うようにも見えるが、どちらにしても恐ろしく美しいことには違いない。

「あぁ、カラギ……」
「……っ!」

 濡れた甘い声で名を呼ばれ、うっかり子種が出てしまうところだった。いつもならすでに二度は出ているところを、まだ一度も吐き出すことなく金花の、いやキツラの中を蹂躙し続けている。

 先ほどまでは股を大きく開かせ、押し潰すように奥を穿っていた。一際強く深いところを突き上げた瞬間、ブルブルと体を震わせ仰け反ったところをみると、そこでキツラは一度逐情したに違いない。俺の腹に濡れた感触はないから、また子種を出さずに気を飛ばしたのだろう。
 そんな様子に最初は驚いたものだが、「中がすぎて」と目元を染めて言われてからは、むしろ子種が出ないほど気持ちよくしてやろうと思うようになった。

 いまは浅いところから深いところまでを丁寧にゆっくりと擦っている。気を飛ばした直後は「動かないで」と鳴いて言われるが、そのまま動き続けると狂ったようにがることを知っている俺は、そんなキツラを見たくて苛めるように中を穿ち続けた。
 逸物をぬぅぅと引けば、熱い肉が縋りつくようにまとわりついてくる。逆にずぅぅんと突き入れると、今度はうれしいと言わんばかりにきゅうぅとしがみつかれた。そんな中では、俺もそう長くは堪えられない。

「キツラの中は、本当に、く……っ、心地よすぎて、ふっ、止まらなく、なる……っ」
「うれし、ぃ……あぁ、んっ! ね、子種を、ぁっ、はやく、子種を、ぁあっ、は、ぁっ、カラギ、ぃ……!」

 ゆっくりと、しかし深く動く逸物に絡む肉がビクビクと震え出した。顔を見れば嫌々というように頭を振るせいで、ところどころ濡れて束になっている黒髪がうねるように動いている。
 鳴きながら身悶えるキツラの頭の側に肘をつき、両手で頬を挟んでから薄く開いている唇に強く吸いついた。同時にゆっくりと先端が抜けるほど引いた腰を、またゆっくりと奥へと入れていく。
 それがたまらないのか、押し開いていたキツラの細い足がぐぐぅと俺の腰に絡みつき、ぎゅうぅと締めつけてきた。両腕はしっかりと背中に回り、これ以上近づけないというほどにぴたりと胸がつく。
 互いの胸の音まで感じ取れるほどの状態に、ぐわっと全身が燃えるように熱くなった。

(これは、おれだけの鬼だ……)

 思いの丈を込めながら腰をぐぅぅと押しつけ、どぷり、どぷりと子種を吐き出した。キツラの体は子種に合わせるようにひくり、ひくりと震え、吸いついたままの唇にもぐぅと力が入る。

 ちくり。

 小さく尖ったキツラの牙が突き刺さったのか、下唇に鋭い痛みが走る。一瞬唇が離れそうになったが、それでも離すまいと柔い唇を吸い続ければ鉄臭い味がふわりと広がった。

 ふと、キツラの血はどんな味だろうかと思った。
 そんなことを思ったのは初めてだ。いずれは血を食らうことになるのだろうが、それはもう少し先のことだと考えていた。それなのに一度思ってしまうとどうにも気になってしまい、俺は吸いついたキツラの下唇にガリッと噛みついた。
 驚いたのはキツラで、唇を吸われたままの頭を必死に振り、俺の口から離れようとした。それを両手で押さえつけ、さらにはまだ子種を吐き出している逸物をぐぅぅとねじ込むことでキツラの動きを封じた。

「……っ、……、……!」

 声にならないキツラの訴えを聞き流し、ちゅうと下唇に吸いつく。キツラの血はふわりと甘い香りがし、俺の血とはまったく違うもののように感じた。

(……あぁ、そうだ、これはキツラの子種の匂いと同じだ)

 交わるときに強く感じる伽羅香か、それとも梔子の花の香りかと言わんばかりの甘い香りが鼻孔に入ってくる。それはキツラの精からも香るもので、つい可憐な先端に舌をねじ込んで吸い出したくなるほどだ。
 下唇を吸いながらキツラの口の中を舐め回すと、自分の鉄臭い匂いと甘い香りが混ざっていく。互いの血を口内で啜り合うなど恐ろしい行為のはずなのに、得も言われぬ心地よさを俺に与えてくれた。

(……覚悟をせねば、ならないな)

 別邸を出たあとのことを考えながら唇と甘い香りを味わっていた俺は、段々と熱が体の奥に集まるのを感じていた。子種もすべて吐き出し少しは落ち着くはずなのに、腰が疼き背筋をぞくぞくとした寒気に似たものが駆け上がる。

「カ、ラギ……っ」

 俺の唇から逃れたキツラが悲鳴のような声を上げた。ひくりと跳ねた細い腰に、中に収まったままの逸物が一気に力を取り戻す。そのまま俺は一度も動くことなく、再び子種を吐き出していた。
 キツラは俺の腕の中で背を反らし、白い首を晒しながらただ震えている。そんなキツラの細足はますます力強く俺の腰に絡み、キツラも怖いほど感じ入っているのだと訴えているようだった。

「俺だけの、キツラ……」

 思わず口に出た囁きに、キツラが「あぁ!」と声を上げて逸物を締め上げた。
 そのまま俺たちはただがっしりと抱きしめ合いながら、途切れることのない逐情と法悦をくり返した。
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