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一章 鬼に繞乱(じょうらん)されしは
其の弍拾参
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「なんだ、あれは……」
「新たな鬼か?」
「弓の者は屋根を狙え!」
「陰陽寮は二手にわかれ、雷と炎の準備を始めよ!」
新たな鬼らしき存在の出現に、御所は騒然となった。
陰陽寮は光榮殿の指示で廊下と庭に走る者が多数いて、武士たちも武具を手に走り出している。それぞれが同時に動き出したせいであちこちで人がぶつかり、怒鳴り合い、建物の中も外も大騒ぎになっていた。
「金花、少し動かすが大丈夫か?」
「……っ、ふふ、もう、大丈夫です、よ」
「何を言う、血が止まらないままじゃないか! どこが大丈夫だと言うのだ!」
思わず叫ぶと、「そこにいたのか」という声がすぐそばで聞こえた。それは間違いなく屋根の上から聞こえた声と同じで、全身の皮膚がぞわりと粟立った。
屋根の上で話していると思われるのに、まるですぐ側から話しかけられたようにはっきりと聞こえる。それに恐れを抱きながら、同時に自分の体の変化に戸惑っていた。
「な、んだ、これは……」
体の表面はカッと熱くなっているのに、内側は真冬の雪に裸で倒れてしまったかのようにぐんぐんと冷えていく。手足の感覚がなくなり、気がつけばガチガチと歯が鳴っている始末だ。
「……最強にまずい奴が現れたな」
やっとの思いで見上げた師匠はしっかりと立っていたが、グググと歯を噛み締めているのが表情からわかった。
俺も師匠もこんな状態なのに、離れた場所にいる大勢の者たちは何も感じていないのか、相変わらず騒々しく動き回っている。
「ある程度の力量がなければわからないものがあるってことだ。ま、陰陽師の一人は感じているみたいだがな」
師匠の言葉に、廊下で指示を出していた光榮殿へと目を向ける。すると、遠目でも様子がおかしいことがわかった。いつも冷静で、ときに人を見下したような態度ばかりを見てきたが、いまの光榮殿は両手をだらりとぶら下げ立ち尽くしているだけのように見える。
「ありゃあ、ただの鬼じゃない。昔、都を騒がせた大鬼、……それも、この髭切が斬った鬼と同じか、それ以上の大鬼だ」
「ほう、そこにあるのが髭切か」
またもやしっかりと響いた男の声に肩がぶるりと震えた。
「ということは、おまえが棘希を斬った男、いや、人はすぐ死ぬんだったな。じゃあ子か孫ってところか」
「嗣名の任に就いていたのは、俺のご先祖様だよ」
「ほう、これはまたおもしろいことになっているじゃないか。あれの子孫に、そっちのは侘千帝の匂いがする。さらに我が兄弟ときたもんだ」
(いま、なんと言った……?)
黒く大きな鬼は「我が兄弟」と言わなかったか。「あれの子孫」は髭切を持つ師匠のことで、侘千帝云々はおそらく俺のことだろう。
ということは、残りは金花ということになる。
(金花が、あの得体の知れない鬼の、兄弟……?)
「なぜ、あなた様がここに……」
屋根より近いところからの声にハッとした。そうだった、ここには屋根の上の鬼だけでなく例の鬼もいるのだった。
視線を庭先に向けると、先ほどと同じ格好で赤い目の鬼が立っている。しかしどうも様子がおかしい。火柱の残り火に照らされた顔は金花と同じくらい青白く変わり、俺たちを圧倒していた気配は息を潜めていた。
「烏天狗たちが来いってうるさくてな。もうしばらく都に戻ってくるつもりはなかったんだが、ちょうど彼奴の体も安定したようだし、ちょっとした里帰りってやつだ」
「それでも、急なお戻りとは……」
「烏たちがうるさいんだよ。烏たちは其奴の育ての親みたいなもんだから仕方がないと言えば仕方がないんだろうが、勝手に使うってのはなぁ。いままでは大目に見ていたが、やれやれだ」
「なるほど、ご不快で戻られたのであれば納得もいきます。えぇえぇ、そうでしょうとも。あのような下賤が鬼王であるあなた様の使いを勝手に持ち出すなど、言語道断。此度こそ処分されるのがよろしいでしょう」
赤い目の鬼の言葉に血の気が引いた。屋根の上にいる鬼は、鬼の王だというのだ。赤い目の鬼だけでも手に負えないというのに、鬼の王が現れては俺たちに成す術はない。
ちらりと見た師匠と、その奥に見える光榮殿はじっと赤い目の鬼を見ている。おそらく俺と同じで鬼たちの会話が聞こえているのだろう。しかし光榮殿以外の陰陽師たちや武士たちは鬼たちが話している声が聞こえないのか、右往左往の大騒ぎをしているままだ。
(いまので光榮殿に金花の正体がばれてしまった。それに師匠にもだ)
いや、光榮殿にはここにいる公達風の男が鬼だとばれただけで、金花が鬼だとばれたわけではない。しかし師匠はここにいるのが金花だとわかっているようだし、どちらにしても金花が鬼だと朝廷に知られるのは時間の問題だ。
自分も生き伸びられるかわからない状況だというのに、俺は金花のことで頭がいっぱいになっていた。ほとんど動かない金花の体を片腕でぎゅうと抱きしめ、この先のことに思いを巡らせる。
すると、突然ずぅんと得体の知れない圧に体を押さえつけられるような感覚に襲われた。咄嗟に鴉丸を地面について堪えたが、あまりの圧に柄を握る右手がブルブルと震え出す。
「なぜおまえが言語道断なんて言う? 俺はそんなこと言ってないよな?」
「そ、れは……。烏天狗は、あなた様の使い。それを下賤が勝手に使うなど、あってはならないことで……」
「それはどうでもいいんだよ。勝手に使われると、俺がこうやって呼び出されるのが面倒だってだけだ。ま、彼奴の体がしっかり安定すれば、いつ呼ばれようとも構わないんだがな。暇つぶしにはちょうどいい」
「そ……、それでは、鬼王としての示しがつかないでしょう! あなた様は気高き鬼の王、すべての鬼の頂点たるお方。そのあなた様が薄汚れた血の混じる下賤に使いを汚されるなど、さらに呼びつけられるなど、そんなことがあってよいはずがありません!」
「そう思ってるのはおまえだろう? 俺がどう思っているかなんて、おまえごときがわかるはずもない」
「ひぃ……!」
屋根からひらりと飛び降りた鬼の王は、そのままずんずんと赤い目の鬼へと近づいていく。それなのに相変わらず周囲の者たちは雷だの炎だの弓矢だのと騒ぎ、鬼の王が屋根から降りたことにすら気づいていないようだった。
(一体どういうことだ? 皆には鬼の王の動きが見えていないのか?)
そう思っている間にも鬼の王は赤い目の鬼に向かって歩き続け、ついに一人分ほどの間合いにまで近づいた。
あれほど俺たちを圧倒していた赤い目の鬼だったが、こうして見ると、まるで大人と童子ほどの違いがあるように見える。陰陽寮が放った雷でも火柱でも敵わなかった鬼が、なんとちっぽけな存在に見えるのだろう。
同時に鬼の王の凄まじさを実感し、このあと自分たちがどうなるか考えると一気に血の気が引いく思いだった。
「そういやさっきから下賤下賤と口にするが、それは俺の弟のことか?」
「それは、……! 鬼王であるあなた様の名を汚す者など、処分してしまうのがよろしいのです。汚すどころか人に手を貸すなど、なんと愚かなことか! 鬼として存在すべきではありません! あなた様も、これまで下賤のことなど気に留めていらっしゃらなかったではないですか!」
「そうだなぁ。気にしているかと問われれば、いまでもまったく気にしていない」
「では、この場で処分されるべきかと……!」
「しかしな、彼奴が『兄弟は大事ですよ』などと言うからなぁ」
「な……っ! そのようなことを、あなた様は鬼王なのですよ!? それに鬼王たるお方が人ごときの言葉に踊らされるなど……!」
「人ごときとは、彼奴のことを言っているのではあるまいな?」
鬼の王の気配が一段と濃く、それでいて氷のように冷たく鋭いものに変わったのがわかった。直接対峙しているわけでもないのに鋭く尖った刃で体中を貫かれるような感覚に襲われ、再びぐぅっと奥歯を噛み締めながら二人を見る。
「それ、は……ッ。ひぃ……!」
「やれやれ、愚かな奴とはおまえのような小鬼のことを言うのだな。そもそも棘希が死んで以来、都は誰の下にも置かぬと言ったはずだ。人を攫い食らうのはよいが、誰か一人の所有にはせぬと、しっかり言ったはずだよな?」
「ひ、」
「それなりの鬼であれば、人の頂に立つ者の血肉を食らいたいと思うだろう。なにせ神の血を引く一族だからな、その気持ちはよくわかる。俺だってそういう気になったから彼奴に手を出したんだが……いやはや、さすがは神の子孫と言われる血筋だ。俺でさえ惑い、いまじゃ側に置いてしゃぶり尽くす日々だ」
鬼の声がうっとりとしたものに変わった。まるで恋文を読むような声色に聞こえるが、俺の本能は死の危険を感じ取ったままで、じりじりと脂汗がにじみ出ている。
「だがな、それと都を独り占めするのは別の話だ」
「……ひ、ひぃ……」
「都を鬼の所有にしないと、俺は彼奴に誓った。それを違えさせようとは、おまえ、俺に変わって鬼王になりたいとでも思っているのか?」
「……ッ」
優劣はもはや一目瞭然だった。赤い目の鬼はガタガタと震え、ついには言葉さえも出なくなっている。一方、鬼の王はニィと口元に笑みを浮かべてはいるが、残り火に照らされている目は決して笑ってなどいなかった。
「烏ども、遠く都まで足を伸ばし腹が減っているだろう? それ、思う存分食らうがいい」
「ひ……ィ……!」
鬼の王の言葉と同時に真っ黒なつむじ風が起こった。突如現れた黒い渦が赤い目の鬼を包んだかと思えば、あっという間に御所の壁を越えてしまった。鬼が立っていた場所に鬼はおらず、鬼の王が「やれやれ」と言いながら首の後ろを撫でているだけだ。
「さて」
鬼の王がこちらを見ている。師匠が髭切を持つ手に力を込めたのはわかったが、俺の右手は地面を押すばかりで鴉丸を構えることすらできなかった。
「我が弟は、そのまま死にたいのか?」
「新たな鬼か?」
「弓の者は屋根を狙え!」
「陰陽寮は二手にわかれ、雷と炎の準備を始めよ!」
新たな鬼らしき存在の出現に、御所は騒然となった。
陰陽寮は光榮殿の指示で廊下と庭に走る者が多数いて、武士たちも武具を手に走り出している。それぞれが同時に動き出したせいであちこちで人がぶつかり、怒鳴り合い、建物の中も外も大騒ぎになっていた。
「金花、少し動かすが大丈夫か?」
「……っ、ふふ、もう、大丈夫です、よ」
「何を言う、血が止まらないままじゃないか! どこが大丈夫だと言うのだ!」
思わず叫ぶと、「そこにいたのか」という声がすぐそばで聞こえた。それは間違いなく屋根の上から聞こえた声と同じで、全身の皮膚がぞわりと粟立った。
屋根の上で話していると思われるのに、まるですぐ側から話しかけられたようにはっきりと聞こえる。それに恐れを抱きながら、同時に自分の体の変化に戸惑っていた。
「な、んだ、これは……」
体の表面はカッと熱くなっているのに、内側は真冬の雪に裸で倒れてしまったかのようにぐんぐんと冷えていく。手足の感覚がなくなり、気がつけばガチガチと歯が鳴っている始末だ。
「……最強にまずい奴が現れたな」
やっとの思いで見上げた師匠はしっかりと立っていたが、グググと歯を噛み締めているのが表情からわかった。
俺も師匠もこんな状態なのに、離れた場所にいる大勢の者たちは何も感じていないのか、相変わらず騒々しく動き回っている。
「ある程度の力量がなければわからないものがあるってことだ。ま、陰陽師の一人は感じているみたいだがな」
師匠の言葉に、廊下で指示を出していた光榮殿へと目を向ける。すると、遠目でも様子がおかしいことがわかった。いつも冷静で、ときに人を見下したような態度ばかりを見てきたが、いまの光榮殿は両手をだらりとぶら下げ立ち尽くしているだけのように見える。
「ありゃあ、ただの鬼じゃない。昔、都を騒がせた大鬼、……それも、この髭切が斬った鬼と同じか、それ以上の大鬼だ」
「ほう、そこにあるのが髭切か」
またもやしっかりと響いた男の声に肩がぶるりと震えた。
「ということは、おまえが棘希を斬った男、いや、人はすぐ死ぬんだったな。じゃあ子か孫ってところか」
「嗣名の任に就いていたのは、俺のご先祖様だよ」
「ほう、これはまたおもしろいことになっているじゃないか。あれの子孫に、そっちのは侘千帝の匂いがする。さらに我が兄弟ときたもんだ」
(いま、なんと言った……?)
黒く大きな鬼は「我が兄弟」と言わなかったか。「あれの子孫」は髭切を持つ師匠のことで、侘千帝云々はおそらく俺のことだろう。
ということは、残りは金花ということになる。
(金花が、あの得体の知れない鬼の、兄弟……?)
「なぜ、あなた様がここに……」
屋根より近いところからの声にハッとした。そうだった、ここには屋根の上の鬼だけでなく例の鬼もいるのだった。
視線を庭先に向けると、先ほどと同じ格好で赤い目の鬼が立っている。しかしどうも様子がおかしい。火柱の残り火に照らされた顔は金花と同じくらい青白く変わり、俺たちを圧倒していた気配は息を潜めていた。
「烏天狗たちが来いってうるさくてな。もうしばらく都に戻ってくるつもりはなかったんだが、ちょうど彼奴の体も安定したようだし、ちょっとした里帰りってやつだ」
「それでも、急なお戻りとは……」
「烏たちがうるさいんだよ。烏たちは其奴の育ての親みたいなもんだから仕方がないと言えば仕方がないんだろうが、勝手に使うってのはなぁ。いままでは大目に見ていたが、やれやれだ」
「なるほど、ご不快で戻られたのであれば納得もいきます。えぇえぇ、そうでしょうとも。あのような下賤が鬼王であるあなた様の使いを勝手に持ち出すなど、言語道断。此度こそ処分されるのがよろしいでしょう」
赤い目の鬼の言葉に血の気が引いた。屋根の上にいる鬼は、鬼の王だというのだ。赤い目の鬼だけでも手に負えないというのに、鬼の王が現れては俺たちに成す術はない。
ちらりと見た師匠と、その奥に見える光榮殿はじっと赤い目の鬼を見ている。おそらく俺と同じで鬼たちの会話が聞こえているのだろう。しかし光榮殿以外の陰陽師たちや武士たちは鬼たちが話している声が聞こえないのか、右往左往の大騒ぎをしているままだ。
(いまので光榮殿に金花の正体がばれてしまった。それに師匠にもだ)
いや、光榮殿にはここにいる公達風の男が鬼だとばれただけで、金花が鬼だとばれたわけではない。しかし師匠はここにいるのが金花だとわかっているようだし、どちらにしても金花が鬼だと朝廷に知られるのは時間の問題だ。
自分も生き伸びられるかわからない状況だというのに、俺は金花のことで頭がいっぱいになっていた。ほとんど動かない金花の体を片腕でぎゅうと抱きしめ、この先のことに思いを巡らせる。
すると、突然ずぅんと得体の知れない圧に体を押さえつけられるような感覚に襲われた。咄嗟に鴉丸を地面について堪えたが、あまりの圧に柄を握る右手がブルブルと震え出す。
「なぜおまえが言語道断なんて言う? 俺はそんなこと言ってないよな?」
「そ、れは……。烏天狗は、あなた様の使い。それを下賤が勝手に使うなど、あってはならないことで……」
「それはどうでもいいんだよ。勝手に使われると、俺がこうやって呼び出されるのが面倒だってだけだ。ま、彼奴の体がしっかり安定すれば、いつ呼ばれようとも構わないんだがな。暇つぶしにはちょうどいい」
「そ……、それでは、鬼王としての示しがつかないでしょう! あなた様は気高き鬼の王、すべての鬼の頂点たるお方。そのあなた様が薄汚れた血の混じる下賤に使いを汚されるなど、さらに呼びつけられるなど、そんなことがあってよいはずがありません!」
「そう思ってるのはおまえだろう? 俺がどう思っているかなんて、おまえごときがわかるはずもない」
「ひぃ……!」
屋根からひらりと飛び降りた鬼の王は、そのままずんずんと赤い目の鬼へと近づいていく。それなのに相変わらず周囲の者たちは雷だの炎だの弓矢だのと騒ぎ、鬼の王が屋根から降りたことにすら気づいていないようだった。
(一体どういうことだ? 皆には鬼の王の動きが見えていないのか?)
そう思っている間にも鬼の王は赤い目の鬼に向かって歩き続け、ついに一人分ほどの間合いにまで近づいた。
あれほど俺たちを圧倒していた赤い目の鬼だったが、こうして見ると、まるで大人と童子ほどの違いがあるように見える。陰陽寮が放った雷でも火柱でも敵わなかった鬼が、なんとちっぽけな存在に見えるのだろう。
同時に鬼の王の凄まじさを実感し、このあと自分たちがどうなるか考えると一気に血の気が引いく思いだった。
「そういやさっきから下賤下賤と口にするが、それは俺の弟のことか?」
「それは、……! 鬼王であるあなた様の名を汚す者など、処分してしまうのがよろしいのです。汚すどころか人に手を貸すなど、なんと愚かなことか! 鬼として存在すべきではありません! あなた様も、これまで下賤のことなど気に留めていらっしゃらなかったではないですか!」
「そうだなぁ。気にしているかと問われれば、いまでもまったく気にしていない」
「では、この場で処分されるべきかと……!」
「しかしな、彼奴が『兄弟は大事ですよ』などと言うからなぁ」
「な……っ! そのようなことを、あなた様は鬼王なのですよ!? それに鬼王たるお方が人ごときの言葉に踊らされるなど……!」
「人ごときとは、彼奴のことを言っているのではあるまいな?」
鬼の王の気配が一段と濃く、それでいて氷のように冷たく鋭いものに変わったのがわかった。直接対峙しているわけでもないのに鋭く尖った刃で体中を貫かれるような感覚に襲われ、再びぐぅっと奥歯を噛み締めながら二人を見る。
「それ、は……ッ。ひぃ……!」
「やれやれ、愚かな奴とはおまえのような小鬼のことを言うのだな。そもそも棘希が死んで以来、都は誰の下にも置かぬと言ったはずだ。人を攫い食らうのはよいが、誰か一人の所有にはせぬと、しっかり言ったはずだよな?」
「ひ、」
「それなりの鬼であれば、人の頂に立つ者の血肉を食らいたいと思うだろう。なにせ神の血を引く一族だからな、その気持ちはよくわかる。俺だってそういう気になったから彼奴に手を出したんだが……いやはや、さすがは神の子孫と言われる血筋だ。俺でさえ惑い、いまじゃ側に置いてしゃぶり尽くす日々だ」
鬼の声がうっとりとしたものに変わった。まるで恋文を読むような声色に聞こえるが、俺の本能は死の危険を感じ取ったままで、じりじりと脂汗がにじみ出ている。
「だがな、それと都を独り占めするのは別の話だ」
「……ひ、ひぃ……」
「都を鬼の所有にしないと、俺は彼奴に誓った。それを違えさせようとは、おまえ、俺に変わって鬼王になりたいとでも思っているのか?」
「……ッ」
優劣はもはや一目瞭然だった。赤い目の鬼はガタガタと震え、ついには言葉さえも出なくなっている。一方、鬼の王はニィと口元に笑みを浮かべてはいるが、残り火に照らされている目は決して笑ってなどいなかった。
「烏ども、遠く都まで足を伸ばし腹が減っているだろう? それ、思う存分食らうがいい」
「ひ……ィ……!」
鬼の王の言葉と同時に真っ黒なつむじ風が起こった。突如現れた黒い渦が赤い目の鬼を包んだかと思えば、あっという間に御所の壁を越えてしまった。鬼が立っていた場所に鬼はおらず、鬼の王が「やれやれ」と言いながら首の後ろを撫でているだけだ。
「さて」
鬼の王がこちらを見ている。師匠が髭切を持つ手に力を込めたのはわかったが、俺の右手は地面を押すばかりで鴉丸を構えることすらできなかった。
「我が弟は、そのまま死にたいのか?」
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