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番外編 みんなで水遊びをしたこと

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「きゃーっ」
「ちょっと待って、まだ入らないで」
「にぃに、リアのぱんつない」
「母上、キトロンたちのズボンがありません」
「ちょっと待ってて、こっちにあったはずだから……」
「きゃぁ、きゃー」
「きゃぅ、あー」
「待って待って、まだ入っちゃダメだって」
「母上、クリュソが……」
「あー、おしっこかな。もうここでしていいから、ホラ、水から出て」

 夏真っ盛りの今日、庭にある子ども用の湯船の周りは大騒ぎだ。理由はぼくと子どもたちで水浴びをすることになったからだ。
 長男のポイニーは随分とおにーちゃんになって、ぼくを手伝ってくれている。でも次男のメランには一人でちびっ子たちの面倒を見るのはまだ難しい。三男のクリュソなんて赤ちゃんみたいなものだから目を離すわけにはいかない。そこにメリさんとシロウさんのところの双子、キトロンとヴァニリアが加わると大変どころの騒ぎじゃなかった。

(わかってはいるんだけど、みんな仲良しだからなぁ)

 それにシロウさんにはパティシエの仕事がある。だから日中、こうやって水浴びをさせることはできない。メリさんも子育てはがんばっているけれど、今日みたいに王族の仕事があるときは面倒を見ることができなかった。ということで、相変わらず暇を持て余しているぼくがみんなの相手をすることが多い。

(ええと、先にクリュソを湯船の外に出して……双子のほうは大丈夫そうだな)

 双子の着替えはポイニーがやってくれている。次男のメランも手伝ってくれているのを横目で見ながら、三男クリュソを抱えておしっこをさせた。
 夏になって何度目かの水浴びだというのに毎回こんなふうに大騒ぎになる。きっと普通の王族なら使用人の人たちがあれこれお世話をしてくれるんだろう。でも、ぼくは自分でできることは自分でやりたかった。子どもたちの面倒だって、できる限りやりたい。

(そう思ってるんだけど、実際は大変だ)

 いまだって近くで使用人の人たちが見守ってくれているからなんとかなっているようなものだ。中には何人も子育てしてきたベテランお母さんもいて、獣人の子どものことがよくわからないぼくにいろいろ教えてくれたりする。こういう人たちがいなかったら子育てなんてきっと無理だ。ぼくは何度も「ありがとうございます」と頭を下げた。

「母上、できました」

 クリュソの下半身を水で洗い流しながら、声をかけてきたポイニーのほうを見る。

「うん、上手にできたね。ありがとう」
「はい」

 隣ではメランが「どうだ」と言わんばかりに胸を張っていた。

「メランもありがとう」
「ぁい!」

 クリュソを抱っこしながら二人の頭を撫でる。ぼくが小さいとき、おかーさんや近所のおばちゃんたちはいつもこうしてくれていた。いま思えば大した手伝いなんてしていなかったのに、こうして褒められるのがうれしくて「次もがんばるぞ」と思えた気がする。そのことを思い出したぼくは、子どもたちが何かできたらちゃんと褒めるように心がけるようになった。だって、ぼくはこの子たちのおかーさんなんだ。

「さぁ、みんなで水遊びしようか」

 そう声をかけると五人がそれぞれかわいい返事をする。上着を脱いで長袖長ズボンの水浴び用の服になったぼくも、五人と一緒に浅い湯船に入った。

 ぼくと王様の間には三人の子どもがいる。三人とも獣人の血が強いのか、人よりずっと早く成長している。
 長男のポイニーは人だと六歳か七歳くらいで、いつもぼくを手伝ってくれるしっかり者だ。王様そっくりの金髪に金色の耳と尻尾で、目だけぼくそっくりな紫色をしている。性格は穏やかで、それは赤ちゃんのときから変わらない。本当に手がかからない大人しい子だ。
 次男のメランは人だと四歳か五歳くらいで、金髪の所々に黒髪が混じっている不思議な髪の色をしている。耳と尻尾は金色で、目はやっぱりぼくと同じ紫色だ。性格は穏やか……というより、かなりのんびり屋さんな気がする。大抵のことには動じないし物怖じもしない。
 三男のクリュソは昨年生まれた子で、人だと二歳くらいだろうか。クリュソは髪も耳も尻尾もピカピカの金色で、目も金色だ。そういう意味では王様に一番似ている。ちなみに三人とも肌の色はぼくより濃い。それでもポイニーが一番薄くてクリュソが一番濃いように見える。なんとなくだけれど、クリュソが一番わんぱくになりそうな気もしていた。
 クリュソが生まれる少し前、メリさんとシロウさんの間に双子が生まれた。それがキトロンとヴァニリアだ。双子だったからか、生まれたときはとても小さくて驚いた。あんまり小さいから大丈夫が心配していたんだけれど、いまではクリュソより体が大きい。
 金色に近い茶色の髪に黒目がキトロンで、黒髪に濃い蜂蜜色の目をしているのがヴァニリアだ。耳と尻尾は髪の色と同じで、まるでメリさんとシロウさんを足して二つに割ったような見た目でとてもかわいい。

(でも、かわいい子どもの時期はすぐ終わるんだよなぁ)

 獣人の子どもは成長が早い。一カ月で人の三カ月分くらい成長し、一歳を過ぎた頃からどんどん早くなるんだそうだ。そうして十歳くらいで少し落ち着いて、十八歳くらいからは人と同じような成長速度になるんだとカズ先生が話していた。

(こうやって五人一緒に遊ぶのも、あと少しなのかもな)

 そう思うと毎日がとても大事に思えてくる。

(子ども用の湯船もすぐに使わなくなるのかぁ)

 五人が遊んでいるのは、王様が新しく作ってくれた浅い湯船だ。ほんの少し水を張るものと、ぼくの足首くらいの深さの二つがくっついている。少し離れたところにぼくが使っていた湯船もあるけれど、さすがに小さい子どもには危ないからしばらく使っていない。

「はぁうえ」
「うん?」

 振り返るとメランがぼくを見ていた。

「どうした?」
「リア、お顔」

 そう言いながらヴァニリアを見ている。視線を追うと少しだけ顔を赤くしているヴァニリアが、バケツとスコップで水を掻き集めているところだった。

「ちょっと顔が赤いね。ヴァニリア、こっちおいで。お水飲んで休憩しよう?」

 ぼくの言葉に頷いたのはメランのほうで、「おぃで」と言って連れて来てくれた。そうして自分のコップを持ってヴァニリアに「どぅぞ」と渡している。

「飲める?」
「ん」

 ぼくの問いかけにヴァニリアがこくんと頷き、ゆっくりとコップを傾けた。それをメランがじっと見ている。「ほら、メランも」と言ってコップを渡すと、ヴァニリアをチラチラ見ながら飲み始めた。

(メランはヴァニリアが大好きなんだな)

 ヴァニリアも双子のキトロンよりメランといることのほうが多い。五人は大体いつも一緒だから、きっと兄弟みたいに感じているんだろう。二人のすぐ後ろではキトロンがポイニーに水を掛けている。それをクリュソが「キャッキャ」と笑いながら見ていた。

(まさに大家族って感じがする)

 ぼくはニコニコしながら子どもたちを見守った。
 こうしてたっぷりと水遊びをしている間にお昼ご飯の時間が近づいてきた。体力を使い切ってしまう前にご飯まで済ませてしまいたい。というわけで、ここからが勝負だ。
 子どもたちは“遊びたい”という気持ちが一番の間はとにかく遊びたがる。ポイニーとメランは素直にぼくの言葉を聞いてくれるけれど、残りの三人はそうはいかない。

「お昼食べるよー」
「やーっ」
「クリュソ、やじゃないよ。キトロンとヴァニリアもおいで」
「やぁ!」
「ぅわっ、ちょっ、バチャバチャしないで、ほら、」
「やー!」
「クリュソ、待って待って」

 こういうとき一番嫌がるのがクリュソだ。そしてクリュソが嫌がると、つられてキトロンまで嫌がり始める。そうするとヴァニリアも嫌がるから……そう思って覚悟しながらクリュソを抱き上げようとしたところでビシャンと尻もちをついてしまった。

「母上!」
「あはは、やっちゃった」

 クリュソにズボンの裾を引っ張られて踏ん張りきれなかった。先に着替え始めていたポイニーが「大丈夫ですか?」と言いながらタオルを持って来てくれる。

「ありがとう。ほら、三人ともお昼食べるよ」

 下半身ずぶ濡れのぼくがおもしろいのか、まだ水の中に座っている三人がキャッキャと笑っている。「ご機嫌なのはいいんだけどねぇ」と思いながら立ち上がったところでクリュソの体がひょいっと持ち上がるのが見えた。

「さぁ、水遊びはおしまいだ」
「王様」

 クリュソを抱き上げたのは王様だった。夏の日差しに照らされているからか、いつにも増してたてがみみたいな金髪がキラキラ光っている。蜂蜜色の目もキラキラ眩しくて、もう何度も見ているはずなのにドキドキしてしまった。
 見惚れているぼくに片眉を上げた王様がクリュソをポイニーの隣に座らせ、今度は片手に一人ずつ双子を抱え上げる。そうして「着替えるぞ」と言ってタオルを持って待ち構えていた使用人の人たちに預けた。

「さて、最後は我が妃だな」
「え? あのっ、王様っ」

 なんとぼくまでひょいっと抱え上げられてしまった。獣人の国に来たときより重くなっているはずなのに、相変わらず王様は軽々とぼくを持ち上げる。

「ぼくはいいですって。それに服が濡れますっ」
「気にするな。それに服が濡れるよりもアカリの肌が透けて見えるほうが気になる」
「そ、それは……」

 さすがに前みたいな裾の短い水浴び用の服は着なくなったけれど、生地が薄いのは同じだ。さっき尻もちをついたから下のほうはいろいろ透けて見えてしまっているはず。

「アカリの着替えは俺が手伝ってやろう」
「じ、自分でできますっ」
「俺に手伝われるのは嫌か?」

 気のせいでなければ王様の耳が少しぺたんこになっている。そういう王様もかわいいとは思うけれど、着替えだけで済むのかちょっと怪しい。

「大丈夫だ、着替えを手伝うこと以外は何もしない」
「っ」

 耳元で囁かれた言葉に顔を真っ赤にしたぼくは、使用人の人たちに子どもたちを任せて部屋に戻った。そうして全身を王様に丁寧に拭われるという、まるで子どもに戻ったような状態で着替えることになった。
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