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その後のおまけ 王妃様とパティシエのこと

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「ちょっと過保護すぎだと思うんですよね。初めてじゃないのに」

 思わず口を尖らせながら、砂糖を入れた卵白をガシガシ泡立てる。

「あー、まぁ、たしかに過保護っちゃあ過保護かもしれねぇけどな」
「でしょ!? シロウさんも、そう思うでしょ!?」

 泡立て器をブンと振り上げながら思わずそう声を上げていた。ぼくがここまで怒っているのは絶賛不自由な生活中だからだ。
 二度目の妊娠をしたぼくは、またもや部屋から出られなくなった。庭の散歩すらできない。部屋の外に出てもし何かあったら大変だからということで、王様もアルギュロスさんも一度目のときよりずっと過保護になってしまった。

「そりゃあ前回は何もかも初めてでわからないことだらけでしたけど。もしかしたらお腹切らないと駄目かもって言われたときには、さすがにぼくも悩んだりしましたけど。それだってカズ先生が診てくれて、たくさん歩けば大丈夫ですよって言ってくれたから大丈夫だったんです。今回は最初からカズ先生が診てくれてるっていうのに」

 カズ先生は人と獣人の間に生まれたお医者様で、長男のポイニーが生まれたときに途中から診てくれていた人だ。今回は最初から診てもらっているからか、いまのところとても順調だと思う。
 それなのに王様はものすごく心配して、散歩も一緒のときしか駄目だと言う。忙しい王様と散歩なんて、そう簡単にできるはずがない。動かないのは逆に体にも赤ちゃんにも悪いとカズ先生が言うと、王様は毎日ぼくとの散歩の時間を作るようになった。

(そんなことして、王様の体のほうが心配なのに)

 ぼく自身より王様のほうが心配だ。ぼくが子どもを生む前に王様が倒れてしまったらどうしよう。王様にもそう言ったのに「俺がそう簡単に倒れると思うか?」なんて言って取り合ってくれない。
 ということで、自由に部屋から出られない毎日に「ひーまーだーなー」と訴えていたら、メリさんがパティシエのシロウさんを紹介してくれた。シロウさんはメリさんとつがいになった人だ。
 シロウさんは、おとーさんのお城でお菓子を作っていたんだそうだ。つまり本物のパティシエで、そんな人にお菓子作りを教えてもらえるなんて、おかーさんが聞いたら驚くに違いない。それともうらやましがるだろうか。今度手紙やレシピと一緒にお菓子を送ろうかな、なんて考えながら黄味と小麦粉を混ぜた生地と泡立てた卵白を混ぜ合わせる。

(さくっと、さくっと……あんまりグルグル混ぜないように……)

 手元に気をつけながらチラッとシロウさんを見た。シロウさんはぼくより体が大きくて力も強い。パティシエは力仕事だと言っていたけれど、いろいろ教わっているうちになるほどと思った。おかげでぼくも少しだけ力持ちになった。これなら生まれてくる子どもも、もう少し長い間抱っこできそうな気がする。

(それに獣人とつがいになった人って、知ってる限りシロウさんしかいないし)

 そういう話もできる貴重な人だ。

「いろいろ心配なんじゃないか? ま、アカリ見てると心配する気持ちもわからんではない」
「ちょっと、シロウさんまでそんなこと言わないでください。ぼくだって前よりは大人になったんですから」
「大人になったかは別にして、危なっかしいのは変わってねぇな」
「そんなことはない……と思うんですけど」

 言い切れないのは心当たりがあるからだ。まず、パンやお菓子作り以外、ぼくはほとんど役に立たない。あれからたくさん本を読めるようにはなったものの、難しいことはさっぱりわからないままだ。だからお妃様の仕事もできない。王様は「おまえは危ないことはしなくていい」なんて言うけれど、お妃様の仕事ってそんなに危ないものなんだろうか。それがわからない時点でやっぱりぼくは役立たずだ。
 代わりにパンやお菓子作りに精を出している。王様やアルギュロスさん、そのうちポイニーが食べられるようになったら小さい子用のお菓子も作りたい。使用人の人たちにも、それに厨房で働いているシェフやパティシエの人たちにもお裾分けをするようになった。

(そこで評判がよかったのをお客様用に作るようにはなったけど、もっと役に立てればなぁ)

 王様に会いに来るお客様用と聞いて、はじめはものすごく緊張した。でも、ぼくにもできる仕事だと思うとやる気が出たしうれしかった。

「ま、王様が過保護なのはいまに始まったことじゃねぇだろ? そんだけ愛されてんだから、いいことじゃねぇか」
「もちろん、そういうところはうれしいです。それにぼくだって王様のこと大好きだし」
「アカリと王様、本当にいつまで経っても新婚だよな」
「え? ぼく、何か変なこと言いました?」
「いいや、全然」
「新婚って、もう新婚じゃないですよ? それを言うならシロウさんたちこそ新婚じゃないですか」
「俺とメリ?」

 焼き型を用意していたメリさんの手が止まった。気のせいでなければ眉間に皺が寄っている。

(もしかして喧嘩……いやいや、今日だって仲がいいところ見たばっかりだし)

 シロウさんと一緒に食材を持って来てくれたメリさんは、今日も帰る前にシロウさんをぎゅうぎゅうに抱きしめていた。顔だって満面の笑みだった。

(まぁ、そのあと思い切り足、踏まれてたけど)

 服の下の尻尾がビン! って立ったのがわかるくらい痛そうだった。それでも喧嘩しているようには見えなかった。……喧嘩じゃないと思ったのはぼくの勘違いだたんだろうか。

「シロウさん、もしかしてメリさんと喧嘩してます?」
「ケンカ? いや、してねぇな」
「でもさっき、足踏んでましたよね?」
「あれは躾だ」
「しつけ……」
「あいつはどこでもすぐに盛るからな。適度に躾けておかないと調子に乗るんだよ。そもそも俺は人前でいちゃつきたいとは思ってねぇ。そこははっきりさせねぇと」
「な、なるほどー……そ、そういうことするくらい仲がいいんですね」
「そうだな、ほとんどケンカしねぇし。でも、それを言うならアカリたちのほうがずっと仲がいいだろ? つーか蜜月っぷりがすごいって噂だしな」
「え? 噂ですか?」
「さすがは獅子王とそのつがいだって厨房でも噂になってんぞ」
「へ、へぇ……」
「発情前なんて、使用人たちも毎回ドキドキだろうしな」
「ドキドキって……」
「だっておまえら、人前でもおっぱじめそうな感じだからさ。実際、俺がいても濃厚なキスしてたしな」
「そ、そうでしたっけ……そうだったかも……あはは」

 ぼくが人だからか、妊娠しているいまも時々発情っぽい状態になることがある。そういうとき、周りを気にすることなくムラムラする自覚もある。そのときは何とも思わないけれど、さすがにこういうときに聞かされると照れくさい……というか、恥ずかしい。

「しっかし、その体でよく王様のが入るよな」
「へ?」
「王様のアレ、よく入るよなって話。がっつり入るから子ども、できたんだろ?」
「ええと……」

 これは何て答えたらいいんだろう。

「王様はメリより体でかいし、アカリは俺よりずっと小柄だろ? その小せぇ体でよく入るよなっていつも感心する」

 なるほど、一つわかったことがある。シロウさんはメリさんと似ている。こういう話をこういうときに何でもないことのように話すのはメリさんそっくりだ。

「俺でもメリのを全部ってのは骨が折れるのに、アカリじゃ相当だろうな」
「あー……そこは王様がいろいろ気を遣ってくれるというか……」
「なるほどな。王様の溺愛っぷりはすごいから、うまく加減してるんだろうな。そうか、そう考えると王様はやっぱりすげぇな。とんでもなく強靱な精神力ってやつだ。俺には無理だ」
「そりゃあ王様はいろいろすごいですけど……って、え? シロウさん、いま何て……」
「強靱な精神力?」
「いえ、その後のほう……」
「俺には無理だ?」

 どういう意味だろう。木箱に入った紅茶の茶葉を確認しているシロウさんが「そのまんまだよ」と言葉を続ける。

「男ってのは女とはまったく違う。まさかあんなに気持ちいいなんて思わなかった。それで我慢できるってのがすげぇよな。しかも相手は好きなやつだろ? 馴染むまで動かないとか奥まで突っ込まないようにするとか、俺にはできねぇってつくづく思う」
「それって、もしかしてシロウさんも経験があるってことですか?」
「たまにメリを抱くことがあるからな。そのとき実感した。それからはメリが無茶すんのもわかるようになったっていうか……うん、こっちの茶葉のほうが香りが出そうだな」

 なんだろう、ものすごい話を聞かされている気がする。それなのにシロウさんの口調はいつもどおりで、まるで料理の話をしているみたいだ。

「今日はスポンジだけじゃなく、添えるクリームにも茶葉を使うからな」
「は、はい」

 細かく砕いた茶葉を、ぼくがさっくり混ぜていた生地に入れた。砕いていない茶葉は煮出してクリームに使うのだろう。

「そういや妊娠中って、そういうことしたら駄目なのか?」
「そ、そういうこと?」
「最後までスルってこと」
「ど、どうだろう? カズ先生は、安定したらしてもいいって言ってましたけど……って、シロウさん、もしかして」
「あぁ、違う違う。子どもはまだ先。ただ、俺が妊娠してる間メリが辛抱できるか気になってさ。浮気の心配はしてねぇけど、我慢させるのもなんだかなぁってな」
「な、なるほどー……カズ先生に聞いたら、たぶん詳しく教えてくれると思いますけど……」
「んじゃ、そのときになったら聞いてみるか。よし、シフォンケーキは完了。……って、小麦粉けっこう余ったな。あとは卵、ミルク、紅茶の茶葉もあるし……クッキーか、焼き型があればカップケーキも作れるな。どうする?」
「あー……じゃあ、クッキーにしてみんなにお裾分けしようかな」
「それなら残ってるチョコチップも使い切るか。しっかし、妊夫にんぷでもそういうことができるって、人の体ってつくづく不思議だよなぁ。あ、でも中には出せねぇよな? そうなると出すほうは無駄撃ちか」
「ど、どうなんだろー……あはは」

 ぼくの顔、引きつっていないかな……そんな心配をしながら生地を流し込んだ焼き型をオーブンに入れる。シロウさんはといえば手際よくクッキーの準備を始めていた。
 その後、焼き上がったシフォンケーキは王様とぼく、メリさん、シロウさんの四人でおいしく食べた。食べながら、シロウさんと話していたことを思い出しては顔が赤くなったのは言うまでもない。
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