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18 王様とぼくのこと1

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 ぼくが獣人の王様の花嫁としてお城に来たのは春の終わり頃だった。それから毎日雨が降る雨期になって、嫌になるくらい暑い夏が来た。あまりにも暑いから庭で水浴びなんかをして、ようやく過ごしやすい秋になった。そうかと思えばあっという間に冬が来てたくさん雪が降った。ぼくは毎日暖炉の前で王様のマントを被りながら過ごした。
 そんな冬の間に新しい部屋に引っ越した。それからは毎日のように王様と話をしたり一緒に寝たりしている。そして、花祭りでにぎわう春が来た。
 それからまた雨期が来た。暑い夏には王様が新しく用意してくれた庭の湯船で水浴びをした。今度は王様も誘った。最初は困った顔をしていたけれど、何度も誘ったらようやく頷いてくれた。おかげで三度も一緒に水浴びをすることができた。それから秋になって一緒に収穫祭を楽しんだ。
 収穫祭が終わると、あっという間に冬になった。雪がたっぷり積もった真冬の朝、ぼくはかわいい男の赤ちゃんを生んだ。生まれたときはとても小さくて「あれ? 赤ちゃんってこんなだったっけ?」と思ってしまった。どうやら獣人の赤ちゃんは人の赤ちゃんよりずっと小さな体で生まれてくるらしい。それでも獣人らしく耳と尻尾があった。
 獣人の妊娠は四カ月から五カ月くらいなんだそうだ。それを聞いたぼくは、そっと指を折りながら数えた。

(一緒に水浴びしたときかな。それとも我慢できなくてソファでしたときかな)

 二度目の夏は、とにかくムラムラして仕方がなかった。暑いのなんておかまいなしに王様にべったりくっついて過ごした。いま考えると、あれが発情っていうものだったのかもしれない。

(邪魔してるってわかってたけど、王様を触ってないと不安だったんだよなぁ)

 近くにいないと落ち着かなかった。王様が仕事のときは、王様が着ていた服をもらって王様の代わりに抱きしめた。そうして大好きな王様の匂いを嗅いで過ごした。
 夜になるとムラムラが止まらなくて毎日のように王様とそういうことをした。王様のアレを全部受け入れて中にいっぱい出してもらっても、次の日になるとやっぱりムラムラして我慢できなくなる。そんなだから夜になると、またそういうことをする。いま考えるとあの頃のぼくはぼくじゃなかったような気がする。

(それにしても毎日あんな大きな王様のが入ってたなんて、ぼくのお尻ってすごいなぁ)

 痛くなったり破けたりしたことは一度もない。それに子どもまで出てきた。そう考えると、ぼくのお尻はぼくよりずっと丈夫だ。いろいろ足りないぼくだけれど、丈夫な体でよかったと心から思っている。
 そういえば、獣人と人の間ではそう簡単に子どもはできないらしい。といっても獣人と人で子どもを作ることがあまりないから本当のところどうなのかわからないんだそうだ。でも、ぼくのお腹には王様の子どもが宿った。ぼくは絶対に生みたいと思った。
 大丈夫だと思っていたぼくとは違い、王様はとにかく心配した。心配だからといって獣人と人の間に生まれたお医者様を探してくれた。カズ先生というその人は人の国の田舎に住んでいて、メリさんが迎えに行った。

(最初はお腹切らないと駄目かもって言ってたけど、カズ先生のおかげで切らなくて済んだ)

 獣人の赤ちゃんは小さいけれど、それは母親が獣人の場合だ。ぼくは人の中でも小柄なほうでお腹もお尻も小さい。だから、最悪お腹を切って生むことになるかもしれないと言われていた。でも、カズ先生の見立てで切らなくて済んだ。毎日庭をしっかり歩くようにと言われて生む力を蓄えた。そうやって生まれてきたのが小さな小さな息子だった。

(生まれたときはびっくりするくらい小さかったのに、大きくなるのはあっという間だ)

 いまではずっと抱っこしていると腕が痺れるくらい大きくなった。どうやら獣人の子どもは大きくなるのが早いらしい。いまのうちに小さい姿をしっかり堪能しておかなくては。
 赤ちゃん用のベッドから「ふみゃ」というかわいい声が聞こえてきた。窓の外を見たら薄暗くなっている。そろそろご飯の時間だからお腹が空いて目が覚めたんだろう。

「そろそろご飯かな~?」

 ベッドを覗き込むと、王様と同じ金色の耳がぴょこんと動いた。髪の色も金色で、きっと王様みたいな立派なたてがみ……のような髪の毛になるに違いない。尻尾はまだ細いけれど、こっちも絶対にモフモフになる。
 かわいいほっぺをそっと指で撫でるとフワッと目が開いた。そこにあったのは王様みたいな蜂蜜色ではなく、ぼくそっくりの紫色の目だった。

「王族の血ってすごいよなぁ。ほかは全部王様そっくりなのに、目だけ紫色なんてさ」

 肌もぼくより濃い色をしている。どこもかしこも王様に似ているし、絶対にかっこよくなる。それなのに目だけはぼくに似てしまった。
 人の国では、どんなに身分が低い相手との子どもでも王族の子は必ず紫色の目になると言われている。でも実際はそんなことはない。だって、それじゃあ国のあちこちに紫色の目の人がいることになってしまう。そのくらい王族の人たちはあちこちで子どもを作っていた。これはメリさんが教えてくれたことだ。
 それじゃあ、どうしてぼくは紫色の目だったんだろう。理由はわからない。おとーさんに聞けばわかるかもしれないけれど、もう会うことはないだろう。それに聞いても教えてくれない気がする。

(前はこの目があんまり好きじゃなかったけど、いまはよかったって思ってるからいいけどさ)

 紫色の目をしていたから王様に会うことができた。そしてこんなにかわいい子どももできた。

「さぁ、お乳飲もっか」

 赤ちゃんを抱っこするのも上手になったと思う。それにお乳をあげるのにも慣れてきた。
 ぼくは男だけれど息子を生んだら胸が少しだけ大きくなった。しかもお乳まで出る。もしおかーさんが見たら驚きすぎて大笑いしたに違いない。

「男だけど、ちゃんとお乳が出てよかった」

 おかげでこうしてお乳をあげることができる。暖炉の前に座って胸元を広げた。赤ちゃんに直接炎の熱が当たらないようにしながら「お乳だよ~」と言って口に乳首を近づける。すると小さな口が乳首をパクッと食べて、すぐにチュウチュウと吸い始めた。

(かわいいなぁ)

 どれだけ見ていても飽きない。腕は疲れるけれど、お乳を飲むのもあと少しだと聞いて感慨深くなる。モキュモキュ飲んでいる顔を眺めていたらトントンとドアを叩く音がした。「どうぞ」と返事をしたらアルギュロスさんだった。

「アカリ様……これは失礼しました」
「もう終わるところなんて大丈夫です」

 獣人の赤ちゃんはみんなそうなのか、お乳を飲むのがとても早い。一気に飲み始めたかと思えばすぐに口を離す。鼻がヒクヒクし始めたからそろそろ終わるはず。最後の一気飲みみたいにジュジュジュと吸う息子を見ながら「どうかしたんですか?」とアルギュロスさんに声をかけた。

「夕食は陛下も一緒にとられるそうです」
「仕事、終わったんですか?」

 そう尋ねたらアルギュロスさんが困ったような顔をした。

「いえ。“アカリ不足で死んでしまう”とあまりにおっしゃるので」
「アハハ。じゃあ仕方ないですね」

 ぼくが笑うとアルギュロスさんも笑った。子どもが生まれてから王様はどんどん忙しくなっている。メリさんいわく「やる気に満ちているからねぇ」ということらしいけれど、そんなに忙しくして体は大丈夫なんだろうか。

(この前も怖い顔してたし、けっこう疲れてるんじゃないかなぁ)

 満腹になった息子を抱き起こし、背中をトントンしながら王様の顔を思い浮かべた。ぼくに手伝えることがあるなら本当は手伝いたい。でも平民だったぼくに王様を手伝うのは無理だった。少しずつ難しい本も読めるようになったけれど、“政治”とか“外交”とかは難しすぎてまったくわからない。言葉も難しすぎてちんぷんかんぷんだ。

(だから、せめてぼくができることをしてあげたい)

 パンやお菓子を作って届けてもらったり、会えるときは尻尾を毛繕いをしたりしている。

(あとは……)

 ゲップをした息子をベッドに寝かせてから、ぺたんこになった自分のお腹を撫でた。満足そうにスヨスヨ寝ている息子を見て、もう一度自分のお腹を見る。
 息子は獣人の赤ちゃんにしてはとても大人しいんだそうだ。王様は「そういう子もいる」と言うけれど、あんまり大人しすぎるとぼくのほうが不安になる。ぼくみたいに“いろいろ足りない奴”にならないか心配だった。

(兄弟がいたらきっと違ってくる。周りの子たちはそうだった)

 兄弟がいた人たちは、喧嘩もしていたけれど教え合ったり慰め合ったりもしていた。そういう兄弟がいたほうが絶対にいいと思う。

(それに、ぼくなら兄弟を生むことができる)

 ぼくがほしかった兄弟を生んであげられる。それに子どもがたくさんいれば、にぎやかで楽しい家族になる。

「何人くらいいればにぎやかな家族になるかなぁ」
「何人いてもいいと思うが?」
「ひゃっ!?」

 振り返ると王様が立っていた。いつの間に来たんだろう。

「ポイニーはよく寝ているな」

 ベッドを覗き込んだ王様の顔が優しくなった。

「いまお乳を飲み終わったところです。しばらくは起きないと思います」
「そうか」
「もう夜ご飯食べますか? それならポイニーはアルギュロスさんにお願いしますけど」
「そうだな」

 そう言った王様がぼくのお腹に触った。

「次はおまえに似た子がいいと思っている」
「え?」
「おまえのようにかわいい子がいい」
「かわいいって……」

 ぼくはかわいいと言われるような顔はしていない。それなのに王様もメリさんも、いまだにぼくのことをかわいいなんて言う。

「ぼくは王様みたいにかっこいい子がいいです。ポイニーも絶対にかっこよくなります」

 ちなみにポイニーというのは獣人の古い言葉で“紫”という意味なんだそうだ。ぼくそっくりの紫色の目を見た王様が名付けた。ちなみにフリソスという名前は“黄金”という意味だと聞いた。名前まで金色なんてかっこよすぎる。ぼくはそういう王様に似た子どもがいい。

「俺は何人子どもがいてもいいと思っている。だが、おまえに無理はしてほしくない」
「無理なんてしてません」
「だが人の体で、男の体で子を何人も生むのは大変だと医者も言っていただろう」
「ぼくは丈夫だから平気ですよ。それにぼく、子ども好きですから。大好きな王様との子どもなら何人いてもいいと思ってます」

 そう言って王様に抱きついた。大きな背中に両手を回してギュッと抱きしめる。

「お仕事お疲れ様でした」
「あぁ。……やはりおまえを抱きしめないと駄目だな」

 ぼくを抱きしめる王様の手に力が入る。

(これは相当お疲れだなぁ)

 最後に一緒にご飯を食べたのは三日前だ。一緒に寝たのは四日前が最後で、朝早く起きて夜遅く寝る王様は、ぼくを起こしたくないからと言って寝る前に自分の部屋に戻ってしまう。

「ご飯の前に少し寝ますか?」

 疲れているならご飯は後回しにしよう。そう思って声をかけたけれど返事がない。

「王様?」
「違うだろう?」
「フリソスさま」
「様はいらない」
「……フリソス」

 名前を呼んだらますますぼくを抱きしめる力が強くなった。なんだかいい匂いもしている。

(この匂いを嗅ぐのは久しぶりかも)

 王様から森のような花のようないい匂いがする。思わずクンクンと嗅いでいると、体がフワッと浮き上がって慌てて王様にしがみついた。

「フリソス?」
「夕食の前に食べたいものがある」
「なんですか?」

 少し下にある蜂蜜色の目を見てドキッとした。さっきよりギラギラしているのは気のせいだろうか。

「にぎやかな家族になるんだろう?」

 かっこいい顔が少しだけエッチな顔になった。

「それは、そうですけど」
「心配するな。すぐに次の子を、とは考えていない。それではおまえの体に負担がかかる。ただ、つがいのいい匂いに抗うことはできん」
「いい匂い?」
「おまえからわずかだが甘い匂いがしている」

 首筋に王様が顔を近づけてきた。そうしてクンクンと匂いを嗅ぎ始める。

「匂いが少しだけ強くなったな」

 にやりと笑う顔もかっこいい。きっとぼくのほうが王様不足だってわかっているんだ。もちろん話をするだけでもいい。だけど、それよりもっと心が満たされて幸せになれる方法をぼくたちは知っている。

「……フリソスは、たまに意地悪ですよね」
「そうか?」
「そうです」

 金色の髪の毛ごと抱きしめるように首に腕を絡める。そうして「ベッドに連れて行ってください」と囁いた。

「つがいに誘われて断ることはできないな」
「ほら、やっぱり意地悪です」
「おまえの誘い方がかわいいから、ついおねだりさせたくなる」

 かわいいかどうかはわからない。ただ、メリさんからは「話し方が変わってきたね」とは言われた。それが頑張って本を読んでいる結果ならうれしい。

「ベッドの中では意地悪、しないでくださいね」

 ぼくがそう言うと、王様がアルギュロスさんを呼んだ。ぼくたちを見たアルギュロスさんはニコニコと笑い、ベッドで寝ているポイニーを抱き上げ部屋を出て行った。それを見送ってから王様が足早に寝室に向かう。ぼくはドキドキしながらフワフワの髪の毛に顔を埋めた。
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