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20 初めての旅行
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「……ここ、どこ?」
目が覚めたら、見たことがない天井とベッド、それにドアが見えた。
俺は藤也さんのベッドに寝た。端っこで丸まりながらゴロンゴロンして、そのうち眠くなって眠った。そうしたら藤也さんが帰ってきた。
「それから何か話をして……って、話したっけ?」
寝ていたから話なんてできないはずなのに、何かを話したような気がする。そんなことをぼんやり思い出していたら、ドアが開いて藤也さんが入って来た。
「おー、起きたか」
「藤也さん」
「朝飯あるぞ。食うだろ?」
「……食べる」
昨日まではあんまりお腹が空かなかった。藤也さんが用意してくれたご飯だし約束もしたから頑張って食べていただけで、本当は二日くらい食べなくてもいいくらいだった。
でもいまはギュルルルルッてお腹が鳴っている。「腹が減るってのはいいことだ」って笑った藤也さんが部屋を出て行ったから、慌てて追いかけた。
「……ここ、どこ?」
隣の部屋も見たことがない場所だった。ソファとテーブルはあるけど藤也さんの部屋とは全然違う。
窓の外には庭があった。藤也さんの部屋はマンションの一番上だから、庭はない。庭が見える窓の前には畳もある。畳も藤也さんの部屋にはないものだ。
「正月休みはここでのんびりするぞ。向こうに露天風呂があるから、あとで入るか」
「ろてん、ぶろ、」
「外にある風呂だ……って、この前テレビで見ただろ?」
旅行のテレビ番組で温泉旅館を見た。床と畳の両方がある広い部屋で、大きな庭があって、庭には温泉のお風呂があった。
テレビを見ながら「いいなぁ」と思った。いつか藤也さんと行ってみたいないんて、これまでなら絶対に思わないことを思ってしまった。
「旅行に行くって話、しただろ?」
藤也さんの部屋に来てすぐの頃、テレビを見ながらそんなことを言われたのを思い出す。そっか、だから連れて来てくれたんだ。やっぱり藤也さんは俺に嘘をつかない。
「今回は国内だが、そのうち海外にも連れてってやるよ」
「海外、」
「まずはおまえのパスポート作らねぇとなぁ」
パスポートはわかる。外国に行くときに必要なもので、英語の勉強で何回も聞いた言葉だ。でも、作るのにはきっとお金がかかる。俺にはいまもお金がないから作ることはできない。
「でも俺、」
「英語圏に行けば生の英語が聞ける。生活のほとんどが英語になれば、もっとよくわかるはずだ」
もしかして、俺の英語の勉強のためにわざわざ外国に行くってことだろうか。
「それに、興奮してるおまえを見るのは楽しいだろうからな」
「藤也さんも、楽しいの?」
「あぁ、楽しい。ワクワクドキドキしてるおまえを見るのは楽しいし、ニコニコしてるおまえを見るのも楽しい。でもって、俺とはぐれないように必死に手を繋ぐだろうおまえを想像するのも楽しい」
どうしてニヤニヤ笑っているのかわからないけど、藤也さんが楽しいなら俺も楽しい。
「あぁ、パスポートついでに話しておくか。いや、まずは朝飯だな」
藤也さんがキッチンっぽいところからお皿を持ってきた。大きなお皿にはパンとスクランブルエッグ、トマトとキュウリと、サニーレタスも載っている。それにテーブルにはオレンジジュースもあった。
藤也さんが作るご飯に似ているけど、ちょっと違う。ってことは、きっと旅館のご飯だ。テレビのとは違っているけど、初めて食べる旅館のご飯にワクワクした。
「いただきます」
「おー、召し上がれ」
いつもの声を聞いてからパンを齧る。
(……おいしい)
昨日の朝食べたパンは俺の好きなくるみパンだったけど、あんまりおいしいと思わなかった。でも、このパンはおいしい。他の料理もおいしくて、あっという間に食べ終わった。
「蒼は俺と家族になりたいか?」
「……え?」
言ってる意味がわからなくて、オレンジジュースのコップを持ったままかっこいい顔をポカンと見た。
「家族って、」
「結婚も考えたが、この国じゃあ面倒くせぇからな」
「けっこん、」
「それが一番いいんだが、結婚じゃなくても家族になることはできる。蒼は俺と家族になりたいか?」
藤也さんと、家族になる。
(どう、なんだろう)
急に言われても、よくわからない。
「ま、すぐに答えは出ないだろう。じっくり考えればいいさ」
考えてもわからないような気がした。それなら藤也さんに聞いたほうがいい。
「家族になるって、どういうこと?」
「そうだなぁ。毎日一緒に飯を食って、テレビを見て、話をして、笑ったりキスしたりして寝る。そうやって、ずっと一緒に過ごすってことだ」
それなら、いまと同じだ。
「いまも家族みたいなもんだが、家族になれば俺の一切を与えてやることができる。法律上、俺のすべてをおまえのものにしてやれる」
「……よく、わからないけど、」
「ま、それも未来のことだ。俺に何かあったときの保険ってやつだな」
何か、あったとき。
それってどういうことだろう。よくわからないけど、でも、何となく嫌な感じがした。
「泣きそうな顔すんじゃねぇよ。いますぐどうこうって話じゃない」
「藤也さん、」
隣に座った藤也さんが、ポンポンって頭を撫でてくれる。
「ゆっくりでいいから、ちゃんと考えておけ。いつでも家族になれる準備はしてあるから」
ちゃんと考えてもわかるか、わからない。でも藤也さんが考えておけって言うなら、ちゃんと考えよう。
「それからな、……おまえ、母親のこと知りたいか?」
「え、」
お母さんの、こと?
「もしおまえが知りたいって言うなら、教えてやる。母親のこと、母親の家族のこと。それから父親のこともだ」
(お母さんのことと、お父さんの、こと)
それって、お母さんがどこにいるか、わかるってこと? お母さんの家族って、お母さんのお母さんとお父さんのことも、わかるってこと? それに……。
「お父さん、って、」
お父さんのことは、何も知らない。怖い顔でイケメンで、優しい人だったってことしかわからない。名前も顔も、何も知らない。
「知りたいなら教えてやる」
やっぱり藤也さんはすごい。俺のことなら、俺が知らないことも何でも知っているってことだ。
「知りたいか?」
藤也さんに言われて、考えた。
(お母さんのことは、……知りたい、かもしれない。でも、知りたくない気もする)
狭い部屋で、ずっとお母さんを待っていたときのことを思い出す。お母さんが帰って来ないと一人ぼっちだってことがわかって怖かった。だから、ずっと待っていた。
でも、俺はもうあの部屋にいない。家賃を精算して解約したから、もう戻れない。もう二度とあの部屋には帰れない。
(待ってたとしても、お母さんは帰って来なかった気がする)
本当は、お母さんがいなくなったときから戻って来ないんじゃないかってわかっていた。でも、そう思うのが怖かった。だから気づかないふりをして、ずっとあの部屋にいた。
でも、いまは藤也さんがいる。藤也さんがずっと側にいてくれる。だから一人ぼっちじゃないし寂しくない。一人じゃないから、もう怖くない。
「お母さんのことは、もう、大丈夫」
もし知りたくなったら、そのときに聞けばいい。
「お父さんは、知らないから、わからない」
「そうか」
また、ポンって頭を撫でてくれた。怖い顔でイケメンで優しいお父さんも、藤也さんみたいな人だったんだろうか。それだったら嬉しいなって少しだけ思った。
「なんだ、急に笑って」
「お母さんが、お父さんはイケメンで優しい人だって、言ってたから」
「あー、あいつなら、そう言うだろうなぁ」
「……藤也さん、お母さんのこと、知ってる?」
じぃっと見ていたら「そうだな」って言って藤也さんが話し始めた。
「二十年くらい前だったか。おまえが住んでたあの辺りは、当時、藤生んとこのオヤジが仕切っていた場所なんだ。ま、その頃の俺はいまと違って……、まぁ、そこんところはどうでもいいんだが、若気の至りであちこちの店で遊んでたんだよ」
「お店って、」
「風俗店だな。そのとき、おまえの母親の初めての客になった」
藤也さんが、お母さんのお客さんだった? それって、お母さんと会ったことがあるってことだ。
「すごいね。お母さんと会ったことがあるなんて、すごいね」
「そうきたか。あー、いや、今回はこれでいいんだろうが、それはそれで問題だな」
藤也さんとお母さんが会ったことがあるなんて、すごいことだ。あんなにたくさんの人がいて、いろんな人が来たりいなくなったりしていた街なのに、そこで会ったことがあるなんて絶対にすごい。
藤也さんとお母さんが会ったことがあるんだって思ったら、なんだか嬉しくなった。
「ね、お母さん、どうだった? 可愛かった?」
「まぁ、可愛かったとは思うが」
「笑うと可愛かったってお姉さんたちが言ってたけど、どうだった? 俺から見ても可愛いと思うんだけど、可愛かった?」
「あー、わかったから落ち着け。おまえの母親は可愛かったし、おまえも可愛い」
え? なんで俺の話? そう思ったらチュウってキスされた。
「そういう話し方すると、おまえ母親に似てるぞ」
「ほんと?」
「似てる。ま、それが本来のおまえなんだろうが……。いい具合になってきてるってことだな」
よくわからないけど、またチュッてキスしてくれた。
「母親のことを知りたくなったら、いつでも聞けばいい。隠したりしねぇし、ちゃんと教えてやる」
わかっている。藤也さんは俺に嘘をつかない。だから俺は大きく頷いた。
「さて、朝飯も食ったし、露天風呂に入ってエロいことするか」
「ひゃっ!?」
急に抱き上げられてびっくりした。慌てて藤也さんの首に抱きつくと、そのまま庭に連れて行かれた。そうして「見てみろ」って言われたほうを見たら……お風呂があった。
「外に、お風呂、」
「露天風呂があるって言っただろ?」
聞いたけど、こんな大きな庭にあるなんて思わなかったんだ。それにお風呂もすごく大きい。
「テレビで見たのより、大きい」
「当たり前だ。おまえが初めて入る露天風呂だからな、思い切りでかいのにした。それにでかいほうが楽しいだろ?」
楽しいんだろうか。わからないけど、池みたいに大きいのは楽しそうな気もする。
「おーおー、子どもみたいな顔しやがって。なんなら泳いでもいいぞ? ここは離れだから他の奴に見られることもねぇしな」
「泳いだりは、しないけど」
「じゃ、エロいことするか。離れだから大声出しても平気だしな」
よくわからなかったけど、はなれってすごいんだってことはわかった。
それから庭で裸にされて、藤也さんと露天風呂に入った。「ちゃんと食ってたんだな」って言いながら体中を触られて、お風呂の中でお尻に指を入れられた。そうしたら熱いお湯が中に入ってきたびっくりした。
たくさんお尻をいじられてザーメンまで出した俺は、クタクタのフラフラになっていて昼寝をすることにした。そうして次に目が覚めたら、お肉とお刺身の豪華なご飯がテーブルに並んでいた。お刺身はまだ苦手だったけど、なんだかおいしい気がしてたくさん食べることができた。
全部残さずに食べたら「いい子だ」って藤也さんが褒めてくれた。
目が覚めたら、見たことがない天井とベッド、それにドアが見えた。
俺は藤也さんのベッドに寝た。端っこで丸まりながらゴロンゴロンして、そのうち眠くなって眠った。そうしたら藤也さんが帰ってきた。
「それから何か話をして……って、話したっけ?」
寝ていたから話なんてできないはずなのに、何かを話したような気がする。そんなことをぼんやり思い出していたら、ドアが開いて藤也さんが入って来た。
「おー、起きたか」
「藤也さん」
「朝飯あるぞ。食うだろ?」
「……食べる」
昨日まではあんまりお腹が空かなかった。藤也さんが用意してくれたご飯だし約束もしたから頑張って食べていただけで、本当は二日くらい食べなくてもいいくらいだった。
でもいまはギュルルルルッてお腹が鳴っている。「腹が減るってのはいいことだ」って笑った藤也さんが部屋を出て行ったから、慌てて追いかけた。
「……ここ、どこ?」
隣の部屋も見たことがない場所だった。ソファとテーブルはあるけど藤也さんの部屋とは全然違う。
窓の外には庭があった。藤也さんの部屋はマンションの一番上だから、庭はない。庭が見える窓の前には畳もある。畳も藤也さんの部屋にはないものだ。
「正月休みはここでのんびりするぞ。向こうに露天風呂があるから、あとで入るか」
「ろてん、ぶろ、」
「外にある風呂だ……って、この前テレビで見ただろ?」
旅行のテレビ番組で温泉旅館を見た。床と畳の両方がある広い部屋で、大きな庭があって、庭には温泉のお風呂があった。
テレビを見ながら「いいなぁ」と思った。いつか藤也さんと行ってみたいないんて、これまでなら絶対に思わないことを思ってしまった。
「旅行に行くって話、しただろ?」
藤也さんの部屋に来てすぐの頃、テレビを見ながらそんなことを言われたのを思い出す。そっか、だから連れて来てくれたんだ。やっぱり藤也さんは俺に嘘をつかない。
「今回は国内だが、そのうち海外にも連れてってやるよ」
「海外、」
「まずはおまえのパスポート作らねぇとなぁ」
パスポートはわかる。外国に行くときに必要なもので、英語の勉強で何回も聞いた言葉だ。でも、作るのにはきっとお金がかかる。俺にはいまもお金がないから作ることはできない。
「でも俺、」
「英語圏に行けば生の英語が聞ける。生活のほとんどが英語になれば、もっとよくわかるはずだ」
もしかして、俺の英語の勉強のためにわざわざ外国に行くってことだろうか。
「それに、興奮してるおまえを見るのは楽しいだろうからな」
「藤也さんも、楽しいの?」
「あぁ、楽しい。ワクワクドキドキしてるおまえを見るのは楽しいし、ニコニコしてるおまえを見るのも楽しい。でもって、俺とはぐれないように必死に手を繋ぐだろうおまえを想像するのも楽しい」
どうしてニヤニヤ笑っているのかわからないけど、藤也さんが楽しいなら俺も楽しい。
「あぁ、パスポートついでに話しておくか。いや、まずは朝飯だな」
藤也さんがキッチンっぽいところからお皿を持ってきた。大きなお皿にはパンとスクランブルエッグ、トマトとキュウリと、サニーレタスも載っている。それにテーブルにはオレンジジュースもあった。
藤也さんが作るご飯に似ているけど、ちょっと違う。ってことは、きっと旅館のご飯だ。テレビのとは違っているけど、初めて食べる旅館のご飯にワクワクした。
「いただきます」
「おー、召し上がれ」
いつもの声を聞いてからパンを齧る。
(……おいしい)
昨日の朝食べたパンは俺の好きなくるみパンだったけど、あんまりおいしいと思わなかった。でも、このパンはおいしい。他の料理もおいしくて、あっという間に食べ終わった。
「蒼は俺と家族になりたいか?」
「……え?」
言ってる意味がわからなくて、オレンジジュースのコップを持ったままかっこいい顔をポカンと見た。
「家族って、」
「結婚も考えたが、この国じゃあ面倒くせぇからな」
「けっこん、」
「それが一番いいんだが、結婚じゃなくても家族になることはできる。蒼は俺と家族になりたいか?」
藤也さんと、家族になる。
(どう、なんだろう)
急に言われても、よくわからない。
「ま、すぐに答えは出ないだろう。じっくり考えればいいさ」
考えてもわからないような気がした。それなら藤也さんに聞いたほうがいい。
「家族になるって、どういうこと?」
「そうだなぁ。毎日一緒に飯を食って、テレビを見て、話をして、笑ったりキスしたりして寝る。そうやって、ずっと一緒に過ごすってことだ」
それなら、いまと同じだ。
「いまも家族みたいなもんだが、家族になれば俺の一切を与えてやることができる。法律上、俺のすべてをおまえのものにしてやれる」
「……よく、わからないけど、」
「ま、それも未来のことだ。俺に何かあったときの保険ってやつだな」
何か、あったとき。
それってどういうことだろう。よくわからないけど、でも、何となく嫌な感じがした。
「泣きそうな顔すんじゃねぇよ。いますぐどうこうって話じゃない」
「藤也さん、」
隣に座った藤也さんが、ポンポンって頭を撫でてくれる。
「ゆっくりでいいから、ちゃんと考えておけ。いつでも家族になれる準備はしてあるから」
ちゃんと考えてもわかるか、わからない。でも藤也さんが考えておけって言うなら、ちゃんと考えよう。
「それからな、……おまえ、母親のこと知りたいか?」
「え、」
お母さんの、こと?
「もしおまえが知りたいって言うなら、教えてやる。母親のこと、母親の家族のこと。それから父親のこともだ」
(お母さんのことと、お父さんの、こと)
それって、お母さんがどこにいるか、わかるってこと? お母さんの家族って、お母さんのお母さんとお父さんのことも、わかるってこと? それに……。
「お父さん、って、」
お父さんのことは、何も知らない。怖い顔でイケメンで、優しい人だったってことしかわからない。名前も顔も、何も知らない。
「知りたいなら教えてやる」
やっぱり藤也さんはすごい。俺のことなら、俺が知らないことも何でも知っているってことだ。
「知りたいか?」
藤也さんに言われて、考えた。
(お母さんのことは、……知りたい、かもしれない。でも、知りたくない気もする)
狭い部屋で、ずっとお母さんを待っていたときのことを思い出す。お母さんが帰って来ないと一人ぼっちだってことがわかって怖かった。だから、ずっと待っていた。
でも、俺はもうあの部屋にいない。家賃を精算して解約したから、もう戻れない。もう二度とあの部屋には帰れない。
(待ってたとしても、お母さんは帰って来なかった気がする)
本当は、お母さんがいなくなったときから戻って来ないんじゃないかってわかっていた。でも、そう思うのが怖かった。だから気づかないふりをして、ずっとあの部屋にいた。
でも、いまは藤也さんがいる。藤也さんがずっと側にいてくれる。だから一人ぼっちじゃないし寂しくない。一人じゃないから、もう怖くない。
「お母さんのことは、もう、大丈夫」
もし知りたくなったら、そのときに聞けばいい。
「お父さんは、知らないから、わからない」
「そうか」
また、ポンって頭を撫でてくれた。怖い顔でイケメンで優しいお父さんも、藤也さんみたいな人だったんだろうか。それだったら嬉しいなって少しだけ思った。
「なんだ、急に笑って」
「お母さんが、お父さんはイケメンで優しい人だって、言ってたから」
「あー、あいつなら、そう言うだろうなぁ」
「……藤也さん、お母さんのこと、知ってる?」
じぃっと見ていたら「そうだな」って言って藤也さんが話し始めた。
「二十年くらい前だったか。おまえが住んでたあの辺りは、当時、藤生んとこのオヤジが仕切っていた場所なんだ。ま、その頃の俺はいまと違って……、まぁ、そこんところはどうでもいいんだが、若気の至りであちこちの店で遊んでたんだよ」
「お店って、」
「風俗店だな。そのとき、おまえの母親の初めての客になった」
藤也さんが、お母さんのお客さんだった? それって、お母さんと会ったことがあるってことだ。
「すごいね。お母さんと会ったことがあるなんて、すごいね」
「そうきたか。あー、いや、今回はこれでいいんだろうが、それはそれで問題だな」
藤也さんとお母さんが会ったことがあるなんて、すごいことだ。あんなにたくさんの人がいて、いろんな人が来たりいなくなったりしていた街なのに、そこで会ったことがあるなんて絶対にすごい。
藤也さんとお母さんが会ったことがあるんだって思ったら、なんだか嬉しくなった。
「ね、お母さん、どうだった? 可愛かった?」
「まぁ、可愛かったとは思うが」
「笑うと可愛かったってお姉さんたちが言ってたけど、どうだった? 俺から見ても可愛いと思うんだけど、可愛かった?」
「あー、わかったから落ち着け。おまえの母親は可愛かったし、おまえも可愛い」
え? なんで俺の話? そう思ったらチュウってキスされた。
「そういう話し方すると、おまえ母親に似てるぞ」
「ほんと?」
「似てる。ま、それが本来のおまえなんだろうが……。いい具合になってきてるってことだな」
よくわからないけど、またチュッてキスしてくれた。
「母親のことを知りたくなったら、いつでも聞けばいい。隠したりしねぇし、ちゃんと教えてやる」
わかっている。藤也さんは俺に嘘をつかない。だから俺は大きく頷いた。
「さて、朝飯も食ったし、露天風呂に入ってエロいことするか」
「ひゃっ!?」
急に抱き上げられてびっくりした。慌てて藤也さんの首に抱きつくと、そのまま庭に連れて行かれた。そうして「見てみろ」って言われたほうを見たら……お風呂があった。
「外に、お風呂、」
「露天風呂があるって言っただろ?」
聞いたけど、こんな大きな庭にあるなんて思わなかったんだ。それにお風呂もすごく大きい。
「テレビで見たのより、大きい」
「当たり前だ。おまえが初めて入る露天風呂だからな、思い切りでかいのにした。それにでかいほうが楽しいだろ?」
楽しいんだろうか。わからないけど、池みたいに大きいのは楽しそうな気もする。
「おーおー、子どもみたいな顔しやがって。なんなら泳いでもいいぞ? ここは離れだから他の奴に見られることもねぇしな」
「泳いだりは、しないけど」
「じゃ、エロいことするか。離れだから大声出しても平気だしな」
よくわからなかったけど、はなれってすごいんだってことはわかった。
それから庭で裸にされて、藤也さんと露天風呂に入った。「ちゃんと食ってたんだな」って言いながら体中を触られて、お風呂の中でお尻に指を入れられた。そうしたら熱いお湯が中に入ってきたびっくりした。
たくさんお尻をいじられてザーメンまで出した俺は、クタクタのフラフラになっていて昼寝をすることにした。そうして次に目が覚めたら、お肉とお刺身の豪華なご飯がテーブルに並んでいた。お刺身はまだ苦手だったけど、なんだかおいしい気がしてたくさん食べることができた。
全部残さずに食べたら「いい子だ」って藤也さんが褒めてくれた。
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