上 下
20 / 24

20 初めての旅行

しおりを挟む
「……ここ、どこ?」

 目が覚めたら、見たことがない天井とベッド、それにドアが見えた。
 俺は藤也トウヤさんのベッドに寝た。端っこで丸まりながらゴロンゴロンして、そのうち眠くなって眠った。そうしたら藤也トウヤさんが帰ってきた。

「それから何か話をして……って、話したっけ?」

 寝ていたから話なんてできないはずなのに、何かを話したような気がする。そんなことをぼんやり思い出していたら、ドアが開いて藤也トウヤさんが入って来た。

「おー、起きたか」
藤也トウヤさん」
「朝飯あるぞ。食うだろ?」
「……食べる」

 昨日まではあんまりお腹が空かなかった。藤也トウヤさんが用意してくれたご飯だし約束もしたから頑張って食べていただけで、本当は二日くらい食べなくてもいいくらいだった。
 でもいまはギュルルルルッてお腹が鳴っている。「腹が減るってのはいいことだ」って笑った藤也トウヤさんが部屋を出て行ったから、慌てて追いかけた。

「……ここ、どこ?」

 隣の部屋も見たことがない場所だった。ソファとテーブルはあるけど藤也トウヤさんの部屋とは全然違う。
 窓の外には庭があった。藤也トウヤさんの部屋はマンションの一番上だから、庭はない。庭が見える窓の前には畳もある。畳も藤也トウヤさんの部屋にはないものだ。

「正月休みはここでのんびりするぞ。向こうに露天風呂があるから、あとで入るか」
「ろてん、ぶろ、」
「外にある風呂だ……って、この前テレビで見ただろ?」

 旅行のテレビ番組で温泉旅館を見た。床と畳の両方がある広い部屋で、大きな庭があって、庭には温泉のお風呂があった。
 テレビを見ながら「いいなぁ」と思った。いつか藤也トウヤさんと行ってみたいないんて、これまでなら絶対に思わないことを思ってしまった。

「旅行に行くって話、しただろ?」

 藤也トウヤさんの部屋に来てすぐの頃、テレビを見ながらそんなことを言われたのを思い出す。そっか、だから連れて来てくれたんだ。やっぱり藤也トウヤさんは俺に嘘をつかない。

「今回は国内だが、そのうち海外にも連れてってやるよ」
「海外、」
「まずはおまえのパスポート作らねぇとなぁ」

 パスポートはわかる。外国に行くときに必要なもので、英語の勉強で何回も聞いた言葉だ。でも、作るのにはきっとお金がかかる。俺にはいまもお金がないから作ることはできない。

「でも俺、」
「英語圏に行けば生の英語が聞ける。生活のほとんどが英語になれば、もっとよくわかるはずだ」

 もしかして、俺の英語の勉強のためにわざわざ外国に行くってことだろうか。

「それに、興奮してるおまえを見るのは楽しいだろうからな」
藤也トウヤさんも、楽しいの?」
「あぁ、楽しい。ワクワクドキドキしてるおまえを見るのは楽しいし、ニコニコしてるおまえを見るのも楽しい。でもって、俺とはぐれないように必死に手を繋ぐだろうおまえを想像するのも楽しい」

 どうしてニヤニヤ笑っているのかわからないけど、藤也トウヤさんが楽しいなら俺も楽しい。

「あぁ、パスポートついでに話しておくか。いや、まずは朝飯だな」

 藤也トウヤさんがキッチンっぽいところからお皿を持ってきた。大きなお皿にはパンとスクランブルエッグ、トマトとキュウリと、サニーレタスも載っている。それにテーブルにはオレンジジュースもあった。
 藤也トウヤさんが作るご飯に似ているけど、ちょっと違う。ってことは、きっと旅館のご飯だ。テレビのとは違っているけど、初めて食べる旅館のご飯にワクワクした。

「いただきます」
「おー、召し上がれ」

 いつもの声を聞いてからパンを齧る。

(……おいしい)

 昨日の朝食べたパンは俺の好きなくるみパンだったけど、あんまりおいしいと思わなかった。でも、このパンはおいしい。他の料理もおいしくて、あっという間に食べ終わった。

アオイは俺と家族になりたいか?」
「……え?」

 言ってる意味がわからなくて、オレンジジュースのコップを持ったままかっこいい顔をポカンと見た。

「家族って、」
「結婚も考えたが、この国じゃあ面倒くせぇからな」
「けっこん、」
「それが一番いいんだが、結婚じゃなくても家族になることはできる。アオイは俺と家族になりたいか?」

 藤也トウヤさんと、家族になる。

(どう、なんだろう)

 急に言われても、よくわからない。

「ま、すぐに答えは出ないだろう。じっくり考えればいいさ」

 考えてもわからないような気がした。それなら藤也トウヤさんに聞いたほうがいい。

「家族になるって、どういうこと?」
「そうだなぁ。毎日一緒に飯を食って、テレビを見て、話をして、笑ったりキスしたりして寝る。そうやって、ずっと一緒に過ごすってことだ」

 それなら、いまと同じだ。

「いまも家族みたいなもんだが、家族になれば俺の一切を与えてやることができる。法律上、俺のすべてをおまえのものにしてやれる」
「……よく、わからないけど、」
「ま、それも未来のことだ。俺に何かあったときの保険ってやつだな」

 何か、あったとき。
 それってどういうことだろう。よくわからないけど、でも、何となく嫌な感じがした。

「泣きそうな顔すんじゃねぇよ。いますぐどうこうって話じゃない」
藤也トウヤさん、」

 隣に座った藤也トウヤさんが、ポンポンって頭を撫でてくれる。

「ゆっくりでいいから、ちゃんと考えておけ。いつでも家族になれる準備はしてあるから」

 ちゃんと考えてもわかるか、わからない。でも藤也トウヤさんが考えておけって言うなら、ちゃんと考えよう。

「それからな、……おまえ、母親のこと知りたいか?」
「え、」

 お母さんの、こと?

「もしおまえが知りたいって言うなら、教えてやる。母親のこと、母親の家族のこと。それから父親のこともだ」

(お母さんのことと、お父さんの、こと)

 それって、お母さんがどこにいるか、わかるってこと? お母さんの家族って、お母さんのお母さんとお父さんのことも、わかるってこと? それに……。

「お父さん、って、」

 お父さんのことは、何も知らない。怖い顔でイケメンで、優しい人だったってことしかわからない。名前も顔も、何も知らない。

「知りたいなら教えてやる」

 やっぱり藤也トウヤさんはすごい。俺のことなら、俺が知らないことも何でも知っているってことだ。

「知りたいか?」

 藤也トウヤさんに言われて、考えた。

(お母さんのことは、……知りたい、かもしれない。でも、知りたくない気もする)

 狭い部屋で、ずっとお母さんを待っていたときのことを思い出す。お母さんが帰って来ないと一人ぼっちだってことがわかって怖かった。だから、ずっと待っていた。
 でも、俺はもうあの部屋にいない。家賃を精算して解約したから、もう戻れない。もう二度とあの部屋には帰れない。

(待ってたとしても、お母さんは帰って来なかった気がする)

 本当は、お母さんがいなくなったときから戻って来ないんじゃないかってわかっていた。でも、そう思うのが怖かった。だから気づかないふりをして、ずっとあの部屋にいた。
 でも、いまは藤也トウヤさんがいる。藤也トウヤさんがずっと側にいてくれる。だから一人ぼっちじゃないし寂しくない。一人じゃないから、もう怖くない。

「お母さんのことは、もう、大丈夫」

 もし知りたくなったら、そのときに聞けばいい。

「お父さんは、知らないから、わからない」
「そうか」

 また、ポンって頭を撫でてくれた。怖い顔でイケメンで優しいお父さんも、藤也トウヤさんみたいな人だったんだろうか。それだったら嬉しいなって少しだけ思った。

「なんだ、急に笑って」
「お母さんが、お父さんはイケメンで優しい人だって、言ってたから」
「あー、あいつなら、そう言うだろうなぁ」
「……藤也トウヤさん、お母さんのこと、知ってる?」

 じぃっと見ていたら「そうだな」って言って藤也トウヤさんが話し始めた。

「二十年くらい前だったか。おまえが住んでたあの辺りは、当時、藤生フジオんとこのオヤジが仕切っていた場所なんだ。ま、その頃の俺はいまと違って……、まぁ、そこんところはどうでもいいんだが、若気の至りであちこちの店で遊んでたんだよ」
「お店って、」
「風俗店だな。そのとき、おまえの母親の初めての客になった」

 藤也トウヤさんが、お母さんのお客さんだった? それって、お母さんと会ったことがあるってことだ。

「すごいね。お母さんと会ったことがあるなんて、すごいね」
「そうきたか。あー、いや、今回はこれでいいんだろうが、それはそれで問題だな」

 藤也トウヤさんとお母さんが会ったことがあるなんて、すごいことだ。あんなにたくさんの人がいて、いろんな人が来たりいなくなったりしていた街なのに、そこで会ったことがあるなんて絶対にすごい。
 藤也トウヤさんとお母さんが会ったことがあるんだって思ったら、なんだか嬉しくなった。

「ね、お母さん、どうだった? 可愛かった?」
「まぁ、可愛かったとは思うが」
「笑うと可愛かったってお姉さんたちが言ってたけど、どうだった? 俺から見ても可愛いと思うんだけど、可愛かった?」
「あー、わかったから落ち着け。おまえの母親は可愛かったし、おまえも可愛い」

 え? なんで俺の話? そう思ったらチュウってキスされた。

「そういう話し方すると、おまえ母親に似てるぞ」
「ほんと?」
「似てる。ま、それが本来のおまえなんだろうが……。いい具合になってきてるってことだな」

 よくわからないけど、またチュッてキスしてくれた。

「母親のことを知りたくなったら、いつでも聞けばいい。隠したりしねぇし、ちゃんと教えてやる」

 わかっている。藤也トウヤさんは俺に嘘をつかない。だから俺は大きく頷いた。

「さて、朝飯も食ったし、露天風呂に入ってエロいことするか」
「ひゃっ!?」

 急に抱き上げられてびっくりした。慌てて藤也トウヤさんの首に抱きつくと、そのまま庭に連れて行かれた。そうして「見てみろ」って言われたほうを見たら……お風呂があった。

「外に、お風呂、」
「露天風呂があるって言っただろ?」

 聞いたけど、こんな大きな庭にあるなんて思わなかったんだ。それにお風呂もすごく大きい。

「テレビで見たのより、大きい」
「当たり前だ。おまえが初めて入る露天風呂だからな、思い切りでかいのにした。それにでかいほうが楽しいだろ?」

 楽しいんだろうか。わからないけど、池みたいに大きいのは楽しそうな気もする。

「おーおー、子どもみたいな顔しやがって。なんなら泳いでもいいぞ? ここは離れだから他の奴に見られることもねぇしな」
「泳いだりは、しないけど」
「じゃ、エロいことするか。離れだから大声出しても平気だしな」

 よくわからなかったけど、はなれってすごいんだってことはわかった。
 それから庭で裸にされて、藤也トウヤさんと露天風呂に入った。「ちゃんと食ってたんだな」って言いながら体中を触られて、お風呂の中でお尻に指を入れられた。そうしたら熱いお湯が中に入ってきたびっくりした。
 たくさんお尻をいじられてザーメンまで出した俺は、クタクタのフラフラになっていて昼寝をすることにした。そうして次に目が覚めたら、お肉とお刺身の豪華なご飯がテーブルに並んでいた。お刺身はまだ苦手だったけど、なんだかおいしい気がしてたくさん食べることができた。
 全部残さずに食べたら「いい子だ」って藤也トウヤさんが褒めてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の番が解体業者のおっさんだった僕の話

いんげん
BL
僕の運命の番は一見もっさりしたガテンのおっさんだった。嘘でしょ!?……でも好きになっちゃったから仕方ない。僕がおっさんを幸せにする! 実はスパダリだったけど…。 おっさんα✕お馬鹿主人公Ω おふざけラブコメBL小説です。 話が進むほどふざけてます。 ゆりりこ様の番外編漫画が公開されていますので、ぜひご覧ください♡ ムーンライトノベルさんでも公開してます。

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

可愛くない僕は愛されない…はず

おがこは
BL
Ωらしくない見た目がコンプレックスな自己肯定感低めなΩ。痴漢から助けた女子高生をきっかけにその子の兄(α)に絆され愛されていく話。 押しが強いスパダリα ‪✕‬‪‪ 逃げるツンツンデレΩ ハッピーエンドです! 病んでる受けが好みです。 闇描写大好きです(*´`) ※まだアルファポリスに慣れてないため、同じ話を何回か更新するかもしれません。頑張って慣れていきます!感想もお待ちしております! また、当方最近忙しく、投稿頻度が不安定です。気長に待って頂けると嬉しいです(*^^*)

極彩色の恋

やらぎはら響
BL
オメガの音石揚羽(おといしあげは)は石一族の分家筋の息子で、本家での会合の日に次期当主でアルファの石動奈夏(いするぎななつ)に助けられる。 その後に公園で絵を描いている奈夏を見かけてお礼を言ったら、奈夏はいつでも絵を見に来ていいと言ってくれて交流を深めていく。 そんなとき高校を卒業してオメガであることからアルファを産むための道具にされる。 しかし妊娠しないことから捨てられた揚羽を奈夏が拾われる。 描写は一切ありませんが受が攻以外に無理やり抱かれてます。 他サイトでも発表しています。

【完結済】聖女として異世界に召喚されてセックスしろとのことなので前の世界でフラれた男と激似の男を指名しました

箱根ハコ
BL
三崎省吾は高校の卒業式の当日に幼馴染の蓮に告白しフラれた。死にたい、と思っていたら白い光に包まれ異世界に召喚されていた。 「これからこの国のために適当に誰か選んでセックスをしてほしいんだ」と、省吾を呼び出した召喚士は言う。誰でもいい、という言葉に省吾はその場にいた騎士の一人で蓮にとても似ている男、ミロを指名した。 最初は蓮に似ている男と一晩を過ごせればいいという程度の気持ちだった。けれど、ミロと過ごすうちに彼のことを好きになってしまい……。 異世界✕召喚✕すれちがいラブなハッピーエンドです。 受け、攻めともに他の人とする描写があります。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

不器用Subが甘やかしDomにとろとろにされるまで

もものみ
BL
【Dom/Subの創作BL小説です】 R-18描写があります。 地雷の方はお気をつけて。 タイトルがあらすじみたいなものです。 以下にあらすじを載せておきます。もっと短く内容を知りたい方は一番下までスクロールしてください。  Sub性のサラリーマン、葵(あおい)はある日会社の健康診断に引っかかってしまい病院を訪れる。そこで医師から告げられた診断は『ダイナミクス関連のホルモンバランスの乱れ』。医師からはパートナーを作ることを勧められた。葵はここのところプレイを疎かにしており確かに無視できない体調不良を感じていた。  しかし葵は過去にトラウマがあり、今はとてもパートナーを作るような気分にはなれなかった。そこで葵が利用したのがDomとSub専用のマッチングアプリ。葵は仕方なしにマッチングアプリに書き込む。 『27歳、男性、Sub。男女どちらでもかまいません、Domの方とプレイ希望です。』  完結なメッセージ。葵は体調さえ改善できれば何だってよかった。そんかメッセージに反応した一件のリプライ。 『28歳、男性、Dom よろしければ△△時に〇〇ホテル×××号室で会いませんか?』  葵はそのメッセージの相手に会いに行くことにした。指定された高級ホテルに行ってみると、そこにいたのは長身で甘い顔立ちの男性だった。男は葵を歓迎し、プレイについて丁寧に確認し、プレイに入る。そこで葵を待っていたのは、甘い、甘い、葵の知らない、行為だった。 ーーーーーーーーー マッチングアプリでの出会いをきっかけに、過去にトラウマのある不器用で甘え下手なSubが、Subを甘やかすのが大好きな包容力のあるDomにとろとろに甘やかされることになるお話です。 溺愛ものがお好きな方は是非読んでみてください。

処理中です...