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7 キスの練習
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「ほら、少し口開けろ」
藤也さんにそう言われて、目を瞑ったまま少しだけ口を開ける。そうしたら藤也さんの舌が口の中に入ってきた。はじめは歯を舐めて、それから口の中の上とか下とかを舐めて、最後は俺の舌をベロベロする。
最初はそれだけだったのが、二回目からは何度もくり返すようになった。正直、口の中を舐め回されるのは苦しい。うまく息ができなくて、キスが終わると毎回息が上がってしまうくらいだ。
「キスの最中は鼻で息をしろ」
そう教えてもらったけど、口の中が気になってやっぱりうまくいかない。きっと俺はキスが下手なんだ。でも、藤也さんは「そういうのもそそるな」と言って怒らなかった。
(そそるって何だろう)
よくわからないけど、藤也さんが楽しそうならいいか。そしていま、五回目のキスの練習をしている。
「ん……っ、んぅ」
相変わらず苦しいけど、首の裏側がゾワゾワするようになってきた。そうすると体が勝手にビクッとしてしまう。
「んっ、んぅ、んっ」
体がビクッてなると、今度は背中がゾクゾクしてくる。そのうち頭がボーッとして、口が痺れたみたいにジンジンした。最後は全身から力が抜けて、いまもソファでぐったりしてしまっている。
俺がそんな状態になっても藤也さんはキスをやめない。片膝をソファに載せて、背もたれに俺を押しつけるようにしながらキスを続ける。そうされると苦しいよりもドキドキが強くなって、やっぱり息が苦しくなった。
「んふ、ぅ」
「全然慣れねぇな」
「ごめん、なさい」
「怒ってんじゃねぇよ。そういうところもそそるってだけだ」
また「そそる」って言われた。どういう意味が聞きたいけど、息が上がってうまく話せない。ハァハァと息をしていると、藤也さんが「ははっ」って笑った。
「お、キスで勃起したか」
(ぼっき?)
藤也さんが俺を見ながら笑っている。いや、俺っていうよりもお腹のあたりを見ているような気がする。
どうしたんだろうと思って自分のお腹を見た。夏用の柔らかな半ズボンの股間あたりが少し膨らんでいる。ようやく「ぼっき」っていうのが「勃起」だとわかった。
「……!」
慌てて横を向いて股間を隠した。
「キスで勃起するくらい普通だぞ?」
そんなことを言われても恥ずかしいものは恥ずかしい。顔を見られるのも恥ずかしくて、ソファにギュッとほっぺたをくっつける。
「俺のキスで勃起したんだ。俺は嬉しいけどな」
「……でも、見られるのは、恥ずかしい、です」
「恥ずかしがることはねぇよ。俺だって勃起してるぞ?」
「……え?」
びっくりして藤也さんを見た。今日は出かけないから、柔らかそうなシャツとズボンを着ている。ちょうど股間の辺りが目の前にあるんだけど、気のせいじゃなければ少し膨らんでいるように見えた。
「キスして勃起するなんて誰でもなるんだよ」
藤也さんが言うのならそうなのかもしれない。
(っていうか……大きい、よな)
自分の股間よりも藤也さんの股間のほうが気になった。他人の股間なんてじっくり見たことがないからわからないけど、たぶん大きい。少なくとも俺が見かけた銭湯の人たちのよりは大きかった。
(……イケメンって、ここもイケメンなのかな)
急にそんなことが頭に浮かんだ。お店のお姉さんたちが「顔は普通でも体がイケメンって人もいるよ」と話していたことを思い出す。
(ちょっと、見てみたいかも)
ズボンの上からでも大きいけど、生で見たらどんな感じなんだろう。いままで他人の股間なんて気にしたことなかったのにソワソワしてきた。
(触ってもすごそう)
そう思ったら我慢できなくなった。ダメだとわかっているのに勝手に右手が動く。そうしてズボンの近くまで伸ばしたところで手首を掴まれた。
「そこまでだ」
「……あ」
慌てて顔を見ると、細くなった目がじっと俺を見下ろしている。
(しまった)
どうして俺は藤也さんを怒らせてばかりいるんだろう。練習だって満足にできないし情けなくなる。小さな声で「ごめんなさい」と謝りながら俯いた。
「怒ってんじゃねぇよ」
「……でも、」
たしかに怒っている声には聞こえないけど、俺に股間を触られるなんて嫌だったはずだ。怒られるのも怖いけど、いまので嫌われたんじゃないかと思ったらもっと怖くなった。
「怒ってねぇって言ってるだろ」
本当だろうか。そっと顔を上げると、ニヤって笑っている藤也さんが俺を見ていた。
「それに俺の股間に興味津々なんて、いい傾向じゃねぇか。そのうち生で触らせてやるから楽しみにしてろ。そうだな、口でさせるのもいいし、顔射もいいかもしれねぇな」
(がんしゃって、何だろう)
藤也さんは俺の知らない言葉をたくさん知っている。そんな藤也さんに嫌われないためにも、もっと頑張らないといけない。早くちゃんと練習できるように、もっともっと頑張らないとダメだ。
「そういや誕生日、明後日だったな」
「そう、ですけど」
「……よし、明後日までは我慢だ。いま手ぇ出したりしたら藤生に何言われるかわかったもんじゃねぇ」
そう言って掴んでいた手首を離してくれた。
「誕生日、楽しみにしておけよ」
藤也さんが、またニヤッと笑っている。その顔にドキッとした。
(藤也さんって、何やってもかっこいいな)
怖いと思うこともあるけど、それよりもかっこいいと思うことのほうが多くなった。そもそも怖くなるときは俺が何かやらかしたときで、やっぱり俺の頑張りが足りないせいだ。だから練習もキスばっかりなのかもしれない。
(練習がキスだけなんて、あり得ない)
俺は早く次の練習ができるように、密かに気合いを入れ直した。
今日は俺の十八回目の誕生日だ。いつもより早く帰って来た藤也さんは、右手にご飯の入った袋を、左手に綺麗な箱を持っていた。
「ふぉ、」
袋の中身を見て変な声が出てしまった。だって、おいしそうな手羽先がたくさん入っていたんだ。他にもシーザーサラダっていうサラダが入っていた。
こんがりした手羽先を食べながら「この前の手羽先もおいしかったなぁ」なんて思い出した。あのときの手羽先はお醤油っぽいもので煮たものだった。もちろん藤也さんの手作りで、俺の中で一番おいしいお肉になった。
気がついたら手羽先もサラダも綺麗になくなっていた。「おいしかったなぁ」と思っていたら、藤也さんがテーブルに綺麗な箱を置いた。
「まだ食えるか? 食えるよな?」
何だろうと思って見ていると、箱から綺麗なケーキが出てきた。
「ふぉ、」
また変な声が出てしまって慌てて口を閉じる。でもケーキから目が離せない。
(ケーキに、花が咲いてる)
ショートケーキよりちょっと大きいケーキの上には綺麗な花が咲いていた。作り物の花じゃなくて本物の花だ。っていうか、何でケーキに花が咲いているんだろう。
「ほら、食え」
「……食べても、いいんですか?」
思わず聞いてしまった。だって、こんな綺麗なケーキをご褒美でもないのに食べていいわけがない。
「いつでも買ってきてやるから、食え。それに今日はおまえの誕生日だろうが」
「……え?」
「誕生日ケーキだ。ロウソクはねぇけどな」
言われてようやく気づいた。
(そっか、誕生日にはケーキを食べるんだったっけ)
小学生のときそんな話を聞いた気がする。でもそれは普通の家がやることで、俺がやってもいいことじゃない。代わりに俺にはお母さんが買って来てくれたお菓子があった。
(それも、小学校に入ったらなくなったけど)
藤也さんを見たら、不思議な色の目がちょっと笑っているように見えた。きっと俺が食べるのを待っているんだ。
俺はケーキの端っこをそーっとフォークですくって、ゆっくり口に入れた。
「……っ!」
(お、おいしい……)
おいしすぎてフォークを持っている手がブルッとした。こんなに甘くておいしいクリームは初めだ。食べながら涎が垂れそうになった。
(花も食べられるんだ)
花なのに甘い気がする。俺は夢中になって食べた。手羽先とサラダで満腹だったはずなのにフォークを持った手が止まらない。ひたすらモグモグ食べていると、口元を藤也さんがスルッと撫でた。
「クリーム付いてんぞ」
口元を拭った親指に生クリームが付いている。それを藤也さんがペロッと舐めた。それだけのことなのに、顔がポッポと熱くなる。
(……なんで熱くなってるんだろ)
恥ずかしいことなんて何もしていないのに、藤也さんが指に付いたクリームを舐めるのを見ただけで顔が熱くなった。
「そんな目ぇして、今夜は大変だな」
「ぇ……?」
「今日はおまえの十八歳の誕生日だ。ってことは、おまえが望んでた練習を始める日だろ?」
「……あ、」
そうだった。藤也さんは俺が十八歳になったら風俗店に行くための……じゃなかった。風俗店には行かないけど、そういう練習をするって言っていた。おいしいご飯とケーキで、すっかり忘れていた。
(そっか、今日から練習、するんだ)
ホッとしたけど、代わりにどんどん顔が熱くなる。
「ま、初日から全部したりはしねぇよ」
「ぜんぶ、」
「そうだなぁ、今夜は全身舐め回すところから始めるか」
「舐め、る」
(さっき指を舐めたみたいに……?)
あの赤い舌で俺を舐めるってことだろうか。そう思っただけで首まで熱くなってきた。慌ててお皿を見たけど熱くなるのが止まらない。
俺は藤也さんの顔を見ないようにしながら残りのケーキを食べた。さっきまではあんなに甘くておいしかったのに、味がよくわからない。それでもひたすら無言で食べ続けた。
ご飯が終わるとお風呂に入れと言われた。いつもは藤也さんが先に入るのに、今日は準備があるとかで俺が先に入ることになった。
「……そうだ、舐めるって言ってた」
藤也さんの言葉を思い出してハッとした。たしか全身を舐めるって言っていた。本当にするのかわからないけど、もし本当だったら大変なことになる。
「綺麗に洗わないと」
俺は液体石鹸をたくさん体につけて、何度も何度も擦った。耳の後ろも脇の下も、おへその中も足の指の間もゴシゴシと擦りまくった。擦りすぎて痛くなってきたけど、汚いものを舐めさせるわけにはいかないから、ひたすら体を擦り続けた。
お風呂から出たら、いつものフカフカしたバスタオルと……これはなんだろう。パジャマじゃなくて、バスタオルみたいなフワフワの大きな上着が置いてある。
「……パンツもない」
もしかして、このフワフワしたのを着ろっていうことなんだろうか。それにパンツがないってことは、穿かなくていいってことかもしれない。
「そっか、どうせ裸になるから」
風俗店ではお客さんもお姉さんも裸になる。それに大きなお風呂だけの部屋もあったし、そこにはこんな上着が置いてあった。
「……本当に、練習するんだ」
風俗店に行く代わりに、俺は藤也さん専用とかいうのになる。そのための練習を、今日から始める。
「どうしよう、緊張してきた」
何をするのかわかっているから怖くないと思っていたけど、やっぱり少し怖い。怖くて、それにドキドキする。
「俺、失敗しないかな」
失敗して藤也さんに嫌われたりしないか不安になってきた。
「……頑張らないと」
フワフワの上着を着て、腰に巻いた紐をグッと結ぶ。
頑張って早く練習を終わらせないといけない。そうしないと、俺はいつまで経っても役立たずのままで迷惑ばかりかけてしまうことになる。藤也さんに嫌われないように、ちゃんとできるようになりたい。
そう考えながら練習に挑んだ俺は、すぐに何も考えられなくなってしまった。
藤也さんにそう言われて、目を瞑ったまま少しだけ口を開ける。そうしたら藤也さんの舌が口の中に入ってきた。はじめは歯を舐めて、それから口の中の上とか下とかを舐めて、最後は俺の舌をベロベロする。
最初はそれだけだったのが、二回目からは何度もくり返すようになった。正直、口の中を舐め回されるのは苦しい。うまく息ができなくて、キスが終わると毎回息が上がってしまうくらいだ。
「キスの最中は鼻で息をしろ」
そう教えてもらったけど、口の中が気になってやっぱりうまくいかない。きっと俺はキスが下手なんだ。でも、藤也さんは「そういうのもそそるな」と言って怒らなかった。
(そそるって何だろう)
よくわからないけど、藤也さんが楽しそうならいいか。そしていま、五回目のキスの練習をしている。
「ん……っ、んぅ」
相変わらず苦しいけど、首の裏側がゾワゾワするようになってきた。そうすると体が勝手にビクッとしてしまう。
「んっ、んぅ、んっ」
体がビクッてなると、今度は背中がゾクゾクしてくる。そのうち頭がボーッとして、口が痺れたみたいにジンジンした。最後は全身から力が抜けて、いまもソファでぐったりしてしまっている。
俺がそんな状態になっても藤也さんはキスをやめない。片膝をソファに載せて、背もたれに俺を押しつけるようにしながらキスを続ける。そうされると苦しいよりもドキドキが強くなって、やっぱり息が苦しくなった。
「んふ、ぅ」
「全然慣れねぇな」
「ごめん、なさい」
「怒ってんじゃねぇよ。そういうところもそそるってだけだ」
また「そそる」って言われた。どういう意味が聞きたいけど、息が上がってうまく話せない。ハァハァと息をしていると、藤也さんが「ははっ」って笑った。
「お、キスで勃起したか」
(ぼっき?)
藤也さんが俺を見ながら笑っている。いや、俺っていうよりもお腹のあたりを見ているような気がする。
どうしたんだろうと思って自分のお腹を見た。夏用の柔らかな半ズボンの股間あたりが少し膨らんでいる。ようやく「ぼっき」っていうのが「勃起」だとわかった。
「……!」
慌てて横を向いて股間を隠した。
「キスで勃起するくらい普通だぞ?」
そんなことを言われても恥ずかしいものは恥ずかしい。顔を見られるのも恥ずかしくて、ソファにギュッとほっぺたをくっつける。
「俺のキスで勃起したんだ。俺は嬉しいけどな」
「……でも、見られるのは、恥ずかしい、です」
「恥ずかしがることはねぇよ。俺だって勃起してるぞ?」
「……え?」
びっくりして藤也さんを見た。今日は出かけないから、柔らかそうなシャツとズボンを着ている。ちょうど股間の辺りが目の前にあるんだけど、気のせいじゃなければ少し膨らんでいるように見えた。
「キスして勃起するなんて誰でもなるんだよ」
藤也さんが言うのならそうなのかもしれない。
(っていうか……大きい、よな)
自分の股間よりも藤也さんの股間のほうが気になった。他人の股間なんてじっくり見たことがないからわからないけど、たぶん大きい。少なくとも俺が見かけた銭湯の人たちのよりは大きかった。
(……イケメンって、ここもイケメンなのかな)
急にそんなことが頭に浮かんだ。お店のお姉さんたちが「顔は普通でも体がイケメンって人もいるよ」と話していたことを思い出す。
(ちょっと、見てみたいかも)
ズボンの上からでも大きいけど、生で見たらどんな感じなんだろう。いままで他人の股間なんて気にしたことなかったのにソワソワしてきた。
(触ってもすごそう)
そう思ったら我慢できなくなった。ダメだとわかっているのに勝手に右手が動く。そうしてズボンの近くまで伸ばしたところで手首を掴まれた。
「そこまでだ」
「……あ」
慌てて顔を見ると、細くなった目がじっと俺を見下ろしている。
(しまった)
どうして俺は藤也さんを怒らせてばかりいるんだろう。練習だって満足にできないし情けなくなる。小さな声で「ごめんなさい」と謝りながら俯いた。
「怒ってんじゃねぇよ」
「……でも、」
たしかに怒っている声には聞こえないけど、俺に股間を触られるなんて嫌だったはずだ。怒られるのも怖いけど、いまので嫌われたんじゃないかと思ったらもっと怖くなった。
「怒ってねぇって言ってるだろ」
本当だろうか。そっと顔を上げると、ニヤって笑っている藤也さんが俺を見ていた。
「それに俺の股間に興味津々なんて、いい傾向じゃねぇか。そのうち生で触らせてやるから楽しみにしてろ。そうだな、口でさせるのもいいし、顔射もいいかもしれねぇな」
(がんしゃって、何だろう)
藤也さんは俺の知らない言葉をたくさん知っている。そんな藤也さんに嫌われないためにも、もっと頑張らないといけない。早くちゃんと練習できるように、もっともっと頑張らないとダメだ。
「そういや誕生日、明後日だったな」
「そう、ですけど」
「……よし、明後日までは我慢だ。いま手ぇ出したりしたら藤生に何言われるかわかったもんじゃねぇ」
そう言って掴んでいた手首を離してくれた。
「誕生日、楽しみにしておけよ」
藤也さんが、またニヤッと笑っている。その顔にドキッとした。
(藤也さんって、何やってもかっこいいな)
怖いと思うこともあるけど、それよりもかっこいいと思うことのほうが多くなった。そもそも怖くなるときは俺が何かやらかしたときで、やっぱり俺の頑張りが足りないせいだ。だから練習もキスばっかりなのかもしれない。
(練習がキスだけなんて、あり得ない)
俺は早く次の練習ができるように、密かに気合いを入れ直した。
今日は俺の十八回目の誕生日だ。いつもより早く帰って来た藤也さんは、右手にご飯の入った袋を、左手に綺麗な箱を持っていた。
「ふぉ、」
袋の中身を見て変な声が出てしまった。だって、おいしそうな手羽先がたくさん入っていたんだ。他にもシーザーサラダっていうサラダが入っていた。
こんがりした手羽先を食べながら「この前の手羽先もおいしかったなぁ」なんて思い出した。あのときの手羽先はお醤油っぽいもので煮たものだった。もちろん藤也さんの手作りで、俺の中で一番おいしいお肉になった。
気がついたら手羽先もサラダも綺麗になくなっていた。「おいしかったなぁ」と思っていたら、藤也さんがテーブルに綺麗な箱を置いた。
「まだ食えるか? 食えるよな?」
何だろうと思って見ていると、箱から綺麗なケーキが出てきた。
「ふぉ、」
また変な声が出てしまって慌てて口を閉じる。でもケーキから目が離せない。
(ケーキに、花が咲いてる)
ショートケーキよりちょっと大きいケーキの上には綺麗な花が咲いていた。作り物の花じゃなくて本物の花だ。っていうか、何でケーキに花が咲いているんだろう。
「ほら、食え」
「……食べても、いいんですか?」
思わず聞いてしまった。だって、こんな綺麗なケーキをご褒美でもないのに食べていいわけがない。
「いつでも買ってきてやるから、食え。それに今日はおまえの誕生日だろうが」
「……え?」
「誕生日ケーキだ。ロウソクはねぇけどな」
言われてようやく気づいた。
(そっか、誕生日にはケーキを食べるんだったっけ)
小学生のときそんな話を聞いた気がする。でもそれは普通の家がやることで、俺がやってもいいことじゃない。代わりに俺にはお母さんが買って来てくれたお菓子があった。
(それも、小学校に入ったらなくなったけど)
藤也さんを見たら、不思議な色の目がちょっと笑っているように見えた。きっと俺が食べるのを待っているんだ。
俺はケーキの端っこをそーっとフォークですくって、ゆっくり口に入れた。
「……っ!」
(お、おいしい……)
おいしすぎてフォークを持っている手がブルッとした。こんなに甘くておいしいクリームは初めだ。食べながら涎が垂れそうになった。
(花も食べられるんだ)
花なのに甘い気がする。俺は夢中になって食べた。手羽先とサラダで満腹だったはずなのにフォークを持った手が止まらない。ひたすらモグモグ食べていると、口元を藤也さんがスルッと撫でた。
「クリーム付いてんぞ」
口元を拭った親指に生クリームが付いている。それを藤也さんがペロッと舐めた。それだけのことなのに、顔がポッポと熱くなる。
(……なんで熱くなってるんだろ)
恥ずかしいことなんて何もしていないのに、藤也さんが指に付いたクリームを舐めるのを見ただけで顔が熱くなった。
「そんな目ぇして、今夜は大変だな」
「ぇ……?」
「今日はおまえの十八歳の誕生日だ。ってことは、おまえが望んでた練習を始める日だろ?」
「……あ、」
そうだった。藤也さんは俺が十八歳になったら風俗店に行くための……じゃなかった。風俗店には行かないけど、そういう練習をするって言っていた。おいしいご飯とケーキで、すっかり忘れていた。
(そっか、今日から練習、するんだ)
ホッとしたけど、代わりにどんどん顔が熱くなる。
「ま、初日から全部したりはしねぇよ」
「ぜんぶ、」
「そうだなぁ、今夜は全身舐め回すところから始めるか」
「舐め、る」
(さっき指を舐めたみたいに……?)
あの赤い舌で俺を舐めるってことだろうか。そう思っただけで首まで熱くなってきた。慌ててお皿を見たけど熱くなるのが止まらない。
俺は藤也さんの顔を見ないようにしながら残りのケーキを食べた。さっきまではあんなに甘くておいしかったのに、味がよくわからない。それでもひたすら無言で食べ続けた。
ご飯が終わるとお風呂に入れと言われた。いつもは藤也さんが先に入るのに、今日は準備があるとかで俺が先に入ることになった。
「……そうだ、舐めるって言ってた」
藤也さんの言葉を思い出してハッとした。たしか全身を舐めるって言っていた。本当にするのかわからないけど、もし本当だったら大変なことになる。
「綺麗に洗わないと」
俺は液体石鹸をたくさん体につけて、何度も何度も擦った。耳の後ろも脇の下も、おへその中も足の指の間もゴシゴシと擦りまくった。擦りすぎて痛くなってきたけど、汚いものを舐めさせるわけにはいかないから、ひたすら体を擦り続けた。
お風呂から出たら、いつものフカフカしたバスタオルと……これはなんだろう。パジャマじゃなくて、バスタオルみたいなフワフワの大きな上着が置いてある。
「……パンツもない」
もしかして、このフワフワしたのを着ろっていうことなんだろうか。それにパンツがないってことは、穿かなくていいってことかもしれない。
「そっか、どうせ裸になるから」
風俗店ではお客さんもお姉さんも裸になる。それに大きなお風呂だけの部屋もあったし、そこにはこんな上着が置いてあった。
「……本当に、練習するんだ」
風俗店に行く代わりに、俺は藤也さん専用とかいうのになる。そのための練習を、今日から始める。
「どうしよう、緊張してきた」
何をするのかわかっているから怖くないと思っていたけど、やっぱり少し怖い。怖くて、それにドキドキする。
「俺、失敗しないかな」
失敗して藤也さんに嫌われたりしないか不安になってきた。
「……頑張らないと」
フワフワの上着を着て、腰に巻いた紐をグッと結ぶ。
頑張って早く練習を終わらせないといけない。そうしないと、俺はいつまで経っても役立たずのままで迷惑ばかりかけてしまうことになる。藤也さんに嫌われないように、ちゃんとできるようになりたい。
そう考えながら練習に挑んだ俺は、すぐに何も考えられなくなってしまった。
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