BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)

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十三夜のかぐや姫~月を見上げる月山に俺の心臓は兎みたいに飛び跳ねた

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「あれ? どうしたん?」

 声がしたほうを見ると、寮で同室の月山の顔が天窓からひょっこり出ていた。「いや、月が綺麗だなと思って」と答えると、月山が「ふぅん」と言って空を仰ぎ見る。

「そっち行っていい?」
「うん」

「よっこらせ」と天窓から屋根に上がった月山が、隣にぽすんと腰を下ろした。

「あれ? 満月じゃなくない?」
「うん、満月じゃないよ。これは十三夜」
「じゅうさんや?」
「満月より少し欠けてる月のこと。ちなみに満月は十五夜」
「あ、この前のやつか」

 そう言って空を見上げている月山をちらりと見た。相変わらず茶色の髪はサラサラしていて、キラキラした目も大きい。クラスの誰よりも、いや全校生徒の誰よりも可愛い顔をしていると思う。たぶん俺だけじゃなくクラス全員がそう思っているはずだ。

(男子校で可愛いとか、普通は言わないんだろうけど)

 でも、月山は間違いなく可愛い。そして人気がある。中高一貫の男子校で一番人気の生徒だ。
 一番は可愛い顔だろうけど、「俺に任せておけ」的な男前でさっぱりした性格も好かれる理由だろう。それに、高校生になっても木登りだとか水遊びだとかを真剣にやるところも好かれている。
 かく言う俺も月山のことは気に入っていた。友達としても同室の相手としても最高だと思っている。あまり友達が多くない俺にも気さくに話しかけてくれるし、こうして他の奴なら「何してんだよ」と言いそうなお月見にも付き合ってくれる。

「宇崎っておもしろいよな」

 急にそんなことを言われて首を傾げた。

「おもしろいって何が?」
「月のことなんて他の奴らはあんまり考えないだろ? でも、宇崎はこうやって満月でもないのにお月見するし。しかも月の名前まで知ってる」
「たまたまだよ」
「それがおもしろいんだって」

 よくわからないという顔で月山を見ていたらニコッと微笑みかけられた。月明かりの下でも可愛い顔がよくわかって、少しだけ照れくさくなる。

「宇崎のおかげで十五夜のお月見もできたし」

 言われて「そうだった」と思い出した。
 先月、寝る前にふと窓の外を見たら綺麗な月が出ていた。調べてみるとちょうど十五夜で、「それなら少しだけお月見してみようかな」なんて思い立って天窓から屋根に上った。そうしてしばらく眺めていたら、やっぱり今夜みたいに月山が天窓からひょいと顔を覗かせて一緒に月を見たんだ。

「そういえば、十五夜と十三夜の両方お月見するといいことがあるらしいよ?」
「いいこと?」
「たぶん。あれ? 違ったかな」

 どこかでそんな話を聞いた気がするけどはっきり思い出せない。「どうだったかなぁ」と考えていたら、月山が「そっか、それならよかった」とつぶやいた。

「え?」
「いや、向こうに行ったらお月見なんてしないだろうからさ。最後に二回もお月見できてよかったなって。それにいいこと、あるんだろ?」

 曖昧に頷きながら「そういえば」と思い出した。

(そういや月山、卒業したら外国に行くんだって話してたっけ)

 外国にいる祖父のところに行くという話を少し前に聞いたのを思い出した。向こうで大学に通いながら会社を経営しているという祖父の手伝いをするらしい。

(なんか、いろいろすごいな)

 外国に行くというだけでも俺からすれば大事件だ。それに加えて外国の大学に行って、しかも仕事の手伝いまでやるなんてすごすぎる。

(月山ならできそうな気もするけど)

 成績はいつも十位以内だし外国語もぺらぺらだ。親戚に外国人がいるからなんて笑っていたけど、あれは祖父のことだったに違いない。「いろいろすごいな」と思いながらチラチラ見ていると「あっ、あれって兎じゃないか?」と言って月山が月を指さした。

「兎?」
「餅つきしてるって言うけど、微妙だよなぁ」

 月を見ると影絵みたいなものが見える。でも月山が言うとおり兎の餅つきには見えない。

「そういえば、外国じゃ兎以外に見えるらしいよ」
「マジで?」
「うん。犬とかライオンとかロバとか、中には編み物をしてる女性とか薪を担ぐ男性とかって国もあるんだって」
「全然違うじゃん」
「そういうのもお国柄っていうのかもな」
「へぇ。っていうか、宇崎やっぱり物知りだよな」
「そうでもないと思うけど」
「いいや、物知りだって」
「そんなこと言って、月山のほうが頭いいじゃん」
「そういうんじゃなくてさ」

 そう言った月山が、また月を見上げた。横顔が何だか少し寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。

「勉強じゃなくて、宇崎みたいな人を物知りって言うんだよ」
「試験にはまったく役に立たないけど」
「そういうのがいいんじゃん? 俺、そういう宇崎好きだし」

 突然の告白みたいな言葉にドキッとした。思わず横顔を見つめると、月山の顔がくるっと俺のほうを見る。

「最後の同室、宇崎でよかったって思ってる」
「そ……れは、どうも」
「向こうでもしばらく寮生活なんだけど、きっとこういうふうな会話はしないだろうし、いい思い出になった」
「え? 寮生活って、おじいさんの家から通うんじゃないの?」
「じいさんの命令。まずは他人に揉まれてこいってさ。外国に住むのも初めてなのに、スパルタだよなぁ」

 笑っている横顔はやっぱり寂しそうだ。

「……あのさ、もしかしてしんどい?」
「うーん、どうだろ。行ってみないとわかんない」
「そっか」

「月山なら大丈夫だよ」とは言えなかった。これだけ人気者だし、きっと外国でもすぐに人気者になるに違いない。あっという間にいまみたいな状況になるんだろうなぁという予想もつく。
 そう思ったけど、きっと月山はそんな言葉を求めているんじゃないと思って口を閉じた。

(そういや同室になって、笑ってる顔以外の月山をよく見るようになった気がする)

 学校ではいつも元気いっぱいで笑顔ばかりだけど、寮部屋では少し雰囲気が違う。少ししっとりしているというか、物思いに耽ることがあるというか、これまで見たことがない顔にドキッとすることが何度もあった。

(それに、いろんな話してくれるし)

 卒業したら外国に行くことも一番に教えてくれた。じつはファッションセンスが壊滅的で二人の姉が私服を買い与えているんだとか、怪談が苦手で夜のトイレが怖いとか、そういった話もしてくれた。

(もしかして、俺だけが知ってる話だったりして)

 密かにそんなことを思ってにやけたりもした。そういうのもいつか遠い思い出になるんだろうなぁと思って空を見上げる。
 満月には少し足りない十三夜が段々と月山に見えてきた。これまで満月だとばかり思っていた存在が、じつは俺と変わらない何かが欠けた存在かもしれないと思うと親近感が湧いてくる。

「あー、なんかかぐや姫の気持ちになってきた」
「へ?」
「かぐや姫。ほら、月に帰るっていう昔話のお姫様だよ」

 急に何を言い出すんだろう。そう思って月山を見る。

「みんなに好かれてるのに、それを捨ててあんな遠いところに行くんだもんな。かぐや姫読んだとき、俺だったら絶対に行かないのにって思った。でも、行かなきゃならなかったんだよな。かぐや姫もこんな気持ちだったんかなって、いまならそう思う」

 サラサラした髪の毛が風でふわりと揺れた。大きな目に十三夜が映ってキラキラしている。

「月山って、かぐや姫だったんだな」

 思わず口にしてハッとした。「何言ってんだ」と焦りながら「ほら、人気者ってところが同じっていうか、ええと、そういうことじゃなくて」と言い訳したら月山が「あはは」と大きな口を開けて笑い出した。

「やっぱり宇崎っておもしろいなぁ」
「そ、うかな」
「そうそう。そういう宇崎、俺は好きだな」

 またもや心臓がドキッと跳ねる。

「それにさ、俺より宇崎のほうがかぐや姫っぽくない?」
「え? 俺?」
「だって月のこといろいろ知ってるし。それにウザキって名前もウサギにちょっと似てるし」
「何だよそれ」
「あはは」

 笑っている月山の顔にホッとした。やっぱり月山は寂しそうな顔より笑っているほうが似合っている。

「そうだ、卒業してしばらくしたらさ、遊びに来ないか?」
「へ?」
「俺のところに遊びに来ないかって誘ってんの」
「俺のところって、外国にってこと?」

 月山が笑いながら頷いた。

「秋まで時間あるんだよ。ほら、向こうって秋が始業式じゃん? あっち行って落ち着いたら連絡するから来いよ」
「ちょっと待って、話についていけないんだけど」
「大学入るまでは寮じゃないし、じいさんもうるさく言わないから遊びに来いって。あ、部屋に泊めてやるから宿代とかいらないし。大学の夏休み、長いって言うじゃん?」

「な、遊びに来いよ」と言いながら月山の顔がグッと近づいた。初めて間近で見た可愛い顔に心臓が兎のようにピョンピョン跳ね始める。気がつけば焦りながら「わ、わかった」と頷いていた。

「よっしゃ。じゃあ指切りな」
「う、うん」

 そういえば月山の手に触れるのも初めてだ。少しだけひんやり感じるのは俺が緊張しているからだろうか。

(どうしよう。ドキドキが止まらなくなった)

 隣に月山が座っていて、こうして一緒に月を見上げているだけでドキドキする。

(かぐや姫は求婚を断って月に帰ったけど……)

 ちらりと月山を見た。

(こっちのかぐや姫は違う気がする)

 そんな馬鹿げたことを思っていると、こっちを向いた月山とぱちりと目が合った。

「何だよ、月見ないの?」
「あ、いや、うん」

 慌てて空を見上げると「月、綺麗だよな」と月山がつぶやいた。

(そういえば、夏目漱石の話で「月が綺麗ですね」ってのがあったっけ)

 小説だったか逸話だったか忘れたけど、あの言葉はたしか……。

(って、なに考えてんだか)

 顔が熱くなるのを感じながら、俺は一生懸命十三夜の月を眺めた。
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