魔王様の胸のうち

朏猫(ミカヅキネコ)

文字の大きさ
上 下
2 / 5

2 魔王、観察に勤しむ

しおりを挟む
サインを書いた後、少し話をして冬哉が俺と同い年だと分かった。そして心臓に病を抱えていてずっと入院生活をしているということも聞いた。

そんな冬哉を励ましたくて、足が完治したあとも病院に通い続けた。病室でお互いのことを話すうちに、冬哉がピアニストになりたいという夢を抱いていることを教えてくれた。

俺がサインしたあの楽譜は、彼にとって大切なものだったのだ。ピアノを弾きたくて常に楽譜を見て頭の中でメロディーを奏でているのだと、笑いながら話してくれたことがある。

そんな冬哉に俺は、『退院したらピアノを披露してほしい』とお願いしたのだった。

それから一年が経ち俺たちはなんでも話せる親友となり、冬哉は俺のことを『サト』と呼ぶようになっていた。

性格は真逆で考え方もまったく違う。それでも一緒にいて心から楽しいと思える存在。彼は誰よりも、自転車でてっぺんを取りたいという俺の夢を応援してくれた。

その頃、一時退院した冬哉が自宅に招待してくれて、リビングの隣室にあったプレイルームへと連れて行かれた。そこには大きなグランドピアノがあって椅子に腰を下ろした冬哉が鍵盤にゆっくりと指をかけた。

あの日の俺のお願いを彼は覚えていてくれたのだ。

~~♪♪~~♪♪~~
~♪♪~~♪♪~~

嬉しそうに音を奏でる冬哉を見ていたら、なんだか感極まり視界が滲んだ。

このとき冬哉が弾いてくれたのが、リストの『愛の夢』だった。

壮大に、なおかつ感情豊かにそのすべてのメロディーを弾き終えると冬哉は満足げに笑ってみせた。そして、窓の方に目を向けてからこの曲にまつわるエピソードを語りだした。

それはショパンとリストの切なくも温かい話。

陽気なリストがサトで、寡黙なショパンが自分だと言って少し切なげに笑った。

冬哉が『リストのように華やかで、誰もが憧れる強いロードレーサーになってね』と言ってくれたので、俺も冬哉に『ショパンのような天才ピアニストになれよ』と言い返したけれど、彼はどこか困ったように笑ってみせた。

あとで知ったが、ショパンはその才能を惜しまれながら病に倒れ、若くして死んだそうだ。

冬哉は自分がもう長くは生きられないのだと心のどこかで悟っていたのかもしれない。

中学に上がる頃には、会話もできないほどに冬哉の病状は悪化した。

そして中学二年の夏。

彼が十四回目の誕生日を迎え数日が過ぎた頃、冬哉は安らかな顔をして天国へと旅立った。

それはあまりに残酷な別れで、そこから俺は心にぽっかりと穴が開いたまま、日々を過ごしていくことになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い 拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。 Special thanks illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560) ※独自設定です。 ※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

処理中です...