垂れ耳兎は蒼狼の腕の中で花開く

朏猫(ミカヅキネコ)

文字の大きさ
上 下
25 / 35

25 すれ違い

しおりを挟む
 半月後、月の宴を翌日に迎えたこの日、リトスは再び宴の場である屋敷に来ていた。今回は月の宴が行われるとわかっていてクシフォスについてきた。最後までクシフォスの世話をしたいと思ったからだ。

(僕だけが大変なわけじゃない。クシフォス様も……バシレウス様もきっとつらい思いをしてきたはずだから)

 そんな二人のために何かしたいと思っていた。残念ながらバシレウスとはあれから一度も顔を合わせていないが、クシフォスの手伝いならきっと何かできるはず。力むリトスに「可愛いお世話係がいると心が和むね」と笑ってくれる主のために精一杯働きたい。

「月の宴は明日だから、今日はゆっくり休んで」

 そう言われたリトスだったが、せめて美味しいお茶を入れたいと考えた。しかし部屋に茶器がない。アスピダに確認すると、早く到着したためまだキッチンにあるのではということだった。

(茶器と、それに焼き菓子があったら少しわけてもらおう)

 それでとびきりのお茶の時間を準備しよう。自分で混ぜ合わせた茶葉も持って来ているし、主にはそれを飲んでゆっくりしてほしい。そんなことを考えながらキッチンへと向かった。

(今回は数人の使用人がいると聞いたけど……)

 だから垂れ耳は念入りに布で隠した。これなら誰かに会ったとしてもアフィーテだとばれることはない。
 綺麗な釣り燈籠が並ぶ廊下を歩き最初の角を曲がる。さらに進んだ突き当たりを左に曲がった先にキッチンがあると聞いた。突き当たりにたどり着いたリトスが曲がろうとしたとき、ふと右側に人影があることに気がついた。

「……え?」

 思わず声が漏れてしまった。慌てて口をつぐんだが、リトスの声に気づいた人影がくるりと振り返る。

「ルヴィニ」

 そこにいたのはルヴィニだった。綺麗な赤毛は長く垂らされ、開け放たれた窓から入る風に柔らかく揺れている。いまが夜なら、きっと月明かりを浴びてより美しく輝いていたことだろう。

「リトス」

 ルヴィニの声に体がビクッとした。足が石になったように固まり動けなくなる。

「また花嫁候補になってここに来た僕を笑いに来たの?」
「そんなこと、」
「自分のほうが蒼灰そうはいの君にふさわしいって自慢しに来たんでしょ」
「そんなこと思ってないよ」
「嘘だ! だって、いまのリトスはあの頃よりずっと綺麗になってる! 家にいたときより、側にいたときよりずっとずっと綺麗になってるじゃないか!」
「ルヴィニ、」
「こんなの……っ、こんなふうになるなんて……だから僕は家にずっといろって言ったんだ!」
「ルヴィニ、待って、話を聞いて、」
「聞かないっ。そんなに僕の側が嫌なら、もう二度と僕の前に現れないでよねっ。もうリトスなんて知るもんか!」

 吐き捨てるようにそう口にしたルヴィニは赤毛を揺らしながら走り去っていった。去り際に見た紺碧の目はひどく潤み、以前よりもさらに鋭くリトスを睨みつけていた。

(……僕は、一体どうすれば……)

 呆然としたまま、気がつけば来た道を戻っていた。うな垂れながら部屋の近くまで来たところでクシフォスの部屋の扉が開く。

「あぁ、リトスちょうどよかった……って、どうしたの?」
「……クシフォス様」

 力なく答えるリトスにクシフォスが目を見開く。

「何かあった? もしかして誰かに会った?」

 弟に会ったとは言えなかった。ルヴィニのことを口にすれば胸が痛くて涙が出てしまいそうな気がする。そんな顔を見せてはまた心配をかけてしまう。
 何も答えず俯いているリトスをしばらく見つめていたクシフォスは、「そうだな」とつぶやいて一つの提案を口にした。

「リトス、明日の月の宴だけど一緒に出ようか」
「……え?」
「前回と同じように一緒にあの場所に行こう。あぁ、でも今回はベールはなしでね」
「……それは、」

 つまり垂れ耳のままで壇上に座るということだ。そんなことをしたら兎族は間違いなく大騒ぎになる。狼族も何事かとざわつくに違いない。

「それじゃ、月の宴が台無しになってしまいます」
「そこは心配しなくていいよ。僕が同席を許可すれば誰も異議は唱えられない」
「でも、」
「リトスを傷つけようと思って言っているんじゃないからね。それに絶対に悪いようにはならない。約束する」

 そっと顔を上げると、そこにはいつになく真剣な表情を浮かべるクシフォスの顔があった。それでも不安に揺れるリトスに、麗しい主がにこりと優しい笑みを浮かべる。

「最後まで面倒を見るのも僕の役目だ。それにリトスは僕の可愛い世話係でもある。主が従者のために骨を折るのは当然のことだよ」

 よくわからないが、クシフォスが自分を貶めようとしているわけじゃないことはわかった。
 少し考えたリトスは「わかりました」と小さく頷いた。「よかった」と笑うクシフォスに抱き寄せられ「大丈夫だから」と背中をポンポンと撫でられる。

(これじゃ子どもみたいだ)

 そう思ったものの、気弱になっていたリトスは他人の温かさがひどく心地よく感じられた。申し訳ないと思いながらもそっと背中に手を回し、ほんの少し抱きしめ返す。

「えらく懐いているんだな」
「え?」

 久しぶりに聞く声に尻尾の毛がぶわっと逆立った。ハッとして顔を向けると、少し離れたところに半月以上振りに見る美しいバシレウスが立っている。しかしリトスを見る金色の目は睨むように鋭く、青みがかった銀毛の尻尾は苛々するかのようにゆっくりと揺れていた。

「バシレウス様」
「ちょうどよかった。確認しておきたいことが……って、バシレウス?」

 体を離したクシフォスが訝しむように眉をひそめる。

「俺のことは信用していなくても、クシフォスのことは体を預けるくらい信頼してるってことか」
「バシレウス様、」
「……俺では駄目だということか」

 金色の目がつらそうに歪んだ。慌てて違うのだと告げようとしたが、そんなリトスを見ることなくバシレウスが背中を向けてしまう。

「ちょっと待てバシレウス! あいつはまったく……アスピダ、掴まえておけ」
「はい」

 いつの間にか姿を現していたアスピダが足早に追いかけていく。二人を呆然と見送りながらもリトスは「また怒らせてしまった」と思った。

「なるほど、状況は何となくわかった」

 クシフォスの言葉に「僕が悪いんです」とつぶやいたリトスが力なく俯く。

「大丈夫。月の宴ですべて解決できるから」

 優しい言葉に頷くこともできず、リトスは暗い気持ちのまま翌日を迎えることになった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

処理中です...