垂れ耳兎は蒼狼の腕の中で花開く

朏猫(ミカヅキネコ)

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24 クシフォスとバシレウス

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 バシレウスを怒らせてしまった。リトスがはっきりそう理解したのは翌日になってからだった。
 それまで来られない日に届いていた贈り物が途絶えた。ロンヒもやって来ないためバシレウスの様子を聞くこともできない。だからといって自分から探ることなどできるはずもなく、リトスはほとんどの時間を考えごとに費やしていた。

(もう僕は必要ないのかもしれない)

 やっぱりアフィーテが狼族の番になるのは間違いだったのだ。しかも相手はあの蒼灰そうはいの君で、最初から自分が側にいてよい相手ではない。

(次の月の宴では間違いなくルヴィニが花嫁に選ばれる。それが本来の道筋だ)

 今度こそ「おめでとう」と伝えよう。そうして自分はクシフォス様のお世話係として過ごすことにしよう。

(……いや、やっぱりここを出て行ったほうがいいんだろうな)

 それに、以前と同じように心からルヴィニを祝うことはできそうにない。バシレウスの手が優しくルヴィニに触れるのを見ることは、きっとできない。

「やっぱりアフィーテは華街かがいに行くしかないのかな」

 口に出したら、ますますそんな気がしてきた。それでもいいかと半ばやけっぱちに考えていると、麗しい主が「ちょっと散歩に付き合ってくれないかな」と顔を覗かせた。

「最近バシレウスが来ないね」

 少し前を歩くクシフォスの言葉にドキッとする。

「……そうですね」
「もしかして喧嘩した? どうせバシレウスが何かやらかしたんだろうけど」
「バシレウス様は優しいです。ただ、僕が怒らせてしまっただけで……僕のせいです」

 沈むリトスの声にクシフォスの返事はない。広い庭を無言で歩いていると、前方にテーブルと椅子が見えてきた。

「あそこで少し休憩しようか」
「……はい」

 近づくと、テーブルに入れ立てのお茶が用意されていた。最初からここに来るつもりだったのだろう。「さぁ座って」と促されて腰掛けたリトスは、クシフォスにも心配をかけているに違いないと申し訳ない思いでいっぱいになった。

「僕とバシレウスはね、父親が違うんだ」
「……え?」
「いわゆる異父兄弟ってやつだね。そして、僕たちの母親は狼族だ」

 突然の話に紺碧の目が見開かれた。もう狼族に雌はいないはずなのに……そう思ったところで「僕には子宮がある」というクシフォスの言葉を思い出した。もしかして母親の狼族もそうだったのだろうか。

「僕の母親は当時二人しかいなかった子宮持ちの一人でね、長の弟だったんだ」
「弟……?」
「僕は長とその弟の間にできた子どもだ」

 まさかと再びリトスが目を見開いた。
 一族郎党で暮らす兎族でも兄弟姉妹で番になることは決してない。あまりに濃すぎる血はよくないとされているからだ。リトスの驚きににこりと微笑んだクシフォスが、お茶を一口飲んでから口を開く。

「狼族に血の禁忌はない。それは雌がいなくなって狼族同士で子が作れなくなったからだ。しかし実際に濃い血の子ができては問題になる。それに、極端に強い血を持った狼族がいてはみんなが困ってしまう」

 リトスは狼族が絶対的な階級制度の中で生きていることを思い出した。
 地位の高さは血で決まると聞いたことがある。だから名家の狼族は自分の血を残すために選ばれた兎族の番との間に優秀な子を残そうとする。つまり、長と長の弟の血を引く子はそれだけで階級の頂点に立てるということだ。

「幸い、僕には子宮があった。だから長になることはないし、長の子でなくてもこの地位に就いていただろう」

 クシフォスがお茶の入ったカップをテーブルに戻し、バシレウスによく似た目でリトスを見つめる。

「長は禁忌とわかっていて己の欲望に抗えなかった。母親は禁忌とわかっていて恋情を抑えられなかった。そうして僕が生まれた。その後、母親は正式な番を得てバシレウスを生んだ。バシレウスの父親と番った母親は、次第に匂いを嗅ぎわける能力を失っていった。周囲は子ができたからだと言っていたけど、本当のところはわからない」

「僕は心を病んだ結果かもしれないと思っているよ」と話すクシフォスの表情は変わらない。それがリトスにはかえって痛々しく感じられた。

「長にも正式な番ができた。だけど長と兎族に子はできなかった。それが番の兎族を選んだ母親に力がなくなった証となってしまった」
「そんな……」
「それで長にもっとも血が近いバシレウスが長の子になったんだ。それなのに長は、バシレウスのことも番の兎族のことも顧みようとはしなかった。きっと弟のことが忘れられなかったんだろうね。そんな長に兎族の番は心を痛め、バシレウスが適齢期を迎える前に亡くなってしまった。そういうこともあって、バシレウスは番を持ちたがらなかった。弟が手を出すのは同じ狼族ばかりで、それにはさすがの僕も参ったよ」
「そう、だったんですね……」
「そんなバシレウスが、ある日突然好きな兎族ができたなんて言い出したんだ。僕は大いに驚いたし心から喜んだよ。しかもそれがリトスだったなんて、驚いたの何の」

 そういえば自分のことを相談したと話していたのをリトスは思い出した。

「僕はね、バシレウスの直感こそすべてだと思っているんだ。リトスを花嫁にしたいというのはバシレウスの本能であり心からの願いだ。役目として匂いを確認はしたけど、それは長を納得させるための後押しでしかない。だからリトスは自信をもって花嫁でいればいい」
「……クシフォス様」

 クシフォスの言葉に目頭が熱くなる。リトスはアフィーテの自分よりもクシフォスやバシレウスのほうがつらかったのではないかと思った。少なくとも自分は両親に愛された記憶があり、ルヴィニとも短いながら仲良く過ごす時間もあった。
 クシフォスとバシレウスは仲の良い兄弟に見えるが、果たして親子仲はどうだったのだろうか。そう考えるだけで胸がズキズキと痛む。

「バシレウスはいま独り立ちで少しばたついていてね。それも直に何とかなる。それまで、どうか待ってやってほしい」
「……はい」

 こくりと頷いたリトスにクシフォスがホッとしたように微笑んだ。

「まったく、我が弟はいつまで経っても世話が焼けるよ」

 そんなことを言いながらも声は優しい。「二人はとても仲良しに違いない」と感じたリトスは、ふと昔のルヴィニと自分のことを思い出した。

(あの頃僕は幸せだった。少ししか覚えていなくても間違いない。きっと僕は思っていたより幸せだったんだ)

 リトスは笑顔を向けていたルヴィニを思い出し、複雑な思いに眉を下げた。
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