垂れ耳兎は蒼狼の腕の中で花開く

朏猫(ミカヅキネコ)

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21 救い

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 パチリと目覚めたリトスは、ぼんやりと天井を見ていた。
 屋敷に来てからというものすっかり目覚めがよくなったはずなのに、今日はなぜかうまく起き上がれない。早く起きてフワフワの髪の毛と格闘しなければいけないのに、全身が怠くて頭もぼんやりしていた。

(早く起きて、クシフォス様のお茶を用意しないと……)

 何とか起き上がろうとしてカクンと力が抜けた。「あれ?」と首を傾げ、すぐに「あっ」と思い出す。

(昨日、僕はバシレウス様と……)

 正真正銘の番になった。そう思った途端に体の奥がズクンと疼いた。散々いじられた翌日でもこんなふうになったことがないのに、「初めて種をもらったんだ」と思うだけで体がジクジクと熱くなる。

(そ、そんなこと思い出してたら駄目だ)

 とにかく起きて、それから仕事をしなければ。そう思って頭を振ったところで扉を叩く音がした。

「リトス、もう起きてる?」
「ク、クシフォス様!」

 慌てて起き上がろうとして失敗した。ぺしゃんとベッドに背中から倒れたところで扉が開く。

「あぁ、そのままでいいから」
「……すみません」

 入ってきたクシフォスが「バシレウスが相手なら仕方ないよ」と苦笑した。

「狼族は精力旺盛だからね。それに念願叶っての夜だったんだ、バシレウスに手加減できるはずがない。全身おいしく食べられても仕方がないさ」
「それは、あの、」
「それに……うん、発情の残り香がする。思ったとおりだ」
「え?」
「リトスは間違いなくバシレウスの子を孕むよ。他の兎族よりずっと濃い発情の匂いがしているからね。ここ数日でとくに強くなっていたから、そろそろじゃないかとは思っていたんだ」
「……僕はアフィーテなのに、発情なんて……それに適齢期になっても何もなかったし……」

 信じられないとリトスが俯くと、クシフォスが「兎族の中にいたから発情しなかっただけなんじゃないかな」と口にした。

「え?」
「子を孕む兎族の雄は、狼族とつがって初めて完璧な発情を迎えると聞いたことがある。だから雄同士の兎族だと生まれる子の数が少ないだろう? まぁはっきりしたことはふくろう族にもわからないらしいけど、あながち間違ってはいないんじゃないかな。その証拠に僕には濃い匂いがはっきと感じられる」
「でも、アフィーテは……」
「きっとアフィーテは狼族の番に特化した兎族なんだ。長く続く狼族と兎族の関係で、そういうふうに進化した兎族が出てもおかしくない」
「でも、華街かがいに行ったアフィーテにそんな話はなかったと思います」
華街かがいの華たちはみんな孕まないように薬を飲むからね。強い避妊薬の服用を続けると発情を阻害すると聞いたことがあるから、きっとそのせいだろう」

 初めて聞く内容に、リトスは紺碧の目を瞬かせた。もしその話が本当なら、アフィーテがこんなにもずっと苦しみ続けることはなかったんじゃないだろうか。

(……いや、兎族がそう簡単に考えを変えたりはしないか)

 ずっと昔、何度も土地を追われて他の種族に攫われてきた兎族は、自分たちを守るために集団で生活してきた。一族郎党で暮らすのが普通で、そんな中では新しい考え方や価値観が生まれることはきっとない。
 そんな故郷から出たことでリトスは外の世界のことを知った。想像していた以上の恐怖を感じたり自分がいかに何もできないのかも痛感させられた。

(そして、どこに行ってもアフィーテはアフィーテだということもわかった)

 他の種族の間でもこれだけ深く根付いていることが簡単に変わるわけがない。

(だけど、僕の存在を認めてくれる人たちもいる)

 アフィーテということを気にしない狼族に出会えた。あのまま故郷にいたら出会えなかった人たちだ。そして美しい狼族の番になることもできた。

(僕には十分すぎる)

 最初に手を差し伸べてくれた麗しい主に感謝しながら「クシフォス様はすごいですね」と顔を上げる。

「狼族なのに、僕よりずっと兎族のことに詳しいです」
「これでも月の宴を取り仕切る役目を担っているからね。それに僕の嗅ぎわける力は絶対だ。アスピダからリトスの匂いがしたときから、バシレウスと最高に相性がいい兎族だとわかっていた」

 言いながら近づいてきた美しい顔にクンと嗅がれ、リトスの頬が真っ赤になる。

「あの、その匂いがわかるというのは、クシフォス様だけなんですか?」
「そうだよ。狼族で子宮を持っているのは僕だけだからね」
「え? あの、子宮って」
「子を授かる場所のこと。それが僕のここにあるんだ」

 ここと言いながらクシフォスが右手でお腹を撫でている。

「でも、クシフォス様は雄……ですよね」

 兎族は雌雄ともに子宮を持っている。雄のほうが成熟しづらいものの子を孕むこともできる。しかし他の種族の雄にあるという話は聞いたことがなかった。

「そう、体は雄だ。それでも僕には子宮がある。そういう狼族が一世代に一人は生まれる。きっと狼族の種族的な本能なんだろう。子が生まれなければ種族として絶えてしまうからね」

(そっか、だから不思議な感じがしたんだ)

 初対面のとき、リトスはクシフォスに雌のような感覚を抱いた。その理由がようやくわかった。

「だから僕はアスピダと番になれる。本当はもっと早くに番になりたかったんだけど、周りがうるさくてさ」
「うるさい……?」
「僕の母親も子宮持ちだったんだけど、子を生んでから匂いを嗅ぎわける力がなくなってしまったんだ。だから子を作るのは禁止、当然番になるのも待て状態だ」

 ハァとため息をついたクシフォスだが、すぐにパァッと表情を明るくする。

「でも、最後の役目も果たした。これで心置きなく子作りできる」
「え? 最後のって、子作り? え?」
「僕に課せられた最大の役目は、次の長になるバシレウスに最高の番を見つけることだ。それもこうして見つかった。バシレウスはぞっこんだしリトスも惹かれている。違う?」
「そ、れは……」
「ははっ、大丈夫。身も心もバシレウスに蕩けるように愛されればいい。それがリトスにできることだ。さて、これで僕も思う存分アスピダから種を搾り取ることができる。ま、これまでも搾り取ってはきたけどね」

 クシフォスのあからさまな言葉にリトスの顔がますます赤くなった。

「それより体は大丈夫? まったく、バシレウスときたら破瓜のことも知らないなんて、とんだ勉強不足だ。そのせいで朝早くに叩き起こされてしまったよ」
「……っ」
「しかも最初からコブまで入れたなんてねぇ。それで怪我をさせてしまったのかと慌てたみたいだけど、我が弟ながら情けなさすぎる。いくら発情の兆候があったとしても、最初は十分慣らしてほぐしてからだと適齢期を迎えた狼族なら誰もが知っているっていうのにね」

 垂れ耳がぷるぷると震え出した。バシレウスがどこまで話したかはわからないものの、クシフォスにすべてを知られているような気がして頭から湯気が出そうになる。

「僕がしっかりバシレウスに言い聞かせておいたら、次はもっと優しくトロトロにしてもらえるはずだよ」
「……ク、クシフォス様は少し、あの……破廉恥じゃないでしょうか」
「破廉恥?」

 金色に近いオレンジの目が見開かれた。そうしてすぐに「ぷっ」と噴き出し、続けて「あははっ、ははははっ」と笑い声が響く。

「ははっ、あはははっ! リトスはやっぱり可愛いなぁ。花嫁候補になる兎族は大体が経験済みだっていうのに、これじゃあバシレウスが赤くなったり青ざめたりするのもわかる気がする」
「ぼ、僕は、」
「大丈夫。きみはアフィーテだということを気にしているようだけど、蓋を開ければ他の兎族のほうがよほど厭らしいんだ。いや、それだけ種族的な本能が強いということなんだろう。だからきみたちは狼族とつがうことができるし、僕たちは子を残すことができる。性欲旺盛な狼族の相手もしてもらえる。何ら恥じることも卑下することもない」

 優しく笑う主の顔には、からかったり蔑んだりしているような雰囲気はない。

(そうだ、どんな僕でもバシレウス様もクシフォス様も否定したりしない)

 アスピダやロンヒもきっと同じだろう。それがどれだけ救いになっているか、リトスは胸を押さえ温かい人たちにじっと感謝した。
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