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 ファーストキスを、まさかの学校の準備室で経験してしまった。それからというもの、僕の頭の中は先生とのキスでいっぱいになった。家で思い出しては下半身が熱くなって、先生の手とキスをおかずにするようにもなった。
 授業中はもっと大変だ。先生が話しているのを見るだけでドキドキして、動く唇から目が離せなくなる。内容はさっぱり頭に入ってこないし、おかげで準備室では何度も先生に「聞いてないだろ」と注意されてしまった。

(だって、先生が好きなんだからしょうがないじゃないか)

 準備室ではファーストキスの後も何度かキスしている。そのたびに「鼻で息しろ」って言われるけど、うまくできないままだ。
 そのうちキスの先が気になり始めた。先生いわく「男子高校生なんて性欲の塊だ」ってことらしいけど、恋人ができたらそういうことに興味を持つのは普通だと思う。「いつかキス以外も」なんて恥ずかしいことを思ったとき、ふと「僕が卒業したらどうなるんだろう」ってことに気がついた。

(卒業したら、キスもできなくなるのかな)

 僕はもうすぐ高校を卒業する。卒業したらいまみたいに先生と会うことができなくなる。そうしたら先生は僕のことを忘れてしまうかもしれない。誰かに告白されて、その人と付き合うかもしれない。

(そんなの嫌だ)

 僕は、大学に合格したら先生と一緒に住みたいと話した。いわゆる同棲ってやつだ。

「一緒に住むって、おまえ、ご両親には何て説明するんだ?」
「……何とかします」

 そう答えたら「はぁ」ってため息が聞こえてきた。わかっている。こんなんじゃ先生と一緒に住むなんて絶対に無理だ。そもそも担任ですらない先生の家に居候したいなんて言えば、親は驚くどころか怪しむに違いない。

(親には……まだ、言えない)

 先生が女性だったとしても、付き合っているなんて言えるはずがなかった。卒業して、それこそ時間が経ってからなら言えるかもしれない。
 でも、先生は男だ。時間が経っても言える日はきっと来ない。それでも僕は先生が好きで、先生とずっと一緒にいたいと思っていた。先生も同じ気持ちでいてくれたらなんて思っていたけど、ため息をつくってことは違ったってことだ。

「だって……卒業したら、先生と恋人みたいにできるんじゃないかって思って」

 本当は、これまでだってもっと一緒にいたかった。初めて好きになった人で、初めて付き合う人だからもっと一緒にいたくて仕方がなかった。
 それに離れていると誰かに先生を取られるんじゃないかって不安もあった。先生は大人でかっこよくて男子にも人気があるくらいだから、女の人たちが放っておくはずがない。
 学校には結婚している年輩の女の先生しかいないからそこまで心配じゃなかったけど、僕が卒業したあとどうなるかわからない。そう思ったら不安と焦りでどうしても一緒に住みたいと思ってしまった。

「もっと先生と一緒にいたいって、思ったんです」

 段々と声が小さくなっていく。先生を困らせているのはわかっているから、これ以上強くは言えない。そもそも一緒にいたいのは僕であって、先生はそう思っていないかもしれないんだ。
 準備室の中が静かになる。椅子に座ったまま俯いていると、向かい側からまた「はぁ」って大きなため息が聞こえてきた。

(どうしよう、呆れてる)

 僕のどうしようもない話に困っているに違いない。

「手を貸せないことはない」
「……え?」
「大学の最寄り駅の近くに、いくつか知ってる賃貸マンションがある。そこでいいなら、割安で紹介してやれなくもない」
「紹介って」

 おそるおそる顔を上げると、いつもと変わらない顔をした先生が僕を見ていた。

「親戚が不動産屋をしてるんだ。あの辺りにもいくつか賃貸マンションを持っている。それでいいなら紹介してやれる。それならご両親を説得しやすいだろう」
「そうかもしれない、ですけど」

 先生の親戚が持っている物件で、さらに割安で貸してもらえるなら両親も首を縦に振ってくれるかもしれない。

(ちょうどそんな話も出てたし)

 僕の家から大学は微妙に遠くて、家から通うには車があっても大変かもしれないって話が出ていた。そのとき「いっそ一人暮らしをさせてみるか」なんて父さんが言っていたから、この話をすれば了承してくれそうな気もする。だけど、そうじゃないんだ。

「なんだ、不満か?」
「そうじゃ、ないですけど」

 僕は一人暮らしがしたいんじゃなくて、先生と一緒に暮らしたいんだ。大学の最寄り駅ってことは高校から遠くなるってことで、ますます先生と会える時間が減ってしまう。毎日会うなんてきっと無理だ。

「駅のちょうど向かい側のマンションと、駅から徒歩五分のマンションには俺名義の部屋がある。同じマンションに空き部屋がないか、聞いておいてやる」
「え……?」
「同じ部屋に住むのは難しくても、お隣さんくらいにならなれるだろ」
「それって、」
「自分の部屋はちゃんと持て。それを踏まえてなら、俺の部屋に自由に出入りしてもかまわない」
「せんせ、」
「学生のうちは親のスネをかじるんだから、それで我慢しろ。大学を卒業した後のことは、そのときまた考えればいいさ」

 僕は無言で先生に抱きついた。そうしたら、先生が大きな手でポンポンって頭を撫でてくれた。

(最初の頃より、ずっとずっと先生のことが好きになってる)

 僕がいまどれだけ嬉しいか先生にはわからないだろう。我慢しているけど、本当は泣きたくなるくらい嬉しいんだ。僕は大好きな気持ちをたくさん込めて「ありがとうございます」って囁いた。
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