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身代わりβの密やかなる恋の行方1

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 今日は朝からずっとそわそわしている。修一朗さんの部屋に行くのはまだ何時間も先だというのに、何をやっても落ち着かない。
 朝から仕事で外出している修一朗さんが帰宅するのは夕食よりずっと後で、いつもなら寝る準備をしている頃合いだ。でも、今夜はその時間に修一朗さんに会いに行く。

(遅い時間だけど、本当に大丈夫なのかな)

 僕と違って修一朗さんは忙しい。どんな仕事をしているのか具体的なことはわからないけれど、珠守たまもり家はいろいろな商いをしているからそういった類いのことだろう。週末もたまに出かけるということは、本当はとても忙しい人なのだ。
 それなのに毎日のように僕と会う時間を作ってくれている。僕が興味を持った本を買い求めるために本郷や神田まで足を運んでくれることもしばしばだった。
 今日だって遅い時間の帰宅だというのに会う時間を作ってくれた。疲れているであろう修一朗さんの迷惑にならないだろうかと考え、ふと「それとも」と思った。

「この間のようなことをするために呼んでくれたとか……?」

 思わず口にしてしまった言葉にカッとなった。すぐに淫らなことに結びつけてしまうなんて、僕はとんでもなくいやらしくなってしまった。たしかに肌に触れられはしたけれど、それを期待するなんてはしたないにも程がある。
 そう反省したのに、結局僕はあの夜のことを思い出しては顔を赤くしたり青くしたりするばかりだった。昼食も夕食も食べたはずなのに、どんな味だったかまったく覚えていない。そのくらい頭の中はいやらしいことで埋め尽くされていた。
 夕食後、何も手につかないままそわそわしていると、部屋にお手伝いさんがやって来た。「修一朗様がお帰りになりました」と告げる言葉にドキッとし、「わかりました」と頷いてからいそいそと着替えに取りかかる。

「こんな格好で訪ねるなんて、本当にいいのかな」

 最後の角を曲がる前に、もう一度自分の姿を見下ろす。いつも来ている洋服とは違い、今夜は浴衣を着ていた。これは夕食後にお手伝いさんが届けてくれたもので、修一朗さんからの「今夜はこれを着て部屋においで」という手紙もついていた。

(お手伝いさんは寝間着だと言っていたけど、それにしては高価すぎる気がする)

 寳月ほうづき家では物心ついたときから浴衣で寝ていた。祖父が使っていた浴衣を仕立て直したもので、少し古い柄だったけれどそれなりの品だったように思う。
 修一朗さんが届けてくれた浴衣は、そんな祖父のものよりももっと立派なものだ。「そのまま眠ってしまうかもしれないからね」と同封の手紙には書かれていたけれど、これを寝間着にするのはもったいない気がする。

(それに、そのまま寝てしまうって……)

 修一朗さんの部屋で修一朗さんと一緒に寝るということだろうか。そう思ったら体がカッと熱くなった。

(寝てしまうかもしれないって、どういうことだろう)

 何かおもしろい話があって夜更かしするつもりなのかもしれない。でも、そうじゃない可能性も考えた。だから手紙を読んですぐに湯を使った。

(だって、またあんなふうに触られるかもしれないし)

 それなのに汚い体のままなんて絶対に駄目だ。そうじゃなかったとしても、眠ってしまう可能性があるなら湯を使っておいたほうがいい。そんな言い訳じみたことを思いながら、心の中ではどうしようもなく浅ましいことを考えていた。

(僕は、本当はあの夜みたいなことを期待しているんだ)

 あのときされたようなことを、また修一朗さんにしてほしいと思っている。だから夜遅くに部屋に呼んでくれたんじゃないかと期待すらしていた。

「……待たせてしまうわけにはいかない」

 小さく何度も深呼吸した僕は、修一朗さんが待つ部屋へと急いだ。
 部屋に入ると、修一朗さんは帰宅したばかりのような格好をしていた。いわゆる三つ揃えという姿で、時間も遅いというのにくたびれた様子が一切ない。そういうところも同じαのはずの父と違うところだなと密かに思った。
 僕の全身を見た修一朗さんは、少しだけ目を見開いてからにこりと微笑んだ。

「よく似合っている」
「ありがとうございます」
「藍色も似合うけど、今度はもう少し明るい色にしようか。いや、浴衣より着物のほうがいいかな」
「いえ、着物も洋服もいろいろ頂戴していますから、これ以上は」

 断ろうとしていた僕の唇を、近づいた修一朗さんの人差し指がそっと押さえた。

「千香彦くんには、ぜひ僕が見立てたものを着てほしいんだ。だから、これは僕の我が儘だ」

 そう言った修一朗さんの顔が近づいてきてドキッとする。

「それに、男は想う相手に着る物を贈りたがるものなのだよ」
「そう、なんですか?」
「自分が見立てたものが似合っていたら嬉しいし、その後、脱がせる楽しみもある。まるで特別な贈り物を紐解くようで興奮しないかい?」
「……っ」

 囁くように告げられた言葉に頬が熱くなった。

「さぁ、おいで。この間の続きをしよう」

 そう言って差し出された手に、僕は迷うことなく右手を伸ばした。
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