上 下
12 / 15

妖狐、稲荷神社に行く4

しおりを挟む
 四日後、僕は孝志郎に連れられて稲荷神社にやって来た。今日は僕だけじゃなく双子の狛犬の弟コマジも一緒だ。

「まさかとは思うけど、おまえいっつもそんな状態で出歩いてるのか?」
(どういう意味?)
「どういう意味も何も、使い魔としておかしいだろうが」

 孝志郎が羽織っている外套の隙間からちろっと視線を向ける。隣を歩く銀髪に茶色の目をした男は、人間の姿に変化へんげしたコマジだ。孝志郎と同じように洋装の上に外套を羽織った姿をしている。

(おかしいって、何が?)
「何がって……おまえ、使い魔がどういう存在か知らないのか?」
(馬鹿にしないでよ。それくらい僕だって知ってる)
「その割には小せぇ格好のまま胸元でぬくぬくしてるよな」
(しょうがいないでしょ。着物じゃないと袖が狭くてずっとは入っていられないんだから)
「そういう意味じゃねぇよ」

 コマジが大きなため息をついた。しかも呆れたような顔でこっちを見ている。

(袖に入れないなら、ほかに入れる場所はここしかないってわからないのかな)

 着物なら袖が大きいから中に入っていられる。でも外套は狭くてずっと潜り込んでいるのは苦しい。だから胸元に入って隙間から外を覗くことにしていた。孝志郎が外套を着るようになってからはずっとこんな感じだ。

「孝志郎、こいつこんなんでいいのか? 小狐だからって甘やかしすぎじゃねぇか?」
「まだ子どもだからなぁ。使い魔として本格的に働くにはまだ早い」
(僕そんな子どもじゃないからね)

 子ども扱いする二人にムッとした。「ここはちゃんと言っておかないと」と思って口を開きかけたところで髭がビンと立つ。尻尾もぶわっと膨らんで体中がぞわぞわし始めた。

(……この間より嫌な気配がする)
「こりゃあ、久しぶりにでかめの犬がいるな」

 コマジがため息をつきながら頭を掻いている。「でかめの犬」というのは、きっと犬神のことだ。大きさまではわからないけれど、今回は僕にもはっきりとあやかしだということがわかった。

「やっぱりあそこか」

 孝志郎の言葉に外套の隙間から外を覗き見た。小さな本堂の少し先に着物姿の女がしゃがみ込んでいる。肩のあたりでウゴウゴしている黒いものを見て、嫌な気配を出していたあの女だとわかった。近くには銀杏の木があるけれど実を拾うにしてはちょっと遅い。

(何をしてるんだろう)

 嫌な気配に毛を逆立てながらじぃっと見つめた。肩に載っている黒いものがウゴウゴ動いていて伸びたり縮んだりしている。
 その黒いものが急にぐぅんと膨らんだ。すると女の足元から黒い煙のようなものがぶわっと噴き出した。肩に載っていた黒いものと噴き出した黒い煙がぐにゃぐにゃと絡み合い、一つの大きな黒い塊になっていく。それがぐるぐると体に巻きつき始めているのに、女は気づいていないのかせっせと腕を動かしていた。

「……よかった」

 ホッとしたような声が聞こえてきた。黒い塊に飲み込まれかけている女が地面を見ながら笑っている。そのまま地面に両手を突っ込んだかと思えば、大事そうに何かを持ち上げた。

(えっ)

 持ち上げているものを見てギョッとした。土に汚れた両手で掴んでいるのは犬の頭だ。僕が大きくなったときよりも少し大きい犬の頭で、目はうつろで舌もべろっと出ている。首から下は最初からなかったのか血が垂れたりはしていない。

(あれが、犬神)

 てっきり犬の形をしたあやかしだと思っていたけれど、あれは犬の頭だ。しかも血で染まったような真っ赤な毛をしている。そんな犬の頭を持ち上げながら「ようやく完成したわ」とつぶやく女の声は何だか嬉しそうだ。

「うわっ、結構な代物じゃねぇか」

 コマジが心底嫌そうな声を出した。

「思っていたよりうまくいっていたんだな」
「孝志郎、冷静に感想なんか述べてる場合じゃないだろ。ここってイナリが棲んでた神社だよな? 大して人が来ないって言ってなかったか?」
(あんまり来ないよ。少なくとも僕がいたときはそうだった)
「そんなところであんな代物作れるはずねぇだろ」
「だからこの時期だったんだろうよ」

 孝志郎の言葉に首を傾げる。

(この時期ってどういうこと?)
「秋になるとあの銀杏の木はたんと実をつける。それを目当てに子どもたちが集まる。イナリ、そうだったな?」
(うん。毎年実が落ちる頃は子どもが毎日拾いに来てたよ)
「……そういうことか」
(コマジ?)

 コマジはわかったみたいだけれど僕にはさっぱりわからない。

(ねぇ、どういうこと?)
「おまえ、犬神ってあやかし知らないのかよ」
(この前孝志郎に教えてもらったから知ってるよ。神って付いてるけど古くからいるあやかしで、あの黒い塊から生まれるんでしょ?)
「おい孝志郎、おまえ教えるの下手すぎやしねぇか?」
「そうか? 大体あってると思うぞ?」

 孝志郎の返事にコマジが「はぁ」とため息をついた。それから「犬神をどうやって作るのかは知らないってことか」と言って、またため息をつく。

(作るって、あの黒いのを地面に埋めたら生まれるんじゃないの?)

 僕の返事に今度は孝志郎が「あぁ、そこはちゃんと教えてなかったな」と言葉を続けた。

「犬神は黒い塊を土に埋めることで生まれるわけじゃない。埋めるのは犬の頭だ。それが犬神になる」
(え……?)

 女が持っている真っ赤な犬の頭を見る。

(それじゃあ、あれが犬神で、でも元々はただの犬の頭だったってこと?)

 頷く孝志郎に「それにしても、いまどき犬の頭を切り落とす人間がいるなんてなぁ」とコマジがため息をついた。

(切り落とす、)

 コマジの言葉に背中の毛がぞわっと逆立った。

「あれだけ真っ黒な欲の塊が念として噴き出しているんだ。そのくらいやるだろうさ」
「そりゃそうかもしれねぇけど……。そういや最後に犬神が出たのってどのくらい前だっけ?」
「さぁて、まだ京に都があったときだったか? いや、帝都ができてすぐの頃はまだ犬神を作ろうとする輩もいたな」
「まったく、人間ってのはろくでもねぇな」

 二人の話を聞きながら、僕はじぃっと犬の頭を見た。あの犬は首を切り落とされて埋められたらしい。だからあんなひどい顔と色をしているんだろうか。

(地面に埋めたらあやかしが生まれるなんて、初めて知った)
「そう簡単には生まれねぇからな? そもそも犬神を作り出すにはいろんな条件が揃わないと駄目なんだよ」
「そして、その条件をすべて満たすのは難しい。だが、あの女性はそれらの条件をすべて満たしたというわけだ」
(もしかして、この神社もその条件だったってこと?)
「ここは神忘れの神社だが、聖域のように閉ざされた空間としての機能は残っている。だから女性の強い思いも散り散りにならずに留まり続けた。日々溜まり続けるどす黒い念をあの犬の頭は吸収し続けたというわけだ」

 そういえば、賽銭箱には昔からいつも黒い塊が漂っていた。来る人が少ないのに少しずつ大きくなっていたのはそのせいだったんだ。

「それに参拝客が少なければ、誰にも見つかることなく土を掘り返せる。そして誰にも見つからずに犬の頭を掘り出すこともできる」
「大事なのは、いかに大勢の人間に埋めたところを踏ませるかってことだな。たくさんの人間に踏まれれば踏まれるだけ犬神の怒りは強くなり、それだけ強い犬神になるって寸法だ」
「だからこの時期にあそこに埋めたんだろう」
(……あ)

 僕にもようやくわかった。あの銀杏の木の近くは子どもたちが実を拾うためにたくさん踏む。だからあの場所に埋めたに違いない。

(でも、子どもはそんなにたくさんいなかったよ? 多くても十人くらいだったと思う)
「小さい子もいたんじゃないか?」
(そういえば、大きい子たちが学校に行ってる間に拾いに来るちっちゃい子もいたかな)
「人間の世では七歳までは神だと言われている。ただの人に踏まれるより神に踏まれるほうがずっと早く育つ」
(でも、子どもは本物の神様じゃないよ?)
「本当の神様かどうかは関係ない。人の世で行われることは人の世のことわりが優先されるからな」

「ほんと、人間ってのはろくでもないこと考えるよな」とコマジが口を挟む。

「それには俺も同意見だ。平安の都で陰陽師たちが余計な術をしこたま作り上げてくれたおかげで、いまの世までこんな有り様になってしまった。まるで延々と人の世に受け継がれるシュのようじゃないか」
「なに他人事みたいに言ってんだよ。孝志郎こそシュそのものみたいなもんじゃねぇか」
「うるさいぞ。とにかく犬神は完成した。だからああして掘り起こしに来たのだろう」

 孝志郎の言葉を聞いていたかのように、うつろだった犬の目がカッと見開いた。だらりと垂れていた舌も口の中に収まって「グルルルル」と唸り声まで上げている。

「犬神というあやかしの誕生する瞬間だ」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
キャラ文芸
特別国家公務員の安住君は商店街裏のお寺の息子。久し振りに帰省したら何やら見覚えのある青い物体が。しかも実家の本堂には自分専用の青い奴。どうやら帰省中はこれを着る羽目になりそうな予感。 白い黒猫さんが書かれている『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 とクロスオーバーしているお話なので併せて読むと更に楽しんでもらえると思います。 そして主人公の安住君は『恋と愛とで抱きしめて』に登場する安住さん。なんと彼の若かりし頃の姿なのです。それから閑話のウサギさんこと白崎暁里は饕餮さんが書かれている『あかりを追う警察官』の籐志朗さんのところにお嫁に行くことになったキャラクターです。 ※キーボ君のイラストは白い黒猫さんにお借りしたものです※ ※饕餮さんが書かれている「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々」、篠宮楓さんが書かれている『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の登場人物もちらりと出てきます※ ※自サイト、小説家になろうでも公開中※

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...