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妖狐、再び百貨店に行く5
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「ぬえだと……?」
「ワォン!?」
口ひげ男の声をかき消す勢いで叫んでしまった。慌てて口を閉じながら、さっき見た木箱の中の様子を思い出す。いくら思い出しても僕が知っている鵺とは全然違っていた。
(鵺ってもっと大きくて立派でドンとした獅子みたいだって、妖狸のおじさんは言ってた)
昔、京の都に棲んでいたという妖狸が教えてくれた鵺はあんな姿じゃなかった。大きさも妖力も桁違いの妖だと話していたから、あれは鵺じゃない。間違ってもあんなに小さくて、しかも人間に捕まったりみすぼらしい木箱に入れられたりする妖じゃないはずだ。
「残念ながら、こいつは正真正銘の鵺だ。古くは京の都におわす帝が可愛がり、その後も長く御孫に可愛がられてきた由緒正しい鵺だ。ま、鵺に正しい由緒なんてあるのかわからないがな」
口ひげ男を見ながら、孝志郎がトンと木箱を叩く。
「いいや、そいつは雷獣だ」
口ひげ男が唸るように反論した。
「そいつからは間違いなく電気が取れる。おかげで大きなシャンデリアを設置することもできた。それでも余りあるとわかったから追加で外国製の灯りを仕入れる手配もした。あれが届き次第、世界の灯り展を開催する予定になっている。成功すれば帝都一の百貨店だと誰もが褒め称えるだろう。そんな展示会をできるのはわたしだけだ。わたしがこの百貨店を任されるのも時間の問題だ」
「そうなった頃、鵺を売り込んだ輩が再び銭を要求しに現れるというわけだ」
そう言いながら孝志郎が木箱の取っ手を掴んだ。そこには頑丈そうな南京錠が付けられているのに、なぜかかちりと錠が開く音がした。
「おまえ、何をした!」
「だから仕事だと言っているじゃないですか。そうそう、こういう錠前を破るのも意外と得意でしてね」
「おまえ……!」
乱暴な足音を立てながら近づいた口ひげ男が孝志郎の肩に掴みかかる。僕は思わず「孝志郎に触るな!」と懐から飛び出した。そうしてボンと煙を上げて体を大きくする。といっても僕がなれるのは柴犬くらいの大きさで、帝都で流行りの洋犬のような大きさにはなれない。
それでも僕は口ひげ男の手に食らいついた。そうしてくるりと回転してから自慢の尻尾で勢いよく肩を叩く。
「なにをするかっ! この犬畜生が!」
(僕は妖狐だ! 犬と一緒にするな!)
腹立ち紛れにもう一度くるっと回転して、今度は頭のてっぺんを尻尾で叩いてやった。すると口ひげ男が「うわっ」とひるんで数歩後ずさる。
「今日は大活躍だな、イナリ」
振り返ると、孝志郎が左手に鵺だという獣を抱えていた。喉には破魔矢が刺さったままで、目を閉じているからか死んでいるように見える。そんな鵺の頭をひと撫でした孝志郎は、むんずと破魔矢を掴んだかと思えば思い切り引き抜いた。
(孝志郎!)
そんなことをしたら死んでしまう、咄嗟に僕はそう思った。
矢が普通のものなら死ぬことはないけれど、破魔矢が僕たちを消すことができる道具なら傷はきっと塞がらない。それどころか抜いた衝撃で妖力が噴き出して死んでしまうかもしれない。
(孝志郎、駄目だって!)
「大丈夫だ」
どこまでも飄々としている孝志郎は、抜いた破魔矢をまるで塵芥のようにひょいと投げ捨てた。そうして何かをつぶやきながら破魔矢が刺さっていたところに右手をかざす。
「京の御所に長く棲んでいた鵺だ、破魔矢程度で存在が消えることはないさ」
孝志郎がそう言い終わるのと同時に、ぐったりしていた鵺の体がカッと光った。まるで花火が爆発したような眩しさに、僕は慌てて目を瞑った。そうしないと目が潰れてしまうと思ったからだ。
しばらくすると、瞼の向こう側で光が少しずつ小さくなるのがわかった。もう目が潰れたりはしないかなと思いながら、そっと瞼を開く。
(……鵺だ)
僕は思わず口をあんぐりと開けてしまった。だって、目の前には話に聞いていたとおりの鵺がいたんだ。
全身真っ白の毛に覆われた体は、話で聞いたとおり獅子のような姿をしていた。孝志郎よりもずっと大きな体で、首の周りは長い毛に覆われていてふさふさしている。四本の脚は僕の体の何倍も太くて、すらりと長い尻尾は蛇の姿をしていた。
「そんな……あいつは雷鳥だと言っていたのに……」
口ひげ男が呆然としながらそうつぶやいた。
「京に都があった頃は、こういう鵺がそこそこいたんですよ。光り輝く姿から雷鳥と間違われることも多く雷鳥と記されている書物も残っています。実際のところ鵺も雷鳥も名が違うだけの妖なんですがね」
「しかし、そいつは実際に電気を……」
「そりゃあ雷鳥と呼ばれるくらいの輝きと妖力を持っている妖です。その力を電気に変えることもできなくはない。そこそこの腕を持つ陰陽師なら、そうした仕掛けを作ることもできるでしょう」
「そこそこじゃない! あの陰陽師は安倍晴明の子孫だと言っていた!」
怒鳴る口ひげ男に孝志郎がわざとらしくため息をついた。
「有名どころの子孫ってのは全国に山ほどいるもんです。多少の技を見せれば誰もが信じますから、引っかけるのはちょろいもんですよ」
「そんな……」
「ちなみにこの鵺は国宝と同じ扱いだそうですから、経緯はどうだったにせよ窃盗罪程度では済まないと思いますよ?」
口ひげ男ががっくりと床に座り込んだ。僕は口ひげ男から視線を外し、もう一度鵺を見る。
(僕、鵺を見るのは初めてだ)
「そりゃよかったな」
孝志郎が僕の頭をポンと撫でた。
「この鵺は帝のお気に入りだぞ。いまのうちにたんと見ておけ」
(すごい……大きい……かっこいい……キラキラしてる……)
「おまえの感想はまるきり子どもだなぁ」
(フサフサでムキムキでかっこいい)
「なるほど、おまえはムキムキになりたい子狐だったのか。だがな、それは諦めたほうがいい。おまえの体つきじゃあムキムキにはなれない」
(かっこいい……)
気がついたらフラフラと鵺に近づいていた。足元に近づいたところで思いきり頭を上げる。本物の獅子なんて見たことがないけれど、きっと獅子より鵺のほうがかっこいいに違いない。そう思いながら惚れ惚れと見上げた。
『おまえの純粋な眼を見ると、あの子を思い出す』
(ほえ?)
急に知らない声が聞こえてきて目をぱちくりさせた。すると鵺の顔がゆっくりと下を向いて赤い目が僕をじっと見る。
『おまえの眼差しはあの子にそっくりだ。子どもの頃ならまだしも、孫もできたというのにあの子は相変わらずそういう眼でわたしを見る。あまりにも夢中な様子に、わたしはいないほうがよいのではと考えるようになった。あのままでは鵺に取り憑かれた帝という醜聞を囁かれそうだったからな。ところが皇宮から出てすぐにこのようなところに囚われてしまった。何と情けないことか』
「長く飼い慣らされれば、いかに鵺とてそういうこともあるでしょうよ」
赤い目が僕から離れて孝志郎を見る。
『人間、世話になったな』
「いえいえ、これも仕事ですから」
『依頼主はあの子か?』
「直接の依頼人は百貨店の会長ですが、たぶんそうでしょうね」
『なるほど、ではあの子のところに戻らねばおまえは仕事を終えられぬということか』
「まぁ、そういうことです」
『助けてもらった礼に、おとなしく戻ることにしよう』
鵺がぶんと蛇の尻尾を振ると、部屋のあちこちにビリビリと小さな稲妻が走った。それが壁や天井にぶつかってバチバチと火花を散らす。見たことがない様子に驚いていると、鵺が僕の頭にポンと前脚を載せた。あんまりにも大きな前脚に僕の小さな頭はすっぽり覆われてしまった。
『小さき狐よ。その体で主を守らんとする気概は見上げたものだ。はるか昔、まだわたしが生まれて間もなかった頃のことを思い出した。あの頃のわたしも、いまのおまえのように必死であった』
(鵺?)
『これでほんの少し大きくなれよう』
鵺のもっちりした肉球がむにっと僕の頭を押した。するとビリリッとしたものが体の中を駆け抜けて全身の毛がぶわっと逆立った。尻尾なんて爆発したみたいな状態で、逆立った毛の先に小さな火花がパチパチと光っている。
(体がパチパチする……あちこちがチリチリする……)
僕が全身をブルッと震わせると、もちっとした脚が頭から離れた。
『人間、何かあれば遠慮なく訪ねてくるがよい。その際は新しき皇宮の東門より声をかけよ』
「それは随分と大きな対価ですね」
『わたしにとってはそのくらいのことなのだ』
「では、そのときは遠慮なく」
孝志郎がそう答えると、天井を見上げた鵺が甲高い声を出した。それはまるで鳥のような鳴き声で、声が小さくなるにつれて鵺の体も小さくなっていく。そうして最後に真っ白な煙になったかと思えば、天井近くにあった明かり取りの小窓からしゅるしゅると外に消えてしまった。
「さぁて、終わったぞ」
孝志郎の声を聞きながら、僕はぼんやりと小窓を見つめ続けた。
(本物の鵺を見ちゃった……ムキムキでかっこよかったなぁ……)
同じ獣の体を持つ妖だけれど、妖狐より鵺のほうが断然かっこいい。どうせなら、あんなふうにかっこよくムキムキになりたい。
「ムキムキになりたいなら妖力をたっぷり集めるのが一番だな」
(妖力……)
「体内に妖力をたくさん貯められるようになれば体も自然と大きくなる。だがな、いくらいなり寿司を食べたところで妖であるおまえの体は大きくならないぞ?」
(そんなのわかってる)
「それじゃあ、いなり寿司はいらないか?」
笑う孝志郎に、僕は勢いよく振り返って「それとこれとは別!」と叫んだ。そうしてポンと元の姿に戻ると、急いで着物の袖口に入って孝志郎の腕に尻尾をしゅるりと絡ませる。こうしないと百貨店の中を移動できないと知っているからだ。
しばらくすると何人もの警察官という男たちが部屋に入ってきた。床に座り込んでいた口ひげ男は警察官たちに連れて行かれ、いなり寿司を買って外に出るときには音楽会が中止になったという案内板が百貨店の入り口に置かれていた。
「ワォン!?」
口ひげ男の声をかき消す勢いで叫んでしまった。慌てて口を閉じながら、さっき見た木箱の中の様子を思い出す。いくら思い出しても僕が知っている鵺とは全然違っていた。
(鵺ってもっと大きくて立派でドンとした獅子みたいだって、妖狸のおじさんは言ってた)
昔、京の都に棲んでいたという妖狸が教えてくれた鵺はあんな姿じゃなかった。大きさも妖力も桁違いの妖だと話していたから、あれは鵺じゃない。間違ってもあんなに小さくて、しかも人間に捕まったりみすぼらしい木箱に入れられたりする妖じゃないはずだ。
「残念ながら、こいつは正真正銘の鵺だ。古くは京の都におわす帝が可愛がり、その後も長く御孫に可愛がられてきた由緒正しい鵺だ。ま、鵺に正しい由緒なんてあるのかわからないがな」
口ひげ男を見ながら、孝志郎がトンと木箱を叩く。
「いいや、そいつは雷獣だ」
口ひげ男が唸るように反論した。
「そいつからは間違いなく電気が取れる。おかげで大きなシャンデリアを設置することもできた。それでも余りあるとわかったから追加で外国製の灯りを仕入れる手配もした。あれが届き次第、世界の灯り展を開催する予定になっている。成功すれば帝都一の百貨店だと誰もが褒め称えるだろう。そんな展示会をできるのはわたしだけだ。わたしがこの百貨店を任されるのも時間の問題だ」
「そうなった頃、鵺を売り込んだ輩が再び銭を要求しに現れるというわけだ」
そう言いながら孝志郎が木箱の取っ手を掴んだ。そこには頑丈そうな南京錠が付けられているのに、なぜかかちりと錠が開く音がした。
「おまえ、何をした!」
「だから仕事だと言っているじゃないですか。そうそう、こういう錠前を破るのも意外と得意でしてね」
「おまえ……!」
乱暴な足音を立てながら近づいた口ひげ男が孝志郎の肩に掴みかかる。僕は思わず「孝志郎に触るな!」と懐から飛び出した。そうしてボンと煙を上げて体を大きくする。といっても僕がなれるのは柴犬くらいの大きさで、帝都で流行りの洋犬のような大きさにはなれない。
それでも僕は口ひげ男の手に食らいついた。そうしてくるりと回転してから自慢の尻尾で勢いよく肩を叩く。
「なにをするかっ! この犬畜生が!」
(僕は妖狐だ! 犬と一緒にするな!)
腹立ち紛れにもう一度くるっと回転して、今度は頭のてっぺんを尻尾で叩いてやった。すると口ひげ男が「うわっ」とひるんで数歩後ずさる。
「今日は大活躍だな、イナリ」
振り返ると、孝志郎が左手に鵺だという獣を抱えていた。喉には破魔矢が刺さったままで、目を閉じているからか死んでいるように見える。そんな鵺の頭をひと撫でした孝志郎は、むんずと破魔矢を掴んだかと思えば思い切り引き抜いた。
(孝志郎!)
そんなことをしたら死んでしまう、咄嗟に僕はそう思った。
矢が普通のものなら死ぬことはないけれど、破魔矢が僕たちを消すことができる道具なら傷はきっと塞がらない。それどころか抜いた衝撃で妖力が噴き出して死んでしまうかもしれない。
(孝志郎、駄目だって!)
「大丈夫だ」
どこまでも飄々としている孝志郎は、抜いた破魔矢をまるで塵芥のようにひょいと投げ捨てた。そうして何かをつぶやきながら破魔矢が刺さっていたところに右手をかざす。
「京の御所に長く棲んでいた鵺だ、破魔矢程度で存在が消えることはないさ」
孝志郎がそう言い終わるのと同時に、ぐったりしていた鵺の体がカッと光った。まるで花火が爆発したような眩しさに、僕は慌てて目を瞑った。そうしないと目が潰れてしまうと思ったからだ。
しばらくすると、瞼の向こう側で光が少しずつ小さくなるのがわかった。もう目が潰れたりはしないかなと思いながら、そっと瞼を開く。
(……鵺だ)
僕は思わず口をあんぐりと開けてしまった。だって、目の前には話に聞いていたとおりの鵺がいたんだ。
全身真っ白の毛に覆われた体は、話で聞いたとおり獅子のような姿をしていた。孝志郎よりもずっと大きな体で、首の周りは長い毛に覆われていてふさふさしている。四本の脚は僕の体の何倍も太くて、すらりと長い尻尾は蛇の姿をしていた。
「そんな……あいつは雷鳥だと言っていたのに……」
口ひげ男が呆然としながらそうつぶやいた。
「京に都があった頃は、こういう鵺がそこそこいたんですよ。光り輝く姿から雷鳥と間違われることも多く雷鳥と記されている書物も残っています。実際のところ鵺も雷鳥も名が違うだけの妖なんですがね」
「しかし、そいつは実際に電気を……」
「そりゃあ雷鳥と呼ばれるくらいの輝きと妖力を持っている妖です。その力を電気に変えることもできなくはない。そこそこの腕を持つ陰陽師なら、そうした仕掛けを作ることもできるでしょう」
「そこそこじゃない! あの陰陽師は安倍晴明の子孫だと言っていた!」
怒鳴る口ひげ男に孝志郎がわざとらしくため息をついた。
「有名どころの子孫ってのは全国に山ほどいるもんです。多少の技を見せれば誰もが信じますから、引っかけるのはちょろいもんですよ」
「そんな……」
「ちなみにこの鵺は国宝と同じ扱いだそうですから、経緯はどうだったにせよ窃盗罪程度では済まないと思いますよ?」
口ひげ男ががっくりと床に座り込んだ。僕は口ひげ男から視線を外し、もう一度鵺を見る。
(僕、鵺を見るのは初めてだ)
「そりゃよかったな」
孝志郎が僕の頭をポンと撫でた。
「この鵺は帝のお気に入りだぞ。いまのうちにたんと見ておけ」
(すごい……大きい……かっこいい……キラキラしてる……)
「おまえの感想はまるきり子どもだなぁ」
(フサフサでムキムキでかっこいい)
「なるほど、おまえはムキムキになりたい子狐だったのか。だがな、それは諦めたほうがいい。おまえの体つきじゃあムキムキにはなれない」
(かっこいい……)
気がついたらフラフラと鵺に近づいていた。足元に近づいたところで思いきり頭を上げる。本物の獅子なんて見たことがないけれど、きっと獅子より鵺のほうがかっこいいに違いない。そう思いながら惚れ惚れと見上げた。
『おまえの純粋な眼を見ると、あの子を思い出す』
(ほえ?)
急に知らない声が聞こえてきて目をぱちくりさせた。すると鵺の顔がゆっくりと下を向いて赤い目が僕をじっと見る。
『おまえの眼差しはあの子にそっくりだ。子どもの頃ならまだしも、孫もできたというのにあの子は相変わらずそういう眼でわたしを見る。あまりにも夢中な様子に、わたしはいないほうがよいのではと考えるようになった。あのままでは鵺に取り憑かれた帝という醜聞を囁かれそうだったからな。ところが皇宮から出てすぐにこのようなところに囚われてしまった。何と情けないことか』
「長く飼い慣らされれば、いかに鵺とてそういうこともあるでしょうよ」
赤い目が僕から離れて孝志郎を見る。
『人間、世話になったな』
「いえいえ、これも仕事ですから」
『依頼主はあの子か?』
「直接の依頼人は百貨店の会長ですが、たぶんそうでしょうね」
『なるほど、ではあの子のところに戻らねばおまえは仕事を終えられぬということか』
「まぁ、そういうことです」
『助けてもらった礼に、おとなしく戻ることにしよう』
鵺がぶんと蛇の尻尾を振ると、部屋のあちこちにビリビリと小さな稲妻が走った。それが壁や天井にぶつかってバチバチと火花を散らす。見たことがない様子に驚いていると、鵺が僕の頭にポンと前脚を載せた。あんまりにも大きな前脚に僕の小さな頭はすっぽり覆われてしまった。
『小さき狐よ。その体で主を守らんとする気概は見上げたものだ。はるか昔、まだわたしが生まれて間もなかった頃のことを思い出した。あの頃のわたしも、いまのおまえのように必死であった』
(鵺?)
『これでほんの少し大きくなれよう』
鵺のもっちりした肉球がむにっと僕の頭を押した。するとビリリッとしたものが体の中を駆け抜けて全身の毛がぶわっと逆立った。尻尾なんて爆発したみたいな状態で、逆立った毛の先に小さな火花がパチパチと光っている。
(体がパチパチする……あちこちがチリチリする……)
僕が全身をブルッと震わせると、もちっとした脚が頭から離れた。
『人間、何かあれば遠慮なく訪ねてくるがよい。その際は新しき皇宮の東門より声をかけよ』
「それは随分と大きな対価ですね」
『わたしにとってはそのくらいのことなのだ』
「では、そのときは遠慮なく」
孝志郎がそう答えると、天井を見上げた鵺が甲高い声を出した。それはまるで鳥のような鳴き声で、声が小さくなるにつれて鵺の体も小さくなっていく。そうして最後に真っ白な煙になったかと思えば、天井近くにあった明かり取りの小窓からしゅるしゅると外に消えてしまった。
「さぁて、終わったぞ」
孝志郎の声を聞きながら、僕はぼんやりと小窓を見つめ続けた。
(本物の鵺を見ちゃった……ムキムキでかっこよかったなぁ……)
同じ獣の体を持つ妖だけれど、妖狐より鵺のほうが断然かっこいい。どうせなら、あんなふうにかっこよくムキムキになりたい。
「ムキムキになりたいなら妖力をたっぷり集めるのが一番だな」
(妖力……)
「体内に妖力をたくさん貯められるようになれば体も自然と大きくなる。だがな、いくらいなり寿司を食べたところで妖であるおまえの体は大きくならないぞ?」
(そんなのわかってる)
「それじゃあ、いなり寿司はいらないか?」
笑う孝志郎に、僕は勢いよく振り返って「それとこれとは別!」と叫んだ。そうしてポンと元の姿に戻ると、急いで着物の袖口に入って孝志郎の腕に尻尾をしゅるりと絡ませる。こうしないと百貨店の中を移動できないと知っているからだ。
しばらくすると何人もの警察官という男たちが部屋に入ってきた。床に座り込んでいた口ひげ男は警察官たちに連れて行かれ、いなり寿司を買って外に出るときには音楽会が中止になったという案内板が百貨店の入り口に置かれていた。
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