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妖狐、再び百貨店に行く4
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開いた妖の目は真っ赤な色をしていた。その目に見られた瞬間、背中がぞわっとして慌てて孝志郎の肩に駆け上った。そんな僕に「怖い物知らずだな」と笑いながら孝志郎の手が木箱の取っ手に触れる。そのまま鍵に触れたところで「そこで何をしている!」という大きな声が聞こえて来た。
驚いた僕はまたもや慌てて孝志郎の懐に滑り込んだ。そうして頭だけ出して様子を伺う。
「やれやれ、面倒臭いことになった」
「何をしていると言ってるんだ!」
部屋に入ってきたのは洋装姿の男だった。見た目は孝志郎よりずっと年上で口ひげを生やしている。
「仕事をしているだけですよ」
「仕事だと? ここは関係者以外立ち入り禁止の場所だぞ!」
「仕事で来たんですから、俺も一応関係者ってことですかね」
「嘘をつくな! さっさと出て行け! さもなくば警察を呼ぶことになるからな!」
「呼んでもらってもかまいませんが、それで困るのはあなたのほうじゃないですかね」
「……何だと?」
男の声が低くなった。漂ってくる嫌な気配に尻尾がぶわっと膨らむ。
(こういう気配の人間はろくなことをしないんだ)
嫌な気配を漂わせる人間は僕たち妖にひどいことをする。僕たちはそのことをよく知っていた。なぜならそういう話が山のようにあるからだ。
昔、この近くにある大きなお寺の塔の下で絡新婦が人間の男に襲われたことがあった。
(無理やり酒につき合わせようとした人間のほうが悪いのに)
男は酒につき合えとしつこく言い、それを断った絡新婦を腹いせに殴り飛ばした。その男からはとても嫌な気配が漂っていたと聞いている。
絡新婦はお腹の子に栄養がつくものを手に入れようと人間の姿になっていただけで、何も悪いことはしていない。お金をちゃんと払って甘酒を買ったところで雨に降られて雨宿りしていただけだ。それなのに男は「女なら酌ぐらいしろ!」と殴り、千鳥足でどこかへ行ってしまった。
その後、絡新婦は五匹の子を生んだ。元気に生まれた子たちは三日三晩どこかへ姿を消し、戻って来たときには嫌な気配がする人間の指の骨を咥えていたそうだ。
(そういう気配の人間は、仲間の人間にもよくないことをするんだ)
僕は懐の中で孝志郎のことを心配した。祓い屋としての孝志郎はとても強い。どんなに強い妖も孝志郎には勝てない。でも、同じ人間が相手だったらどうなるんだろう。
(僕がもっと強い妖狐だったら何とかできたのに)
たとえば狐火を見せて脅かすとか、狐の嫁入りを見せてその隙に逃げるとか、きっといろいろできたはずだ。でも、実際の僕は提灯より小さな狐火を二、三個飛ばすことしかできない。
(驚かせるとしても狐の嫁入りは部屋の中だと変だし、でも狐火は小さいし……)
「狐火はいいとして、狐の嫁入りで驚く人間はもういないんじゃないか?」
(孝志郎!)
呑気にそんなことを言う孝志郎に思わず怒鳴ってしまった。すると「おまえは本当に子狐のままだな」なんて言いながら今度は笑い始める。
(笑ってる場合じゃないでしょ!)
「おまえ、何を笑っている!」
口ひげ男が叫んだ。思わず首をすくめながら「何やってんの!」と孝志郎をたしなめた。
「さっさとその箱から離れろ! そしてここから出て行け!」
妖力なんてない人間の言葉なのに体がビリビリする。嫌な気配に耳も尻尾もブルッと震えた。そんな僕とは違い孝志郎は飄々としたままだ。
「だから仕事に来たんですって。終わらせないと俺も帰れないんですよ」
「何が仕事だ! 俺は何も頼んじゃいないぞ!」
「あなたに頼まれ事なんてしていませんよ。俺の依頼主はこの百貨店の持ち主で、元は大店の呉服問屋を営んでいたご隠居ですからね」
「……まさか」
「それとも、あなたの上司のお父上に当たる人だと言ったほうがわかりやすいですかね?」
孝志郎の言葉に口ひげ男がぐぅっと口を閉じた。それでも目だけは異様にギラギラしていて、睨みつけるようにこっちを見ている。薄暗い部屋の中でも僕にはそう見えた。
「……どうして会長が依頼なんてものをするんだ」
「催事場の奥からおかしな声が聞こえると従業員から苦情があったそうですよ。あまりに不気味な声で、そんな声が客に聞こえでもしたら客足が遠のくかもしれない。そう考えたんじゃないですか?」
「そんな馬鹿な! 喉を潰してあるのに声が聞こえるはずがない! そもそも雷鳥は鳴かないと……」
「やはり雷鳥でしたか」
「……っ」
口ひげ男がますます僕たちを睨みつけてきた。
「この妖が鳴かないと言ったのは見立て違いでしょうね。それでも念のために喉を潰しておいたほうがいいと破魔矢を突き立てたのは、まぁ悪くない判断です。どちらにしても、ろくでもないことをしていることに変わりはありませんが」
孝志郎が「はぁ」とため息をつく。
「いまだにいるんですよねぇ。腕試しなのか何なのか、妖を捕まえては蘊蓄を語って金を稼ぐろくでもない輩が。そして、そういう輩にほいほいと銭を渡してしまう阿呆が」
「阿呆、だと……!」
口ひげを震わせながら男が顔を真っ赤にした。
僕は段々と嫌な気配が強くなるのを感じていた。口ひげ男はきっと孝志郎によくないことをする。「そんなことさせてたまるか!」と、必死で小さい牙を剥きながら口ひげ男を睨んだ。
もし孝志郎に何かしようものなら飛びかかってやる。狛犬たちも烏もいないんだから、ここは僕ががんばるしかない。
「子狐に助けてもらわなくちゃいけないほど、俺は弱くないんだがな」
孝志郎の言葉に僕は「油断しないでよ!」と声を上げた。
「ふぅむ、一年経って少しずつ使い魔らしくなってきたな。子狐らしさは抜けないが、その気概は悪くない。帰ったら、出汁がたっぷり染みこんだお揚げ入りの京うどんを食べさせてやろう」
(その前にいなり寿司を買うのを忘れないで!)
「そうだった、いなり寿司だった」
僕の声が聞こえない口ひげ男は、突然うどんだのいなり寿司だの言い出した孝志郎に「馬鹿にしてるのか!?」と叫んでいる。
「馬鹿にしているのかと問われれば、まぁ少しばかり憐れんではいますよ。電気のために妖を捕まえるなんて阿呆のすることです。しかも雷鳥なんて厄介な妖をこんなふうに閉じ込めて、何も起きないと思っているところが阿呆極まりないですね」
「さっきから無礼な口を叩きおって……!」
口ひげ男の怒号に、孝志郎が「無礼はそちらのほうじゃあないですかね」と静かに答えた。
「この雷鳥は帝の覚えめでたき鵺だというのに、まさかこの帝都でその鵺を発電機代わりにする阿呆がいるとは思いませんでしたよ」
驚いた僕はまたもや慌てて孝志郎の懐に滑り込んだ。そうして頭だけ出して様子を伺う。
「やれやれ、面倒臭いことになった」
「何をしていると言ってるんだ!」
部屋に入ってきたのは洋装姿の男だった。見た目は孝志郎よりずっと年上で口ひげを生やしている。
「仕事をしているだけですよ」
「仕事だと? ここは関係者以外立ち入り禁止の場所だぞ!」
「仕事で来たんですから、俺も一応関係者ってことですかね」
「嘘をつくな! さっさと出て行け! さもなくば警察を呼ぶことになるからな!」
「呼んでもらってもかまいませんが、それで困るのはあなたのほうじゃないですかね」
「……何だと?」
男の声が低くなった。漂ってくる嫌な気配に尻尾がぶわっと膨らむ。
(こういう気配の人間はろくなことをしないんだ)
嫌な気配を漂わせる人間は僕たち妖にひどいことをする。僕たちはそのことをよく知っていた。なぜならそういう話が山のようにあるからだ。
昔、この近くにある大きなお寺の塔の下で絡新婦が人間の男に襲われたことがあった。
(無理やり酒につき合わせようとした人間のほうが悪いのに)
男は酒につき合えとしつこく言い、それを断った絡新婦を腹いせに殴り飛ばした。その男からはとても嫌な気配が漂っていたと聞いている。
絡新婦はお腹の子に栄養がつくものを手に入れようと人間の姿になっていただけで、何も悪いことはしていない。お金をちゃんと払って甘酒を買ったところで雨に降られて雨宿りしていただけだ。それなのに男は「女なら酌ぐらいしろ!」と殴り、千鳥足でどこかへ行ってしまった。
その後、絡新婦は五匹の子を生んだ。元気に生まれた子たちは三日三晩どこかへ姿を消し、戻って来たときには嫌な気配がする人間の指の骨を咥えていたそうだ。
(そういう気配の人間は、仲間の人間にもよくないことをするんだ)
僕は懐の中で孝志郎のことを心配した。祓い屋としての孝志郎はとても強い。どんなに強い妖も孝志郎には勝てない。でも、同じ人間が相手だったらどうなるんだろう。
(僕がもっと強い妖狐だったら何とかできたのに)
たとえば狐火を見せて脅かすとか、狐の嫁入りを見せてその隙に逃げるとか、きっといろいろできたはずだ。でも、実際の僕は提灯より小さな狐火を二、三個飛ばすことしかできない。
(驚かせるとしても狐の嫁入りは部屋の中だと変だし、でも狐火は小さいし……)
「狐火はいいとして、狐の嫁入りで驚く人間はもういないんじゃないか?」
(孝志郎!)
呑気にそんなことを言う孝志郎に思わず怒鳴ってしまった。すると「おまえは本当に子狐のままだな」なんて言いながら今度は笑い始める。
(笑ってる場合じゃないでしょ!)
「おまえ、何を笑っている!」
口ひげ男が叫んだ。思わず首をすくめながら「何やってんの!」と孝志郎をたしなめた。
「さっさとその箱から離れろ! そしてここから出て行け!」
妖力なんてない人間の言葉なのに体がビリビリする。嫌な気配に耳も尻尾もブルッと震えた。そんな僕とは違い孝志郎は飄々としたままだ。
「だから仕事に来たんですって。終わらせないと俺も帰れないんですよ」
「何が仕事だ! 俺は何も頼んじゃいないぞ!」
「あなたに頼まれ事なんてしていませんよ。俺の依頼主はこの百貨店の持ち主で、元は大店の呉服問屋を営んでいたご隠居ですからね」
「……まさか」
「それとも、あなたの上司のお父上に当たる人だと言ったほうがわかりやすいですかね?」
孝志郎の言葉に口ひげ男がぐぅっと口を閉じた。それでも目だけは異様にギラギラしていて、睨みつけるようにこっちを見ている。薄暗い部屋の中でも僕にはそう見えた。
「……どうして会長が依頼なんてものをするんだ」
「催事場の奥からおかしな声が聞こえると従業員から苦情があったそうですよ。あまりに不気味な声で、そんな声が客に聞こえでもしたら客足が遠のくかもしれない。そう考えたんじゃないですか?」
「そんな馬鹿な! 喉を潰してあるのに声が聞こえるはずがない! そもそも雷鳥は鳴かないと……」
「やはり雷鳥でしたか」
「……っ」
口ひげ男がますます僕たちを睨みつけてきた。
「この妖が鳴かないと言ったのは見立て違いでしょうね。それでも念のために喉を潰しておいたほうがいいと破魔矢を突き立てたのは、まぁ悪くない判断です。どちらにしても、ろくでもないことをしていることに変わりはありませんが」
孝志郎が「はぁ」とため息をつく。
「いまだにいるんですよねぇ。腕試しなのか何なのか、妖を捕まえては蘊蓄を語って金を稼ぐろくでもない輩が。そして、そういう輩にほいほいと銭を渡してしまう阿呆が」
「阿呆、だと……!」
口ひげを震わせながら男が顔を真っ赤にした。
僕は段々と嫌な気配が強くなるのを感じていた。口ひげ男はきっと孝志郎によくないことをする。「そんなことさせてたまるか!」と、必死で小さい牙を剥きながら口ひげ男を睨んだ。
もし孝志郎に何かしようものなら飛びかかってやる。狛犬たちも烏もいないんだから、ここは僕ががんばるしかない。
「子狐に助けてもらわなくちゃいけないほど、俺は弱くないんだがな」
孝志郎の言葉に僕は「油断しないでよ!」と声を上げた。
「ふぅむ、一年経って少しずつ使い魔らしくなってきたな。子狐らしさは抜けないが、その気概は悪くない。帰ったら、出汁がたっぷり染みこんだお揚げ入りの京うどんを食べさせてやろう」
(その前にいなり寿司を買うのを忘れないで!)
「そうだった、いなり寿司だった」
僕の声が聞こえない口ひげ男は、突然うどんだのいなり寿司だの言い出した孝志郎に「馬鹿にしてるのか!?」と叫んでいる。
「馬鹿にしているのかと問われれば、まぁ少しばかり憐れんではいますよ。電気のために妖を捕まえるなんて阿呆のすることです。しかも雷鳥なんて厄介な妖をこんなふうに閉じ込めて、何も起きないと思っているところが阿呆極まりないですね」
「さっきから無礼な口を叩きおって……!」
口ひげ男の怒号に、孝志郎が「無礼はそちらのほうじゃあないですかね」と静かに答えた。
「この雷鳥は帝の覚えめでたき鵺だというのに、まさかこの帝都でその鵺を発電機代わりにする阿呆がいるとは思いませんでしたよ」
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