上 下
5 / 15

妖狐、再び百貨店に行く3

しおりを挟む
 ますます中身が気になった僕は、体をぐんと伸ばして木箱に手をかけた。そうして鼻先を格子に近づけてクンクンと匂いを嗅いでみる。

(獣っぽいけど、獣とはちょっと違うような……?)

 獣の匂いの中に変わった匂いが混じっている。妖狐でも妖狸でもない、でも少しだけ似ている匂いだ。

「大まかに言えば、こいつも獣の体を持つあやかしだからな」
(え? あやかし?)

 孝志郎の言葉にびっくりした。こんなに小さい体で、しかも妖力をまったく感じないあやかしなんて初めて見る。これじゃあ、ただの獣に間違われてもおかしくない。

(そっか、だからこんな木の箱に入れられてるんだ)
「それは違う。力が強いからこうして囚われているんだよ」
(力が強い? そんなはずないよ)

 僕は妖狐の中でもずっと弱いほうだけれど、さすがにあやかしの妖力くらいは感じることができる。でも、目の前の獣からは匂いがするばかりで妖力はまったく感じなかった。
 そういう力のないあやかしを人間が捕まえることはない。だって、弱いあやかしは人間が嫌がることすらできない存在だからだ。何もしないあやかしは人間に見つかることもない。
 逆に強いあやかしは人間にも見えてしまう。たとえ姿が見えなかったとしても、気配がするだけで人間はあやかしを消してしまおうとする。中には何かさせるためにあやかしを捕まえる人間もいるけれど、妖力を持たないあやかしを捕まえたところで何の役にも立たない。

(本当にあやかしなの? 妖力なんて全然感じないよ?)
「そりゃあ、首に厄介な矢が刺さっているからな」

 孝志郎の言葉に、もう一度獣を見た。首に刺さっている矢を見るだけで僕の首まで痛くなってくる。思わず自分の首を撫でていると、矢から白っぽい煙のようなものが出ていることに気がついた。白っぽいそれは矢のあたりから煙のようにふわっふわっと出て、それが木箱の天井にぶつかり広がっていく。
 その煙が僕の鼻先に触れた瞬間、お腹の奥がぞわっとした。木箱を掴んでいた左手の毛もぶわっと逆立っている。

(この白っぽい煙みたいなもの、嫌な感じがする)
「それはあやかしの妖力、いわばおまえたちの血肉みたいなものだ。無理やりしぼり出されている状態だから嫌なふうに感じるんだろう」
(え? これが妖力?)

 こんな煙みたいに見えたのは初めてだ。どういうことかわからなくて、もう一度木箱の中を覗き込む。

(……うう、体がぞわぞわする)
「ぞわぞわは矢のほうだな」
(矢のほうって?)
「あれは破魔矢だ。元は魔除けであやかしを祓うことができる。それに術を施すことで、こうしてあやかしを捕らる道具に仕立てたというわけだな」

 全身がブルッと震えた。孝志郎の腕に巻きつけていた尻尾にぎゅうっと力が入る。そんな物騒なものに首を射貫かれた挙げ句、こんな檻のような小さな木箱に入れられるなんてたまったものじゃない。

(……やっぱり人間はろくでもないね)
「その意見には大いに賛成だな」
(孝志郎だって人間のくせに)
「人間に生まれてしまったものは仕方ない。だからといって人間が好きかというのは、また別の話だぞ?」

 そんなことを言ったって、結局人間は人間の味方しかしない。それに孝志郎はあやかしを祓うのが生業だ。それだって人間のためにしていることで、同じ人間のほうがあやかしより好きに決まっている。

(まぁ、ほかの人間よりは優しいと思うけど)

 孝志郎はあやかしを祓うときにひどいことをしない。この一年でそういう孝志郎を何度も見た。だから僕は孝志郎の使い魔を続けることにしたんだ。
 それに孝志郎は名前で僕を縛ることもない。使い魔は与えられた名に縛られるって聞いたことがあったけれど、そんなことは全然なかった。しかもいなり寿司だって約束どおり食べさせてくれる。豆腐屋に一人で行って油揚げが買えるようにもしてくれた。

「さて、さっさと仕事を済ませるか」

 孝志郎が木箱を撫でた。中にいる獣……のようなあやかしはぴくりとも動かない。

(狸っぽいと思ったけど、よく見たら違ってる)

 薄暗い中でも全身が真っ白い毛で覆われているのがわかった。首の周りは少し長い毛なのか、ほかよりふさふさしている。だらりとした手足には鋭い爪があって、もし元気だったらこんな木箱くらい壊せるんじゃないだろうか。

(首、絶対に痛いよね)

 あちこち見ても、最後に目が留まるのはやっぱり首だ。はっきりとは見えないけれど、何となく首の周りの毛がべっとり濡れている気がする。もしかしたら矢に射貫かれたところから血がたくさん出ているのかもしれない。

(ねぇ、痛くないの?)

 思わず話しかけてしまった。聞いたところで答えられるはずがないくらいぐったりしているのに、僕はなんて間抜けなんだろう。

(……あれ?)

 ぴくりともしなかったあやかしの耳が二、三度動いたような気がした。じっと目をこらしていると、今度は顔のあたりが少しだけ動く。「もしかして生きてる?」とさらに顔を近づけたところで、獣の目がゆっくりと開くのがわかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
キャラ文芸
特別国家公務員の安住君は商店街裏のお寺の息子。久し振りに帰省したら何やら見覚えのある青い物体が。しかも実家の本堂には自分専用の青い奴。どうやら帰省中はこれを着る羽目になりそうな予感。 白い黒猫さんが書かれている『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 とクロスオーバーしているお話なので併せて読むと更に楽しんでもらえると思います。 そして主人公の安住君は『恋と愛とで抱きしめて』に登場する安住さん。なんと彼の若かりし頃の姿なのです。それから閑話のウサギさんこと白崎暁里は饕餮さんが書かれている『あかりを追う警察官』の籐志朗さんのところにお嫁に行くことになったキャラクターです。 ※キーボ君のイラストは白い黒猫さんにお借りしたものです※ ※饕餮さんが書かれている「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々」、篠宮楓さんが書かれている『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の登場人物もちらりと出てきます※ ※自サイト、小説家になろうでも公開中※

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...