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妖狐、再び百貨店に行く3
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ますます中身が気になった僕は、体をぐんと伸ばして木箱に手をかけた。そうして鼻先を格子に近づけてクンクンと匂いを嗅いでみる。
(獣っぽいけど、獣とはちょっと違うような……?)
獣の匂いの中に変わった匂いが混じっている。妖狐でも妖狸でもない、でも少しだけ似ている匂いだ。
「大まかに言えば、こいつも獣の体を持つ妖だからな」
(え? 妖?)
孝志郎の言葉にびっくりした。こんなに小さい体で、しかも妖力をまったく感じない妖なんて初めて見る。これじゃあ、ただの獣に間違われてもおかしくない。
(そっか、だからこんな木の箱に入れられてるんだ)
「それは違う。力が強いからこうして囚われているんだよ」
(力が強い? そんなはずないよ)
僕は妖狐の中でもずっと弱いほうだけれど、さすがに妖の妖力くらいは感じることができる。でも、目の前の獣からは匂いがするばかりで妖力はまったく感じなかった。
そういう力のない妖を人間が捕まえることはない。だって、弱い妖は人間が嫌がることすらできない存在だからだ。何もしない妖は人間に見つかることもない。
逆に強い妖は人間にも見えてしまう。たとえ姿が見えなかったとしても、気配がするだけで人間は妖を消してしまおうとする。中には何かさせるために妖を捕まえる人間もいるけれど、妖力を持たない妖を捕まえたところで何の役にも立たない。
(本当に妖なの? 妖力なんて全然感じないよ?)
「そりゃあ、首に厄介な矢が刺さっているからな」
孝志郎の言葉に、もう一度獣を見た。首に刺さっている矢を見るだけで僕の首まで痛くなってくる。思わず自分の首を撫でていると、矢から白っぽい煙のようなものが出ていることに気がついた。白っぽいそれは矢のあたりから煙のようにふわっふわっと出て、それが木箱の天井にぶつかり広がっていく。
その煙が僕の鼻先に触れた瞬間、お腹の奥がぞわっとした。木箱を掴んでいた左手の毛もぶわっと逆立っている。
(この白っぽい煙みたいなもの、嫌な感じがする)
「それは妖の妖力、いわばおまえたちの血肉みたいなものだ。無理やりしぼり出されている状態だから嫌なふうに感じるんだろう」
(え? これが妖力?)
こんな煙みたいに見えたのは初めてだ。どういうことかわからなくて、もう一度木箱の中を覗き込む。
(……うう、体がぞわぞわする)
「ぞわぞわは矢のほうだな」
(矢のほうって?)
「あれは破魔矢だ。元は魔除けで妖を祓うことができる。それに術を施すことで、こうして妖を捕らる道具に仕立てたというわけだな」
全身がブルッと震えた。孝志郎の腕に巻きつけていた尻尾にぎゅうっと力が入る。そんな物騒なものに首を射貫かれた挙げ句、こんな檻のような小さな木箱に入れられるなんてたまったものじゃない。
(……やっぱり人間はろくでもないね)
「その意見には大いに賛成だな」
(孝志郎だって人間のくせに)
「人間に生まれてしまったものは仕方ない。だからといって人間が好きかというのは、また別の話だぞ?」
そんなことを言ったって、結局人間は人間の味方しかしない。それに孝志郎は妖を祓うのが生業だ。それだって人間のためにしていることで、同じ人間のほうが妖より好きに決まっている。
(まぁ、ほかの人間よりは優しいと思うけど)
孝志郎は妖を祓うときにひどいことをしない。この一年でそういう孝志郎を何度も見た。だから僕は孝志郎の使い魔を続けることにしたんだ。
それに孝志郎は名前で僕を縛ることもない。使い魔は与えられた名に縛られるって聞いたことがあったけれど、そんなことは全然なかった。しかもいなり寿司だって約束どおり食べさせてくれる。豆腐屋に一人で行って油揚げが買えるようにもしてくれた。
「さて、さっさと仕事を済ませるか」
孝志郎が木箱を撫でた。中にいる獣……のような妖はぴくりとも動かない。
(狸っぽいと思ったけど、よく見たら違ってる)
薄暗い中でも全身が真っ白い毛で覆われているのがわかった。首の周りは少し長い毛なのか、ほかよりふさふさしている。だらりとした手足には鋭い爪があって、もし元気だったらこんな木箱くらい壊せるんじゃないだろうか。
(首、絶対に痛いよね)
あちこち見ても、最後に目が留まるのはやっぱり首だ。はっきりとは見えないけれど、何となく首の周りの毛がべっとり濡れている気がする。もしかしたら矢に射貫かれたところから血がたくさん出ているのかもしれない。
(ねぇ、痛くないの?)
思わず話しかけてしまった。聞いたところで答えられるはずがないくらいぐったりしているのに、僕はなんて間抜けなんだろう。
(……あれ?)
ぴくりともしなかった妖の耳が二、三度動いたような気がした。じっと目をこらしていると、今度は顔のあたりが少しだけ動く。「もしかして生きてる?」とさらに顔を近づけたところで、獣の目がゆっくりと開くのがわかった。
(獣っぽいけど、獣とはちょっと違うような……?)
獣の匂いの中に変わった匂いが混じっている。妖狐でも妖狸でもない、でも少しだけ似ている匂いだ。
「大まかに言えば、こいつも獣の体を持つ妖だからな」
(え? 妖?)
孝志郎の言葉にびっくりした。こんなに小さい体で、しかも妖力をまったく感じない妖なんて初めて見る。これじゃあ、ただの獣に間違われてもおかしくない。
(そっか、だからこんな木の箱に入れられてるんだ)
「それは違う。力が強いからこうして囚われているんだよ」
(力が強い? そんなはずないよ)
僕は妖狐の中でもずっと弱いほうだけれど、さすがに妖の妖力くらいは感じることができる。でも、目の前の獣からは匂いがするばかりで妖力はまったく感じなかった。
そういう力のない妖を人間が捕まえることはない。だって、弱い妖は人間が嫌がることすらできない存在だからだ。何もしない妖は人間に見つかることもない。
逆に強い妖は人間にも見えてしまう。たとえ姿が見えなかったとしても、気配がするだけで人間は妖を消してしまおうとする。中には何かさせるために妖を捕まえる人間もいるけれど、妖力を持たない妖を捕まえたところで何の役にも立たない。
(本当に妖なの? 妖力なんて全然感じないよ?)
「そりゃあ、首に厄介な矢が刺さっているからな」
孝志郎の言葉に、もう一度獣を見た。首に刺さっている矢を見るだけで僕の首まで痛くなってくる。思わず自分の首を撫でていると、矢から白っぽい煙のようなものが出ていることに気がついた。白っぽいそれは矢のあたりから煙のようにふわっふわっと出て、それが木箱の天井にぶつかり広がっていく。
その煙が僕の鼻先に触れた瞬間、お腹の奥がぞわっとした。木箱を掴んでいた左手の毛もぶわっと逆立っている。
(この白っぽい煙みたいなもの、嫌な感じがする)
「それは妖の妖力、いわばおまえたちの血肉みたいなものだ。無理やりしぼり出されている状態だから嫌なふうに感じるんだろう」
(え? これが妖力?)
こんな煙みたいに見えたのは初めてだ。どういうことかわからなくて、もう一度木箱の中を覗き込む。
(……うう、体がぞわぞわする)
「ぞわぞわは矢のほうだな」
(矢のほうって?)
「あれは破魔矢だ。元は魔除けで妖を祓うことができる。それに術を施すことで、こうして妖を捕らる道具に仕立てたというわけだな」
全身がブルッと震えた。孝志郎の腕に巻きつけていた尻尾にぎゅうっと力が入る。そんな物騒なものに首を射貫かれた挙げ句、こんな檻のような小さな木箱に入れられるなんてたまったものじゃない。
(……やっぱり人間はろくでもないね)
「その意見には大いに賛成だな」
(孝志郎だって人間のくせに)
「人間に生まれてしまったものは仕方ない。だからといって人間が好きかというのは、また別の話だぞ?」
そんなことを言ったって、結局人間は人間の味方しかしない。それに孝志郎は妖を祓うのが生業だ。それだって人間のためにしていることで、同じ人間のほうが妖より好きに決まっている。
(まぁ、ほかの人間よりは優しいと思うけど)
孝志郎は妖を祓うときにひどいことをしない。この一年でそういう孝志郎を何度も見た。だから僕は孝志郎の使い魔を続けることにしたんだ。
それに孝志郎は名前で僕を縛ることもない。使い魔は与えられた名に縛られるって聞いたことがあったけれど、そんなことは全然なかった。しかもいなり寿司だって約束どおり食べさせてくれる。豆腐屋に一人で行って油揚げが買えるようにもしてくれた。
「さて、さっさと仕事を済ませるか」
孝志郎が木箱を撫でた。中にいる獣……のような妖はぴくりとも動かない。
(狸っぽいと思ったけど、よく見たら違ってる)
薄暗い中でも全身が真っ白い毛で覆われているのがわかった。首の周りは少し長い毛なのか、ほかよりふさふさしている。だらりとした手足には鋭い爪があって、もし元気だったらこんな木箱くらい壊せるんじゃないだろうか。
(首、絶対に痛いよね)
あちこち見ても、最後に目が留まるのはやっぱり首だ。はっきりとは見えないけれど、何となく首の周りの毛がべっとり濡れている気がする。もしかしたら矢に射貫かれたところから血がたくさん出ているのかもしれない。
(ねぇ、痛くないの?)
思わず話しかけてしまった。聞いたところで答えられるはずがないくらいぐったりしているのに、僕はなんて間抜けなんだろう。
(……あれ?)
ぴくりともしなかった妖の耳が二、三度動いたような気がした。じっと目をこらしていると、今度は顔のあたりが少しだけ動く。「もしかして生きてる?」とさらに顔を近づけたところで、獣の目がゆっくりと開くのがわかった。
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